混乱する人々
避難勧告を受けました。
「いきなり! いきなり! なんなのですかねぇ」
幾分復活したサルマカク。
その声により、司令室は静まりを見せていた。
突然の警告により騒然としていたのがウソのようだ。
俺としては仮の玉座に座っておきたい気分だが、座りたくない気持ちの方が大きい。
仕方なく、立ってその状況を眺めている。
眼下では、サルマカクと他の司令室兵士が同じ場所に集まっている。
不安があると集まりたくなるからだろう。
さっきのサルマカクの言葉も、たぶん自らの不安が口を突いて出ただけだろう。
「どこからのものですか! だれか報告するであります!」
キャンディだけはその声に反応して、説明を求めている。
しかし、サルマカクに説明できないものを、誰が説明できるというのか。
誰もが戸惑っている。
突然の警告。
自分たちが知らない警告に、言い知れない恐怖を感じているのだろう。
それも当然だ。
世代を超えて、この要塞は管理されていたのだから……。
少なくとも、自分たちがこの要塞を動かしていると自負しているに違いない。
その自分たち以外に、要塞ジ・ブラルタルを制御しているものがいた。
この事実は、要塞にいる全ての人間にとっての屈辱でもあっただろう。
しかも、その警告内容自体もそれに拍車をかけている。
『警告する。ジ・ブラルタルはこれより強制パージを行う。居住区にいる無関係な人間は速やかに退避すること。繰り返す。ジ・ブラルタルはこれより強制パージを行う。居住区にいる無関係な人間は速やかに退避すること』
今もまた、無機質な声で繰り返し告げられている。
幾度となく、同じ間隔で繰り返し流される内容。
制御している自分たちが、無関係な人間とまで落とし込まれている。
「さっきから、いったいどこの命令ですかねぇ。こんなこと記録にはないのですねぇ」
サルマカクの言葉だけ聞くと、焦っているのか、そうでないのか、全く分からない。
ただ、要塞城主の知識にもこの状態は理解できないことはよくわかった。
「強制パージか……。この要塞が崩れるということだ」
もはや、奴が帝国以上の知識を持っていることは決定的だ。
こうなれば、奴が出てくるまでとことん待ってやろう。
「皇帝陛下、何かご存じなのですかねぇ」
サルマカクの声に、司令室の視線がすべて俺に集まってきた。
「強制パージだ。要塞の不要な部分を切り捨てるということだ。それがどの範囲かはわからん。さっきも聞いたように、あの球体の中に奴が入って行った後にこの展開だ。奴にとって不要なものを切り離すのだろう。それは我々帝国かもしれんな」
観念的なものなのか、それとも実質的なものなのかわからない。
少なくとも、この声が奴のものでない以上、ここには管理機構が存在していたということだ。
奴はそれに命令している。
奴に必要な部分を残して、要塞の不要なものを取り除いていくつもりだろう。
「それは大変なことですねぇ。何とかならないのですかねぇ」
サルマカクは、何か手がないか探しているようだが、状況的には難しいだろうな。
奴が入った球体。
今の状況から考えると、本当の基部にもぐりこんだということだ。
忌々しいやつだ。
帝国の要塞であるのに、俺の知らない方法で侵入していきやがった。
要塞内部、しかも中枢と言える場所があるのだろう。
その場所に断りもせず、土足で入り込んでいった。
その上強制パージとは、いったい何様のつもりだ。
ますます、気に食わない。
しかし、そう言っていられない状況でもある。
このままいくと最悪な状態になるか……。
ここの兵士たちはそれなりに使える可能性がある。
サルマカクの不思議な嗅覚も、使いようによっては使えるかもしれない。
「おまえたち、この城砦が崩れると脱出困難になるかもしれん。先に避難しろ。俺は少しやることがある。おそらく、奴がくるだろうから、ここで待っておくことにする」
奴には待たされてばかりだが、主導権を握られている以上仕方がない。
今は待ってやる。
しかし、最後に笑うのはこの俺だ。
「皇帝陛下!」
サルマカクが驚きの声を上げていた。
口調そのものがなくなるほど驚くことだろうか?
「お前たちを失うわけにはいかん。帝国の未来のために、今は引け」
威圧も何も込めない命令。
言葉だけで人を動かすのは久しぶりだ。
しばらくの沈黙。
本来であれば許さない沈黙だな。
それは、俺の命令に逆らう意思を示しているのと同じなのだ。
しかし、今だけは待とう。
サルマカクは、俺のいう事が理解できる頭を持っている。
言動は妙な奴だが、状況を判断して、自分で決断できるやつだ。
俺が求めていた人材。
まさか、こんなところに埋まっているとは思わなかった。
「勅命、承りましたのですねぇ」
決心したサルマカクが、おもむろに膝をついている。
その時、一糸乱れぬ動きで、司令室の人間すべてが片膝をつき、頭を下げていた。
「ゆけ」
短く命令し、行動を促す。
その命令をたがうことなく実行に移すサルマカク。
「キャンディ。退避命令ですねぇ」
立ち上がりながら、俺に背を向け命令を下す。
「総員退避。各班に分かれて速やかに行動するであります!」
キャンディの号令が要塞中に響き渡っていた。
それを待っていたかのように、要塞が崩れる音が聞こえてきた。
近くではないことから、外壁の一部を排除しているのだろう。
そして、それは次々と起こっていた。
各部から連絡が入り、状況が整理されていく。
その中で、全く崩れていない場所があった。
一部を残して、外側から順に崩している。
あたかもそれは、ここから逃げるようにという意思だろう。
「クックック。奴め。あじなまねを。お前たち、そこから逃げろ。そこ以外は崩れるぞ」
俺は笑いながらそう指示していた。
「総員。十一番通路から退避。それ以外は崩壊の危険性があるであります。速やかに行動するであります!」
キャンディの緊張した声が要塞中に伝わっていく。
*
そこら中から、轟音が響いてくる。
崩れ落ちる城壁、構造物、そして土煙が周囲を覆い尽くしているだろう。
司令室には俺とサルマカクとキャンディだけが残っていた。
「皇帝陛下。お先に失礼するのですねぇ。また、帝都でお会いしたいのですねぇ」
サルマカクは縁起でもないことを告げてきた。
「おい。それは、こういう場では言ってはいけない言葉だろうが」
それは、本当の世界でのお約束。
幼いころの俺の知識。
死亡フラグ。
何を言われたのかわからない顔で、サルマカクは俺を見ている。
「……そうだな。そうしよう」
そう告げると、安心したのだろう。
サルマカクたちは、司令室から出ていった。
「ふん、いまさらだな……」
説明しても、理解できまい。
理解するためには、その背景がいる。
この世界では、その背景すら説明できない。
「愚かなことだ……」
自嘲の笑みを意識した。
説明できないことに理解を求める。
そんな愚かなことは、とっくにあきらめたはずだった。
そういえば、この世界に来てそう思う日々が多かった。
そうか……。
俺は、自分と価値観の違うこの世界で、俺の知っていることを共有したかったのかもしれない。
銃、戦車、大砲、といった兵器
車やドローンといったものまで、俺はその価値観を共有したかったのか……。
人類の危機を感じていたことは間違いない。
しかし、さっきの死亡フラグにしてもそうだ。
共有できないという事が寂しかったのかもしれない。
この期に及んで、自分の気持ちの一部を発見できたというのか……。
「ふっ、これは俺のフラグか?」
嘲る思考が理解を降らす。
しかし、納得はしない。
悟りという言葉もある。
突如俺の前に現れた奴をにらみつけ、俺はそう考えていた。
つぎは18時です。
再び皇帝とヘリオス君の対面です。
しかし、その前にサルマカクたちの状況を、キャンディさんがお届けします。




