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夢の世界の中で僕は  作者: あきのななぐさ
決戦イングラム帝国
138/161

帝都にて(イングラム帝国)

移動浮遊要塞ジ・ブラルタルの稼働を確認した皇帝は、同時に例のダムの報告をうけます。

「うわ、うわ。ほんとに浮いてる。浮いているよ。見えるよ、あれ。あそこまで、かなりの距離だよね。すごい。あんなのが帝都にきたら、危なくて逃げちゃうだろうね」

マルシルは興奮していた。

しかし同時に、畏怖も感じているのだろう。

それは、己の理解を超えるものに対する自然な感情と言えるのかもしれない。


「陛下、あんなのがあるんだったら、アプリルなんて一捻りじゃないの?」

あれを見たら、そう思う。

マルシルの疑問はおそらく、万人のものだろう。


それほど圧倒的なものだ。

直径にして約一キロメートル、中央の天守塔は高さ百メートル近い巨大な浮遊城塞。

最大高度五十メートルを人の歩く速度で移動する。

そう聞くとその速度は、遅く感じるかもしれない。

しかし、それだけ巨大なものが、その速度で迫ってくる。


実際に間近で目にしたものは、数字以上の恐怖を感じるだろう。


この帝都では、まだその姿は小さく、やっと確認できるほどだ。

しかし確実に、日を追うごとに大きくなるその姿は、人々を興奮の中に落とし込んでいくに違いない。

そして、同時に恐怖も感じていくだろう。


この城内にあって、マルシルはそれを最もよく体現していた。


「まあ、そうだな。そのまま使えると、そうなのだがな」

本当に、そのまま使えればな……。

残念な気持ちが先に出たが、仕方がない。

これについては王家の機密事項。

その司令官職も、代々一つの家に任せている。

それほど、その秘密は守らねばならない。


この俺が言葉を濁すなど、珍しいことだと思っている者も多かろう。

しかし、こればかりは仕方がない。


「それで、ダムの方はどうだった」

表情をもどし、その報告を持ってきた騎士を見下ろす。

おおよその見当は、その姿を見ればわかる。

まあ、見なくても分かるのだがな……。


「見事に失敗しました」

報告した騎士は、申し訳なさそうにうつむいていた。


「それは見たらわかる。俺はどうだったかを聞いているのだ。ガラハットは、お前にそのように報告するように言ったのか?」

使えない奴だ。

こんな者をよこすしかなかったのか、ガラハット。

いや、まて。

ガラハットの奴が、そんな報告をさせるわけがない。

使えない奴が、使えない報告をしている可能性もある。


「言え、ガラハットはそう報告するように言ったか? お前が余計なことを考えずに、ガラハットから言われたとおりにしたと言えるか? もう一度だけ聞く。三度目はないと思え」

答えられるくらいの威嚇にしておいてやる。

もう一度、報告に来た騎士を見下ろしていた。


「いえ、私の独断です。陛下。ガラハッド将軍は、一言報告すればよいとのことでした」

騎士はそれ以上小さくなれないであろうが、懸命に小さくなる努力をしているのかもしれない。

気分的には不快極まりないが、ガラハットの報告を聞かねばならない。


「だから、何と言ったと聞いている」

全くイライラさせてくれる。

やはりガラハットはそんなくだらない報告はさせなかったということだ。

さて、奴はどんな報告をしてくるのだろうか……。


楽しみだ。

くだらない報告じゃないことを祈るのみだ。

元々結果は分かっているんだ。

一当たりした感覚こそ大事なのだ。

ここに労力を費やすべきか、そうでないのか。


重要な決定には、必ずそれと対になる何かがあるものだ。

どちらかを選ばなくてはならない。

その判断が、大きく結果を分けることになる。


俺が欲しいのは、その報告だ。

失敗するのは分かっている。


さあ、ガラハット。

お前はどう判断した?


突き刺すように報告に来た騎士を見ていたからだろう。

肌に突き刺さる空気を作り出してしまった。



「は。報告します」

余分な前置きしてから、もう結構時間がたっている。

再び俺が言いかけた時に、決心したように顔を上げて、立ち上がっていた。


それは、ガラハッドに言われたためだろう。

本来であれば、不敬だが、そのまま様子を見ることにした。


「お手上げです」

両手を頭の上にあげて、騎士は目を瞑りながら、そう報告していた。


沈黙があたりを支配する。


報告した騎士には、震えながら手をあげつづけている。

目を瞑ったままのその顔は、死人のように青ざめている。


さながら自分は死んでいるのだと思い込んでいるようだな……。

しかし、小刻みに震える体が奏でさせている鎧の音が、騎士の生存を証明している。

この場に不似合いな音ではあるが、まぎれもなくそれは、騎士にとっては自らの状態を知らしめるものだろう。


おそらくこの場の誰もが、騎士は死ぬと思っていることだろう。


しかし、おもしろい。


「お手上げか。お手上げときたか。そうか、そうだな。そうだろうな」

思わず愉快に笑っていた。


場を支配していた空気は、ゆっくりと、その役目を思い出したように、人々に息を吸うことを許していた。


「ご苦労。ガラハッドに伝えよ。満足のいく報告だったと」

なるほどな。

お手上げときたか。


ならば、ダムは捨てた方がいい。

やはり、砂漠ルートで行くしかない。

魔導機甲部隊も、人が動かしている。

精神と物理攻撃を同時に守るだけの物はない。


しかも、あそこを占拠したところで、戦略的に意味はない。

難攻不落の要塞は、それを落とすことに意味があるわけじゃない。

それが、そこにあったとしても、存在価値を無くせばいいだけのことだ。


ジ・ブラルタルを起動した以上、それなりに働いてもらうとするか。



報告した騎士は、腰が抜けたのか、その場でへたり込んでいた。

周囲の騎士に運ばれながら、その騎士は退出していく。


「ガラハッドに伝えよ。次からもっとましな者で報告するように」

醜悪なものだな。


あの騎士のせいで、せっかくの気分が台無しだ。


「やはり、自分で見に行くか。準備はできているな? 今から行くぞ」

玉座から立ち上がり、高らかに宣言する。


皇帝の決断に異を唱えるものなどいない。

速やかに実行すべく、騎士たちが一斉に動き出した。


「お待ちください。兄上……。陛下」

玉座の後方。

王家のものだけが使う扉の方から、遠慮がちに俺を呼び止める声がした。


「どうした? カール。兄上でも構わんぞ?」

振り返らずともわかるが、振り返って笑顔を向ける。

可愛い弟。

聡明すぎるその頭には、俺の伝授した知識がつまっていることだろう。

まさに、将来が楽しみな逸材だ。


俺に唯一意見できるとしたら、カールだけだろう。

もっとも、あの性格がなければの話だ。


「いえ……。その……。兄……陛下の身に何かあったらとおもうと……相手の魔導師は爆死の魔術師ときいていますが……」

かろうじて聞き取れるほどの声。

もっと自分に自信を持てばいいのだが……。


そんなカールの背中を、後ろからたたく音がした。


「カールハインツ・モラウディウス・アウレリウス。もっとはっきりとお話しなさい。あなたは皇帝陛下の弟なのですよ。お兄さまが心配だから、行かないでほしいと。はっきりと言うのです」

カールの後ろから出てきたマイローゼ。

仁王立ちした姿で、まるでしかりつけるかのように、カールをにらんでいた。

項垂れるカール。


本当にかわいい弟だ。


思わず近づいて、その頭に優しくなでてやる。

その動きに反応して、一歩後ろに下がるマイローゼ。


「マイローゼ、その辺で許してやれ。カールも頑張った方だ」

相変わらず、この子は俺を警戒しているな。

俺に何かを感じているのだろうか?

しかし、何もできまい。

カールとは違い、お前は俺のためにその身をささげるのだ。

ただ残念なことに、アウグスト王国に釣り合う年齢の王族がいなかった。


一瞬で間合いを詰め、マイローゼの頭に手を置く。

体をこわばらせるも、カールをみて再び気丈に言い放っていた。


「さあ、皇帝陛下のお邪魔になるといけないわ。私たちは退散しましょう」

素早く俺の手から遠ざかると、カールの手をとって歩き出す。


まだ何か言いたそうなカールを、半ば引きずるようにして、マイローゼは退出していく。

その背には、一刻も早くこの場から立ち去りたいと書いてあるようだった。


「ははは。カール。お前がいればここは安心だよ。まかせたよ、マイローゼ」

笑いながら、その背中に向けて告げていた。


「さあ、いくぞ!」

再び気合を込めて宣言する。


いい気分だ。


さあ、お前は何を見せてくれる、ヘリオスよ。



いよいよヘリオスとの会談に臨む皇帝です。

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