逃げ惑う人々
ほんの短いお話です。
どうせならということで、キャンディさんに語ってもらいます。
司令室の扉を開けて、通路を少し進んだその先に、一つの集団が待ち構えていたであります。
まだ、階段も下ってはいないのであります。
「あなたたち、まだいたのですねぇ」
サルマカク様はため息交じりにつぶやいていたであります。
もしかすると、分かっていたのかもしれないであります。
「先に退避するよう、指示したであります」
それでも、命令違反には違いないであります。
私の権限で、これは叱責しなければならないのであります。
「我々は、最後までサルマカク様と共に」
航海長が大声で宣言していたであります。
周囲の兵士たちも、それに頷いているのであります。
その心意気には全く賛成なのであります。
ただ、命令違反には違いないのであります。
「困った人たちですねぇ。まあ、我々も退避するのですから。同じですねぇ」
司令室の兵士たちは、サルマカク様が万が一残った場合のことを考えて待機していたようであります。
そんな気持ちを察したのか、サルマカク様は涙交じりに宣言していたであります。
私達は、立派な上官をもって幸せなのであります。
「さあ急ぐのですねぇ」
急いでいくにしても、焦らなくていいのであります。
そう言う気分にさせてくれる、サルマカク様の命令であります。
「はい。急ぐであります」
号令一下、整然と行動を開始していくのでありました。
階段を駆け下り、十一番通路まで来た時に、サルマカク様は突如全員を止めていたであります。
鼻をすすりながら、周囲を窺っていたのであります。
「何か臭うのですねぇ」
そう告げるサルマカク様の目の前に、突然黒髪の少女が現れたのであります。
その姿は、なにやら必死に自分のにおいをかいでいたのであります。
「匂わない。うそつき」
少女の目は怒りに燃えているようでありました。
「他のは、安全な場所まで飛ばした。お前たち最後。うそつきは嫌い。けど、ヘリオスの頼みだから聞いてやる。どこに飛ばしてほしい。どこに帰りたい」
少女はいらいらしながら、一方的に話しかけてきたのであります。
その話しぶり、この少女が私たちを排除しているのでありましょうか?
もしそうだとするならば、かつてない屈辱を受けたのであります。
これを挽回しなければならないのであります。
「私達は元いたところに戻るのであります!」
私達は敗れたわけではないのであります。
ただ、引き返すだけなのであります。
サルマカク様がいる限り、私達は負けることがないのであります。
「元いたところ……。元いたところ……? あの何もないところ? そんなところ? わからない。わからないけど、うそつきたちの言うことだけに、なにかある?」
少女は混乱していたようであります。
しかし、それも長くは続かなかったのであります。
「考えても仕方ない。私も忙しい。希望優先」
少女はそう言うと私たち全員を暗闇に包みこんでいったのであります。
「だいたい、精霊が臭うはずない……」
どこか物憂げで、どこか心配そうなまなざし。
私が最後に見たのは、そんな不思議な衣装に身を包んだ黒髪の少女だったであります。
つぎは20時です。




