龍王覚醒
ついにこのときがやってきました。
最初は小さな焦りだったのだろう。
それは、俺が認識することのできないほど小さいものだったに違いない。
今初めて気づくその感覚は、かなり前からだと思えてきた。
そして今、人の身では対応できないと悟った瞬間。
その感覚は我が物顔で、俺の中に居座っていた。
真なる龍神形態。
龍人形態の究極形
それは人の形で龍の力を制御できる最後の手段だ。
それをもってしても、全く歯が立たなかった。
奴の魔力は大きく減っているのは分かっている。
何かで消費したのだろう。
そう考えていた。
浮遊移動要塞ジ・ブラルタル。
その撃沈で力を使ったと思い込んだ。
だが、それは誤りだった。
おそらく奴は、ジ・ブラルタルの中枢部で何かを行った。
だから、魔力を大きくすり減らしたのだ。
今ならよくわかる。
ジ・ブラルタルに巨大な魔力があることを。
特殊な空間にそれがつつまれていることを。
そして、それを中心として何かの力が集まりつつあることも認識した。
これはまさに、屈辱というものだ。
そういう言葉は、忘れて久しかったはずだった。
俺の心にわいた焦りと屈辱。
そのことが、今のままでは勝てないと告げている。
奴は人ではない。
化け物だ。
人でない者に対して、人が勝利する。
そのためには、人を超えた力で対抗するしかない。
この世界では、人は最も脆弱な存在。
人という種が、世界からそういう扱いを受けるのであれば、この世界の力を超える力を人が持てばいい。
高度に発展した魔法文明をもつ、古代王国は滅亡した。
今よりもはるかに魔法を使いこなす人ですら滅亡したのだ。
だから魔法では越えられない。
魔力をよりどころにした種族は、この世界にあふれている。
不死者や魔獣、悪魔といった者たちは、そもそも魔力を活力にしているようなものだ。
そんな者たちと魔力で張り合っても負けるに決まっている。
特に悪魔族に対して、人の魔法はあまりに無力だった。
脆弱な人が、特別な力を持つ必要がある。
この世界にある力を超える何かが必要なのだ。
そして、それを超える何かは、この俺が知っている。
俺には、そのための力がすべてそろっていた。
異世界人としての力と知識。
皇帝に代々伝わる封龍の技。
皇帝という力。
そして、シグルズ。
これらすべてを、俺は最初から手にしていた。
全てを重ね、融合した時、俺は人を超えたはずだった。
そして、人は脆弱な存在から変わるはずだった。
それを奴は、まるで子供を扱うかのようにあしらってきた。
奴を倒さなければ……。
人が人以上のものに対抗できるようにする必要がある。
まだ、俺にはやるべきことが残っている。
だから、躊躇した。
「さあ、いいかげん諦めてください。シグルズを解放するのです。今のままでは、どうしたって、僕には勝てませんよ?」
相変わらずの顔で、俺を見つめている。
確かにそうだ。
その通りだ。
悔しいが、奴はまだ実力を出していない。
奴がとった行動は、ただ一つ。
俺の腹を殴っただけだ。
たったそれだけで、俺は死にかけた。
もはや迷っている場合ではない。
確かに奴自身は、人の世界にとって脅威にはならない化け物かもしれない。
それどころか、奴がいればその脅威を排除することも可能かもしれない。
しかし、俺と奴では決定的な違いがある。
奴は、基本的に共存を望んでいる。
奴の言動がそれを示している。
だが、俺は違う。
俺と奴では考え方が全く違う。
脅威は排除しなければ、永遠に脅威をなくすことはできない。
一時しのぎの対話など、結局は何の役にも立たない。
仮に、今俺と奴の対立にシグルズの解放というエサで対話したとする。
俺はいずれ力を蓄えて、奴をたたくだろう。
そういうことだ。
所詮、主義主張が違うものが、対話で何とかなるものではない。
それは、元の世界の人類の歴史を見ても明らかだ。
もう迷わない。
俺か、奴か、どちらかが果てるまで戦い、そして生き残る。
俺はこの体には戻れないかもしれないが、それでも俺の意志は残してみせる。
そして、カールを動かせばいい。
あの聡明な弟は、俺の考えを理解している。
「そこまで言うのなら見せてやろう。俺の覚悟」
俺の意識の中に封じてある、シグルズの意識。
その封印を解き放ち、俺の意識とシグルズの意識を結びつけた。
魂の融合で取り付けた、シグルズの力の全てを引き抜いた。
魔力の源泉を司る、龍王の子シグルズ。
その圧倒的なまでの魔力が俺の中になだれ込んできた。
人間の脆弱な肉体を、いくら龍の力で強化したところで保てるはずがない。
もはや人の形は跡形もなくはじけ飛び、その力に合わせて変化してく。
なおもなだれ込む力をその身に受けて、俺の意識にも変化が起きる。
力の流れの中にあって、俺の意識を必死につなぎとめておく。
肉体はどうでもいい。
なんなら魂もくれてやる。
ただ、精神は俺のものだ。
俺が、奴を倒すんだ!
精神の世界の中で、俺はシグルズと出会っていた。
「我、覚醒セリ」
「いいや、シグルズ。お前の負けだ。まだ、俺は残っている」
最後の最後のかけだった。
シグルズの魂を引き出したとき、俺の意識を植え込んだ。
シグルズの意識の上から、俺の意識で塗り替える。
目の前のシグルズを鎖で縛り、その意識の自由を奪いとる。
「ジーク、もうあきらめろ」
抵抗する意志がないのか、シグルズは静かに俺を説得してきた。
「いや、もう後には引けない。これは、奴と俺の戦いだ。お前はそこで観戦しろ。力は使わせてもらう」
「ジーク……。あれは精霊王だ。この世の理を統べる存在だ。たとえ勝てたとしても、この世界からはじき出されるぞ。今ならまだわしが交渉に入ってやる。考え直せ。ジーク」
シグルズの瞳は俺を優しく見つめている。
初めて会った時から、俺を見守ってくれていたその瞳は、今も変わっていなかった。
だが、今はそれに感じている暇はない。
精霊王。
この世の力の一柱。
正直、ここまでの力とは思っていなかった。
遠くから眺める山がどれほど大きいのかわからないように、同じ場所に立って初めて理解できる。
奴がどれほど大きな存在だったのかと……。
「それは……。それは、できないな。でも、これでようやく対等だ。ならば、遠慮はいらんな」
でも、それは理解しただけだ。
納得したわけじゃない。
「ジーク……」
まだ何か言いたそうなシグルズに背を向けて、俺は奴と対峙した。
どちらの考えが正しいのかは、勝利した者だけが言えるのだ。
「またせたな。精霊王。ここからが本当の戦いだ」
俺の咆哮が奴を飲み込んだ瞬間だった。
次は6/24 0時になります。




