城塞内部
ついに要塞内部に入りました。
「うん、すごいね。ほぼ当時のままなんだろうね。状態保護の魔法が素晴らしい」
要塞内部に入った俺たちは、そこに広がる空間に圧倒されていた。
やや薄暗いながらも。はっきりとした照明。
シンプルながらも、細かい模様のある廊下。
導かれるように進んだ先に広がった空間に、巨大な魔道具が設置されていた。
入り口の球形の構造物は、単なる入り口でしかない。
あれは単なる要塞内部への転移装置。
あそこから出入りしなければならない閉ざされた空間。
それが、俺達が今いる場所だった。
「ねえ、ヘリオス。ここってあの要塞の中なんだよね? ミミル的にちょっとびっくりだよ」
飛び回ることも忘れ、ポケットの中から顔を出したミミルは、その壮麗さに圧倒されていた。
「そうだよ、ミミル。ここが、この要塞の中枢。要塞本来の役目を担う基幹部分だよ。見えてた部分は、おまけみたいなものだね」
周囲を眺めながら、ミミルにそう説明する。
動力源である魔力が尽きたものもあるのだろう。
稼働していない装置もあるようだった。
しかし、まだこの魔道具自体は、活動を止めていない。
「この要塞は単なる食物生産工場なのさ。勢力拡大するにあたって、補給線を維持するためだけの工場だよ。古代王国期のただの工場が、今の世界では立派な兵器になる。魔法技術の違いだね」
ミミルに感想を告げながら、その場所を探すことにした。
動力源たる魔力を補充するための装置がおそらくあるはず。
古代王国期の稼働装置には、そういうものが必ずあった。
要塞の見かけの部分にもあったのだから、基幹部分にだって必ずあるはず。
「え? じゃあ、あの雷みたいなのは?」
幾分落ち着いたのか、ようやく飛び上がるミミル。
ゆっくりと俺の周りを飛びながら、周囲を観察し始めていた。
「着地点を作るためだよ。掃除道具みたいなものだね。ただ、防衛機能でもあるだろうけど、作られた用途と戦った感想からそう思うよ。人の伝承は都合がいいように語られる、いい典型だね。これを発見した人はどこまで知ってたかわからないけど、少なくとも、ここには入っているよ。合言葉が記されているのだからね。ただ、帝国を作った人たちには教えなかったようだね。道具の価値は使う人により決定する。発見した人はそう思ってたと思うな。だから、帝国の人はここの存在を知らないはずだよ」
単なる推測でしかない。
記録が失われたと考えることもできる。
しかし、あの記録を読む限り、そう思うのが自然だろう。
当時の人たちが、どれだけ熱狂しても、ここの発見者はここの存在を隠している。
記録も、暗号化されたものを読み解かなければ、合言葉にたどり着けないように書いてあった。
恐らくだが、発見者は導かれたのだろう。
当時はまだここにいたであろう、管理者に。
そして、何かを託されたに違いない。
「まあ、それも今となっては、確かめようがないけど、僕にはそんなこと必要じゃなく、これが本来持っている機能がほしいだけだね。ホタルとエウリュディケだけでは苦労させてしまうからね。食物の育成はお願いしても、水、温度、湿度、光とかはできるだけ整えたいからね」
ミミルに話しかけながら、ひたすらその場所を探し続ける。
最終的に空間をつなげたとしても、ここを覆っている空間自体は残すことでドライアド本体の木を守る事が出来る。
これほどホタルにとって、安全な場所はないはずだ。
「まあ、最初から作る方法もあるけど、時間がかかってしまうからな……」
思わずつぶやいてしまったが、ミミルは気にしなかった。
皇帝との最後の戦いは近づいている。
最初から作っていたのでは、十分なものはできないだろう。
時間がない。
記録がないとはいえ、皇帝も俺がここに入っていくのは見えたはず。
今頃は躍起になって探しているに違いない。
早くさがして、稼働させておかなければ……。
自尊心を傷つけられた皇帝が、この要塞ごと吹き飛ばしてしまう危険がある。
「じゃあ、ミミルもお手伝いするね」
俺が何かを探しているのは分かったのだろう。
でも、ミミル。
それ、手伝ってないから……。
「それは手伝ってないと思う……」
それでも、思わず笑顔になる。
半ばお約束となったその行為は、無意識に緊張していた俺の心を癒していた。
「ありがと。ミミル」
たぶんミミルも自覚しているわけじゃない。
でも、俺の焦りを敏感に感じているのだろう。
それが、態度となって出ているに違いない。
「ん。なんだかよくわからないけど。ミミルはえらいんだからね!」
得意満面のミミルが俺の目の前に飛び出てくる。
笑顔でそれを迎えると、ミミルも笑顔になっていた。
再び俺の頭の上で休むミミル。
焦っても、いい結果は出ない。
急ぐのはいい。
でも、焦りは見落とす結果にもなる。
髪を抜かれるような感覚に耐えながらも探し続けた俺は、ようやく目的の場所を見つける事が出来た。
古代王国期によく見られる構造。
供給者の魔力を注ぎ込む形で蓄える方式。
これで、この施設はよみがえる。
「よし、これだ。これに魔力を充填する。オーバードライブモードで一気にやってしまおう。結構もっていかれるけど、この砂漠の広さだからしかたない」
さっそく装置に手を置き、魔力を意識して送り込む。
瞬時に装置全体が輝きだした。
それは、久しぶりの魔力充填に喜んでいるように感じられた。
しかし、それも一瞬の出来事。
再び元の静寂が訪れていた。
静寂の中、ひたすら魔力を充填する。
最初は興味深そうにしていたミミルも、飽きてきたのか今ではすっかりお休みのようだ。
それでも、魔力を充填しきれていなかった。
俺からも、かなりの魔力が失われている。
「かなり使われてなかったから、魔力を導くだけでも慎重にしないと……」
一気に充填していきたい気持ちはある。
でも、何かがそれを押しとどめる。
焦る気持ちを抑えつつ、慎重に、自分に言い聞かせながら充填を続けていた。
いつ終わるともしれない作業。
その時、頭の中に声が聞こえてきた。
『もう少し、慎重にお願いします』
なぜだろう。
その声が、魔道具から聞こえてくるのだとわかっていた。
確認するように見上げると、明滅する光で応えている。
『魔力が断たれて、かなりの年月が経過しております。一気に充填されますと、暴走する危険もございます』
声は落ち着いているものの、その内容は驚きだった。
「え? そうなの? じゃあ、もっと慎重にしないとね」
声に導かれるように、慎重に慎重を重ねて充填していく。
頭の中に、構造自体も流れ込んでくる。
稼働できる場所。
その範囲。
そしてそれを活性化する順序。
魔力の流れ。
そういった情報をもとに、慎重に魔力を充填しながら制御をおこなう。
汗が、額から流れ落ちる。
いつの間にか、目の前で心配そうに見守るミミルに笑顔で応え、より一層集中していく。
そう、ただ魔力を充填するだけではなかった。
何しろ、古代王国期の遺産だ。
おそらく最初の発見から、魔力制御まで行った者はいないのだろう。
ほんの少しでも無理をすれば、魔力の回路を壊してしまうところがかなりあった。
ずいぶん長い時間こうしていたような気がする。
終わりの見えない作業が、俺の精神を削っていく。
『ありがとうございます。もう大丈夫です。ただ、もう少し補充していただけるとありがたく思います』
不意に頭の中にあの声が響いてきた。
しかも、もっとよこせと言ってくる。
もう半分以上魔力を持っていかれていたが、まだ俺にも余力はある。
「よし、かなり慣れてきたよ。あとは、もう大丈夫だ」
目の前のミミルにそう告げる。
安心したかのように、自らの定位置に戻るミミル。
作業にめどがついたのもある。
でも、変わらない行動に、つい安堵の笑みがこぼれていた。
「よし、完成だ!」
ご要望には応えよう。
これからホタルたちを守ってもらわないといけない。
最後に魔力をとびきり多く注入した。
魔道具がほのかに発光し、要塞全体がかすかに揺れていた。
悠久の時を超えて、再び自分を必要としてくれた喜びを表しているに違いない。
「よろしくね、ザロック」
魔道具を軽く叩いて挨拶する。
最後の感謝の瞬間に、名乗られたその名こそ、この意志ある魔道具の名前だろう。
その時、俺の前に片膝をついた老執事が現れていた。
「再びお役にたてる機会をいただき、ありがとうございます。マスター。マスターのお名前をお聞かせいただけますか」
老執事は、そのままの姿勢で頭を下げていた。
「僕はヘリオス。ただし、これからはこの子、ホタルがここの管理者となる。あと、そろそろ立ち上がってくれないかな」
肩車をした形で、ホタルが出現していた。
慌てて飛び立つミミル。
それを見て笑うホタル。
ホタルはミミルをいい遊び相手に思っているに違いない。
「よろしく。じい」
片手をあげて挨拶をするホタル。
驚きから回復したミミルは、憮然とした表情でホタルを見ている。
「ヘリオス様。ホタル様。よろしくお願いします」
老執事は立ちあがり、優雅な挨拶を返してきた。
「それと、この子も後から来るから覚えておいて」
老執事の肩に手を置いて、そのイメージを送っておく。
ただの映像ではない。
立派に実体化しているその技術に、ますます興味がわいてきた。
「エウリュディケ様ですね。承知いたしました」
思った通り、それだけで理解したようだった。
「よし、じゃあ、そろそろ連れて行ってくれるかな。このジ・ブラルタル農場に」
魔力充填の時に、その構造、仕組みはかなりの部分理解できた。
残念ながら、壊れているところもあったが、俺の希望する部分は健在だった。
恐らく、ザロックが俺に告げていたのだろう。
そして、俺の意志も汲んでくれるに違いない。
意志ある魔道具との会話もずいぶん久しぶりだった。
「仰せのままに」
ザロックはそう言うと、その場所に案内するべく歩き出していく。
「ミミル。置いてくよ?」
俺とザロックとのやり取りを、呆然と見ていたミミルに声をかける。
「もー。ミミルにも説明してよね!」
ミミルは混乱しながらも、俺の頭に座っていた。
ホタルがミミルにちょっかいを出し始める。
文句を言うミミルとホタルの笑い声が、誰もいないこの場所を華やかに彩っていく。
「また今度、ゆっくりとね」
この場所はもっとにぎやかにして見せる。
ザロックのあとを追いながら、それほど遠くない未来に思いを馳せていた。
次は12時です。




