人VS要塞 その1
後手、ヘリオス君。
「ここまで近くなると、壮観だね」
優雅に紅茶を飲みながら、俺は移動城塞を眺めていた。
「ヘリオス君も余裕だねぇ」
シルフィードがおかわりを持ってきて、自分もそこに座る。
そして同じように紅茶を飲みながら、映し出された映像を見つめていた。
「あれ? 私は映らないんだね」
シルフィードは興味深そうに眺めている。
「まあ、あれは、デルバー先生が入学式に使ってるやつと同じだからね。あらかじめとってあるものさ。砂漠の真ん中でこれをすると、一発でばれるんだけどね……。それで、あえて的のようにしてみたんだ。これをみたら、たぶん結界と判断するだろうからね。対魔障壁を突き破る砲弾から来るよ。張りぼての結界を少し混ぜてあげるだけで、それがすべてと思うだろうからね」
自分の理解できる範囲でしか、人は理解できない。
だから、理解できることを混ぜておくと、それがすべてだと錯覚する。
自分に自信がある人ほど、その傾向は強くなる。
紅茶のおかわりを飲みながら、後ろで何かをしようとするノルン。
一体何をする気なのだろう。
感覚的にはいたずらしそうな雰囲気が伝わってきた。
『デルバー先生の立体映像投影は、ちょうど円を描く形で設置しなければならないものだった。しかし、その性能は折り紙つきで、いままで学士院の入学で見破られたことはないほどだ。しかし、設置するのに、どうしても円が出来上がるので、砂漠では不自然になってしまう。それを解決したのが、的にするということだった』
何をするかと思えば……。
しかし、見事に俺の口調をまねている。
あの遊びも、あながち役に立っているじゃないか。
シルフィードは何が起きたのか理解できないようで、ぽかんと口を開けている。
「ノルン、わざわざ解説をありがとう。そろそろ撃ってくるだろうから、ちゃんと計測よろしくね。それと、シルフィード、気にしなくていいよ」
恐らくコメントを求めている。
でも、あえてそれを無視してみよう。
カップを上げてノルンに合図してみた。
「もー。シルフィードと待遇が違いすぎるんちゃうの?」
案の定、口をとがらせるノルン。
やっぱり忘れているな……。
じっとノルンを見ていた俺は、ため息をつき、切り出した。
「あれ? ノルン。この間の約束……」
「わー。わー。わーかりまーした!」
俺の言葉を途中で遮って、ノルンは自分に与えられた役割の了解を告げていた。
忘れたふりをしてただけか……。
「うんうん。やっぱりノルンはいい子だね」
満足そうに頷く俺を、恨めしそうに見つめるノルン。
怪しげに見つめるシルフィードに、紅茶のおかわりを勧めておく。
黙って応じるシルフィードは、何かを考えているようだった。
「やっぱり、うちだけ……」
口ではそう言いつつも、しっかりと仕事をしようとするノルンが俺の横まで来て要塞を見つめていた。
砲声があたりに鳴り響き、目標を過たずに雷が伸びてきた。
先ほどまで俺の映像があったところは、無残な姿をさらしている。
砲弾の雨により砂漠の砂がまきあげられ、大きな砂の噴水を作り出していた。
その噴水が終わるよりも早く、巨大なエネルギーの塊が襲い掛かかっている。
大地を揺るがし、砂をやき、空気を焦がしたその力は、そこに生きる全てのものに、ひとしく死を与えていた。
轟音があたりをとどろかせ、大地の震動と共に、大気もまた震えていた。
その力はそれだけに留まらず、力の限りその空間を襲い尽くしていく。
破壊の限りを尽くしたあと、それまでのことがまるで嘘だったかのように静寂が訪れていた。
焼けた砂は無残な姿をさらしている。
岩も大地も関係なく、等しく塵に変えていた。
大地に開けた大穴に、周囲の砂が流れていく。
それは死の空間へと誘う波のようであった。
「おお、すごいね。でも、あんなので悪魔王の結界を破れると思うかい?」
真剣に見ているノルンに尋ねてみた。
「ちょっとまってや。今はじき出すから……。よし、わかったで」
ノルンはにこやかに親指を立てていた。
「きみまで……。ちょっと違うけど……。ほんとそれ、はやってるのかい?」
ノルンのカールスマイルは、舌を少し出したアレンジ版だった。
「まあ、古代王国期のエネルギー量だとわからないけど、今のだとね……。あと、要塞の中央部分の魔力がほとんど感じられないから、本来のものと違うのかもしれないけどね」
俺は自分の見解を先に告げていた。
「そうやね。たぶん無理やろな。あと、ご依頼の仕事は終わらせました。ご主人様」
ノルンは大げさにお辞儀をしていた。
「また……。わかったよ。じゃあ、その配役で帰ったらね……。それで、どうだった?」
俺とノルンの間でかわされた何かを、いぶかしげに見つめるシルフィード。
たいしたことないからと言っても、やっぱりじっと見つめてきた。
一方のノルンは、約束を守ってもらえそうな俺の気配を感じたのだろう。
とても満足そうにしている。
「今の中央には、ほとんど何の力もあらへんよ。でも、中央部分がいるんやよね? まあ、浮遊、移動、障壁、攻撃といったもんは、すべて周りの五つの塔から発生しとるから、それ取り除いたら、落ちよるで」
やはりそうだ。
満足のいく答えに、ノルンの頭をなでていた。
不満そうなシルフィードをなでると、いきなりみんな出てきて並びだした。
「じゃあ、遠慮はいらないか。落とす場所は、砂漠に印つけておいたから、みんなであそこまで引っ張ろう。まず、僕が囮としてひきつけるよ。一番はシルフィード。二番はベリンダ。三番をミヤ。四番をフレイ。五番をノルンが落としてね。最後のノルンのタイミングは重要だから任せたよ」
あらためて、全員の頭をなでながら、そう告げていた。
「中央の塔を含む部分だけは、無傷で手に入れたいから、それだけは頼んだからね。みんなよろしく」
これからのために、中央部分が必要なんだ。
決意を込めて右手を差し出す。
シルフィード、ベリンダ、ミヤ、ノルンがその手を重ね、全員の手が重なったところに、小鳥のフレイが飛び乗った。
「じゃあ、ミミルが合図したら、作戦開始だからね!」
俺の頭の上で、ミミルが偉そうに宣言してきた。
ミミルらしい行動に、思わず笑顔になる。
「それじゃあ……」
ミミルが勢い良く宣言するため、一呼吸を入れた瞬間。
「作戦! 開始!」
突然、俺の肩に飛び乗ったホタルが、右手を前に振りかざして、作戦開始の合図を告げていた。
笑顔の精霊たちが、掛け声とともに周囲に飛び出してく。
「ちょっとー。今のなし! ミミル的にやり直しを要求するんですけどー!」
ミミルの不満の声をあげても、精霊たちは待ってくれなかった。
ただその叫びだけは、むなしくあたりに響いていた。
続きは4時です。
と言う風に、初めて書いた時は連続で投稿してました。




