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夢の世界の中で僕は  作者: あきのななぐさ
決戦イングラム帝国
137/161

移動要塞ジ・ブラルタル(イングラム帝国)

帝国はその歴史から移動要塞をもっていました。その一つ最大規模の飛行要塞を砂漠に向けて出発しました。

「サルマカク様、総員配置につきましたであります」

士官風の女が報告にやってきた。


「ふっふっふ。ついにこの時がやってきたのですねぇ。キャンディ」

興奮を隠すことのできない男は、周囲に命令を飛ばしていた。


「ほら、進路上に警告を出すのですねぇ」

「ほら、実際に飛ばすのは初めての人たちばかりなのですねぇ。手順書を最終確認するのですねぇ」

「まず、浮上し、いったん停止するのですねぇ。その後各部署チェックを急ぐのですねぇ」

「各部署との連絡系統は最終チェックできたところから順次報告するのですねぇ」


それぞれの指示に、的確な反応がかえってくる。

すべてのチェックが終了し、男は満足そうに頷いていた。


「それでは、要塞城主サルマカク=バーバリーの名において命令するのですねぇ。浮上準備、最終段階開始ですねぇ」


何とも気の抜けた声だったが、その命令は復唱され、着実に遂行されていった。


「第一魔導回路接続。第一浮遊魔導石に魔力マナ充填最大」

「第二魔導回路接続。第二浮遊魔導石に魔力マナ充填最大」

「第三魔導回路接続。第三浮遊魔導石に魔力マナ充填最大」

「第四魔導回路接続。第四浮遊魔導石に魔力マナ充填最大」

「第五魔導回路接続。第五浮遊魔導石に魔力マナ充填最大」


「全浮遊魔導石に魔力マナ充填完了であります」

キャンディがまとめて報告した。


「各魔導回路交差接続。……確認」

「各魔道具の安全装置稼働……確認」

「一番から五番推力用各魔道具魔力(マナ)充填確認。……接続確認」

「自動バランス調整魔道具発動……確認」

「対空防護障壁一番から五番展開……異常なし!」


「オールチェック。クリア。サルマカク様、行けるであります!」


ジ・ブラルタル要塞司令室。

そこは、移動要塞の操舵室でもあった。


その室内で繰り広げられた各機関制御ならびに確認作業がすべて終了したことを告げる合図があった。

今、その司令室において、その声を、司令室にいるすべての兵士が待ち望んでいた。


「ではいくのですねぇ。移動要塞ジ・ブラルタル発進ですねぇ」

気合のこもらない声だったが、ジ・ブラルタルの司令室兵士にとって、それは日常のようだった。


緊張感のない声が、緊張する作業を緩和してくれているのかもしれない。


「おお、ほんとに浮いているぞ!」

操舵している兵士たちが一斉に感嘆の声を上げていた。



「私の代でついにジ・ブラルタルが発進するのですねぇ。小さい時から繰り返し、繰り返し、しごかれたのが、思い出せるのですねぇ。なんと、実に百年ぶりなのですねぇ。ほら、この百年で、余分な土やいろいろな植物がついているのですねぇ。すべて飛行の邪魔になるから、チェック急ぐのですねぇ」


「それと構造上、老朽化したところがあるかもしれないのですねぇ。魔導師は飛行して、外部区画を総点検するのですねぇ」

サルマカクが次々と指示を飛ばしている。

その指示を受けて、司令室の兵士たちが自らの役割を確実に果たしていく。


「サルマカク様。悲願達成おめでとうございますであります。我ら一同、お祝いするであります」

キャンディは感極まっていた。


「実際、大変だったのですねぇ。でも、そのおかげでやることがすんなりわかるのだから、ありがたいのですねぇ。長老たちに今だけは、感謝ですねぇ。あとで、主砲をごちそうするかもですねぇ」


サルマカクの声に、司令室は笑いに包まれていた。

緩やかな気分が司令室に満ちている。



「ほら、ほら、早く付近の住民に避難勧告するのですねぇ。飛行中体積土が落ちて後で苦情を言われるのは困るのですねぇ。まずはこの場で落とすのですねぇ」

サルマカクは気分を引き締めなおすように、各部署の報告を待っていた。


「すべて問題なしであります」

その報告を待っていたサルマカクは、緊張した面持ちで指示を飛ばす。


「総員、対傾斜準備ですねぇ。傾斜用ベルトを付近の支柱に接続案内するのですねぇ。準備終了次第左右に順次傾斜ですねぇ。最大傾斜角三十度ですねぇ。そののち、左右に回転運動するですねぇ。各部署に通達するですねぇ。準備出来次第いくですねぇ」


要塞内に非常警報が発令された。


「この百年で飛行に支障の出るものはこの場所で落とすのですねぇ、航行中の帝国領内でそんなもの落とした日には、ジ・ブラルタルの名折れですねぇ」


「特に、固定されていないものは、注意するのですねぇ。できないとは言わさないのですねぇ」

口調とは異なる雰囲気を感じたのだろう。

司令室兵士たちは、今までとは全く違う顔つきになっていた。


三十度の傾斜で回転運動を行う。

これは非常に危険なものだと理解しているのだろう。

百年間飛行しなかったことがもたらす影響。

中の固定もそうだが、要塞自体の強度も試される。

飛行を想定せずに設置されたものが、これでふるい落とされるに違いない。


「オールクリア。いけるであります」

キャンディにより、最終報告がもたらされていた。


「では、いくのですねぇ。まずは左傾斜ですねぇ」

ゆっくりと要塞が傾いていた。


「三十度行きました」

操舵兵の報告と同時に、各部署の確認が行われる。


「では、次は右にいくのですねぇ。いったん水平で停止してからですねぇ」

サルマカクの指示は、安全に安全を重ねたものだった。


そして右も大丈夫なことが報告させていた。

この時点でかなりの堆積土砂が、耐え切れずに落ちていた。


「ではこのままゆっくりと右回転いくのですねぇ。しっかりつかまるのですねぇ」


非常にゆっくりとした速度だが、確実に要塞は傾いたまま回転していた。

そして、左回転をし、傾斜を左にして左右の回転をおこなっていた。


すべて異常なし。

その報告を聞いた司令室兵士たちの誰かが雄叫びをあげた。

その感動は司令室内で一気に湧き上がっていく。

熱気の渦がさらなる興奮をかき立てている。


ただ一人の人物を除いて……。


「うん、非常に…………、きもちわるいのですねぇ……」


サルマカク=バーバリーは青ざめていた。


「うぅ。高度上昇して、微速前進。目標、アウグスト王国国境の砂漠地帯ですねぇ。私は少し横になるのですねぇ。副官キャンディ=タフト、後は任せるのですねぇ」

司令室兵士たちが見守る中、ヨロヨロとふらつきながら要塞城主サルマルクは自室に帰って行く。


司令室の扉が閉められた瞬間、一気に再点火された興奮が司令室内を駆けまわっていた。


「では、いくであります!」

元気なキャンディが、意気揚々と指示を出だす。

司令室兵士たちは、それに気合のこもった声で声で答えていた。


サルマカク=バーバリー・・・、酔うことは想定していなかったようでした。

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