その世界の中心で
長々とお付き合いいただきありがとうございます。
徐々に最後の戦闘に入っていきます。
「ここです。ヘリオス様」
そこは、少し小高い丘のような場所。
その横に、大きな岩が置いてあった。
何の加工もしていない、自然岩を持ってきて置いただけだろう。
ザロックはその前に立ちながら、ある場所を示していた。
そこには小さく文字が掘ってあった。
古代語で書かれた文字はかすれもせずに、その製作者の意図を今に伝えている。
「『ふたたび、だいちとあらんことを』か。古代王国期のものとしては珍しいな。少なくともこの制作者は平和利用を求めていたんだね」
その文字を片手でなぞりながら、製作者の意図を感じ取る。
これだけの規模だ。
一人で作ったわけじゃない。
色んな人の思惑があったに違いない。
でも、この場所にこの岩を置いた人は、ここがそうなることを願ったんだ。
高度な魔法文明を誇った古代王国。
その世界がいかにして滅んだのかは記録が伝えている。
しかし、その中でも、ここの制作者のように考えていた人もいたんだ……。
「名もなき制作者さん。あなたの望み、今こそ叶えます。この砂漠に、あなたの望んだように、ジ・ブラルタルは大地に根付きます。その力は、僕が有効利用させてもらいます」
不思議な縁を感じながら、指示を待つザロックに合図した。
「かしこまりました。ヘリオス様。今より、基幹部分を残し、すべての区画を強制排除します。その後、オーバードライブモードに切り替えて、この空間を可能な限り広げていきます。最大展開後のことはお任せしてもよろしいでしょうか?」
自らの作業とその後のことを確認してきた。
「いいよ。強制パージを開始して。展開後の接続と現実空間との固定は任せて」
一部をつなげて、一部を残す。
こうしておけば、そこからしか侵入はできない。
つながりを大地に。
このジ・ブラルタルを大地に根付かせておくことが、この製作者の意図にもつながっていく。
「では……。居住区にいる人間を先ず退避させます。従わない場合はいかがなさいますか?」
ザロックは一応確認しているだけのようだった。
すでに無人区画のパージは開始しているのだろう。
人を認識するあたり、ザロックの思考形態は極めてまともだと思う。
「退避勧告を繰り返して、最終的には強制排除するよ。ただ、一人だけ大きな力の存在がある。それは言うこと聞かないかもしれないけど、ほっといていい。この程度では死なないから」
たぶん俺が出るまでは動かないだろう。
強行策に出てくれなくて、本当によかった。
「仰せのままに」
ザロックは与えられた任務を、即座に実行しているようだった。
「じゃあ、その間に、君たちの場所を決めようか」
俺とホタル、エウリュディケは親子のように並んで歩き、その場所を決めていた。
それは、ちょうどその岩のよこ。
小高い丘のような場所。
軽く飛び上がり、場所の位置を観測する。
そして、そのまま外部に転移する。
空間をつなげる以上、中と外の情報は可能な限り持っておきたい。
すぐに戻った俺は、楽しみにしているホタルに、満面の笑みをおくる。
「ホタル、長いこと待たせたね。君はこの地で新しい世界を作るんだ。僕の望む世界。わかるよね」
しゃがみこんで、頭をなでながら、俺はホタルにお願いをする。
「大丈夫だよ。ホタル、お父さんのお手伝いちゃんとできるよ」
にっこりとほほ笑むホタルだった。
「じゃあ、エウリュディケ。君も頼んだよ」
立ち上がった俺の前に、エウリュディケが片膝をつく。
その肩をたたきながら、ホタルの援助を頼んでおいた。
「非力なれども、わが存在のすべてをかけて」
決意のこもったエウリュディケの声が、安心感を与えてくれる。
その時、ゆっくりと近づくザロックの姿が見えた。
「困ったことになりました。なかなか退去に応じてくれません」
言葉とは裏腹に、全く困った表情を見せていない。
それでも、判断に迷っているのだろう。
本当に、この製作者の安全機能は十分に働いているようだった。
「しかたないよ。言うこと聞かない悪い子は、どうなっても知らない。最後の警告を出した後、安全に退去できるルートを残して、それ以外はパージを続けて。危険とわかったら逃げるでしょ」
たぶん、皇帝が逃げないからだ。
皇帝が先頭に立たなければ、彼らも退避できないだろう。
しかし、現実に危機が迫った場合、皇帝の方から命令するに違いない。
「御意」
その意味を正確に理解したザロックは、再度自分に与えられた仕事をしているようだった。
「じゃあ、始めるか。まずはみんな、いったん集まってくれるかな?」
俺の呼びかけに応じて、シルフィード、ベリンダ、ミヤ、ノルン、フレイが姿を現す。
姿を現した瞬間、ノルンが指さして爆笑していた。
「道化師ミミル!」
ノルンの声で、精霊たちはみんなつられて笑っている。
たまらず、俺のポケットに隠れるミミル。
「ほらほら、その辺でもうやめようね。ミミルはミミルだよ。ミミルもほら、ウソ泣きはやめて笑顔を運んでね」
そっとその首つまんで、泣いていないミミルを目の前に持ってくる。
「えへへ。ばれた?」
ミミルはやっぱりミミルだった。
「それでも、ミミルも傷つくから、これ以上はなし。いいね、ノルン」
一応そうくぎを刺しておく。
まあ、言わなくても大丈夫だろうけど……。
彼女らの言葉には悪意がない。
ミミルもそれが分かっているからだけど、事情を知らない人が聞けばあまりいい気分ではないだろう。
「なんで、うちばっかり……」
口をとがらせて文句を言うノルンだった。
でも、ノルンもそのあたりをわきまえてくれている。
だから、安心して任せる事も出来る。
まあ、それがノルンにとって不満なのかもしれないけど……。
無言で見つめると、カールスマイルで返してきた。
まあ、大丈夫だな……。
そして、改めて、挑むように精霊たちに宣言する。
「よし。じゃあ、今からこの砂漠を緑地化する。少し時間はかかるけど、古代王国の遺産を最大限に使うから、少しは楽だろう。君たちも手伝ってね。それから、この地をホタルの森とする。何もないこの地からはじめよう」
精霊たちの笑顔が頼もしい。
その前に、再び無言で片手を差し出す。
さっきと同じように、精霊たちは次々にその手を重ねていき、最後にフレイが着地した。
ここにいるすべての精霊が、その気持ちを一つにする。
「よしいこう! この砂漠は、いわば英雄の始まりの地。ここからもう一度始めよう」
宣言と共に、大きくその手を振り上げていた。
中央に乗っていたフレイがその本来の姿に戻り、この空間で羽ばたく。
「ヘリオス様。パージ進行中です。ほぼすべての人間が離脱を開始しています。ただ、天守塔および、その付近にはまだ人が残っています」
ザロックが恭しく告げてきた。
「まあ、そんなことだろうと思ったよ。どんどんパージして。あとで会いに行ってくるよ」
無言で頷く、ザロック。
その視線は、これから俺がすることに興味を持っているようだった。
専用空間からホタルの木を取り出して、定めた位置に植える。
ホタルの木は、最初その場所でくすぐったそうに、その身を震わせていた。
そして、その変化はいきなり起こっていた。
かりそめの大地から、真なる大地に根を下ろすべく、その力を奥へ奥へと伸ばしているようだった。
やがて、真なる大地にたどり着き、その力を吸い上げたホタルは、驚くべき成長を遂げていた。
幹は太く、しっかりとしたものに。
枝はどこまでも、どこまでも、果てしないものを追いかけるかの如く、周囲に展開していった。
その枝からは、緑があふれ出していく。
やがてそれは、緑あふれる巨木へと成長していた。
そして、精霊体の方にも変化があった。
幼女から少女へ。
愛くるしさを残したまま、少し背を伸ばしたホタルが俺に抱きついていた。
「お父さん。大好き!」
俺の首に抱きつき、その頬に口づけをしたホタルは、本当に幸せそうだった。
「ずいぶん待たせたね」
しっかりとその腰を持って抱き上げ、そのまま抱擁する。
「急に大きくなった。もう肩車はできないかな?」
口をついたその言葉には、寂しさが紛れ込んでいるのだと自覚する。
そんな俺に、ホタルは口をとがらせて抗議してきた。
「えー。だめだよ」
まだまだ甘えたりないと言わんばかりに、頬をふくらましている。
そんな姿を見せられると、ついうっかりとやってしまった。
もう一度その腰を持って、高らかに抱き上げる。
うれしそうなホタルの笑顔が、とても心地よかった。
「あはは」
ホタルを抱えたまま回った時に、色々な視線が俺に向けられていたのを見てしまった。
おもむろに周囲に目をやると、案の定、俺の前に行列ができていた。
「あはは。あはは……」
すべての精霊の腰を持って、同じように抱きかかえた俺。
最後に、そこに並んでいたフレイを目にして、ちょっと戸惑ってしまった。
「ん? フレイ。どうしてほしいの?」
よくわからないが羽を広げている。
「ふむ……。おなじこと?」
よくわからないフレイだったが、それなりに喜んでいた。
「さあ、次はエウリュディケだ」
そういってエウリュディケを呼んでみたが、なにやらもじもじしている。
意味ありげに笑っているノルンの顔をみて、同じようにエウリュディケも抱え上げた。
満足そうなエウリュディケに、改めて告げる。
「じゃあ、エウリュディケはここに」
エウリュディケの木は、ホタルの木から少し離れた場所にしておいた。
たぶん、ホタルの木はまだ成長する気がする。
ホタルほど劇的な変化はなかったが、エウリュディケの木もしっかりとした大樹に成長していた。
精霊体の方は変化を見せないのは、たぶんノルンと同じようにしているのだろう。
「ヘリオス様。最大展開を終えました。あとはよろしくお願いします」
俺の方が終わるのを待っていたのかもしれない。
待っていたかのようなタイミングで、ザロックが自分の使命が終わったことを告げてきた。
無言でそれに頷くと、それぞれの空間を繋げて固定する。
これで、ここのシステムが砂漠全体に作用するはず。
ホタルの木を介して、砂漠が緑あふれる大地によみがえるはずだ。
「よし。じゃあ、余分なものをすべて排除して、この地を再び緑あふれる大地に戻そう」
高らかに宣言した俺は、それぞれに使命をつげる。
「シルフィードは残骸から、ここの子たちを守ってあげて、余分なものは吹き飛ばしてもいいよ」
満面の笑みで応えるシルフィード。
「ベリンダ。もう一度、さらなる上空の大気から水を集めておいて。後で雨を降らせるんだ。あとは、ついでに地下水脈もさがしてくれるかな? きっと後で役に立つから」
無言で頷くベリンダ。
「ミヤ。この付近にいる帝国を全部よそに飛ばしておいて。すでに離脱している人も含めて、この地から追い出して。その後はベリンダのお手伝いね」
心配そうに見つめるミヤ。
「ノルン。君の結界で、戦いの衝撃からここを守っておいて。最後には別空間に移動するけど、それまでの衝撃はそれなりにあるだろうからね」
カールスマイルのノルン。
本当にそれ、やめてほしい……。
「フレイ。君の浄化の炎で、余分なものを一度焼き払っておいて。砂漠中だから大変だと思うけど、ホタルの森は多分急速に成長するからね。そのあとはノルンの手伝いを頼んだよ」
再び元の姿で翼を広げるフレイ。
「ミミル。みんなとの連絡よろしくね」
頭の上で髪を引っ張るミミル。
「ホタル。エウリュディケ。君たちは自分たちの存在をしっかり根付かせて、周りの変化に対応し、自分たちの領域を広げていくんだ。ただし、それは、僕が地下以外も空間をつなげてからね。ただ、ここの空間隔離はある程度残すから、そのつもりで」
それぞれの木の前で、頼もしく頷く二人。
全員が俺を見ている。
それぞれの仕事を割り振った。
それぞれが、自分たちのなすべきことを理解している。
もう大丈夫だ。
俺がいなくても、この子たちが十分ここを支えてくれる。
そう思った瞬間、安堵のため息が出ていた。
「ヘリオス君。だめだよ!」
そんな俺の考えを、シルフィードは見逃さなかった。
ミヤが心配そうに、俺の左手を引っ張っている。
「そうだね。そうだったね。じゃあ、行ってくる。頼んだよ。みんな」
そうだ、俺はあきらめの悪いほうだった。
この世界に、戻ったのもそのためだ。
俺の居場所はここにある。
そして、この場所がどう変わったのかを見届けるんだ。
「しゃーないな。お帰りの挨拶は、一番役に立つウチがしたるわ!」
ノルンの声に精霊たちが、笑顔で抗議の名乗りを上げていた。
その声に、片手をあげて答えながら、俺は皇帝の待つ場所へと転移した。
次は16時です。
皇帝との対面の前に、帝国側の様子を先ずお伝えします。