ヘリオス先生7
いつの間にか、アカデミー入学の季節となりました。
恒例の行事を、半ば恒例化したように、ヘリオスは学長室を訪れました。
「相変わらず、ここなんですね。先生」
もはや見知った光景に、半ばあきれるけど、それも見慣れた気がする。
早いもので、もう最上級生か……。
この入学式典も、今となっては懐かしい。
そう言えば、俺も自分の時以外はここにいたんだっけ。
「あら、楽をされていたのですね」
「詐欺に近い」
「あら、おいしそうなお菓子。いただきものですか?」
「働かざるもの食うべからず」
ルナとシエルに散々に言われるデルバー先生。
少しだけだが、気の毒に思う。
ルナはすでに紅茶の用意まで始めている。
シエルは自分の実家のように、他にもないか物色しだしている。
余りの事態に、デルバー先生は身動きすらしていない。
何となく、ソファーでくつろいでいた元家主がかわいそうになってきた。
助け舟を出しておこう……。
「まあ、毎年同じことを言うのに、本人がするのは非効率ですからね。魔法技術の進歩ですね。それに、これが本人でないと見破った生徒はそれこそ、優秀でしょう」
その言葉で、さっきまでへこんでいたデルバー先生が息を吹き返していた。
すかさず、紅茶を入れるルナ。
シエルも持参したお菓子を差し出している。
本当に、この二人はこのじいさんで遊んでいるよな……。
「ふん。なんじゃ、わかっとるなら、最初からそう言えばよかろう? わしの残念な気持ちを返してもらえんかの」
デルバー先生は不満そうだった。
「まあまあ、お約束ですよ。ところで、今年の生徒はどうですか?」
新しい学生たちは、まだ先生の話を聞いている段階。
今は先生の制御下なので、生徒の方の映像が流れていない。
自分の姿をチェックでもしているのだろうか?
毎回この場面はそう思う。
「ほっほっほ。今年は不作じゃの……。かわいい子ならいくらでもおるんじゃが、実力が足らんの。ほれ、見てみるがよい。思えば、おぬしの時もそれほど豊作でもなかったが、粒はあった。しかし、今年は過去最低かもしれんの……」
デルバー先生は言葉ほど悲しそうは見えなかった。
それどころか、いたずらをした子供のような落ち着きのなさで、制御端末を投げてよこしてきた。
それは俺に、何かをさがせといことか?
「古代語魔法の実力低下は今に始まったことではないのでは? 貴族の質の低下もさることながら、平和な時代は魔法技術の飛躍的な革新を後押ししないのは仕方がないでしょう。魔法技術だけをいうのであれば、人は脅威にさらされることにより、その力を高める種族ですから」
制御端末を受け取りながら、そう告げておく。
種の危険にさらされることが、進化の条件なのかもしれない。
特に、この世界の歴史を見てそう思う。
そして、人の歴史は争いの歴史だ。
特に魔法技術の発展には、大規模な戦争が必要だった。
そう言われても、それを否定できるだけのものを、まだ俺は見つけてはいない。
見つけられないことに、思わずため息が出てしまう。
ルナが心配そうに見つめているのを、とりあえず笑顔で返しておく。
本当に、俺の心に敏感に反応するよな……。
そんなに顔に出るのだろうか?
いい加減真剣に見よう。
制御端末を操作して、生徒の方に切り替えた。
「貴族どもは、宮廷内の策謀ばかり狡猾になりよった。己の実力を高めてという発想はもはや、はやらんのかもしれんの」
デルバー先生の声に、ルナとシエルは沈黙を持って答えていた。
「先生、そう悲観することはないかもです」
何だこれ?
こんなことありえるのか?
生徒の方に切り替えればすぐにわかった。
「この子と、この子。それとこの子もいいですね。おお、この子はまた将来楽しみな子です」
少し興奮気味になっていたのだろう、デルバー先生があきれたようにつぶやいてきた。
「お主……。そういうのは、後ろの二人がおらんときに言うもんじゃ。まあ、確かに可愛らしいの。将来楽しみじゃの……」
あれ?
なんか、口元笑ってない?
しかも、なぜか映像に印が付いている。
俺、そんなことしてないぞ?
まあ確かに、俺の指さした子は、どこの子も可愛らしい少女だった。
「あなた? これはどういうことですか?」
「旦那様? もう私に飽きたの……?」
怒りのルナと悲しみのシエル。
どちらの目も、俺をとらえて離さなかった。
「ん? ふたりとも、落ち着いて。よく見てみなよ。あの子たちの周りを」
やられた……。
こんなものを用意しているとは……。
確かに毎年来ているから、今年も来ることは予想できるか……。
でも、それより前に、この状況を分かってもらわないといけない。
「ほら、この子には、風の精霊がついている。この子は水だね。この子は火。そしてこの子。珍しい、家の精霊だよ。ついてきたんだね。よっぽど大事なんだろうね」
自分の言葉に、つい興奮してしまった。
この学士院に入学する以上、貴族であることは間違いない。
その貴族の中に、これだけの精霊魔術師の卵たちがいる。
人が、精霊を認識することは難しい。
そんなことは無かったんだ。
ただ、分からなかっただけなんだ。
可能性と言う芽から、花を咲かせずにいた人達が、おそらくたくさんいたに違いない。
たしかに、その可能性は教室で感じていた。
でも、それは俺の影響がある場合とも思えていた。
だから、少しあきらめていた部分もある。
でも、俺の全く関係ないところで、これだけの人が精霊とかかわりを持っていた。
俺は、知らず知らずのうちに、物語の可能性というページを読み飛ばそうとしていた。
これが貴族という一部の人たちだ。
もし、これが国中の人たちから発掘したらどうなる?
そして、このことは他のことにだって当てはまるに違いない。
再び湧き上がる興奮を、もはや抑えることはできなかった。
「…………。デルバー先生、下世話な会話はやめてください」
咳払いをしたルナが、一転してデルバー先生を非難しはじめた。
「これだから、もてない爺は……」
シエルは完全に開き直っている。
「おい。おぬしら、それはひどかろう? 特になんじゃ、シエル。給料やらんぞ?」
自分一人悪者にされて、納得がいかないデルバー先生だった。
「まあ、まあ、先生。それよりも、この子たちの面倒は僕が見ますよ。たぶん、精霊たちの誘導もあるでしょうが、これほど集まるなんて、今年は豊作なんじゃないですか?」
誰かの手伝いはあったとしても、この人が集めたのだろう。
いわゆるドッキリと言うやつだ。
この世界でも認識されているのだろうか?
多少のせられた感はあるけど、こんな光景を見てしまったら、もう後には引けないな。
「ん。まあ、お主的にはそうかもしれんが……。まあ、いいじゃろ。任せるかの。おぬしが責任を持って、最後まで卒業させるんじゃぞ? いいか? 卒業までしっかりじゃぞ?」
デルバー先生は、俺の肩をつかんで離さなかった。
「先生まで……。そんなことやるんですね……」
そういう事か……。
この件にはおそらく師匠も噛んでいるに違いない。
下手すると、国王までも関係しているのかもしれない。
信用されていないというよりも、心配されているんだな、俺……。
その真意に気づいたのだろう。
ルナとシエルは、驚いてデルバー先生に頭を下げていた。
「ほっほっほ。わしのこと見直したかの?」
デルバー先生は得意満面で二人に問いかけていた。
それが無ければ、いいんだけどね……。
まあ、それもこの人のいいところなのかもしれない。
「ええ、ええ。ありがとうございます」
ルナは涙目で感謝していた。
「えらい! じい。略してエロ爺」
カールスマイルで褒めるシエル。
どこかずれているシエルだった。
「シエル。それ、略してないの。おぬし当分、給料抜きじゃ」
そっぽを向いてしまうデルバー先生。
すねてるよ、このじいさん……。
相変わらず、シエルのことがかわいくて仕方がないらしい。
「もとより私は専業主婦。すでに、旦那様に永久就職」
シエルは退職願を突きつけていた。
「…………」
唖然とするデルバー先生と勝ち誇るシエル。
鼻息荒く勝ち誇る、シエルに軍配が上がった瞬間だった。
「まあ、冗談は置いておいて。先生、そろそろ僕に届いたんじゃないですか?」
そっと退職願を懐にしまいつつ、そう尋ねてみた。
泣きそうなシエルは、この際無視しておく。
「おお、届いておる。これじゃ」
幾分復活した感じの先生は、記録用魔道具を自分の前に出していた。
「おぬし、本当に見るんじゃな?」
デルバー先生は一応念を押していた。
「ええ、見ますよ。そもそも、僕宛でしょ? その前に、そろそろ座らせてもらいますね」
二人には一旦席を立ってもらい、その間に座らせてもらう。
左にルナ、右にシエルが座り、その魔道具を正面にして映像を待つ。
二人は何かわからずに、ただ、成り行きを眺めているようだった。
「そうか……。まあ、ついに動いたという感じかの」
デルバー先生は、そういうと、その映像を投影しだした。
***
「やあ、初めまして、というのはおかしいかな? 俺の名前は知っているな。ジークフリード・クラウディウス・アウレリウス。イングラムで一応皇帝なんてものをやっているものさ。爆死の魔術師、ヘリオス=フォン=ノイモーント」
何その二つ名?
聞き覚えのないその二つ名は、何時ついたものだろう?
二人は知っているのだろうか?
ルナとシエルの顔を見る。
「話の内容から、そのようですね。納得はできませんが……」
ルナが静かに怒っている。
でも、知らないという事だろう。
「おぬしの攻勢防壁を言っておるのじゃろう。あちらさんの魔術師がたくさん被害にあったということじゃ」
デルバー先生が諭すように告げてきたが、その視線はシエルの方を向いていた。
隣からの冷気に、俺もそれを見ずにはいられなかった。
「この無礼者は、凍死決定」
皇帝を見据えるシエルの眼は冷たく、そしてその口は死刑方法まで告げていた。
「承知した」
「イエス」
小さなベルゲンミルとダプネが同時に現れ、返事している。
ダプネ……。
君はアポロンのそばにいないといけないじゃないか……。
「いつ付いたのか知らないけど、まあ、二つ名なんて、なんだっていいよ。じゃあ、続けてください」
とりあえず、無視して先に進めよう。
たぶんこの先は、ルナもシエルが怒ってばかりに違いない。
二人の手をそっと握り、その興奮を抑えておく。
幾分おとなしくなったシエルに反応して、小さなベルゲンミルはシエルの肩に乗っていた。
そして、相変わらず、ダプネは目の前で片膝をついている。
「ああ、それとダプネ。そこは机だから降りなさい」
俺に注意されて、いそいそと降りるダプネ。
画像を止めていたデルバー先生は、ダプネが俺の後ろに回ったのを確認すると、続きを見せていた。
まあ、アポロンに報告することで良しとするか……。
「単刀直入に言おう。もはや知っている相手だが、やはり直接会ってみたくなった。場所は英雄マルスと会った場所だ。知っているだろう? 別に一人で来ても、軍隊を連れてきても、仲間と来てもいいさ。これが届く時には、俺はすでにそこで待っている。できるだけ早く来てくれると助かる。何せ砂漠は住むところじゃないからな」
記録はそこまでだった。
「えらく一方的ですね……。しかも虚勢まではっている」
権力を持つとそうなるのか、もともとそういう性格なのかわからない。
でも、これに関してはどうでもいいことだ。
「まあの。それで、どうするのかの?」
デルバー先生の顔には、一応聞いてみたと書いてある。
何をと言うのは無粋だろう。
それに、もう答えは出ている。
あれをあそこに持ってきてくれる。
計画も最終段階になったということだ。
「基本的に、ご招待は断りませんよ」
すでに世界は動き出している。
そして、僕らのこの会合が、引き金になるに違いない。
「あなた。私もまいります」
「新婚旅行」
二人が同時に反応していた。
立ち上がり、目の前で俺を見下ろしている。
どうやら何が何でも、ついてくるつもりのようだった。
「ん……。いや、二人とも遠慮してほしい」
申し訳ないけど、それはできない相談だ。
「どうしてですか?」
「新婚旅行……」
二人はなおも食い下がってきた。
二人とも、こうと決めたら頑固だからな……。
特に、時の掲示を見た二人だ。
こういう時には感も人一倍働くのだろう。
でも、こればかりは巻き込めない。
ため息をつき、顔を下げる。
これは、俺のわがままなのだろうか?
いや、違うといいたい。
精霊王としては、俺は全ての精霊に対して、親の気分でいる。
それは、母親でもあり、父親でもある。
でも、それは俺がその役割を演じているとも考える。
実際に精霊を生み出しているわけではない。
そして、シルフィードやミヤ、ベリンダ、そしてノルンは親と言う気分ではない。
まあ、ホタルとミミルに関しては、どちらかと言うと親の気分なのかもしれないけど……。
あの子たちは、すでに俺の中でかけがえのない存在となっている。
そして、月野太陽は親になったことは無い。
ヘリオスにしてもそうだ。
でも、二人を見ると、俺は親になったのだと実感する。
いや、違うな……。
俺は、父親になりたいんだと思う。
それには、俺だけでなれるわけじゃない。
再び顔を二人に向けた時、俺は、自信をもって二人に告げる事が出来た。
二人を包み込むように優しく囁く。
「君たちのお腹に、生命の精霊の力を感じる。今、その力は小さなものだ。だから、少なくとも今は我慢してほしい」
慈しみと愛情。
いたわりと心配。
どう表現して良いかわからない大きな感情が、二人の中で渦巻いていた。
気が付くと、ルナの頬に一筋の道が出来上がっていた。
やがてそれは、大きな川となって流れていくようだった。
シエルの瞳からは、大粒の涙が零れ落ちている。
それはまるで、その瞳をも落とすかのようだった。
「二人とも、ありがとう」
それ以上、言葉だけではうまく表現できそうになかった。
立ち上がり、柔らかく微笑んで、そっと二人を抱きしめていた。
ご懐妊おめでとうございます。
次回はいよいよヘリオスと皇帝の会談となるか?
精霊たちの話となるか?
実は揺れています・・・・。