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夢の世界の中で僕は  作者: あきのななぐさ
夢の世界へ
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魔獣討伐

バーンとシエルと共に魔獣討伐に参加したヘリオス君です。

――ヘリオス(月野)の章――


「シエルさん、バーンさん途中までよろしくお願いします」

魔獣討伐隊の出発式に合流し、俺はまず二人に挨拶していた。

その後、二人は全体の指揮を執るべく、いったん先頭に移動した。

名残惜しそうな視線のシエルを、バーンが引きずりながら連れて行く。


もはや笑うしかなかった。

あらためて、魔獣討伐隊を観察する。


魔獣討伐隊が結成され、出発するには時間を要しなかった。

その数6人冒険者が4組。

それなりの大人数になった。それにバーンとシエルが加わっている。


バーンとシエルは、この隊の全体的な責任者となっていた。

そして珍しい、2人でのパーティだった。


それほどこの2人は他を圧倒する力量をもっていた。

そして参加したのは、すべてこの街の冒険者で、この街を大切に思っている人たちだった。


俺とメルクーアは方角が途中までは同じということで、表向きは途中まで同行することになっていた。


実際には俺が魔獣退治を見学したいとメルクーアに嘆願したのだが、意外にもあっさり受け入れてくれた。


冒険者たちは大魔導師のメルクーアが、途中までだが同行してくれることにかなり緊張したようだった。


工芸ギルドの幹部から、バーンに激励がとぶ。


「出発!」

バーンが高らかに宣言すると、魔獣討伐隊の一行はオーブ領への街道を進んでいった。




途中ウォーラビット、ウォーラットの群れやウルフといった魔獣としては格下な相手にたびたび遭遇し、各パーティはそれを次々と撃退していった。

ある程度の間隔で、パーティごとに周辺警戒探索を行う。

その間、本体は先行するというやり方をとり、2日かけて目標地点からちょうど中間にあたる村までやってきた。


ここで探索に出ていたパーティを一度待つことになっていた。



道中魔術師たちはメルクーアに教えを乞い、メルクーアもそれに応えていた。

驚くべきことに、それぞれ短期間でかなり成長していた。

指導がいいと伸びるのも早いとうわさされた。



俺から見て、メルクーアは品定めをしている。

何のためかわからないが、実力を計りながら指導している。

魔術師だけでなく、戦士や、助祭、暗殺者といった職業の者とも親密に話していた。

その中で何人かを俺のもとに連れてきている。

すべては、ヘリオスのためといったところだ。

この母は、ヘリオスのために今必死で人物探しをしているんだ。

俺の目にはそう映っていた。


その結果、それ以外の人たちも俺に興味を持って近づこうとしたが、シエルがそれを許さなかった。


それどころか、明確に威嚇している。

ほかの者たちは身の危険すら感じ、誰も俺には近づかなかった。


これは俺にとっても好都合だった。

余分な気を遣わなくて済む。

メルクーアが指導していて、有望な人物は直接連れてきてくれた。

だからこの場で、俺自身がヘリオスのために何かする必要がなかった。


というよりも、俺がここで実力を見せるわけにはいかなかった。


だから、可能な限り、シエルと行動を共にすることにした。



――シエルの章――


もう、天にも駆け上りたい気分!

毎日が幸せ。

そんなことが言える日が来るなんて思わなかった。


この作戦は、私にとっては好きなもの――かわいいものグッズ――を守るために戦い。

ヘリオスとの憩いの時間を削ってまでこの作戦に参加した。

まさに身を切られる思い!


それが、それが、ヘリオスの方から参加したいと言ってくるなんて!!

花が咲き乱れる高原を、はだしで駆けまわっている気分!


「わたしはヘリオスの護衛」

最初そう言っておく。

ヘリオスのそばから片時も離れない。

バーンに何を言われようとかまわなかった。


かわいい物をかわいい者と共に守る。

そしてそのかわいい者を私が守る。

ヘリオスの右側を十分警戒しながら、私はヘリオスの左側を堪能し続けていた。


――バーンの章――


「おまえな……いいかげん仕事しろ……」

そう言っても、シエルは相変わらずシエルだった。


「仕事はしてる。ヘリオスの護衛」

公然と言い放っていた。

しかし、誰もシエルには文句を言わなかった。


シエルの手を借りるまでもなく、自分たちの手で速やかに魔獣の排除ができていたこともある。

魔術師たちは特にメルクーアによる実戦形式での指導があったので、自分たちで率先して動いていたからだ。


それでも何もしないというのは、士気にかかわる。

ひょんなところでくすぶっていた不満が表面化するかもしれない。

俺はその危険性が怖かった。


しかし、シエルの奇行は今に始まったもんじゃない。

それは全員が知っていることだ。

今はそれでいいと思っていた。


しかしその考えも、ここまでのようだった。

ワーベアが襲い掛かってくるのが見えた。



めんどくさいやつらがいるな……。

俺の想いとは別に、一同に緊張感が走っている。


確かに、こいつらはそういう相手か……。

彼我の実力を思うと、そう思えてきた。

しかし、こんなところでもたもたしてられなかった。



「おまえな……。1回ぐらい、ヘリオスにいいとこ見せてみろよ……」

ためしにシエルにそう言ってみた。


半ば文句を言いつつも、迫りくるワーベアたちを目の前にして、シエルは魔法を発動した。


「じゃま」

ただそう言って、魔法を発動したシエルはやはり別格だった。


耐久力に定評があり、その体毛は生半可な剣を通さず、魔力耐性もあるワーベア。

それは、冒険者にとって相手をしたくない分類にあげられている。

その群れを一瞬で氷の彫刻に変えていた。



日の光を浴びて、キラキラと輝くその姿はまさに芸術品だった。

一瞬で凍らされたことにより、先ほどまでの凶暴さがにじみ出ている。

これこそ、躍動感あふれる彫像だった。


「きえて」

振り返りながらそういうと、シエルの背後で彫像は爆発した。

いっさいの血肉が飛び散っていない。

生物ではなく、本当に氷の彫像を破壊した感じだった。

いつみてもきれいな魔法だ。


周囲から感嘆の声が聞こえてきた。


光を乱反射させて輝く氷の破片。

それを背にしたシエルもまた、幻想的な美しさがあった。


その魔力発動から威力、そして高度な範囲調整に至る流れは、それだけで感動を覚えるものだった。

シエルが氷の魔女と呼ばれる所以だった。


しかし、俺は知っている。

その通り名には毒舌も入っているということを。

まあ、ヘリオスには内緒にしておいてやろう。

俺は親切心を最大限に発揮していた。



「すごい!すごい!きれいです。シエルさん」

ヘリオスは素直にそう言ってシエルの魔法を絶賛していた。

その純真無垢な瞳が、シエルの心を刺激する。


「くーーーー」

新たな快感に身を悶えるシエル。


再びその感覚を得るために、その後シエルは率先して魔獣を氷漬けにしていった。



やっぱり、ヘリオスは人を使う才能がある

俺はシエルの活躍を半ばあきれながらほめていた。


シエルが魔法を使うたびに、喜ぶヘリオスともだえるシエル。

二人の美少女が織りなす共演は、冒険者たちの格好の噂になっていた。


あの噂は本当だった。

そう囁かれているのを、俺は聞いてないふりをした。




中間地点での村で後続を待っているときに、突然その知らせはもたらされてきた。

使者としてやってきたのは、戦闘訓練も何もしていないモーント辺境伯の使用人だった。


「例の場所で新たな魔物の群れが来ております。メルクーア様には一刻も早くお屋敷にお戻りください」

そう言って使者は自分ののってきた馬をメルクーアに差し出した。


「しかし、ヘリオスを……」

メルクーアは躊躇している。ヘリオスはまだ、10歳だ。

母親としては、一人にするのは心配なのだろう。


「その点に関してはご心配ございません。わたしがヘリオス坊ちゃんのおそばにいるように命じられております」

そう言って頭を下げる使者は、確かにヘリオスも知っているようだった。

しかし、メルクーアはその姿を見てはいない。

ただ、ヘリオスを見ていた。


「わかりました。あなたに任せます。あとのことはくれぐれも頼みましたよ」

そう言って、手綱を受け取った。


「ヘリオス、自分の目で見たこと、耳で聞いたことを大事にしなさい。そして、いつも考える頭を持ちなさい。この旅であなたが得ることはたくさんあるはずです。あなたの成長を見ることが出来なくて残念です」

そう言ってヘリオスの頭をなでる。


俺は、認識を間違えていることに気が付いた。

メルクーアは、ヘリオスを一人にすることなど、全く心配していない。

自分がその目で、急激に成長するであろう息子の姿を、見れないことが残念なのだ。

この母親のすごさを垣間見た気がした。



「はい、お母さま。お気をつけて。いろいろ見て勉強します」

ヘリオスはしっかりとした顔で、そう返事している。

この母親の期待を、この子はしっかりと認識している。


確かなきずなを俺は感じた。

俺は責任者として挨拶するため、ヘリオスの隣に歩いて行った。

絶えず、そこにいるシエルはまあ、放置だ。

メルクーアはにっこりほほ笑むと、俺たちに顔を向けていた。


「バーンさん、シエルさん、どうかヘリオスのことをよろしくお願いしますね」

そう言ってメルクーアは頭を下げていた。

辺境伯婦人であり、大魔導師メルクーア。

その願いは、俺の心に火をつけた。


「任せてください、メルクーア様。その役目しっかりと果します」

柄にもなく、俺はそう宣言していた。


「わかりました、お義母かあさま」

シエルはまた妙なことを口走っている。

後頭部をはたいておいた。


メルクーアはもはやシエルとのやり取りを覚えたようで、にっこり微笑むと馬上の人となった。


「では皆さんも、無理せずに」

全員にそう言って、メルクーアは急ぎ馬を走らせていった。




そのあとも俺たちは順調に魔獣を退治していった。

いったいこれほどの魔獣がどこから湧いていたのか疑問に思う。

街から追加の食糧支援部隊がやってきたことで、俺たちの通った後には出現していないことは確認できていた。


出発前の情報で、魔獣出現ポイントとして設定していたところに差し掛かっていた。

俺は念のために、一つのパーティを先行調査させることにした。



「絶対に深追いはしないこと、無理とわかれば即時撤退だ。任務は偵察だとおもってくれ」

俺は先行調査隊にそう告げていた。


そして、必ず2日後に、本隊に合流できる範囲までを調査区域にしていた。



調査隊が先行して半日たったころ、近くに村があることが分かった。

情報にない村だった。

ちょうどよかったので、そこで調査隊を待つことにした。

周辺の状況を確認すると、やはり魔獣は存在しているようだった。

念のために、それぞれで駆逐することにした。



俺自身も周辺の討伐に向かう。

この時ばかりは、シエルも文句は言わなかった。

ヘリオスはおとなしく、屋敷からやってきた男と留守をしてくれていた。

ヘリオスはともかく、屋敷の使用人は戦闘経験がなさそうだった。

正直、ついてこられると足手まといにしかならない。

おそらくヘリオスはそれを考えているのだろう。

自分から留守番を買って出ていた。


つくづく頭が回るものだと感心した。

周辺の魔獣をほぼ駆逐し終わったころ、俺は村に戻っていた。

疲れていたが、少し休憩すれば問題ない。

シエルも今回ついていただけだ。


村の入り口で、先発地調査隊が戻っているという報告を受けた。

正直休息してから聞きたかったが、その雰囲気から先に聞いた方がよさそうだった。

シエルを見ると、黙って頷いていた。

俺は、広場へと足を向けていた。


パーティの状態はさんざんたるものだった。


幸いにして、死者はでなかったようだが、そのパーティはこれ以上参加できそうにないくらい疲弊していた。


彼らが幸運だったのは、助祭級の術者がいたことだった。

そうでなければ、危なかったというものだ。


「マンティコアか……」

更に面倒な奴がここにいた。


マンティコアは老人の顔にライオンの胴体、蝙蝠の羽にサソリの尾をもつ合成獣キメラだ。その能力は個体差が大きいが、通常並みの実力では相手をするのも難しい。

人語を理解し、知能も高い個体も存在する。

また、まれに仲間を召還する能力を持つものもいると聞く。


「やっかいだな……」

俺は過去に戦ったことがあるので、その能力、実力は大まかにわかる。

俺とシエルなら1、2体ならまったく問題ないだろう。

しかし、他のメンバーとなるとその危険性は大きい。


人数を増やしたところで連携が取れるかどうかわからない。

有機的に動けなければ烏合の衆とかしてしまう。


「それで、その場所はここから近いのか?」

リーダーは手傷を負っていたが、答えることはできていた。


「マンティコアに最初に遭遇した地点は、ここからそう遠くないところです」

あいまいな返事だった。

逃げる時には必死で、周囲を確認できなかったというわけだった。


捜索するには時間がかかったが、退却するには時間がかからなかった。

実際、この村から周囲に探索に出たパーティが彼らを救助していることからもそれは裏付けられている。


「この村の警戒が必要だ。諸君はここで待機しておいてくれ。シエル。悪いが、また付き合ってもらうぞ」

俺はそういうと、準備にかかっていた。


「人使い荒い……」

文句を言うシエルも、いつものように準備しようと動き出していた。


「ヘリオスはここに残っていてくれ。わかるよな」

真剣にヘリオスの顔を見る。

一応念押ししたが、それは必要なかったようだ。


「バーンさん、お気をつけて。ここはお任せください」

ただそれだけを笑顔で答えていた。


本当に俺は感心していた。

見学するためについてきている。

しかし、状況が変化していた。

この村は、出発前には情報になかった村だ。

意図的に隠されていたのか、単なるミスかわからない。

しかし、それでも村人はここで暮らしている。

その近くに、魔獣がまだいて、さらにマンティコアまでいるのだ。

この村の守りも必要なのだ。


もしもマンティコアがこの村に来ることがあれば撃退しなければ、村が危ない。

俺はヘリオスにそれだけの力があると考えていた。


それを正確に読み取っている。


「よし、いいこだ」

思わず、ヘリオスの頭をなでていた。

本当に理解が良くて助かる。

ついでに、リーダーがすべきことも教えておこう。

こいつにはいろいろ教えておきたいことがある。

つい、そんなことを考えていると、俺の手が空をなでていることに気が付いた。


ヘリオスが忽然と姿を消したように感じたが、それが誤解だった。

ヘリオスは、シエルに抱えられていた。

その顔は、思考を停止した顔だった。


「おまえね……」

シエルの行動に、あきれていた。


「あたまがわるくなる」

ひどい言い草だった。


俺からヘリオスをひったくり、ヘリオスの頭をなでながらシエルは俺をにらんでいる。



ヘリオスはもはやされるがままだ。


「はいはい、準備はいいか?」

俺はもはやそれしかいうことはなかった。


「問題ない」

シエルはさらにヘリオスに抱きつくとそう言った。

ヘリオスはもはや抵抗することは無意味と悟っているようで、シエルに身を任せていた。


「そのままでもいいから、ヘリオス連れて俺のあとについてきてくれ」

とりあえず、ヘリオスには見せておこう。


まず、残るパーティで暫定的なリーダーを決める。

これは大事なことだ。

指示系統が混乱すれば、味方は統制が取れなくなる。

特に実力が拮抗している場合、その混乱は収拾が難しい。

この場合の混乱は、俺たちが戻らないことだ。

常に、いろいろな選択肢を考える。

そしてその先の行動を予測する。

それに対応した対策を考える。

これを伝えたかった。


暫定リーダーに、俺たちが戻らなかった場合は、村人をつれて速やかに退避するように命令した。


そしてそれぞれのパーティに、今から4時間ごとのパーティ単位で、村の警戒をしておくように指示した。

警戒以外は、必ず休息を取るようにも厳命しておいた。


次は村人への対応だ。

これは、混乱してからでは遅い。

今まで魔獣が出ていても、この村にとどまった経験は、きっと避難を遅らすことになる。


村の村長や主だったものには魔獣襲来の危険があるので、外に出歩かないように説明した。

そして万が一の場合にはここから避難できるように準備するように説明した。


皆俺の真剣で誠実な説明に、納得してくれているようだった。


ヘリオスはしっかりと見学していた。

その瞳は、俺が伝えたかった以上のものを吸収しているに違いない。

そう思わせてくれる感じだった。


おおよその準備が整った頃、俺は全員に宣言した。


「夜になるが、しかたがない。いくぞ」

相手がどのくらいか正確につかむ必要がある。


それには一当たりしてみないといけない。

それが俺の持論だ。


それに、城や砦なら別として、村というのは守るに不向きだ。

数が少なければ倒してしまうこと方が、脅威の排除になる。

そう考えての出発だ。


「俺も勤勉になったもんだ。」

英雄誕生の息吹を感じ、刺激を受けたのかもしれない。

俺の背中を見守る視線を感じつつ、俺はシエルと共に出発した。



――ヘリオス(月野)の章――



バーンが村を出発してしばらくして、俺は言い知れない不安感に襲われていた。

おりしも、来訪を告げる気配がした。


「アレン、僕は少し夜風に当たります」

メルクーアと入れ替わり、行動を共にしているアレンに対して、俺はそう言って小屋からでていった。


アレンは何も言わずに頭を下げると、そのまま小屋の中で報告書を作成していた。

ヘリオスの周囲は相変わらずで、屋敷はヘリオスにとって、居心地のよい場所ではなかった。

このアレンもその一人でヘリオスには義務感からついているだけだ。

しかし、問題となるのは父親への報告がどのようにされるかだ。


街で仕入れた情報から父親が何らかの工作をしている可能性があることに気が付いている。


しかし、確証がない。

この魔獣にしても父親の策謀かもしれない。


一体何のために?

浮ぶ疑問に答えるだけの情報はなかった。


タイミングよく帰還命令が出たメルクーアのことを考えても、より一層その可能性が現実味を帯びている。

そして、何故、メルクーアを帰還させたのか。

考えられるのは、メルクーアがいては目的が果たせなくなる。

逆に言えば、メルクーアがいなければ、目的は達成できる。

そういう事だ。

そして、アレンをつけたということは、父親が俺に何らかの警戒を持ったということかもしれなかった。


そう思うと、このアレンの報告は大変な危険性をもってヘリオスに降りかかる。

アレンの見ているところでは、一切魔法は使わない。

行動しない。自らの直観が俺にそう告げていた。


「ここでも父親とはうまくいかないのか……」

思わず出てしまったその言葉をあわてて飲み込んだ。

しかし、一度吐き出した言葉は、自身の胸に突き刺さっていた。


このことでヘリオスがまたいやな目に合わなければいいが……。

そう思うと、やはりアレンに対して一層警戒が必要だと認識していた。


「仕方がない、寝てもらおう」

とにかく行動を開始しなければならない。

そのためには、アレンは邪魔だった。


「眠りの精霊。かのものに自然な眠りを……」

いったん小屋の外に出て、室内に眠りの精霊を室内に出現させる。

その影響力のみで自然な眠りに誘い、魔法を使われたことを認識させないようにした。


アレンは最初眠そうに眼をこすって睡魔に抗おうとしていたが、それも無駄に終わっていた。

ついに、その場でうとうとしだした。


「ありがと、ごくろうさん」

目論見がうまくいき、眠りの精霊に感謝して、しばらく様子を見守った。


「大丈夫そうだな……」

そうして眠ったことを確認すると、村はずれの小屋に入って行った。




「師匠、どうですか?」

小屋の中に入るなり、師匠に状況を確認した。

その横には人化したミヤとベリンダが立っている。


「やあ、ベリンダ、ミヤ。来てくれて本当にありがとう。」

ヘリオスは飛びついてきたミヤを受け止めながら、そういってベリンダにほほ笑む。


その瞬間、ヘリオスにしがみつくように人化したシルフィードがミヤをけん制した。


「ミミルは何もいわないね」

もはや見られた光景に、師匠は疑問を口にしていた。



「ミミルはいま、お休み中です」

ミミルはこの数日ですっかりペット姿が板についていた。

少し衰弱しているようにも思える。

ハムスター姿でいるとそうなるのだろうか?

疑問に思いながらも、今はそっとしておこうと思っていた。



「そうですか……。まあ、彼女たちがいれば問題ないでしょう」

そう言ってほほ笑む師匠は、表情を硬くしながら、状況を説明してくれた。


「ほんとうに、びっくりする事態ですよ。この付近にはマンティコアが、おおよそ50体ばかりいます。よくこれまで発見されなかったものですよ。通常マンティコアは個体で行動しますからね。これだけの数を群れとして率いているものがいるという証でしょう」

師匠はとんでもないことを口にした。

そして、それは彼女の高い実力を物語っていた。


「こちらの村にむかっているのが10体ばかりです。まずこれを無力化しましょう」

相変わらず師匠の索敵能力は群を抜いていた。

こう正確に居場所と目標を突き止められたら、たまったもんじゃない。



「みんなが教えてくれるからね」

俺の思考を読み取ったように、師匠はそう言っていた。



「じゃあ行きましょう。その前に、ベリンダ、ミヤ。これがその首飾りだよ。効果はシルフィードが身を以て実証してくれた。入ってくれる?」

彼女たちに首飾りを見せて、そのうえで彼女たちに依頼した。


横ではシルフィードがにこにこと、機嫌のよい笑顔を浮かべていた。


最初、束縛を嫌うシルフィードにどのようにお願いするか迷っていた。


しかし、シルフィードからすんなりと受け入れてくれていた。

そして、自分の意志で出入りできることも実証してくれていた。

本当にシルフィードには感謝しきれなかった。


「温泉だよ!」

シルフィードは顔を輝かせた。

彼女の性格は、暗くなる気分を吹き飛ばしてくれるようだった。


なおも、首飾りの説明は続いている。

シルフィードによると首飾りの中は温泉になっており、くつろげる空間のようだ。

その温泉は、消耗していても入っているだけで存在力を回復できるようだった。


さらにすごいことは、どんなに離れていても、封印されている状態なので、望めばその首飾りに戻れることだった。


これは、首飾りを介した空間移動だ。


この首飾りの価値は図りしてないものだと思う。

まだほかにも力を隠しているのかもしれないが、今の俺にはわからなかった。



「もちろんです。」

「ん」

二人ともそれが当然という返答だった。


俺は首飾りを使い、2人を封印した。


その上で、2人に出てくるように呼びかける。

そのあと今度は自身の意志で入ってもらう。

そのすべてが、シルフィードと同じ結果になっていた。


精霊によって違いがなく、本当によかった。


大はしゃぎする3人を見て、頬がほころぶ感じがした。


これでみんな一緒にいられる。


そして見えないかもしれないが、ヘリオスも守られている感覚は出るはずだ。


俺はどこか物寂しい思いがしたが、ヘリオスにとっても、彼女たちにとってもいいことをしたと考えていた。


精霊契約をすれば、ヘリオスにも認識できるのだろうか……。


ある種の疑問が横切ったが、それはまたの機会でよいだろう。


今は当面の脅威と排除だ。

こちらが手間取れば、バーンとシエルが危ない。

そう思うと、俺は迅速に行動を開始した。

自分の行動、周りの行動。

さっきバーンが見せたことを実践する。


「ベリンダ、遠見の魔法でバーンとシエルを監視しておいて」

ベリンダは無言でうなづき、魔法を発現させる。


「師匠。あの二人のもとに近づきながら、こちらの10体を相手にできる位置取りはありますか?」

あくまで彼らの救援が最優先だ。


「まあ、なくはないけど、2体ほどはむずかしいね……まあ、ここからならね」

師匠はその後の言葉が分かるだけに、了解したそぶりを見せていた。


「では、師匠はそちらをお願いします。あと、念のために、この村に障壁をお願いします」

俺はこの際だから、立て続けにお願いすることにした。


「師匠使いが荒いね」

半ばあきれつつ、師匠はそれが最善だと笑顔で答えてくれていた。


「ミヤ、この村と戦闘予想区域の間に闇のカーテンを張っておいて」

ミヤにそうお願いしておく。50体もいるのだ、魔法は派手になるだろう。

情報は秘匿することに意味がある。

とくに、俺の情報はそうだ。



「ん」

ミヤはさっそく行動に移っていた。


「シルフィード、風の障壁でこの村に音が届かないようにできるかい?」

見えなくても、音が聞こえれば意味がない。

向こうの喧騒がこちらに聞こえるとあとあと厄介だ。何としても阻止しなければならなかった。


「もちろんだよ。ヘリオス君」

シルフィードはそういうと、風の流れで、音の拡散をしていた。


これで準備は整った。あとは仕上げだけだ。

自分を中心に攻勢防壁をはると、20メートル四方に展開した。

これで大丈夫だろう。


「さて、そろそろ行こう」

そう軽く宣言して、俺は村にやってくる10体を無力化することにした。



――ヘルツマイヤーの章――


「全く鮮やかな手並みだね」

先ほどからのヘリオスの行動を2体のマンティコアの死体の前で思い出していた。

油断が死につながることをよく理解している。

慎重さとその後を予想した行動は、あの人間を観察したことからかな?


自分によいものはその身で吸収していく。

未熟だが、未熟だけに可能性を秘めている。

ヘリオスはその体現者だ。


「あとは、わたしのかわいい弟子のために、その仲間となるものを助けるとしますか。私が先行しても問題ないでしょう」


風の精霊をまとい、空を飛ぶ。

森の中を進むマンティコアの大群は、やはり統制がとれており、何者かが統率していることが明らかだった。


「さて、卑怯にも後ろに回ろうとするものがいますね。わたしがお仕置きをしましょう」

拡散しつつあるマンティコアをめがけて、私は自分の役目を果たすことにした。


師匠扱いは荒いが、師匠想いな子だ。

ちゃんと学習したことを、成長をこの目で見せてくれる。

さて、次に行きますか。

まだくる邪魔者に向けて、私は空を飛んでいた。



――ヘリオス(月野)の章――



「あまり見て気持ちのいいもんじゃないね」

醜悪な感じのマンティコアに、俺はそうつぶやいていた。


「ごめんね、急いでるんだ。君たちの相手はそう長くしていられない」

8体のマンティコアに悠然と近づく。

シエルの魔法のイメージがよみがえる。



氷の棺(アイスコフィン)」「小爆発ミニマムエクスプロージョン

マンティコアは見るも無残な姿に変わっていた。

元から無残な顔なので、憐憫の情もなかったが、シエルに比べるとかわいそうに思えていた。


「んー。まだまだシエルさんみたいにきれいにできないな……」

思わず口に出してしまう。

この旅で見たシエルの魔法は芸術的に美しかった。

ためしに真似てやってみたものの、シエルと違って肉片や、凍結しなかった血液がはでにあたりに吹き飛んでいた。


「外から中へ凍らせる速度と凍らせる強さが問題なのか。それとも内部から凍らせているのか……?爆発自体がちがうのか……?」

今度シエルに聞いてみよう。俺はそう思っていた。


「ヘリオス、ちょっと急いだ方がいい」

遠見の魔法で監視していたベリンダは緊張した声でそう告げてきた。


「急ごう!」

そういうと俺は飛翔フライの呪文を発動して高く飛び上がっていた。


少し離れたところで師匠の気配を感じ、漏れた敵を狩ってくれていることに安堵する。

目の前の問題に対処するべく行動を開始した。




――バーンの章――


「これは、マンティコアの群れだよ。こりゃ、あんまりあたってほしくない感ってのはあるよな」

自らの判断が間違っていなかったことに対して自嘲気味に吐き捨てた。

もう、合計3体のマンティコアを撃退して、4体目が現れていた。



「シエルどうだ?」

わかっているが、一応確認する。


「問題ない」

シエルからはまだまだ大丈夫という雰囲気を感じていた。


もともとそれほど大規模な魔法を使っていない。

1体ならば俺一人で十分だったからだ。

シエルはほぼ支援魔法しか使っていなかった。

しかし、彼女の表情は決して楽観視はしていなかった。


この異常事態だ。

楽観視できるものではなかった。

通常マンティコアはこれだけの数が群れたりしない。


合成獣キメラの中でも、めったにお目にかからない。

しかし、中には魔法を使うものもいるので、個体差が激しい魔獣に分類される。


もともとこの個体差を知るために一当たりして様子を見るつもりだったが、次から次に押し寄せてくるマンティコアにある種の疑念を生じていた。


「こいつらいったい何匹いるんだ……」

4体目を葬り、少し息を整えたあと、自らの言葉を呪っていた。


「2匹同時だと!?」

その時、体が硬直したことを感じていた。


「くっ、魔法か……」

一流の戦士と二流の戦士に差があるとすれば、それは集中力だと考えている。


一流の戦士が集中した時には、時間の感覚さえ変化する。

俺は一応一流に身を置くと自負している。

そうだからこそシエルと2人のパーティも組んでいける。

その俺が集中力を乱した際に、精神に影響を受けた。

混乱した頭で、必死に魔法に対して抵抗する。

その間体は動かなかった。



「これは貸し」

そうシエルは言ってマンティコア2体に対して氷の槍をそれぞれ3本、頭と胴に突き刺していた。

見事に頭部と心臓付近に突き刺さり、絶命するマンティコア。



「わりい」

謝った瞬間、シエルの顔が信じられないという顔で固まっているのを見た。


その時俺の直観が、その場にいることの危険性を告げる。


「くっ、毒か」

あわててその場から飛びのき、体勢をととのえた俺の目に、先ほどまでいた位置に、サソリの尾が振り下ろされている光景がうつっていた。

その毒は地面にささり、地面を変色させていた。



それはゆっくりと尻尾を地面から抜きながら姿を現す。

さらに3体のマンティコアが、俺たちの目の前にあらわれていた。


「ちくしょう、10体以上が!?」

シエルの位置まで下がり、これまでのマンティコアの数と今そこにいる数、そしてその奥にもいる気配を感じとる。



「やばいな……。」

戦士の感が危険を告げる。

これまでどれほどの死線を潜り抜けてきたかわからないが、そのたびに世話になったものだ。


今回も間違いなくそうだろう。


「シエル。余力があるうちに撤退だ。これはもう、俺たちだけでは難しい」

俺は4体の魔獣を前に、威嚇をしながら小声で、そう言った。


「……」

しかし、なぜかシエルからは返事がなかった。


どのような事態になっても、これまでシエルは冷静に、そして的確に事態を収拾してきた。


これまで、バーンがあきらめたことでも、シエルはそのたびにその力で対処してきた。

多少変なところがあっても、バーンがシエルを全面的に信頼しているのは、そういう事だった。



「撤退も不可能……」

再度声をかけようとしたときに、シエルは小さな声でそうつぶやいていた。




――シエルの章――



シエルはバーンに言われるまでもない。

私は常に周りに気を配っている。

当然、撤退するために後方に意識を向けていた。


だからこそわかる。

私たちが進んできた方向からも、魔獣が進む気配がしている。


私たちの横からも同様の気配……。


「包囲されつつある……」

信じられない思いが、言葉となっていた。

魔獣を相手に、その言葉を使うとは思えなかった。


通常、知能があるといってもマンティコアは魔獣。

魔法を使うといっても、個としての性能が高いので、群れて行動なんかしない。

餌の取り分がへるから。


まして、敵の退路を断ったうえで、包囲殲滅を仕掛けるなんて、ふつう考えられないことじゃない。


それは個体として弱いものが編み出した戦術。

個体として強いものが行うものじゃない。


なによりも、そうするためには、絶対強者が必要。


周りをみる。

撤退路を探す。


唯一先ほどの4体がでてきた左側。

私たちのやや右寄りの方には、魔獣がいないみたい。


「わな……かも?」

普通じゃない魔獣。

統率されてる感じ。


…………。


明らかに、そこにおびき寄せられている。

包囲網を縮めていない。


さっきの4体以外姿を見せない。


「さそっているのか……?」

さすがにバーンも理解したようで、私に同意を求めてきた。


姿が見えていれば、なんとかできる。

しかし、まわりから一斉にこられると、私には難しい。

バーンは何とかなるだろう。

何とかしようとするかもしれない。

無理しようとする。

もう、それはいやだ。


私は接近戦が苦手。

たとえ、空を飛んでも、マンティコアも空を飛べる以上、有効な手じゃない。



「距離さえつかめれば……」

見えなくても、距離が正確にわかれば、範囲攻撃ができる。


先手を取れれば、距離を詰められることもない。

私の中で、戸惑いが生まれた。

私の戸惑いは、そのままバーンに伝染したようだった。


なんとかしないと……。

必死に考えてみた。


――バーンの章――



何とかシエルを脱出できるようにするにも、この俺では無理だろう

破れかぶれで特攻をかけても、統率がとれている群れは個別対象にしか見ない。


包囲網を分けて囲むだけだ。

全体の数が分からない以上、ただでさえ戦力分散は危険だった。



「シエル、すまん。俺の判断ミスだ」

ここまでのことを想定しなかった。

ここまでのことが起こると考えられなかった。

英雄が討伐はしているという情報を、はったりと考えずに、討伐してもしきれないと考えていればそういう考えもできたかもしれなかった。


「気にしないでいい、私もここまでは想定してない」

珍しくシエルは普通に会話していた。


長い付き合いになったこいつとの旅は楽しかったなと思う。

結局誓いは果たせないのかもしれない。

それでも、最後の瞬間もこいつを守っていこう。

あの人たちのために。


俺の思考を読み取ったように、シエルが珍しく大声で告げていた。


「バーン、かっこつけても、わたしはあなたの仲間。それ以上にはなる気ない」

こういうときでもシエルはシエルだった。


「だから、最後の瞬間まで2人で生き残ることを考えて」

自分はあきらめかけていたが、シエルはまだあきらめていない。


戦いにおいて、あきらめたものから命を落とす。

それは、どんな実力者でもだ。

それをシエルは思い出させてくれた。


「ああ、ヘリオスの周りはなかなか手ごわそうだぞ?おまえでいけるのか?」

さっきのお返しとばかりにシエルに反撃した。


「それは既定路線。だから誰にも邪魔させない!」

瞬間、シエルの魔法が周囲を駆ける。


極低温の蜘蛛の巣状の糸が周囲に伸びていく。

あちこちで悲鳴が聞こえ、その分にシエルは雷撃を流す。


最初の糸は殺傷力が弱いが、距離感がつかめない敵を捕縛するために、そしてその敵にそれを通して電撃を流すことによりダメージを与えていた。


一撃の効果はこれまでのもと異なり大きくはないが、多数包囲されたままの状態から抜け出るためにはある程度無力化する方が効率的だ。


シエルはそうして、手ごたえの少ない方向を見つけると同時に、俺に指示してきた。


「あっちに!」

シエルは俺を先行させ、自身はその場に炎の壁とたてる。


それは目くらましとしての役割と、周囲の木を燃やすことによる進軍速度の低下を狙ったものだ。


「めずらしいな……炎とは。そして、やっぱ冷静だわ」

シエルはめったなことで炎の魔法を使わない。


その理由は教えてくれない。しかし、あのことに関係しているのは明らかだ。

だからめったに使わない。

そして、自分といて炎の魔法をつかったのは数えるしかない。


「シエルが作ったこのチャンス、何とか切り開く!」

魂の咆哮を、俺はあげていた。

それは、俺たちが生き残ることをアイツらに聞かせてやるためでもあった。


シエルが後ろからついてきていることを確認して、俺は2体ほどマンティコアを行動不能にする。


とどめを刺すよりも今は包囲網突破が先決だった。

しかし、なかなか突破した感じはなかった。

かなり走った後、俺は開けた場所にたどり着いた。

シエルもかなり肩で息をしている。


「これ以上は難しいか……」

どこかで一度休憩をしたかった。


シエルも魔法を使うには息が上がりすぎている。

さっきまでかなりの魔法をつかっており、その魔力も限界にきているかもしれない。

そう思いシエルを見るが、その目はまだあきらめてはいなかった。



執念だな、女は恐ろしい。


俺はちょっとヘリオスを気の毒に思い、またうらやましくも思った。


いずれにせよ、ここは開けた場所だった。

シエルの魔法には有利だが、おれには不利だ。

しかし、敵の接近も容易に視認できる。

注意深く、周囲を警戒したが、追手はやってきてなかった。


突破したのか?


なかなか口に出す気にはなれなかった。

俺の感はまだ危険を告げている。

しかし、この場所に追手の気配はない。


どちらにせよ、少し休憩は欲しかった。


「シエル、少し休憩しよう。」

次に戦うとしても、いったん休養が必要だ。


シエルに、息を整えるための時間を作ることを宣言した。


シエルも肩で息をしながらうなずく。

もう走るのは限界だったのだろう。




俺はその時、少し気を抜いていたのだろう。


左肩に鋭い痛みが生じた。


それとともに、鼓動がはやくなり、目の前が真っ暗になっていく。

何とか気力で毒消しを飲む。


急にそれらが緩和されたが、痛みはひいてはなかった。

みると針がささっていた。


「ちくしょう、ハイマンティコアまでいるのかよ……」

それが来たであろう方向を見ると、上空にひときわ大きなマンティコアがいた。


その老人の顔が醜悪にわらう。

ハイマンティコアはマンティコアの亜種で、サソリの尾から毒針を噴射することができる。


しかも、その針は再装填可能というものだ。

みれば、すでに針が生えていた。


「卑怯!」

シエルの魔法が発動した。

その威力はかなり落ちてはいるものの、そのハイマンティコアは上空で瞬時に凍っていた。


そしてそのまま地面に墜落し、砕け散った。


荒い息で周囲をみわたしたシエルは、俺を支えてあるきだした。


広場の中央に俺を座らせて。

自身はそれに対峙する。

俺はその顔に決意の色を見て取った。


ハイマンティコアが10体ばかり上空から向かってきている。


シエルは魔法で迎撃するように構える。

しかし、もはや無詠唱で魔法を唱える力がなくなっているのか、珍しく詠唱をしていた。


「ならば、おれもこんな恰好ではつまらんな!」

そう言って左肩に続く痛みを我慢して立ち上がり、シエルのまえに不動の構えを取る。


もう立っているのも限界の疲労感だったが、詠唱中の無防備を襲わせるわけにはいかなかった。

緊張感からか、シエルの声がやたら耳についていた。


普段絶対に詠唱しない理由はこれだな。

こんな時に不謹慎だが、シエルの詠唱する声は、かなり子供っぽく聞こえる。


あの容姿にこの声を聴くと、間違いなく誤解されるだろう。


「よくもまあ、こんなことを考える余裕があるもんだ……」

思わず声に出してしまうくらい、俺はシエルの魔法を信じているのだと思い知った。



魔力マナよ、その力を持ってわが敵に氷の刃を」

ハイマンティコアが一斉にその針を発射する瞬間に、シエルの魔法が完成した。


無数の氷の刃が10体のマンティコアを切り刻んでいく。

切り口から血が噴き出るが、その血は氷でふさがれる。

極低温の氷の刃で切り刻まれ、ハイマンティコアは絶命した。



「ふう……」

その場で崩れるシエルを支えることもできずに、俺はため息をつく。


シエルも意識はあるようで、何とか乗り切ったという感じを見せていた。


つかの間の安堵感。

お互いの無事を確認し、笑みが浮かんだ。


しかし、その咆哮は、俺たちの希望を切り裂いていた。



俺たちの希望を切り裂き、俺たちに死をあざ笑うかのような醜悪な顔が、前方に現れていた。

ハイマンティコアが10体空を飛び、マンティコアが10体森からゆっくりと出てきた。そして、その後ろにひときわ大きなマンティコアが姿を現していた。



俺は必死にシエルを背にして、そいつらと対峙した。

シエルも何とか魔法の杖にしがみついて起き上がっていた。


「わが……どうほう……を……よくも……。われ……が……そだ……てた……もの・を……。そ・の……つみ……そ……の・みで……あ……がな……え……」


たどたどしいながらも、はっきりと理解できる言葉だった。

巨大マンティコアは俺とシエルに向かって憎悪を放つ。


その瞬間、魔法で呪縛されていた。


連戦の疲労感と圧倒的な不利を悟った精神には、その魔法に抵抗することができなかった。


体が麻痺して立っていることもできず、俺たちは地面に倒れる。

意識はあるが、声も出せない。


合計20体のマンティコアがゆっくりとせまる。

その醜悪な笑顔はこれから始まる楽しみを思い浮かべているようであった。



「(すまん、シエル)」

話すこともできず、ただ、シエルに詫びを入れていた。


あまりの無力な自分に対して、その目からは涙があふれていた。

その迫りくる死の感覚に対し、その意識のみで俺はなんとか耐えていた。



――シエルの章――



呪縛を受けた際に、それまで決して受けたことのない敗北感と絶望感に打ちひしがれた。


麻痺して崩れ落ちる際に、偶然空を見上げていた。

そこには星がきれいに輝いていた。


「きれいだな……。私も星になるのかな……」

そう思うことで、自分を死に追いやる存在が間近に迫っていることを意識した。

麻痺した体では、言葉さえも出なかった。


「いやだ、まだ死にたくない!わたしにはまだやることがあるのに……」

とめどなく流れるその涙は、自分の生を意識させてくれる。


死にたくない。死にたくない。死にたくない。

死にたくない。死にたくない。死にたくない。

死にたくない。死にたくない。死にたくない。

死にたくない。死にたくない。死にたくない。


そう叫んでいた。

声にだせない叫びは、いつしか祈りとなっていた。


「たすけて……。たすけてください。誰か……」

その言葉を心の底から叫んだ時、それは突然舞い降りた。


私達の周囲に、光の幕が張られていた。

おどろく私の耳に、よく知る声が聞こえた。


戦乙女ヴァルキリーヘリヤよその権能をもって、わが敵を滅ぼせ」


光り輝く鎧にその身を包んだ清らかな乙女が、目の前に現れる。

乙女はにっこりほほ笑むと、その身を数えきれない光に変えて、マンティコアに叩きつけていた。


膨大な力の行使が、あたりに光と音が交差する空間を形成していた。


断末魔の叫びを上げる間もなく、何度も何度も貫く光。

衝撃が、大地を震わす。

私達を覆う光の幕が、激しく震えていた。


土埃がまきあがり、あたりを覆っていた。

私達の体にその影響がなかったのは、ドーム状の結界のおかげだった。


いつの間にか、姿を現した乙女は、満足そうにほほ笑んでいた。

そして、ほのかな光を残して消えていった。


消えた光の先から、舞い降りる新たな光。


見上げていた私は、はっきりとその人を見ることができた。


鼓動が激しくなる。

その鼓動は周囲の静寂さを破って、やけに強く感じられた。


ゆっくりと舞い降りるその姿は、星々の光をその身に浴びていた。

銀色の髪は風に揺れ、月明かりを受ける水面のようにきらめいていた。

緊張した面持ちで、私を見つめている。

ますます鼓動が激しくなっていく。

また、涙があふれ出してきた。


近づくにつれて、私たちの生存を確認したのだろう。

緊張した面持ちは消え、私に優しく微笑んでいた。


「大丈夫ですか?シエルさん。バーンさん」

その声に包まれてなお、私の鼓動は早くなる一方だった。

安心感に包まれる。


ああ、私はなんて顔をしてるんだろう。

羞恥心が私の心を支配した。



――ヘリオス(月野)の章――



実際、俺はかなり焦っていたのだろう。

方向を確認せずに飛び出していた。ベリンダに確認しようとしたとき、かなり前方に氷の乱舞が見えた。


望遠テレフォト

自身に魔法をかける。


「あそこだ!」

間違いなくあの大規模な魔法はシエルにとって最後の魔力だろう。

間に合わなければ後悔する。


「出し惜しみは無し!加速アクセル加速アクセル加速アクセル

同系統の魔法を3段階使い、加速していく。

呼吸するのもつらかったが、シルフィードがそれを予感したのか、魔法をかけてくれていた。


「間に合え!」

シルフィードに感謝しながら、俺はさらに加速していった。


拡大望遠された視界に、二人をとらえたとき、まさに、マンティコアの大群が飲み込もうとしていた。


距離はまだあるが、範囲拡大を最大にして魔法を飛ばす。


保護結界プロテクションバリア

まず二人の周囲に保護結界を展開する。

これで、少しだけ時間が稼げた。


しかし、その間も加速はやまない。


「精霊魔法、戦乙女ヴァルキリーヘリヤ」

戦乙女ヴァルキリーの中でも殲滅の異名をとるヘリヤに助力を頼む。


ヘリヤは俺の心の中に勇者の資質を認めてくれていた。

これで、その力を十二分に発揮できるようだ。


その間もさらに加速する。


ヘリヤの有効射程内に到達して、その魔法を発現させる。


戦乙女ヴァルキリーヘリヤよその権能をもって、わが敵を滅ぼせ」


出現した戦乙女ヴァルキリーヘリヤはシエル達の前に降り立った。

そしてその身を光に変えて、マンティコアの群れに襲い掛かる。


数千というエネルギーの塊がマンティコアの身を滅ぼしていく。

殲滅というのは伊達じゃなかった。


もうもうと上がる土煙のため、周囲が見えなくなっていった。

あたりが静寂に包まれている。

保護結界プロテクションバリアの光で、俺は二人を確認することができた。



「大丈夫ですか、シエルさん。バーンさん」


動かない二人を見て、最初心配になったが、麻痺しているだけのようだった。

シエルの瞳に涙があふれている。

こんな時だが、きれいな瞳だと思っていた。


それにしても、良かった。間に合った。

俺は心からそう思っていた。


バーンを解呪し、シエルを解呪してハンカチを差し出す。

土埃はまだ引いていない。

大丈夫だと思うが、油断は禁物だった。


周囲を警戒しつつ、二人の無事を分かち合う。


「バーンさん、シエルさん本当に無事でよかった」


バーンが何か言いかけたとき、俺は直感で二人の前に立ち、障壁を展開した。

とたん障壁に爆音が生じる。


「あれでも生き残りがいたか……」

半ば信じられなかった。しかし、攻撃はきた。



「お……まえ……」

満身創痍のマンティコアは、俺に向かって何かをつぶやいた。


マンティコアは自分のかけた呪縛が俺に全く効いていないことに、驚愕の表情をうかべていた。


魔法が効かないとわかると、今度は毒針を連射してきた。

それも、ヘリオスの障壁を貫通することはなかった。

業を煮やしたかのように、針は後ろの二人も狙ってきた。


その時、俺の中で何かがはじけた感じがした。


「おまえ、うるさいよ……」

大切なものを壊そうとする。

怒りが俺の中で渦巻いていた。


バーンとシエルを仲間だと思えるようになっていた。

その仲間にこれだけの仕打ちをしてくれたのだ。

しかも、不意打ちという追い打ちまで仕掛けてきた。

こいつは、俺にとって、憎悪の対象となっていた。



「僕の大切な人たちを傷つけた罪は万死に値する。その細胞の一片たりともここには残さない。あの世があるなら、そこで後悔しろ」


超重力球ブラックホール


ほんの一瞬。

黒い小さな球状に展開した重力場が、マンティコアの眼前に出現した。


その刹那、マンティコアはそれに吸い込まれた。

そして、その球体も自らを吸い込むように消滅していた。


その球体が音をも吸い込んだように感じられるほど、あたりを静寂が支配した。


俺は油断なくあたりを警戒する。

感覚が研ぎ澄まされ、このあたりが手に取るようにわかり始めた。


「ヘリオス……」

その時、ミミルのか細い声が聞こえた。


「怒りに身を任せちゃだめだよ……」

消え入りそうな声に、俺は自分を見失っていたことに気が付いた。


あらためて、あたりを見回す。

破壊の跡が生々しかった。


怒りに支配されかけていた?

その事実に愕然としていた。


一陣の風があたりを吹きすさび、破壊の傷跡を生々しく彩っていた。


「すみません皆さん、遅くなってしまって」

その静寂をやぶって師匠は空から降りてきた。

申し訳ない様子は微塵も見せずに謝っていた。


「師匠、お疲れ様です。取り逃がしたのはないですよね?」

頭を下げて、お礼を述べる。

ここにこうしていられるのは、すべて師匠が手伝ってくれたからだ。



「ヘリオス、君はしっているだろう?」

師匠はあきれた顔で俺を見つめる。


「いえ、確認までです。もしあるのなら、これから行かないといけませんので……」

さっき確認していたが、その時の状態ははっきり言って普通じゃない。

初めての状態で、その感覚を信じられなかった。


「まあ、言いたいことは山ほどあるけどね……」

師匠はさっきの俺を見ていたのかもしれない。

周囲を見渡す師匠の顔は、悲しげだった。



「ところで、ヘリオス、私にそこの2人を紹介してくれないかい?」

バーンとシエルを顎で示し、師匠は俺に紹介を求めた。

普段なら決してしない対応。

おそらく試しているんだ。


「ああ、すみません師匠。こちらはベルンでお世話になった、バーンさんとシエルさんです。この首飾りを譲っていただきました」

型どおり、師匠に二人を紹介する。

そのときには二人とも身だしなみは整えていた。


「ほう……。それはヘリオスがお世話になったようですね」

師匠の方も優雅にお辞儀をした。


「そして、こちらが私の師匠であるヘルツマイヤーさんです。」

さて、師匠のめがねにかなうかどうか……。

少し不安は残るものの、俺は大丈夫だという確信があった。


人間にエルフの師匠。

これは精霊魔法の師であることを指している。

さっき使ったらばれているが、この事実は、俺が2系統の魔法を使えることを証明している。

ベルンでの認識は、精霊の加護といったところだ。

しかし、2系統の魔法を使えるのは、ほぼいなかった。

それが、こんな子供で目の前にいる。

その事実を前にして、この二人がどう出るかを、師匠は確かめようとしている。


「すみません、挨拶が遅れてしまいました。わたしはバーン。ベルンの街の戦士です」

そう言って、師匠に片手をだす。

この対応は、やはりそうなると思っていた。

少し楽しくなって、俺はバーンの手を握っていた。


「バーンさん、エルフにその挨拶の習慣はないそうです。代わりに私がお受けしますね」

師匠は師匠でバーンをしっかり観察している。

バーンは照れた様子で頭をかいていた。



「すいません、知らなかったもので……。ありがとう、ヘリオス」

バーンは俺の手を放すと、少し照れた様子で向き直る。

そして真剣な表情で俺に頭を下げていた。


「ヘリオス、さっきは本当に危ないところをありがとう。正直俺はあきらめていた。シエルだけでも何とか逃したかったが、それもかなわず、自分の無力に泣くしかできなかった。こんな俺だが、お前のために命を預ける」

まさかの展開。

この展開は予想していなかった。



「バーンさん、頭を上げてください。僕はお二人のことを大切に思ってますので、そんな風に頭を下げられると困ります」

バーンはなおも、頭をあげない。

困った俺は、シエルの方に話を持っていった。


「シエルさんからも何とか言ってください」

さっきから黙っていたシエルは、うつむいたまま俺を見ようとしなかった。


「……ありがと」

それでもやっと小声でそう俺に告げていた。


いつもの二人じゃない対応に、正直どうしたものかと思案に暮れていた。




――シエルの章――


もはやヘリオスの前から一目散に逃げ出したかった。

あのとき、自分は死にたくないと思った。

そして助けを求めた。


その時さっそうと現れ、自分の危機をいとも簡単に取り去った。

あまつさえ、紳士的に対応したその少年に、合わせる顔がなかった。


きっとさっきの私はひどい顔をしていたはず。

そして今の私もひどい顔をしているはず。

いろいろな感情が入り乱れて、私はまともではいられなかった。


これまでヘリオスに対しては、常に年上という頭があった。

弟がいればこんな風にしていただろうと思っていた。

色々なしがらみが、私をこんな私にしていたが、今はそういう物が無くなっている。


無防備な心。

飾らない私の心。


「ヘリオス、たぶんシエルは混乱している。お前に顔を合わせられないんだろう」

顔をあげたバーンが、私の状態を説明していた。


「シエルさん、バーンさんにも言いましたが、あなたも僕の大切な方です。その方に明確な危険があったら僕は迷わずに戦いますよ」

その笑顔がまぶしすぎる。


その言葉は、私をさらなる混乱のうずにはめていた。

ぐるぐる回る思考の中で、ヘリオスの言葉がこだまする。


「あなたも僕の大切な方です」

「あなたも僕の大切な方です」

「あなたは僕の大切な方です」

「あなたは僕の大切な方です」

「あなたこそ僕の大切な方です」

頭の中でその言葉が反芻し、私の中で、その解答を見つけていた。

あの時、そしてこれまでも幾度か感じた感覚。

そしてその存在。


私が本当に安らげる場所。


見つけた……。


そして私は、新しい自分に気がついた。



「ふつつかものですが、よろしくお願いします」

真っ赤になる顔を隠すように、私は真剣に答えを告げていた。




――ヘリオス(月野)の章――



「シエルさん!?」

なにがどうして?そうなった?


何を、どう勘違いした?


俺はその気配に圧倒されて、半歩下がる。

頭を下げているシエルのにじり寄るような気配にさらに半歩後ずさった。


喉が異常に乾いていた。

俺がつばを飲み込んだその時、まさにシエルは俺に抱きつこうとした。


「ダメー!!」

シエルの行動を4つの存在が阻止した。

見事に調和のとれた響きだった。


その姿は緑色の長い髪の愛らしい少女

その姿は青く長い髪の理知的な少女

その姿は長く黒い髪で異国風の服を着た神秘的な少女

そして最後に快活そうな妖精


村に残してきた彼女たちは、俺の危機に際して、首飾りの力を発動させていた。


そうして彼女たちは一斉に俺の体に抱きついていて、シエルを威嚇していた。

シエルはあっけにとられて、抱きつきを中断していた。


「あー君たち、まだ出てきちゃダメじゃない……。ミミル、おはよう」

師匠はあきれ顔でそう言っていた。




「僕の方で紹介しますね……。この子は風の精霊でシルフィードといいます。それでこの子は水の精霊でベリンダ。実はベリンダがバーンさんとシエルさんのことを見てくれてたので、ピンチが分かったんです。そしてこの子が闇精霊でミヤといいます。最後は妖精のミミルです」


俺は重要なことはぼかして、その存在だけを紹介した。

またもぐったりしだしたミミルを、胸のポケットしまいこみ、その先の説明をした。


「あの首飾りがほしかったのも、この子たちといつも一緒にいたかったからです」

そのわけも話しておく。

この人たちに、精霊と精霊魔法について隠しておく必要はなかった。

それに、師匠の品定めも、おそらくは終わっている。


古代語魔法に、精霊魔法、そして精霊を連れているだけじゃなく妖精までもつれている。

これはその存在自体が特異すぎた

この事実を知って、どう行動するか。

もうその結論はさっき示されていた。


バーンは緊張した顔でシエルの方を見ている。


「ぐぬぬぬ……」

シエルにとって衝撃は別のようで、早くも何とかしようと対策を立てているようだった。


それを見た、バーンの顔に笑顔がこぼれた。


そしてバーンは、師匠に向き直り、真剣な表情で話しをしていた。


「すでに私の命はヘリオスに預けてます。この事実を知っても、なんら変わらないでしょう。むしろその危険を排除する役目をもらえたらこれにすぎる喜びはないです」

堂々とした宣言だった。


師匠の顔つきが変わっていた。

恐らく、師匠はバーンの評価を上げている。

そして、シエルの方を見て、微妙な笑みを浮かべていた。


精霊と正面から向き合う変な少女という感じなのだろう。

20歳とはいえ、師匠からするとまだまだ子供だ。

そう変わりはないのだろう。


満足そうに頷く師匠を見て、俺はほっと胸をなでおろしていた。



――ヘルツマイヤーの章――



まあ、いいでしょう。

そう思えていた。

これからのことを考えると、ちょうど人間の理解者がほしかった。

ヘリオスのためには、あの街になんとか拠点をつくらないといけない。

どうも私は後手に回っている気がしていた。


様々な情報をもとに、一つの危険な可能性を考えていた。


それは将来ヘリオスにとってかなり厳しいものになるだろう。

そんな時に彼の居場所を整えておく必要がある。


彼は私にとってもエルフにとってもたぶん必要な人間だ。

そう簡単に壊れてもらっても困るのだ。

まして、それが……。


そうなると、今のうちに信頼できる者たちを選んでおく必要がある。

そう思うともう一人の人物にも一応確認しておくことにした。

たぶん答えは予想できる。


「シエルとやら、お主はヘリオスについていくのか?」

なおも、精霊たちとにらみ合う変な少女に問いかける。


「とこしえまで、お姉さま」

シエルは真顔でそう答えていた。

私をそう呼ぶとはね。やはりこの子は……。


それは、あとで確認すればよかった。

今は、優先事項が違っている。

そう来ると思って用意していた言葉を話していた。


「わたしはあなたたちを完全に認めたわけではありません。しかし、チャンスを与えます。

この騒動において、ヘリオスは何もしていない。あなたたちと私で対応したことにします。よろしくて?」

威厳のある声で、そう告げていた。



「はい」

二人は真剣な表情でそう返事をしていた。




――ヘリオス(月野)の章――



おどろくほど順調に、そのシナリオは出来上がっていた。

その意味は痛いほどわかる。


若干10歳で総勢20体以上のマンティコアを瞬殺し、あまつさえその攻撃に耐えたマンティコアさえも瞬殺した実力。

古代語魔法使いにして、精霊魔法使いである存在が、明るみに出るわけにはいかなかった。命の危険にさらされる可能性がある。


それが分かるだけに、今回そういうことにしないといけない。


「わたしはこれでも、ある程度の実力者として通っていますので、信じてくれると思います。そして、あなたという人があればなおさらです」

バーンは自分たちだけなら難しいが、精霊使いの実力者がいると話が違うことを話していた。


特に魔法を使うものの系統が異なる場合、その効果は2倍、3倍と膨れ上がる。


「夫婦の秘密は口外しない。これ常識」

またも、シエルはとんでもない発言をして、ああだこうだと、精霊たちと言い合っていた。



「まあ、みんな無事だからいいか……」

そういった会話をよそに、俺ははそろそろ帰らないとアレンが起きてしまうのではないかと思っていた。


達成感と安心感からか、俺は急に眠気に襲われていた。

しかも、早く帰らないといけない。

自分の寝る時間がないことに気が付いて、愕然となってしまうのだった。


最初の山場です。圧倒的なヘリオス君でした。

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