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夢の世界の中で僕は  作者: あきのななぐさ
夢の世界へ
19/161

ヘリオスとルナ

森に入ったルナは迷子になりました・・・

もうわけがわからない。

森からいったん引き返し、丘を下った。

その時、急に涙がこぼれてきた。


「なさけない……」

ひとしきり声を殺して泣いていた。

両親がなくなったときも気丈にふるまっていた。

泣くのはいつでも泣ける。

今すべきことをする。

それが父と母の教えだった。


だから、葬儀の時でも決して泣かなかった。

変わった子だと言われていた。

おかしい子だとも言われていた。

でもそんなことは気にしなかった。


お父様やお母様の思いを受け継いでいく。

そう思っていた。

伯父様に引き取られたときに、年の近いヘリオス兄様が自分と同じように言われていたことに興味を持った。

しかし、ヘリオス兄様は私には興味を持ってくれなかった。


ヴィーヌス姉さまに大事にされ、ヘリオス兄様のことをよく聞いて、私はヘリオス兄様のことをもっと知りたいと思っていた。


そんな時、ヘリオス兄様が旅に出て、戻ってきたときにはずいぶん大人びていた。

そして、何かと私を気にかけてくれていることが多くなった。

普段は魔法の修行を朝から晩までしている。

儀式場にこもられると、その間は何もできない。

だから、その前と後しかなかった。


そうして姿を追いまわしても、嫌な顔せずに必要なとき、必要なだけ相手をしてくれた。


そんな時、自分の大事なヴィーヌス姉さまとヘリオス兄様の過去を知った。


今すべきことをする。

それが父母の教えだ。

だから私は、今この場所にいるんだ。


ひとしきり泣いた後、もう迷いはなかった。


そして勇気を振り絞り、森へと足を踏み入れた。





ちゃんと後をつけることができると思っていたが、完全に道に迷ってしまった。


最初、ヘリオス兄様の足跡があった。

それをたどっていけば大丈夫と思った。

そして川に出て、向こう側に渡ったのだと思い、わたってみたが、足跡はなかった。


あせって足跡を求め、周囲をさんざんさまよった挙句、元来た道すらわからなくなっていた。


焦れば焦るほど、わからなくなっていく。

そうしているうちに、だんだんあたりは暗くなってきた。


いろいろ歩き回っているうちに足を痛めたようだった。

疲れた心に、空腹と疲労が襲い掛かってきた。

足の痛みと、疲れた心は、私の気力を奪っていった。

私は一歩も動けなくなっていた。


あたりはますます暗くなっていく。

気温もだんだん低下してきた。


私はここで死んでしまうのかと思うと、悲しみに押しつぶされそうになっていた。


誰も私の場所を知らない。

そして私はもう動けない。


ヴィーヌス姉さまとヘリオス兄様の役に立ちたいと思ってもそれすらできない。

そんな悲しい中でも、不思議と私は泣けなかった。


あたりはすっかりと暗くなり、獣の遠吠えが聞こえてきた。

魔獣の森とは違うとはいえ、森は獣の領域だ。

私には、身を守るすべもない。


目をつぶり、小さくうずくまって必死に恐怖からのがれようとする。

小刻みに震える体を抑えようと、必死に歯を食いしばった。


しかし、それもかなわなかった。

私の心は恐怖と不安で硬く、硬く、固まっていった。


結局……。私は何もできないんだ……。

追い打ちをかけるように、絶望が硬くなった私の心を包んでいく。


暗闇と静寂が、幾重にも、私にのしかかってきた。


もうだめだ……。

そう思った瞬間、私の心に一筋の光が差し込んできた。


私を呼ぶ声。


私の名前を呼ぶ声が近づいている。

その声は、一瞬にして絶望を切り裂いていた。


ヘリオス兄様だ!


暖かな日差しのような声。

その声の心地よさに、私は思わず息を吐き出した。

恐怖と不安が氷のように溶け出していた。

けれど私は動けない。

お兄さまにこの場所を伝えたくても、声が出なかった。

目を瞑り、必死に心で呼びかける。


ルナはここです、お兄さま!


「ルナ……。大丈夫かい?」

その声が、待ちに待ったその声が、私の心に響いていた。


恐る恐る目を開ける。

そこには汗を流し、息を弾ませ、心配そうに見つめるヘリオス兄様がいた。


安心した表情を見せたヘリオス兄様は、そっと私に自分が着ていた外衣をかけてくれた。


「さむかっただろ、こころぼそかっただろ……。ごめんね、ルナ。怖い思いをさせてしまったね」

そう言って、そっと私を優しく抱きしめてくれた。


「あったかい……」

堰を切ったかのように、私の感情はあふれ出していた。


大粒の涙があふれ出す。

ヘリオス兄様は何も言わず、そのまま優しく包んでくれていた。



***



「足をけがしたのかい?」

痛そうなルナの足を見て、そう尋ねてみた。


「……」

ただうなずくルナを見て、申し訳なさでいっぱいになる。

この子を怪我させたのは、俺の不注意だ。

この子が本当に帰ったのか、丘に上がってみるべきだった。


この子を不安と恐怖に落とし込んだのは、俺のせいだ。

帰る時に、森の中で探知の魔法を使えば、発見できたはずだ。

全ては、その可能性がありながらも、考えることを放棄した俺のミスだ。

一体バーンに何を学んだんだ……。


こんなとき、かける言葉も、示す態度も分からない。

ただ、震える体を抱きしめるしかなかった。



しばらくして、ルナも落ち着いたようだった。



「ごめんね、ルナ。たぶん僕はまだ回復魔法ができない」

回復系の魔法は、できる気がしている。

でも、今はまだ駄目なような気もしていた。


何かが足りない。

俺の中で、何かがそう告げていた。


とにかく、ヴィーヌスに治してもらう。


ルナに背を向けてしゃがみこむ。

戸惑うルナに聞こえないように、自分に身体強化の魔法をかけておく。


「レディに対して失礼だけど、僕は非力だから……。ルナを腕で支える自信がないよ。だから、背中に……」

みんなにも周囲は警戒してもらっているけど、夜の森は危険だ。


抱きかかえていると、とっさの対応ができないかもしれない。

それに、いくら子供とはいえ、ルナをお姫様のように抱きかかえるには、ヘリオスの体は幼すぎた。



いくらか気分が落ち着いたルナは、俺がとんでもないことを言っているのが分かったのだろう。

誤解されてしまうと考えたのかもしれない。

すんなりと、俺の背にその身を預けていた。


縮地シュクチは使えない。

しかし、加速ヘイストは使っても大丈夫だ。

あれは初級魔法だから問題ない。

常時展開する攻勢防壁はかけているが、ルナの印象に残るのもまずい。


俺は加速ヘイストをかけて、森の中を駆け抜けていった。



「兄様……」

何か言いたいのか?その声は少し戸惑っているように聞こえた。


「ん」

先を話すように、短く相槌を打つ。

ルナは俺の背に顔をうずめて、話を切りだしてきた。


この子は話がしたかったんだ……。

ようやく、この子の意図をくみ取れた。

屋敷では俺が話さないと思ったのだろう。

屋敷の外なら話してくれると……。


俺はまたも自分勝手な考えで、一人の少女の人生を台無しにするところだった


「兄様は5年前の事故でヴィーヌス姉さまを恨んでいますか?」

この子は何を言い出すのだろう。

その場で立ち止まり、その言葉の意味をよく考えてみた。


もう、二度と同じ間違いは起こさない。


これまでのこと、今日のこと、ルナの性格、ヴィーヌスの性格、自分の性格、ヘリオスの態度。


すべてを考えたとき、納得のいく答えがあった。

そして再び走り出す。


「ルナ、僕はね、ヴィーヌス姉さまに感謝しても感謝しきれない思いを持ってるよ。そして、僕が死にかけたときに呼び戻してくれたのは姉さまだ」


当時の記憶を呼び覚ます。

自分という存在がヘリオスと結びついたのも、おそらくヴィーヌスのおかげだろう。


「ヴィーヌス姉さまは、良くわからないけど、その原因になったことが自分の責任と思っているんだね」

俺の背で、びっくりしたように顔を上げるルナ。

しかし、俺の話が続きそうなので、再びその背に顔をうずめていた。


この子は、優しい子だ。

ただ、その優しさは、自分自身を傷つける危うさを持っていた。


「それはもしかするとそうなのかもしれないけど、僕はそうじゃないと思っている。ただ、問題は、姉さまがそう思っているということなんだよ。僕の気持ちではなくね」

諭すように話しかける。


この件はヘリオスも感情にふたをして、決して俺が見ることができない部分。

あの日、たしかにヘリオスとヴィーヌスとの間で何かがあった。

しかし、それが何かわからない。

その何かのために、ヘリオスが絶望したことは確かだ。

だが、今回に関してはヘリオスの気持ちは問題にはならない。

ヴィーヌスも自分のしたことが分かっていないという事実だ。


俺は一つの仮説を持っている。

あの日、ヘリオスは心に傷を負った。

その傷を負わしたのは、見かけ上ヴィーヌスだ。

しかし、それはヴィーヌスではない。

俺と同じような現象が、ヴィーヌスにも起きているのかもしれない。しかも、ヴィーヌスの場合は、ある程度共有しているのかもしれなかった。


だからヴィーヌスは心の中で、ヘリオスに負い目を持っている。


「!?」

ルナは大きな勘違いをしていたことに気が付いたようだ。

俺がそうじゃないと思っていたとしても、ヴィーヌスがそう思わないことには、その気持ちは晴れはしない。


だから、非情な言い方をすれば、ルナの行動は無意味だった。

俺の気持ちを聞いたとしても何の解決にも結び付かない。

もしそうならば、すでにこの件は解決している。


「ごめんなさい……」

消え入りそうな声でルナは必死に謝っていた。


自分の行為が俺に心配をかけ、またおそらくヴィーヌスにも心配をかけてしまっていることに気が付いたのだろう。


本当に賢くて、優しい子だ。


この子を守ってあげたい。

あらためて、そう思うようになっていた。



「ルナは優しいね。でも、ルナ、一人で抱え込むことはないんだよ。君には僕がいるし、姉さまもいる。だから、ルナ、君は一人じゃない」


そして俺は、ルナにとても大事なことを告げる。


「そして僕には姉さまと、ルナがいる」

人は一人では生きていけない。


誰かに守られている分、誰かを守ることができる。

俺にとって、ルナはかけがえのない家族だ。

そしてヘリオスもそうなれると信じている。


再び俺の背中で泣いているルナに、俺は静かに語りかけた。

「おかえり、ルナ」

この子の安らげる場所になろう。

俺はそう心に誓っていた。



***


私の心に、ヴィーヌス姉さまの言葉がよみがえる。


「ルナ、あなたは本当に強い子ですね。でも、どうしようもなくなったとき、そのときはヘリオスを頼りなさい。あの子はたとえどんな状態であっても、必ずあなたの味方でいてくれるでしょう。そしてあなたを必ず助けてくれます」


ああ、お姉さま。私は幸せ者です


そう思うとまた、涙があふれ出す。

それはさっきとは違うあたたかい涙だった。


ヘリオス兄様はだまって、そのまま屋敷への道を走っていく。


そんな中で、私はここにきて、初めての言葉をもらっていた。

それは、両親が亡くなったあと、ゆくあてのない私を引き取ってくれた伯父様の屋敷では聞いたことのない言葉。


私が、ここにいいのだと思える言葉。

それをヘリオス兄様が伝えてくれた。


「おかえり、ルナ」

そう言ってくれた、ヘリオス兄様の背中は、とても大きく、温かいものだった。


ヘリオスに、覚悟がうまれました。

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