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夢の世界の中で僕は  作者: あきのななぐさ
決戦イングラム帝国
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ガイア会談(後編)

ヘリオスとジークフリードの会談が始まります。

「いや、そのように急いでこられても困るぞ、ノイモーント伯爵。こちらにも、もてなす準備をさせてもらわねば」

嫌みったらしく言うのも癪だが、周りのうろたえようをみると、そう言うしかなかった。


「これは申し訳ございません。つい気がせいてしまって」

白々しいことをいうやつだ。


完全にこいつの奇襲は成功している。

誰一人、俺を守ることはできなかった。

俺すらも、一歩下がるのが精一杯だった。

いくら、その気がないとはいっても、これだけ鮮やかに決められたのだ。

もはや悔しいという感情はわいてこなかった。


むしろ、この俺を驚かせたのだ。

ますます、興味がわいてきた。


「まあ、準備しながらでもいいか? どうせ非公式だ」

できるだけ紳士的にふるまうように努めた方がいいだろう。

どう転ぶにしても、まずは悪い感情を持たれては困る。

マルスの時のように、事前に調べた情報をあてにはできない。

古代語魔術師の能力に左右されるが、この世界ほど情報がたやすく手に入る所など知らない。

精霊魔術師も原理こそ違うが、見聞きできる。

逆に言えば、こちらの情報も筒抜けになる可能性もあるが、それは幾重にも防壁を展開しているから大丈夫だろう。

ガラティーンは安心できないとは言っていたものの、その理由が分からないのでは納得もできない。


ただ、奴は違う。

爆死の魔術師。

帝国の古代語魔術師にそう言わしめた奴の結界は、奴を魔法的に見ることをあきらめさせるものだった。

何人被害にあったことか……。

そして、ガラティーンの精霊魔法では、なぜか精霊が拒否したらしい。

精霊も爆死を恐れるのかわからないが、かたくなに拒否する精霊に、ガラティーンもお手上げだった。

だからこそ、俺はここにいる。

お互いに情報はそれほど持っていないはずだ。

久しぶりに腹の探り合いになる。


さて、俺の話にどこまで興味を持つか。


そう言えば、ひょっとすると最大の手駒になる可能性もあるわけだ。

ここに来た以上、俺同様に奴も興味を持っているに違いない。



「ええ、失礼でなければ、僕もその方がありがたいです」

堂々としつつも、相手への配慮を感じさせる交渉術。

衝撃を与えることで、交渉の主導権の握るというやり方。

仕草、目線、態度。

そういったものが、この男の才能を垣間見せていた。


欲しい。

つい、そう思ってしまった。


今の配下で不足している者。

それは駆け引きのできる人間だ。


交渉事ができる人間がいない。


騎士道精神にあふれ、融通の利かないガラハッド。

ハーフエルフゆえに、どこか人間との距離を保てないガラティーン。

暗殺者ゆえに、そもそもそういうことに不向きなキャメロット。

研究バカのパルジファル


どれも、今の任務では申し分ない働きをする。

しかし、それだけだった。


しかし、できるならば人同士で争うことは、最小限で押さえたい。


不十分だが、力は見せつけた。

最終的にジ・ブラルタルを目にすれば、抵抗する気力も起きないだろう。

心を折りさえすれば、交渉でまとめ上げればいい。

すべてのことをこの俺がやるのには、限界がある。

俺は己の能力を疑わない。

しかし、それでも案件が多くなると、見落としも出るかもしれない。

それが、致命的なものでないという保証はない。


だから、できる限り俺の代わりが出来る人間がほしかった。

そして、必要があれば、自ら行動できる人間。

戦略をよみ、戦術を組み立てることができる人材。


そういう点で、こいつはとびぬけて有能と言える。


なにせ、この俺の計画をよみ。ことごとく防いできたのだ。

それは、この俺の狙いを正確に理解しているからできることだ。


一度も会ったことがない俺の考えを、断片的な情報から正確に割り出す。


あらためてそう考えてみると、これはのどから手が出るほど欲しい人材だ。

しかも、賢者とうわさされ、実力的にはデルバーを超える魔術師。


敵に回すと厄介だが、味方にすれば、俺の右腕となるに違いない。



天幕に入り、交渉用に用意していた椅子に腰かける。

ヘリオスは天幕の入り口で待っていた。

もう一つの席に手で誘導すると、黙ってそれに従っていた。


「単刀直入に言う」

ヘリオスはその動作を一瞬止めたが、すぐに座り、話を聞くという姿勢を見せている。


「俺の部下になれ」

奴は全く驚いた表情を見せなかった。


さすがだな。

驚嘆の念を禁じ得ない。

予想していたのかもしれないが、全く感情を表に出していない。

俺の言葉にどれほどの効果があったのか、評価させてくれないとはな……。



「申し訳ございません。あまりに唐突なお話でしたので、一瞬我を忘れました」

そして、白々しい物言いをしてくる。

肝が据わっていると表現するべきなのだろうな。


「それで、誰が、誰の部下になるというお話でしたか?」

一瞬、口元がほころぶのを意識してしまった。


面白い。

これは、一王国の新興伯爵風情が、歴史あるイングラム帝国皇帝に向かって言う言葉ではない。


これは心理戦。

俺の度量と想定外の対応力。

そう言ったものを試しているのか。


言葉の戦いとはな。

俺もなめられたものだ。


「いや、これは申し訳ない。伯爵殿。このイングラム皇帝、ジークフリード・クラウディウス・アウレリウスのもとでその才能を発揮してもらいたい。この申し出を受けていただけるのであれば、私の妹を嫁にもらってほしい。公爵として、そして摂政としてその力を振るっていただきたい。妹はまだ十三歳だが、年齢的にも問題はなかろう? マイローゼと言って、兄としても鼻が高い妹だ」

これは破格の条件だ。

イングラム帝国の重鎮に、そうそうなれるものではない。

しかも、皇帝との血縁関係となる。


どうする?


「これは身に余る栄誉。非才凡人なわが身には、過ぎたる栄誉と存じます。しかし、私もアウグスト王国貴族の末席に連なるもの。いただく主をころりとかえてしまいましては、それこそ陛下のお役にたてるとも思えません。しかも、大切な妹君を下賜たまわるなど、思いもよらぬことです」


断ってきた?


これ以上何を望む?

こいつは稀代のペテン師か?


「…………」

ならば、揺さぶりをかけるまで。


「伯爵も空を飛んでこられたのであれば、あれを見ただろう。あれこそがイングラムの誇る移動要塞。もうすぐにこの地に来る予定だ。その後、どこに向かうかは、俺の気持ち次第となるのだが……。あれは古代王国期に建造されたものでも最大級のものだ。ご存知かな?」


さて、どうでる?

ヘリオス。


「ええ、皇帝陛下。学士院アカデミーの資料で確認しております。全長一キロメートルで、地上五十メートルを浮遊飛行する城塞。天守塔の高さは百メートル。そこから十二層の対空隔壁を展開。ただし、今は五層しかできないようですね。対悪魔族、対天使族、対竜族に編み出された城塞壁。それも、外郭が一部なくなっている様子。天候制御の魔法と、飲料水生産、食物生産を可能にする魔道具で、天空で単独飛行状態でも生存可能ですが、それも今はできない。二十門からなる城塞砲は悪魔族結界・天使結界を無効化する呪印が施されているとか。また、主砲ミョルニルは悪魔王すら撃退するという雷とかですが、ジ・ブラルタル自体は悪魔と天使の抗戦記録はないようですね」

まるで、答案用紙に書いているように、淡々とその性能を告げていた。

そして、それは、俺の把握している内容と同じだった。

性能は調査した文献がある。

しかし、皇帝しか知らないはずの情報まで何故知っている?

学士院アカデミーの資料はそこまで充実しているのか?


しかも、それを知ってなお、平然としている。

それはポーカーフェイスなのか?


「よく資料があったものだ。これを人類が生産したことは賞賛に値する。しかし、残念ながら、今の人類にそういった知識も技術もない。我々は、古代王国の遺産に頼らなくては、悪魔どもに太刀打ちできないのだ」


仕方がない、方針をかえてみるか……。

脅しは不十分。

ならば危機感をあおるまで。


「悪魔が、こちらを狙っている」

不確定要素だが、その情報は得ている。

最近イングラム帝国国境で何体かが目撃されていた。すべて、使役悪魔だが、報告数が増えてきている。

これは偵察とみていいだろう。


どうだ?

相変わらず表情を変えずにこちらを見ている。

仕方がない、ダメ押しをはなつか。


「人類は団結しなければいけない。そしてイングラム帝国こそがその役割に最も適している。なぜなら、悪魔、天使、龍といった脅威を最も身近に知っているのが、帝国だからだ。他の国では、対応に真剣さが足りない」

これは、演説だ。


聴衆は一人。

こんな説得は古今東西ないだろう。

これは俺自身も初めてのことだ。


「我々には、魔力マナの力も、神の力も、龍の力も少ない。脆弱な種族だ。しかし、我々は、知恵と団結という長所がある。それを生かさなくては、種そのものが滅びるのだ。伯爵。いや、賢者ヘリオス。今こそ国の垣根を越えて、誰かがその中心に立たなければならない。そして、俺はその役目こそ、俺の役目と信じている。だから、賢者ヘリオス。お前の力を、人類のために役立てないか」


伯爵という身分を賢者というものにすり替え、俺から、人類にすり替える。

単なるすり替え論法だが、知らなければ、ひっかかる。

人は所詮最後に言われたことが、最も印象に残るものだ。


そして、意義を用意する。

裏切ることがためらわれるのであれば、その正当な理由を示してやればいい。

背徳感が気になるのであれば、大義を示してやればいい。


人の行動は、理由を求めている。

その理由が公明正大であればあるほど、大事の前の小事として処理される。


どうだ?


「いや、本当に素晴らしいですね。その笑みは万人を魅了するとはよく言ったものです。あなたの主張。あなたを知らなければ、それに傾倒することも頷けます。しかし、あなたは本当に人類を導くことが可能なのですか? あなたの力が、悪魔や天使を刺激しているのではないのですか? 脅威にたいして、脅威で対抗する。それは正しいものの見方かもしれない。しかしこの世界において、それが必ず正しいことだと言えるのですか? 過去はどうであれ、少なくとも現時点では、天使族と悪魔族は我々に敵対をしていませんが?」


何を言っている?

何故そんなことがわかる?

何故、俺の知らないことを知っている?


一瞬、言葉を失った俺に、奴はさらに続けてきた。


「先日、魔界に行きました。悪魔王と会談してきましたよ。気さくな人でしたね。ちょっと特別な理由があって、ああ、元をたどればあなたのせいでもあるのですが。その時に傷つけた悪魔にも謝罪しておきました。三人で紅茶を飲んで、雑談して、一応わかってくれましたよ。ああ、そう言えばその時に、あの移動城塞の話になりましてね。笑ってましたよ、骨董品だと。まあ、正しいものの見方だと思います。そのあと、ついでだから、天使族の方にも挨拶してきました。片方だけ行くと、疑念が生じるかもしれませんのでね。大天使長もこちらの誠意はわかってくれました。まあ、跳ね返りはいつの時代でもいるという見解でしたね」


なんだ?

どういうことだ?

俺の、この俺の知らないことが、この俺の知らないところで進んでいるだと?


なおも奴は続けてきた。


「もとより、イングラム帝国という存在自体が問題だったんですよ。龍を封印してまで手に入れた力を、わがもの顔で使用する歴代皇帝。そのなかで、あなたは最悪だ。魂の同化までしてしまった。それはこの地により一層の災厄をもたらすことになると何故考えない。かの龍は、この世界にとって、重要な力の源。源泉だ。それを異世界人とはいえ、人の魂と同化させてしまうとは、愚かしい」


奴は俺を見て話している。

しかし、奴の瞳には、俺以上の世界が見えているのか?


「シグルズを解放しなさい。皇帝。その力はあなた一人が扱うべきものではない。それは、世界そのものの力なのです」


命令されている?

この俺が?

イングラム帝国の皇帝である、この俺が?


なぜおまえがこいつの名前を知っている?

なぜおまえが、天使と悪魔と話し合ってきた?


なぜ、俺の秘密まで知っている?


「バカなことを。すでに魂の同化をして、かなりの年月がたっている。もはや、シグルズは、この俺だ」

疑問を抑え込み、ただ、抵抗するように立ち上がっていた。


目を瞑り、ため息をはくと、奴は静かにシグルズを見て宣言してきた。


「シグルズ。君を必ず救って見せる」

シグルズは何も言わない。

しかし、興味を持っているのは明らかだった。


「おまえはなにものなんだ……」

全く理解できない。

立ち上がった俺の視線をしっかりと見据えているヘリオスに、言い知れぬ気配が漂っている。



「なに、ただのヘリオスだよ。ニンゲン」

その瞬間、膨大な力が奴の体からあふれていいた。

もはや、立っていられなかった。

崩れ落ちそうだった。

この威圧感。

この俺に、服従を強いているのか?


『精霊王だよ。ジーク』

シグルズが珍しく語りかけてきた。


「精霊王だと?」

龍の力を引き出して、なんとか自然に座りなおしていた。

力の奔流が、今も俺を押し流そうとする。


「そうともいう」

ヘリオスの返答は簡単だった。


こいつは危険だ。

俺の直観がそう告げていた。


もはや、配下とかそんなレベルではない。

悪魔や天使。それと同じ脅威だった。


こいつを何とかしなければならない。


「お前が人類を守るというのか?」

俺は一応確認した。

最後の確認だ。目的が同じなら……。


「あなたとは同じ道は進めないよ、皇帝。僕は、あなたの中のシグルズを解放する。それはこの世界。人類などという小さな枠ではなく、この世界に生きる者にとって必要なことなんだ。悪魔がなぜ、帝国領に来ると思う? 帝国以外には姿を見せないと思う? それは、あなたが、シグルズを封印してしまったからだよ。シグルズの力は魔力マナの流れの源泉だ。それを人の魂で同化してしまったから、魔界にまで影響が出てきている。あなたは、あなたの恐怖心によって敵を作ってしまったんだよ。脅威に脅威で対抗すれば、それは泥沼になる。冷戦をしっているのだろう? 異世界人」


冷戦だと?


「おまえ、まさか……」

言葉が出ない。

まるで何かに抑圧されたかのようだった。


「ちがうね。僕はれっきとしたこの世界のものだ。ちょっと寄り道はしてきたが、あなた方とは違う」

晴れやかに、力強く、自らの存在を誇るようだった。



「だから、返してもらう。とりあえず、あの要塞はこの地に連れてくるがいい。僕はここで待っているよ」

急に力の流れがやみ、ヘリオスは改めて幼竜に向き合っていた。


「シグルズ。君を救って見せる。もうしばらく、頑張ってほしい。よく抑えてくれていた。実際に会うまでわからなかった。もう少し早く気が付いていれば……。君をこんなに苦しめずにいたものを……」

奴の表情は苦しげだった。

それはシグルズのためだといいたげだった。


不快だった。


まるで俺が人類、いや、この世界にとって害悪であるかのような言い方。

そして、なにより、俺を完全に無視している。


「いいだろう。その気なら、相手をしてやる。あとで許しを乞うてもおそい。俺はすでに、こいつの力を完全に制御した。精霊王だろうが、俺と同化した龍王の力にはかなうまい。しかし、そのまえに、お望み通り、要塞で遊んでやる」

荒々しく席を立つ。


天幕をでて、高らかに号令を発する。


「ジ・ブラルタルに向かう。余分なものは置いておけ。じきにここに戻る」

俺の声が、一糸乱れぬ行動を引き起こす。


これが、俺。

皇帝ジークフリード・クラウディウス・アウレリウス。

この世界の覇者の名だ。


従わぬものに興味はない。

従わぬなら、ねじ伏せるのみ。


いつになく興奮気味に、心の中で叫んでいた。


交渉は決裂しました。

次回は精霊たちが何やら話したいようなので、精霊たちの話にします。

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