月野と皇、魂の会合
最終局面を迎えました。
魔力を吸収し続けるシグルズは、今なお膨張を続けている。
絶えず吸い続けているように見えて、そうではない。
魔力を取り込むときに、一瞬ためる時があった。
その時だけは、魔力の流れが止まっている。
凪ぎのような状態がほんの一瞬だけだがある。
それは不定期に思えたが、実際には定期的だった。
シグルズが吸収しているその魔力は、シグルズ自身が指示しているわけではない。
ジークフリードの指示でシグルズの体が吸収している。
そこに、ほんのわずかなずれが生じている。
そしてもう一つ。
存在の力が示す音とでも呼ぶべきものだろうか。
ジークフリードの存在が奏でるそれと、シグルズの存在が奏でるそれのずれと同じように起きていた。
それは、完全に一つの存在でないことの証。
存在の力が同調していない時を見ればいい。
そこに賭けるしかなかった。
魔法が魔力を介して発動する以上、余分な干渉があれば、うまく発動しない。
タイミングを計り、魔法を仕掛けた。
「同調」
魔力を吸収して、次の魔力を吸収し始めるほんのわずかな瞬間に、俺の魔法が割り込んだ。
***
そこは、真っ白な世界だった。
誰もいないといえるし、すぐそばにいるともいえる。
人によって多少の違いがあるものの、俺にとってここは、もはや見慣れた場所だった。
そして俺は、ヘリオスの姿ではなく、月野の姿でこの場所にいた。
すぐそばに感じる皇を探す。
そうすることで、すぐそばに皇が現れていた。
「お前も異世界人じゃないか!」
皇の言葉は辛辣だった。
「まあ、見た目はそうかもしれないが、正確には違う。ただ、俺も日本には住んでいたよ。名前は月野太陽。はじめまして、皇龍人」
そう言えば、この名を明かすのは精霊たち以外では初めてのことだな。
語り合った結果、妙な親近感を持ったのかもしれない。
「ふん。どう違うというのだ?」
奴はそれでも対話を選んだ。
本当に、語り合ったかいがあったというものだ。
「俺は、もともとこの世界の住人だった。ある事情で、日本に転生したんだ。そこからまた舞い戻ったというわけだ。だから、この姿の魂とこの姿の魂はもともと同じものなのさ」
俺からヘリオスの魂を取出し、新たな存在として確立させる。
いまだ、意識は俺の中にある。
ただ、魂を分化したことで、俺たちは新しい二つの存在に分かれていた。
あっけにとられる皇を無視して、俺はシグルズに問いかけた。
「龍王の子シグルズ。あなたに問う。あなたはこのままでよいとお考えか?」
まさか、この期に及んで異論はないだろう。
龍王の子として聞いたんだ。
期待通りに応えてくれるはず。
「否。我は存在し続けることに意味がある。それは、世界の理でもある」
シグルズの答えは、期待通りのものだった。
これで、道が開けた。
「では、あなたにすべてを託します。どうか、このヘリオスを元の世界に帰してあげてください。これから、俺の中の記憶も力もすべて、このヘリオスに託します。出戻りの魂だけど、そこのさびしがり屋と仲良くやっていきますから」
片手で皇を抑え込み、もう片方の手でシグルズの鎖を引きちぎる。
自由になったシグルズは、ゆっくりとそこから這い出してきた。
「なにを、ばかな!」
暴れるように、皇は反抗したが、ここでの力の使い方は知らないのだろう。
俺にとってその抵抗は、簡単に抑え込めるものだった。
「龍王の子シグルズよ、汝に問う。汝は皇か?」
俺の問いにシグルズは、その偉大な力を解放して答える。
「否。我はシグルズ。龍王の子にして、この世界の力の源」
満足のいく答えだ。
この世界での決別は、魂の分化に相当する。
しかし、ここは意識の世界。
シグルズの肉体にはまだ、皇の魂は残っている。
今はまだそのことに気づいていないだろう。
俺が束縛している皇は、抵抗をあきらめたようにおとなしくしている。
ただ、気づかれてはならない。
皇にはまだ、生き残る可能性がある。
いや、まてよ……。
少し違うが、それは同時俺にも言えることかもしれない。
「では、シグルズ。後のことは頼みます。ミミルという妖精がいるので、彼女にこのヘリオスを渡してください。そうすれば俺は安心です。このヘリオスが目覚めた時、精霊王としても復活するでしょう。俺の方には少し魔力と必要な魔法を魂に刻んでおきます。今の魂も、俺の濃い部分だけを残して返します。今の皇なら、それで十分でしょう」
相手は魔力の塊のような存在。
その力を利用すれば、あらゆることが可能になる。
だから、悟られないように慎重に進めることが必要だ。
そう、契約という名の絆を結ぶ事が出来れば、あるいはひょっとして……。
「承知した。我は汝の願いをかなえよう。その前に、汝に感謝をしよう。よく、我を取り戻した。我はこの世界だ。かわいさあったとはいえ、ジークにその身を任せたのは誤りであった。我が償いは、かの世界で行うとしよう。汝と再び会う時に、そのことを語って聞かせよう」
シグルズは鷹揚に頷いていた。
そして、シグルズは俺に向かってその言葉を告げてきた。
手ごたえはある。
だが、もう一度確かな言葉で交わしておく。
「あはは。龍王も冗談が言えるんだ。話してみるもんだ……。そうですね。その時に聞きます。しっかりと約束しましたよ、龍王。それと……、伝言たのんでいいですか?」
皇はまだ気付いた様子はない。
はたして、龍王は気付いてくれるかどうか……。
「甘えるな。そして我を見くびるな。汝の考えをわからぬはずがなかろう。そのようなことは自ら行うものだ。だが、約束を違えるなよ」
龍王は厳しかった。
同時にそれは、皇を警戒しているといえる。
しかし、確かな感触はあった。
たった一本しかない小さな糸のようなもの。
俺からは手繰り寄せることのできない小さな糸。
その端をシグルズはしっかりと握ってくれている。
「そうだね。虫のいい話だよね。まあいいか。この記憶もこのヘリオスに託そう。俺の気持ち、みんなに伝えてもらいたい。頼むぞ。俺」
遅延発動している魔法の効果が出始めている。
もう時間がない。
遅延発動した次元移動により、二人の異世界人は次元のはざまを漂うことになる。
シグルズは過ちを認めることで、すでに皇との魂の分化まで終えていることを伝えている。
すでにジークフリードの肉体は四散して、あの世界にはない。
これで、皇の魂は意識の方に結びついているはずだ。
もう心配ない。
俺の力、精霊王の力、俺の記憶、ヘリオスの記憶、そのすべてをもう一人の自分であるヘリオスに流していた。
俺の記憶だけでも俺が持ってもよかったが、俺のわがままがそうさせていた。
ヘリオスには、俺のことを覚えていて欲しい。
俺が見ていた、もう一人のヘリオスのことも知っておいてほしい。
その想いが、俺にそうさせていた。
こうすれば、ただの空っぽの俺が出来上がる。
薄れゆく意識の中、シグルズが何かをした気がしたが、良くわからなくなっていた。
そして俺の世界は一変していた。
次は2時です。とてもとても短いお話です。
抜け殻の月野君が皇をつれてとんだ先の話です。
ちょっとだけ変えてみました。




