要塞VS人 その3
撃破された、帝国側の様子です。
「なんだ? いったいどうなっている!」
あっという間の出来事に、俺ですら状況把握できないでいた。
何らかの攻撃を受けたのは分かる。
その結果、要塞が墜落したことも分かっている。
しかし、そう呼びかけずにはいられなかった。
要塞司令室は魔力供給が断たれたのか、照明用魔道具がほとんど機能していなかった。
非常用の薄明かりだけが、かろうじて見えないということを無くしているに過ぎない。
落下の際の衝撃だろう。
ぼんやり見える範囲ですら、砂埃が舞っている。
もともと俺の座っている場所――仮の玉座ということになっているが――は、司令室内の高台となっているため、見える範囲も限られている。
今の状況を確認しなければ、次の行動に移るにしても支障が出る。
しかし、誰からも返事はかえってこなかった。
それもそうだろう。
あれだけの攻撃、あれだけの衝撃。
俺だけが無事なのは、そういう力を持っているからだ。
「何てことだ……。全滅か?」
奴一人に、この移動要塞がいいようにもてあそばれた。
その事実を受け入れなければならないことに、苛立ちを感じてしまう。
いや、ちがうか……。
少しの間だが行動を共にし、ほんの少しだけ感心した兵士たち。
あの攻撃の中でも、必死に体制を整えて反撃を計っていた者達が、なすすべもなく殺された事実に、俺は苛立っているのだろう。
誰も返してくる様子もないのに言い続けているのは、俺の願いが込められているからかもしれないな……。
「うう。皇帝陛下。少なくとも私はいるのですねぇ」
頭から血を流しながら、サルマカクが立ち上がってくるのが見えた。
奴はもともと横になっていた。
だから最小限の衝撃で済んだのかもしれない。
しかも、玉座周辺は衝撃吸収素材がかなり使用されている。
つくづく運のいいやつだ。
「サルマカク様。自分も……。いるであります!」
姿は見えない。
しかし、その特徴的な声がキャンディの生存を告げていた。
しかし、まったく無事というわけだはないのだろう。
その声には苦痛が混じっている。
「各自、生存の報告をするであります!」
それでも、移動しながら声をかけてまわっている。
「航海長! 航海長!」
「……はい」
返事があった。
「主砲兵長!」
「います!」
またいた。
「要塞砲手長」
「ぶじです。なんとか」
生きていた。
「索敵長」
「……」
「索敵長」
「索敵長?」
「すみません。副長、まだ気を失っています」
普段、隣に座っている航海長が代わりに返事していた。
「よし、司令室は無事だな。それでは、各自、各部のチェックを急げ」
ダメージ把握。
そして復旧へと確実に連動していた。
俺が命令しなくても、ここの連中は自分たちでなすべきことをなしていく。
失わなくて、本当によかった。
いくらばかりの感動を覚えたその時、神殿の方からまばゆい光があふれ出していた。
自らの直感に従い行動することが必要な場合がある。
昔、教官にそう教わったことを思い出していた。
今がまさにそうだろう。
考えるまもなく、その方面の窓に駆け寄った。
そして、確かに俺は見た。
そのシルエット。
奴だ。
奴がここまで来ていた。
図々しくも、断りもなく、俺の要塞に入ってきている。
すぐさま剣をとり、神殿の方に駆け下りていく。
俺の行動に、司令室内は動揺しているだろうが、今はそれどころではない。
たぶん、奴は何かを知っていて、そのためにここにやってきたに違いない。
それを突き止めなくてはならない。
しかし、神殿についた時――もはやそれは神殿と言えるものではなかったが――、そこには、俺の知らない球形の構造物が、我が物顔で鎮座していた。
「なんだ? これは……」
近くによっても、何も反応しない球体は、依然としてそこにあり続けている。
一周まわってみてみたが、入り口どころか継ぎ目すらない。
「陛下。いかがされたのでありますか?」
キャンディが息を切らせて追い付いてきた。
「サルマカクはどうした?」
一応確認しなければならない。
普通であれば、副官などは直言できる身分ではない。
だから、本来であればサルマカクが来るべきだ。
しかし、そう言いながらもその答えはわかっていた。
わかっていながら、聞いていた。
「は。盛大に嘔吐いたしましたので、目下、手当中であります」
予想通りだった。
あれだけ空中で揺らされ、回転させられ、打ち付けられた。
さすがの俺も少し気分が悪くなったほどだ。
それをサルマカクが耐えられるはずがない。
必死に我慢していたのだろう。
俺がいなくなったことで、タガが外れたか……。
ほんの少し見直した。
「キャンディ。これは何か知っているか?」
サルマカクはこの際ほっておこう。
この物体について情報を集めるのが先だ。
「いえ。自分は何も知らないのであります。要塞城主サルマカク様であれば、あるいは……」
キャンディは申し訳なさそうに頭を下げていた。
「そうだな。いや、わるかった。気にするな。それでは、サルマカクのところに行くか」
ここで考えても仕方がない。
奴はこの中に入ったのは間違いない。
少しでもその情報を持っているのはサルマカクだ。
ならば、まずは聞くしかないだろう。
「皇帝陛下。しばし、しばしお待ちください」
キャンディは何故か必死だった。
一体どうした?
俺は一刻も早く、あの球体の謎を知らねばならない。
あの光の中、奴はあそこに入っている。
あそこに何があるのかを、奴は知っているに違いない。
俺が知らなくて、奴が知っている。
そんなこと許されるわけがなかった。
「一刻も早く、あそこの情報が必要なのだ。邪魔するな」
怒気をはらんで言い捨てる。
キャンディは、そのまま失神してしまった。
さすがにやりすぎたかと思ったが、事は急ぐ。
気にしてなどいられなかった。
「焦っているのか?」
中央塔の階段を駆け上りながら、不意に口をついて出たその言葉。
無理やり振りほどくように、より早く駆け上がっていた。
自らの想いを振り切るようにして、最上階の司令室にたどり着いてみてみれば、そこはあわただしさに包まれていた。
仮の玉座まで歩を進め、それを目にしたことを後悔した。
俺の座っていた席を必死に拭く、兵士の姿。
俺が身に着けている、皇帝のマントを抱えて出ていく兵士の姿。
俺の額冠を丁寧に拭く、兵士の姿。
そして、換気の魔道具を大量に設置している兵士の姿。
サルマカク……。
お前、俺のところで吐くなよ……。
今もなお吐き続けているこの男の背中を見て、急速に俺の意欲はなくなっていた。
次は10時です
皇帝は、それらの廃棄を宣言しました。




