思惑と萌芽
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少しヘリオス君として積極的になってきています。
「やはりきましたか、あの行動力には脱帽です……」
しかし、そんな彼だからこそ、エルフの里に一度連れていきたいと思う。
まちがいなく、長老たちがうるさいでしょうけど。
ベルンの宿屋の一室でヘリオスの気配を感じた。
例の遺物を取りに来たのだろう。
あれがあるとあの子たちはいつも一緒にいられる。
シルフィードの優位性がなくなるが、あの子はそんなことにこだわる子ではない。
みんながヘリオスと共にいられる自由の方を好んでいるはずだ。
「さて、私の方はあまり進んでいないのですが……。いちどあの子に会っておきますか」
ここベルンではエルフはそれほど珍しくはない。
交易の中心地だから、他の地方のエルフたちもやってきている。
ハーフエルフも暮らしているが、表立って、見たことがなかった。
こうゆう街だから可能だろうが、田舎に行くと迫害をうけるだろう。
異種族間の婚姻は、それほど異端とされている。
ましてその子供はどれほど奇異の対象となるか……。
しかし、今はその子の心配をしている場合ではなかった。
弟子の潜在的な危険について、その情報を探りに来ている。
今のところ分かっているのは、依頼主の家は例のゴーストに襲われて散々な目にあったということだ。
もともと劣化していた封印が解けてしまい、出現したゴーストがめちゃくちゃに暴れたらしい。
結局教会で駆除したらしいが、家財や何やら破壊された挙句、街中で危険物を所持・解放した罪で主人は幽閉。
配下のあの男たちは街を追放されて、出入り禁止になっていた。
魔術師は直接ゴーストを封印・運搬した罪で冒険者の地位をはく奪、封呪をされた上に、奴隷に落とされていた。
当然その依頼を仲介した冒険者ギルドにも相当額の罰金が科せられていた。
他の4人はただ連れて行かれたということで、罰金刑のみ適応となっていた。
これがこの街で仕入れた情報だった。
しかし、肝心の黒幕が尻尾を見せない。
下手にこちらから探りを入れると藪蛇になる可能性も高く、これ以上はお手上げだった。
「仕方ありません、視点を変えますか……」
この街を一望できる時計塔へと足を運ぶ。
その塔の頂で、私はこの世界を感じていた。
「風の精霊たち……。この街の声を集めておくれ……」
一瞬風が渦巻き、この街の喧騒を集めていく。
色んな声が、私の中に流れ込んでいた。
その中から、ある特定の言葉だけを選んでいく。
膨大な作業だが、風の精霊たちも手伝ってくれている。
「まだまだ、いきますよ」
「水の精霊たち……。お前たちの見たものを映し出しておくれ」
水の精霊があつまり、私の前に映像を映し出す。
風の精霊と水の精霊が、お互いの仕事を補完していく。
風と水の精霊共演が幕を開けた。
「いいですね。集めましょう」
いい情報が集まった。これであの子にも話すことができるでしょう。
私の気持ちを感じ、精霊たちはざわついていた。
なぜかシルフィードの顔が頭に浮かんでいた。
***
「いえ、シエルさんお気遣いなく……」
朝から困ったことになったもんだ。
今日は町の見学ということで、シエルが朝から俺をエスコートしている。
たしかに、昨日申し出は受けていた。
しかし、こんな朝早くからとは思っていなかった。
まだ夜が明けきらぬうちに、シエルは宿屋に来ていた。
そしてそのまま、扉の前で待ち続けたようだった。
朝食を食べる間も、支度を整える間も、シエルは入り口で待ち続けていた。
さすがに、焦ってしまう。
ゆっくりするのが申し訳なく思えてきた。
「では、よろしくお……」
まだ、俺がその言葉を言い終わらないうちに、シエルは俺の手を引いていた。
メルクーアに対していったのだろう、ご心配なくという声が、大きく宿屋に響いていた。
そして自分おすすめのかわいいものを置いている店を、つぎつぎと案内していた。
正直俺は困っていたが、シエルはこれでもこの街の人間で知らないものがいないほど有名だった。
その名声は、俺にとっていいように働いていた。
いろいろなことがシエルに聞くとわかってきて、シエルが分からないことは、シエルが代わりに聞いてくれていた。
だから正直ちょっと困っていても、これはこれで仕方ないとも思っていた。
時折勧めてくるかわいい装飾品を、一つ一つ丁寧に断っていたのだが、ヴィーヌスとルナにはお土産を買っておいた。
ヴィーヌスには日ごろの感謝をこめて。
ルナには、これからヘリオスと仲良くしてもらうために。
しかし、シエルの攻勢はとどまることを知らなかった。
だんだん俺の精神も限界に近づいてきた。
「あのー、シエルさん……。僕、少し喉が渇いたので、どこかでお茶にしませんか?」
そう言ってシエルを買い物という領域から引き離そうと試みた。
確かにこの街は品数が多く、活気に満ちていた。
実際、今の王国の領土にあって、王都は商業の中心ではなかった。
それは王国の拡大の歴史と共に領土は拡大したが、王都はそのままということになっていたからだ。
離れられない美しさがあるのだと聞く。
その美しいと噂される王都にも、一度行ってみたいと思う。
ヘリオスが学士院に入学できればいいのにと密かに思っていた。
王国の歴史上、もっとも古く、美しい王都。
そこに学士院はあるのだという。
まあ、遷都は国家事業だし、金もかかる。
要は、役割を分けて中心を持てばよいという発想なのだろう。
そこで、各領主との交通上で最も重要となる場所に第2都市ベルンを建造したようだ。
そして、このベルンは海のないアウグスト王国にとって、もう一つ重要な点で、なくてはならない場所でもあった。
塩。正確には岩塩。
海のないアウグスト王国は塩の自給自足は常に死活問題だった。
その問題を解決したのが今の岩塩産地だ。
もともとこの岩塩産地はマルス辺境伯の実家の近くにあり、本家モーント男爵家はそこから発生した家でもある。
マルスが新辺境伯として新しいモーント辺境伯となって家を出たのち、男爵家の嫡男が次々なくなっていた。
少し前まで、マルスの弟つまりルナの父親がこの男爵家を継いでいたが、それも途絶えてしまった。
今はマルスが後見人としてルナに将来婿を取り、その子に男爵家を継がせるようになっているようだ。
それまで男爵領はマルスが管理することになっていた。
その岩塩の産地に最も近く、加工も流通も兼ね備えたベルンは、王国にあって生命線でもあった。
商業規模からいうとおそらく王都をはるかにしのぐこの街は、王家の直轄領となっている。
通常、官僚が統治しているが、街の自治体制も存在しており、各商人ギルドの幹部からなる幹部会によって細かな取り決めが行われていた。
だから、シエルのような特殊な趣味の持ち主でもその嗜好に耐える品数を誇っているのだろう。
俺は極端なところからこの街の実力を見た気がした。
「それはいい考え」
意外にシエルは納得して、俺の手を引いて歩き出していた。
冒険者のイメージとはかけ離れたシエルの手の柔らかさに、俺は一瞬ドキッとする。
その時風が二人の間を駆け抜ける。
その風の勢いでほこりが舞い上がり、思わず俺はその手をはなし、顔を隠した。
「むう……」
シエルが何か言いかけていたが、それは飲み込んだようだった。
「あははははっ」
力なく、そう笑うしかなかった。
ただ、一瞬見せたシエルの視線。
あれは正確にシルフィードをとらえていた。
まさかとは思うが……。
*
「本当にここに入るんですか?」
営業妨害になるかもしれなかったが、俺はその店の前で、思わず立ち尽くしてしまった。
その店は――もふもふ――という名前……。
その名の通り、いろいろな動物があふれており、早くもシエルは恍惚の表情を浮かべている。
「いま、私の胸にはハムスターがいるんですが、たべられたりしないですか?」
胸ポケットから一瞬震えが伝わって来た。
「大丈夫」
親指を立てて、そう宣言したシエルは、俺の背中を押しながら店に入ろうとする。
「わかりました。わかりました」
そのままだと扉にあたってしまう。
観念した俺は、そこに足を踏み入れた。
「うあー。すごいですねー」
思わず感嘆の声をあげていた。
店内は固定設置型の魔法の障壁で守られており、希望された動物を店内に持ち込めるシステムだった。
店内に自分のペットの持ち込んでも、安全にできるようになっている。
席について、周囲を見渡したあと、安心してハムスターをだしていた。
「これなら安心だね」
俺はハムスターの頭をなでていた。
ミミルからは不満の声が上がったが、寝転がるその姿は、もっとなでろと言わんばかりに思えていた。
心の中で謝罪して、そのままお腹をなでるといきなり噛みつかれた。
どうやらそこはだめらしい。
難しいものだと思いつつ、場所を忘れてミミルをご希望に沿うように撫でていた。
何となく、ゆったりとした時間が過ぎていく。
しかし、突如現れたそれが時を凍らせていた。
何となく、危険を感じるが、今はまだ俺に興味はもっていない。
ミミルはすでに避難している。
この場の最善策をとることにした。
「あのーシエルさん。どなたかお呼びですよ……。」
シエルは、うっとりとした表情のまま、俺を見続けていた。
油断していたことを後悔したが、今はそういう場合ではなかった。
「あの……。シエルさん?」
とりあえず、目的は彼女だ。
あれは、かかわっていいものじゃない。
本能が俺に告げていた。
楽しみをさえぎられた感じのシエルは、凍てつく視線をその人物に向けたようだった。
思わず、それはひるんでいた。
「マスターじゃま。これは口直しが必要」
そう言ってシエルは俺を再び見つめている。
ハンカチをくわえて、涙を流すその姿は、夢に出そうで怖かった。
一刻の猶予もなかった。
このままでは、今日は悪夢を見る。
ますます、ひどくなる一方のそれに、俺の心は決まっていた。
「えっと……シエルさん、そちらの方は?」
危険を承知で、渦中に飛び込む。
シエルは背中を向けているが、俺は絶えずそれを見る羽目になっている。
これ以上は無理だ。
「無視していい。かわいいこの店のかわいくないマスター。もとビーストテイマー。以上」
マスターを振り返ることなく、シエルはそう答えた。
なかなかにシエルは手ごわい。
それならこっちから話を進めていこう。
「シエルさん。どうやらそのマスターはシエルさんにお話があるようですが……」
まっすぐシエルの瞳を覗き込んだ。
頼む、シエル。これ以上は見てられない……。
祈るような気持ちで、シエルを見続けた。
なんだか悲しい気分になってきた。
シエルとの見つめあいに、俺は勝利していた。
視線を先にそらせたシエルは、ため息交じりに振り返る。
「やっぱり無理」
短くそう言って頭を下げていた。
こうなったら最後の手段に出るしかなかった。
もう、悪夢は決定なほど、それを見続けている。
シエルの反応から、少なくとも話は聞いてくれるだろう。
あとは、話す場を整えるだけだった。
席を立ち、シエルの隣に座る。
一瞬体を固くしたようになるシエル。
それを無視して、マスターに俺が座っていた席を譲った。
「いいお嬢ちゃんね。シエル。ずいぶんつれないじゃない……それに、ママってよんで!」
声としぐさと表情の連鎖が、俺を奈落へと突き落す。
いわゆるオカマというものだ。
主義主張は勝手だから、かかわらないようにしていた人たち。
この世界でかかわることになるとは、夢にも思わなかった。
「マスター勘違いしてる。ヘリオスは男の子。マスターとは大違い」
シエルはマスターを視界の外にはずしている。
ママとは俺も呼びたくない。
というか、それ。壁だから……。
「それで、はやくいう。私とヘリオスの時間を邪魔しない」
低い声だ。
感情を殺したように、シエルはマスターに催促していた。
逆に、それがシエルの本気を示しているようだった。
マスターが思わず息をのんでいた。
相変わらず、シエルはマスターの顔を見ようともしない。
心なしか気落ちしたマスターは、ゆっくりと話を切り出していた。
「いえね、ここのところ話題になってるのよね。オーブ伯領との通商路に魔獣がでることが増えてるって。それで私に何とかしてほしいっていわれてね……。そりゃ魔獣をテイムできればいいわよ?でもね、わたし引退してから、その手のお仕事してないのよ……。そこで……」
「いや」
速攻でシエルは拒否した。
しかも殺気がこもっている。
あまりのことにマスターは状況を理解できなかったようだった。
断られたことを確認するかのように、俺の顔を見ていた。
心なしか、さっきとは見方が違う……。
背中に悪寒が走る。
とりあえず話を進めるために、頭を縦に振っておいた。
「そう言わないで、シエル。これはあなたのためでもあるの。あなたが好きなあのお店。あそこのオーナー知ってるわよね?あのオーナー、いやがらせ受けてたじゃない。その張本人は例のゴースト騒ぎでいなくなっちゃったけど、その後もちょっかい出しているのがいるらしくてね、そいつが結構大物でさ、やんなっちゃう。それでね、私のつてを頼りに調べてみるとね。意外なことが分かったのよね」
そういうとマスターは、自分で持ってきた水を飲んで一区切りつけていた。
なかなかに、交渉上手だ。
相手の興味をうまくひきつつ、その価値が最大限になる瞬間を狙っている。
すなわち、相手からの反応だ。
予想通り、シエルはそれに反応した。
「早くいう」
何か思うところがあるのだろう、以前よりも聞く気は出てきていたようだ。
しかし、やはり壁相手に話している。
ため息をつきながら、マスターは続けた。
効果的な演出は、言葉としぐさが合わさって最高のものが生まれる。
今か今かと待ち構えるマスターの残念な姿を、俺は当分見る予感がしていた。
「ふう、あのね。あなた、あなたの好きな店って最近品数減ってない?それにね、あなたの好きなのって、たいていオーブ領のものでしょ?」
そう言ってマスターは、再びシエルの反応を待っている。
こちらも懲りない人だった。
「そう、減ってる。半分くらい」
あれで半分なんだ……。
店中、いたるところに置かれていたあれで、半分?
普段の店を想像し、どうなっているのか心配した。
「その原因って、こことオーブ領との間で魔獣がでて通商路が麻痺しているかららしいわ。そして、そこに対してこの町から冒険者を出したらいいという話なったんだけど、反対意見が出てね。それがその大物なのよね。シエルあなたその会議出てたから知っているでしょ?」
マスターは意味ありげにシエルをみる。
「フール。あれはこの街の敵。そしてかわいいものの敵」
状況を理解したシエルは、軽く拳を握っていた。
そして何かをつぶやくと、俺を申し訳なさそうに見つめてきた。
「ヘリオス、ごめんなさい。」
シエルは立ち上がりぺこりと頭を下げてそう言った。
「いえ、シエルさん。大事なことだと思います。私のことはお気になさらずに」
よかった。
心の底からそう思った。
これでこの話は何とかまとまりそうだ。
この世界で、悪夢を見るのは勘弁してほしかった。
しかし、魔獣か……。
通商路に出るとなると、その被害は甚大だ。
それに、この街の状態も気になる。
何かが起きているのは確かだ。
気になるが、俺が何かする必要はないだろう。
ただ、シエルが行くとなると、バーンもそれについていくのだろう。
魔獣という情報しかない状態で、それは危険なことだと思う。
何か情報がないのだろうか……。
自分の思考に没頭している中、隣から何か聞こえてきた。
「でも、当分栄養が足りなくなる……」
そういうとシエルはすごい速さで俺に抱きついてきた。
「あの……シエルさん……」
かろうじて、それだけが言えていた。
しかし、ここは我慢だ。
シルフィードに思念をおくる。
「元気のもと……補充……。完了」
鼻息荒くそう言って、シエルはマスターを見ないように外に出て行った。
予想通り、シエルはやる気を出していた。
手段はともかくとして、やる気に貢献できたのならそれで良しと考えた。
そして、俺は気が付いた。
一人で出ていったシエルと、残った俺。
そこにはあのマスターがいた。
ただならぬ気配を感じ、俺は少し椅子を引いた。
「あの子は変わっているから……許してあげてね。それとありがと。わたしはルアンダ。これからよろしくね。何かあったら力になるわよ」
そう言ってウインクするマスターは、片手を頬に当てていた。
十分今でも通用しそうだ。
俺はその太い腕を見てそう思った。
「先にご挨拶せずに申し訳ございません。僕はヘリオスといいます。こちらこそよろしくお願いします」
挨拶していなかったことに気付いた俺は、一刻も早くこの場を離れる決意をした。
戦わない覚悟が必要なときもある。
今がまさにその時だった。
ルアンダの瞳が怪しい光をともしている。
じっくりと獲物を吟味するかのように……。
もう半歩椅子を引いて、腰を浮かべた。
「そんな怖がらなくても食べないわ。これでも分はわきまえてるわよ」
そう言ってまた、ウインクするマスターは今にもとびかかってきそうだった。
シエルの視線とは違う。
ねっとりからみつくような視線。
周りのかわいげな動物たちは、遠巻きにそれを眺めている。
息を整える。
髪が汗でまとわりつくようだ。
いかなる事態にも対応できるように、足に力を込める。
もうここには来ないでおこう……。
そう決意した瞬間、それを待っていたかのようなマスターの一言がカウンターとなって襲っていた。
「私はこれでも情報屋でもあるのよ。自分で言うのもなんだけど、結構なものだと思うわ。困ったことがあればいつでもいらっしゃい。あら?その顔は、もう聞きたいことがあるようね?」
これからこの町で、最も重要なところの一つに格上げしなければならなかった。
***
「ということらしいです。」
地獄の時間を過ごした後、
俺はヘルツマイヤー師匠と合流して、お互いの情報をやり取りしていた。
師匠を見た瞬間、思わず飛びつきそうになってしまった。
今思い出しても、震えがくる。
俺の得た情報はベルンの通商路のうち、オーブ領との通商路に魔獣が出現しており、そのために商品が入りにくいということ。
これにより、街の工芸ギルドが打撃を受けているようで、自然とその発言力が低下しているらしいということ。
通商路の魔獣を駆除するのに冒険者を出すことは、なぜか岩塩ギルドの方から反対が出ていること。
岩塩ギルドの方では、マルス辺境伯が討伐しているから大丈夫という話だった。
会議で決定できない以上、さすがに冒険者ギルドへ依頼はできないようで、有志で向かいそうなこと、その中にはこの街で知り合ったばかりの冒険者も一緒であることも付け加えた。
「魔獣による通商妨害ですか……。この街の全体的な割合で見れば被害は軽度ですが、実質打撃を受けているところは深刻ですね」
思案顔の師匠をそのまま見守った。
街の勢力バランスが変化しているかもしれない。
「この都市の主要産業は塩です。そして、工芸品、武具、魔道具、そして冒険者といったとこでしょう。そのうち被害は工芸品になっています。オーブ領は優秀な工芸家がたくさんいますので。そして、ヴィーヌス姉さまの嫁ぎ先でもあります……」
まさかとは思う。
しかし、それはあまりに信じたくない内容だ。
父親が何かしているのか?しかも、姉の嫁ぎ先を巻き込むように?
そう言えば、何度かそういう場面を見たような気がする……。
俺の中に夢として見ていた時の記憶がうっすらと浮かんでいた。
しかし、それはどれもあいまいな物だった。
どちらにせよ、こっちの世界で見たことで判断するしかない。
とりあえず、そう結論を出した。
「私がシルフたちにきいたのは、この街の噂だよ」
少し話題を変えるように師匠は話を切り替えていた。
それは、漠然としたものなどかなりの情報量になっていたはずだが、師匠はその中から有用な情報をピックアップして、俺に伝えていた。
その内容は
夜道を歩いていると、いきなり暗闇が襲いかかってきた。
暗闇の中で、いろいろなものがとられた。
隣に歩いていた人が、忽然と暗闇に消えた。
夜道を歩くと危険だ。
酒に酔うと、ゴーストに襲われるらしい。
食物があまって価格が低下した。
英雄が魔物討伐のために配下の武具を新調したらしい。
英雄の領地で食物が不足したので、この街から大量に食料を購入していったらしい。
魔道具ギルドは例のゴーストの件で肩身の狭い思いをしているらしい。
魔術師ギルドで爆発があったのは、どうやら実験に失敗したらしい。
シエルさんに彼女ができたらしい。
英雄が購入したミスリル性武具に、偽物が入っていたので、英雄がかなり怒っているらしい。
冒険者ギルドはゴースト騒ぎの後、依頼元の調査に慎重になるあまり、新規の依頼が通らないことが多くなっているらしい。
オーブ子爵領との通商路は魔獣騒ぎでのため、安全なモーント辺境伯の領地を通ってくるために、輸送費がかかっている。
オーブ子爵はモーント辺境伯に対して街道治安の協力を要請しているらしい。
といったものだったようだ。
一つ、なんだか微妙なものがあったが、俺はそこにあえて気が付かいないふりをした。
「こうなると、やはり岩塩関係以外が軒並み影響力を低下したと考えてもいいですね」
疑わしいのは、利益の独占だ。
誰が得をして、誰が損をしたのか。
物事の原因と結果に基づく判断が必要だ。
「あと、やはりこれはこの騒動の黒幕が、本来ミヤを犯人にする予定だったのでしょうか?そしてそれをとらえた功績と、精霊に対して悪い感情をうえつけるためというところでしょうか……」
あの時、ミヤを解放できなかったら、この騒ぎはミヤが起こしたことになっていたのだ。
言い知れない怒りが静かに俺の中で生まれていた。
「そういうことになるかな。結果的にあれはゴーストの単独の仕業として収束しているが、あれこれと人心を惑わす手段を幾重にも張り巡らせていることがわかるね」
気になるのは、他にもあったが、今はこの件をどうにかするので精一杯だろう。
俺がここに滞在するにも限界がある。
「で、どうする?」
師匠は俺の選択を興味深そうに待っている。
目を閉じて考える。
今の俺が、ヘリオスにしてやれること。
今の俺が、この世界でできること。
多くはない。しかし、それが最善だと思えていた。
「僕は魔獣の方を何とかしたいと思います。」
仮に、岩塩ギルドを父親が抱き込んでいるとしよう。
その目的はわからない。
しかし、岩塩ギルドの発言力をあげるには、他の勢力をつぶせばいい。
冒険者ギルドの信用は落ちた。
魔道具ギルドもそうだ。
それに、武具には直接文句を言っている。
工芸ギルドは通商に問題が生じている。
オーブ領の要請を受けていない辺境伯、討伐したという報告をしている辺境伯。これで、この件に全く無関係というのは考えられない。
そして、この件だけは、まだ直接的な被害はそう大きくはなっていなかった。
そして、子供の自分に何かできるとも思えなかった。
なにより、ヴィーヌスの嫁ぎ先と、知り合ったばかりの二人に何かあるのは嫌だった。
「正直、この街の権力抗争をどうすることもできないですし、この街にずっといれません。それに、実際魔獣退治にこの街の有志が勝利すると、何者かの思惑も結構な痛手と思います」
今はまだ確証はない。
しかし、今後父親は注意しなければならない。
ヘリオスだけでなく、この世界に何かよからぬことをたくらんでいる。そんな感じがした。
「それがいいだろうね。私の方もそれに手を貸すよ。あくまで、こっそりとね……」
これはこの街の有志が解決しないと意味がない。
そして、師匠はそのことを理解していた。
そして、たぶん俺の懸念も見抜いているのだろう。
いつか、この人に恩返しをしないといけない。
その意志は示しておこう。
「師匠、そのうち、このご恩に報いますよ!」
にっこりほほ笑む俺に対し、一瞬驚いた顔をしていた。
しかし、次の瞬間には、いつもの師匠になっていた。
「あてにしてますよ」
うれしそうに、頭をポンポンとなでられた。
改訂版を読んでいただきありがとうございます。