ルナの尾行
ヴィーヌスがルナのストーカー行為を注意します。
また……。
本当にあの子はしょうがない……。
ヘリオスが通った後、ルナがゆっくりついて行った。
この場所で、何度も見かける。
あの子は、ヘリオスが儀式場に入るまでと、出てきた後の生活を、文字通り監視していた。
以前ヘリオスに聞いてみたが、あの子はルナのことに気づいていた。
「ヴィーヌス姉さまも大変ですね。ルナも特に悪気があるわけではありませんし、好きにさせておこうと思います。それに、目の届くところにいた方が、僕としても安心ですよ」
ヘリオスが彼女を守っていく意思があったので、つかず離れずの距離はうってつけということだった。
しかし、度を越せば、何かとうるさいのが人の世だ。
特に、ヘリオスについては悪意の方が上回る。
「ルナ、あなた最近変ですよ?」
私の部屋のバルコニーで、ルナを注意しておく。
「お姉さま……」
そう言われたルナは、気恥ずかしそうにうつむいた。
「ヘリオスのことが気になるのね……」
ルナに対してはストレートに話した方がよいでしょう。
実の姉妹のようにかわいがっていたから、なおさら遠慮はいらなかった。
「!?いいえ。…………。いいえ……」
最初、その言葉を否定した。
じっとルナを見つめつづける。
「………………はい」
観念したかのように、消え入りそうなこえで肯定した。
思わずため息をついていた。
「あのね、ルナ。あなたたちは年も近いのだし、もっと仲良くしてもいいんですよ?」
やれやれだ。
気分を変えるために、紅茶を飲む。
「それに、最近のヘリオスは少し大人びてきました。顔はまだ少女のようですが、態度はすでに紳士的になってきています。将来はきっといい紳士になるでしょうね」
姉としてヘリオスを誇りに思う。
いつもは子供っぽいが、時折見せるその顔は、私も驚くほど大人びていた。
「あの子はね、優しさと強さ、そして猛々しさと弱さ、その両方を持っています」
バルコニーから見える、はるか向こうの山並みを見ながら、ルナに語りかける。
「そして、他人ヒトの気持ちに敏感なの……」
それがヘリオスを苦しめている原因だと思う。
もう少し図々しくあってもいいのではないか?
しかし、それができないのが、ヘリオスだ。
真剣な表情で聞くルナに対して、もっと素直になっていいことを伝えた。
「ですが……。今の兄様は確かにそういう感じです。けれど、私が来た時の兄様からは拒絶されているとしか思えませんでした」
ルナは素直に自分の感じたことをぶつけている。
この子の見る目は確かだ。
本来この子が持っている素養なのか、環境がそうさせたのかわからない。
私は驚きのあまり言葉を失った。
深呼吸をして、気分を落ち着ける。
ここで私が動揺してどうなるというのだ。
「あの子は人を寄せ付けないときがあるから……」
かろうじてそうは言ったものの、真実は違う。
それは私にもわからない。
あの時、ヘリオスが私の元から逃げたあの時から、ヘリオスの中で何かが変わっている。
普段見せる態度は、ひょっとして偽りなのかもしれない。
今見せる態度も、私を気遣ってかもしれない。
私がヘリオスを……。
しかし、ヘリオスは私のことを大切にしてくれる。
それは偽りではない。
そう信じている。
私にはその資格が無いのに……。
しかし、この二人に、同じようになってもらいたくはなかった。
かりそめではない、本当の仲のいい兄妹になって欲しい。
私はそう考えていた。
「たしかに、その時はそうだったかもしれません。しかし、今のヘリオスは以前のヘリオスではないと思います。それは、あなたも分かるでしょう?」
理由はわからない。
しかし、ここ最近はずっと以前にない感じを受ける。
すごく大人になった感じだった。
何かこう包んでくれるような感じ。
「そうですね……。私らしくありませんでした」
力強い輝きを、ルナの瞳はたたえていた。
「そうですね。あなたはしっかりしていることです。きっとヘリオスにもあなたの気持ちは伝わると思いますよ」
確証はない。でも、そう信じても裏切られない気がする。
「はい、お姉さま」
ルナもにっこりほほ笑んでいた。
***
「ところでお姉さま、婚礼の方が延期されるとお聞きしたのですが、それは本当ですか?」
ヴィーヌス姉さまの結婚が延期になっている噂。
屋敷の中で噂されている、その真相。
それが何かわからなかった。
「ええ、私がお父様にお願いしました」
そう言って静かに紅茶を飲む姿は、いつも通り美しかった。
何も変わらない。
そんなものなのだろうか?
「それは……、なにかあるのですか?」
結婚相手に不満があるのだろうか……?
不幸せな未来が待っているのだろうか?
「ふふ、そんな顔をして……。あなたの想像していることではありませんよ。リライノート様はとても素敵な方です。私などもったいないくらいに」
いったい私はどんな顔をしてたのだろう。
恥ずかしさがこみ上げてきた。
でも、ますます訳が分からない。
「でしたら……」
もしかすると、向こうから?
ありえない。
自分で考えてばからしくなっていた。
ヴィーヌスお姉さまに不足などあるはずがない。
この7つ年上の姉がとても好きだった。
直接リライノート様をみていないが、メイドたちは気高く気品あふれるさまを噂していたことを覚えている。
それを言うなら、ヴィーヌス姉さまはまさに聖女だ。
しかし、それならばなぜという疑問にもどる。
それを聞いていいものか……。
「ルナ、わたしのわがままです。気にしないでくださいね」
考え込んでいる私を気遣う。
ヴィーヌス姉さまはやはり聖女だ。
そして意外な言葉が出てくるのを、私は驚きを禁じ得なかった。
「わたしはヘリオスのことが心配なのです」
そういうヴィーヌス姉さまはとても悲しそうな顔をしていた。
「ルナには言っていませんでしたが、ヘリオスは5歳の時にとても大きなけがをしています。それは本当に生死をさまよったと思います」
ヴィーヌス姉さまは遠くを見つめていた。
「そのきっかけを作ったのは、おそらく私なのです……」
ヴィーヌス姉さまは目をつぶり、うつむく。
きれいな金色の髪がはらはらと、その美しい顔を順に隠していった。
ヘリオス兄様のけがについては知っていた。
それが大きなものだったということも知っていた。
しかし、それにヴィーヌス姉さまが関係しているとは全く知らなかった。
私が聞いたのは、ヴィーヌス姉さまが献身的な看病で、それこそ聖女としての力でヘリオス兄様を救ったということだった。
しかしそれは妙だった。
私が知る限り、ヘリオス兄様はその当時ウラヌス兄様からの執拗ないじめにあっていたと考えている。
屋敷の人はそうは言わなかったが、話を聞く限り明らかだ。
そのたびにヴィーヌス姉さまがヘリオス兄様の守り手になっていた。
そのヴィーヌス姉さまがヘリオス兄様を追い詰めるようなことをするのだろうか……?
しかし、目の前のヴィーヌス姉さまは未だにそのことを悔いている。
その原因は姉さまにあると考えている。
そしてそのために婚姻を遅らせることまでしていた。
何が何かさっぱりわからなかった。
「それではお姉さまは、ヘリオス兄様のために、結婚を延期されたということでしょうか?」
ヴィーヌス姉さまには幸せになってほしい。
そのためには私はなんだってできる。
ヴィーヌス姉さまは、ほんの一瞬肩を震わせると、私に向かって力のない笑顔で答えた。
「そうですね。でも、それはいいわけでしょう、結局私は自分の罪の意識から逃げるために、ヘリオスを使っているのかもしれません」
本当にこの姉弟をどうにかしたい。
心の底からそう思う。
「お姉さま、おそらくですが、お兄様はお姉さまにそういう思いは持っていないと思います。私が見るヘリオスお兄様は、お姉さまのことを本当にお慕いしていると思います。たとえ、どんなことがあったとしても!」
私の言っていることは間違いない。
思わず言葉に力が入ってしまった。
「ふふ、ありがとう。ルナ。あなたがいてくれると、私もヘリオスも安心できるわ」
少し驚いた表情。
しかし、その笑顔は、私の心を包んでくれた。
そして、いったん目を閉じた後、がらりと雰囲気を変えて、私に告げてきた。
それはまるで、神託を受けているような、神々しい雰囲気だった。
「ルナ、あなたは本当に強い子ですね。でも、どうしようもなくなったとき、そのときはヘリオスを頼りなさい。あの子はたとえどんな状態であっても、必ずあなたの味方でいてくれるでしょう。そしてあなたを必ず助けてくれます」
予言のような言葉。
神秘的な笑みが、一層その言葉を私の中に刻みつけていた。
*
「いつも通りならもうそろそろ兄様は儀式場から出てくるはず」
ここ数日で培った、自信。
ヘリオス兄様の行動スケジュールに従い、行動を開始していた。
過去にあの姉弟に本当に何があったのかはわからない。
しかし、お互いにそのことに触れずに接しているため、肝心なところで距離があいていしまっている。
このままでは二人とも不幸になるわ。
そう思うと、居てもたってもいられなかった。
とにかく、ヘリオス兄様の気持ちを確かめたかった。
しかし、お屋敷の中で、ヘリオス兄様に直接聞いたところではぐらかされるに決まっている。
今の兄様は、お話をしてくれるが、絶えず周りに気を配っていた。
確かに、兄様はお屋敷内では居心地が悪いのだろう。
儀式場にこもっているのもそうだと思う。
でしたら、屋敷の外で二人きりになった時に聞いてみればいいんだわ。
幸い、ここ数日のヘリオス兄様行動スケジュールによると、儀式場から出た後はたいてい、森の方に行っている。
「ここで待っていれば必ず現れるはずだわ。あとはその姿を見失わないようにつけていけばいいわけよね……」
屋敷の塀に隠れて、ヘリオス兄様が出てくるのを待っていると、いつも通りにヘリオス兄様がやってきた。
立ち止まり、こちらを見ている。
みつかったの?
驚きで体が硬くなった。
みつかりませんように。
必死に祈る。
私の祈りは通じたのか、しばらくして、お兄さまはいつものように歩き出していた。
「ここまでは予定通りね、さあ行きましょう。」
後ろの方で、笑い声が聞こえる。
どうせ屋敷の使用人たちが、ヘリオス兄様のことを笑っているに違いない。
お兄さまが出て言った後、なおも続くその笑い声に、私は深く憤っていた。
しかし、どうすることもできない。
やり場のない憤りを、私は使用人たちに聞こえるように宣言することではらしていた。
「お兄さま、待ってください!」
そう告げて、追いかける。
私達は仲のいい兄妹なんだよ。
***
「なんなんだろうね、あれ……。」
それを目の当たりにして、俺は当惑していた。
精霊使いの俺にとって、人間の、それも素人の気配は手の取るようにわかる。
いつもある場所にその気配はなく、別のところで感じられた。
何をしているかわからなかったが、目の前で見るとそれとしか考えられなかった。
「ルナ……かくれんぼかな?」
数日前からストーカーまがいのことをされていたが、気にしないでおいた。
しかし、ここまで接近したのと明確な意思ははじめてだった。
後ろで屋敷の使用人たちが微笑んでいる。
その隠れ方が、隠れていないと言う事だろう。
それはその通りだ。
一応、俺からは隠れていると言えなくもない。
屋敷の人間に見られていても、動じないということは、隠れている対象は俺ということになる。
「今日はどうしたんだろね」
シルフィードが珍しいという感想を伝えてきた。
「そうだね……。いつもは後ろだもんね……。でも、よりにもよって今日だなんて……」
今日はいろいろ新作魔法をためしたかった。
今、外出を取りやめるわけにはいかない。
こっちに来てずいぶん経っている。
そろそろ限界が来ているような気がしていた。
「これはついて来ようとしてるんだよね、やっぱり」
ルナの考えが手に取るようにわかった。
「そうだろうねー」
シルフィードは楽しそうにわらっていた。
「んー屋敷の前で魔法使うわけにもいかないし、父上の部屋から死角になる位置で縮地使って巻いてしまおう」
方針を決め、そこは見ないようにして歩いていく。
やはりルナは後ろからついてきていた。
もう少ししたら縮地を使える。
その時に、前から村人がやってきた。
「くっ使えないじゃん……」
俺は人目を避けて魔法を使っているため、ここでは使えなかった。
村人は俺には何も言わなかったが、ルナには挨拶をしていた。
「だまっていてー」
必死にルナがお願いしているのが聞こえてきた。
「これって僕が振り向いたらどうなると思う?」
俺はみんなに聞いてみた。
「んーヘリオス君は意地悪だなー」
シルフィードは楽しそうにしていた。
「振り返って」
ミヤは意地悪そうにわらう。
「せっかく努力しているのですから、かわいそうです」
ベリンダはまっとうな意見をいう。
じゃあ、まあもうしばらくほっときますか……。
予定通り、森の方に向かうことにした。
「これじゃ、どこに向かっているのかは、ばれてるよな……」
ルナのストーキングの訓練をしているような気分になってきた。
迷ってうろうろされても困る。
要は、あきらめてもらうことが肝心だった。
森への最短ルートを通り、できる限り安全に思える道を選ぶと、最終的に森の入り口まで来てしまった。
結果的にそれでいいのかもしれない。
目的地が森なら、ルナはあきらめて帰るだろう。
ヘリオスと違い、ルナはその点物わかりがいいはずだ。
あえて危険の中に進む必要は、今のルナには無いはずだ。
「よし、今だ。縮地」
ちょっと小高い丘をのぼり、下りになったときに縮地を使った。
その一瞬で森の入り口まで移動していた。
そして、ルナが丘に現れるのを待ち、そのままゆっくりと森の中に入っていた。
***
「なにあれ!?」
一瞬の出来事だった。
さっきまでこの丘の上にいたはずのヘリオス兄様があんな遠くの森の入り口に立っていた。
私がヘリオスの姿を見失ったのはほんの少しのはず……。
丘の上に登っていくので、上りきるまでは下にいた。
そのあと、急いで駆け上がったから息が上がっている。
「なんで?どうして?」
私に魔法を使ったにしても、私は何ともない。
そして私に魔法をかける真似はしないとわかっている。
「もう!ぜったいあきらめないんだから!」
森に入っていくヘリオス兄様を見つめ、決意を込めて叫んでいた。
急がなきゃ。森の中では迷子になっちゃう。
下り坂だから、いつも以上に走れていた。
「……。ここにはいっていったのよね……」
近くで見る森はうっそうとして、薄暗く、私の心の恐怖を与えていた。
おもわず、元来た道を振り返る。
「うーん……やっぱりこわい……」
恐怖に勝てなかった。
やっぱりダメな私……。
悲しみが私の心を満たしていく。
無力な私、ダメな私。あれほど誓ったのに。私はここでも何もできない。
私は、なにもできない。
上る坂は、果てしなく遠い空をさらに遠く感じさせていた。
***
「帰って行ったね。」
俺はほっと胸をなでおろしていた。
実際はいってきたら、連れ帰るつもりで森の入り口で姿隠しを使っていた。
「どんな用事があったのか知らないけど、ここまで来て話すことでもないと思ったんじゃないかな?」
ルナの行動を分析する。
「そうかなー。あの目は真剣だったと思うよー」
シルフィードはまだルナがついてきそうだと思っていた。
「女の決意は固い」
ミヤがすごいことを言う。
「実際帰ったからもういいでしょう」
ベリンダが行動を見てそう判断する。
「わかんなーい」
疲れた様子だが、ミミルはそれだけは言っていた。
会話には参加したいのだろう。
相変わらず、調子が悪そうだった。
「ん、じゃあもうしばらくここで待つとしますか。そして戻ってこなかったらいこう」
それぞれの意見を参考にして、現実とり得る手段を考えた。
「もう大丈夫みたいだね」
森の外はさっきと変わらなかった。
あれから感覚的に10分くらいたっていた。
いくらなんでも大丈夫だろう。
俺はそう判断して、森の奥へと進んでいった。
この後、ルナの行動はいかに?