枝葉末節
結婚式当日、ヘリオスはアプリル王国の政変を聞き、デルバー先生のところに赴きました。その行動には、彼の心情が見え隠れします。
「おぬし……。今日は主役の一人じゃろうが」
デルバー先生はあきれていた。
ここに来るだけで、そう言われるのも心外だけど、たぶんこの人はそれだけで言ってるのではないだろう。
「まあ、そうなのですが……。それでも確認しておきたいのです」
正装に着替えていたものの、あまり晴れやかな気分にはなれなかった。
でも、こうして顔に出てしまっている以上、ここにいるのが一番いい。
余分な人に出会わなくていい分、ここは今の俺にとって格好の避難場所だ。
「アプリルでクーデターが起きたと聞きました。詳しい経過を知っていますか?」
それに確認しておきたいことがある。
見ていた本人に聞くのが一番いい。
「おぬしも知っておろう、重税の件。あれが引き金じゃ。そもそもローランの件で、王はその支持をごっそり失っておった。その後の貴族の粛清。移封騒動で王国はもう統一国家ではなくなっておったのじゃ。そこに現れたのが、おぬしのよく知るあの男じゃ。もともとローランと人気を二分しておったほどの男。死んだとされておったのが生きておった。奇跡の復活と人々が唱え始め、それを王国に当てはめて考えるものが出てきたのじゃ」
なるべくしてなった。
デルバー先生はそう言いたいのだろう。
「そうですね、いつの時代も、それが苦しい時代ならなおさら、民は英雄を求めます」
民衆からの期待で英雄が生まれるのであれば、生まれた英雄は期待を背負い続けないといけないのだろうか……。
今更ながらに、答えの出ない問題を考えてしまう。
「そうじゃの……」
デルバー先生もそれに同意していた。
その顔は、同じ英雄の姿を思い出しているのだと確信する。
「しかし、今回はそれでよかったと思うとる。もはや、あの国の支配体制は崩壊寸前じゃ。いま帝国に攻められたら、組織だって反抗もできん」
それについては異論をはさむ余地はない。
でも、その話しぶりだと、デルバー先生は関係していないのだろうか?
「それにな、おぬしもあの男のことは知っておろう。あれは一人で何かをする男ではない。必ず、周りに人がおらんと成り立たぬやつじゃ。言葉が少ないというか……。よくあれで人が付いてくると感心するんじゃよ」
感心すると言うか、面白がってませんかね、その顔。
でも、確かにそうかもしれない。
そして、彼の周りには人が集まる。
人徳のなせる業とでもいうのだろうか?
「そうですね……。僕の前だと、ただの挙動不審者なんですが……」
俺にはその姿の方が印象深い。
でも、そうでない時は確かに安心感がある。
その二つの性質が、バランスよくあるからなのだろうか?
彼のために何かしたい。
彼のそばで安心したい。
自分の為という欲求と彼の為のという目的がかなうのは英雄に共通することだろう……。
でも、彼の為に何かしたいという気持ちが大きく働くのが、オルランドの性質なのだろうか?
「でも、デュランダル将軍がいたでしょ? 彼の守りを突破できるとは思えませんよ?」
でも、そういう部分ではなく、実際にどうなったのかが気になるところでもある。
あの二人の実力は拮抗しているけど、聖剣デュランダルはその名に恥じない名剣。
武器の性能が違いすぎる。
「おぬしの指輪じゃよ」
それも確認しに来たんですけどね……。
直接聞かないと答えてくれないのかな?
そして、その状況も気になる。
ここまで話しているんだ、たぶん、この人は全てを見ていたはずだ。
今回、俺がこの世界を留守にしている間に、本当に色々なことが起きてしまった……。
「デュランダル将軍はな、玉座の後ろからその力を使いよったのじゃ」
デルバー先生は悲しげな表情を見せていた。
「でも……。そんなことをしたら彼自身も……」
それは思いつきでできることじゃない。
聖剣デュランダルは王を守る剣だ。
その誓いゆえに、デュランダル将軍は最高の盾となる。
そして、玉座の後ろからその力を振るったということは、その前にいた全ての人を空間の亀裂の前にさらしたことになる。
「そうじゃ。あ奴は、ただ陳情に来ただけじゃった。しかし、王が激怒しての。デュランダル将軍に成敗を命じた。その時将軍は、王の後ろにいたんじゃよ。将軍はその位置で空間を裂いた。当然、王や大臣をはじめとする騎士は皆その影響で死んでおる。それに王を殺した将軍もな。ただ一人、奴だけはあの指輪で生き残った」
やはり、デルバー先生は見ていた。
しかし、その惨劇を先生が見ていなければ、オルランドがしたことになってしまう。
真理の魔術師の名は伊達じゃないな。
「先生が指輪の発動を?」
話題に出たから聞いておこう。
今回ここに来たのは、それを聞くためでもある。
俺自身は見ていないので発動できない。
だから、その事を確認しに来た。
でも、オルランドはその場から転移をしていない。
一体誰が、どうしたのだろう……。
「いや、おぬしの指輪はその機能だけを発揮しただけじゃ。大方妖精女王の力じゃろう。あの惨劇を一人で背負う奴はまさに悲劇の主人公じゃよ」
肩をすくめながら、頭を横に振っている。
自分ならそんなことはしないと言うことか……。
確かに、残されたオルランドが気の毒だ。
「そうですね……」
その時の情景を改めて思うと、本当に気の毒に思う。
その後の彼はどうなったのだろう。
アウロラには後で話を聞くことにして、続きの話を聞いておこう。
「それで、王城はどうなったんですか?」
空間ごと切り裂いたんだ。
普通で考えると、王城は無事であるはずがない。
そう、デュランダル将軍がその意志をもって剣を振るっていなければ……。
「無事じゃ。話の流れからわかるじゃろう。おぬしも変なところで確認するの……」
デルバー先生はあきれていた。
「いえ、デュランダル将軍の意志を確認したかっただけです。やはり彼は、そういう人物だったということですね。惜しい人を亡くしました」
清廉潔白な彼は、聖剣デュランダルを持つために、これまでずいぶん苦労を重ねただろう。
その中で、このやり方を必死に考えたに違いない。
試すことはできない。
でも、自信をもって放ったに違いないだろう。
でなければ、人だけを切り裂くようなことはしないはず。
「そうじゃの。王自身には剣は向けられないが、奴を狙うその間に王がいてもそれは将軍の意志ではないからの。それに将軍は、その他の者が間に入るように立っておったからの。その位置は、長年かけて刻んだ彼の苦悩なのじゃろうて……。将軍はおそらく奴に託したのじゃろう。この国の未来を。いくら、現国王が否定したところで、奴が先王の子であることは、あの国のものなら誰でも知っておることじゃしの」
デルバー先生も、やはり同じ感想か……。
でも、この腹の探り合いというか、何というか……。
このやり取りはずいぶん久しぶりなような気がする。
「やはり、そうだったんですね」
でも、そうなるとデュランダル将軍のもう一つの意志も見えてくる。
どこの年寄りも、試練という名の課題を無理やり押し付けてくる。
この目の前の爺さんもそうだしな……。
「それでは、聖剣デュランダルは彼の手に?」
一応確認しておこう。
オルランドは、その意思をその場で示したのかどうかを。
「そうじゃの、王家の人間であれば、制限なく使えるからの。あの聖剣はいま奴の腰におるよ。ずいぶんためらったようじゃがの……。」
自らの意志で、あの剣を手にしたか……。
これで、あの国には真の英雄が誕生し、そして同時に英雄王の誕生につながるだろう。
すでに、ユノとも一度顔を合わせているから、安心だ。
すでにアウロラが認めているだろうから、アウロラの騎士と言うわけにもいかないだろうな……。
ん?
もしかして、アウロラ……。
あの妖精女王のことだ、おそらくは間違いない。
それがベストな方法だとは思うけど、そこに自分勝手な願望入ってないかい、アウロラ?
状況を利用したようなやり方。
ますます、後で話を聞かなくてはならないな。
「あの国も、これから大変じゃよ。毒殺王とはいえ、あれも王だしの。その側近も粛清されておりから、国としてすんなり機能はしないじゃろうの……。それに、確実に国力は衰えておる。オルランドに王位継承権はがない以上、貴族の反発も予想されるからの。まあ、毒殺王の粛清で、大きな貴族は代替わりや移封されておるから、元気なのもあまりおらんがの……」
デルバー先生は微妙な表情だった。
あの国はそれでいいかもしれない。
でも、その他の状況は?
特に、静観を決め込んでいたこの国はどう考えている?
今の王に領土拡張の意志はないのかもしれない。
でも、この国は十分な力がある。
それを示したい人が、王城には多数いることを俺は知っている。
「それで、王はどのようにお考えなのですか?」
今危険なのは、動くことだ。
フリューリンク領はまだ復興もしていない。
今、王都からアプリル王国に侵攻すれば、ベルンから東半分が危険にさらされる可能性がある。
イングラム帝国には、砂漠を難なく超えて侵攻できる兵器が眠っている。
それに、オルランドにアプリル王国をまとめてもらった方が、何かと都合がいい。
「特には何も話しておらんよ。気になるなら、あとで会うんじゃ。直接聞けばよかろう?」
デルバー先生は面倒そうだった。
その反応だけで十分王国の方針が分かる。
「それこそ、今日は主役なのに?」
ひとまずは安心していいだろう。
デルバー先生がしっかりと押さえてくれている。
ただ、人使いの荒さだけは文句を言っておこう。
「それはお互いさまじゃ。しかし、こうなることを予見して、あの時オルランドを代理人として立たせて、ユノと会わせおったな?」
デルバー先生が睨んできた。
藪蛇だったか……。
確かに、最近先生がここでのんびりしていることは無くなったよな……。
「なんのことですか?」
それでも、とぼけておこう。
「おぬし、本当にユノには甘いの……。それに、あの子のためになると言えばそうじゃが、あれではお主なしでは生きれんぞ?」
デルバー先生の目はごまかせなかった。
たぶん、空間隔離したことを言っているに違いない。
普通は知覚できないはずなのに、真理の眼の力か……。
「いえ、いずれ精神的に大人になっていけば、自分で自分の中に作りますが、あの年齢では、誰かがその役目を負わないといけないでしょ? たかだか十五、六の子供がそんな大役を何もかも背負うのはまちがってますよ」
ユノの場合は特にその変化が劇的過ぎる。
この世界の常識とは言え、何もかも背負わせるのは酷と言うものだ。
「おぬしもそうなのじゃがな……。まあ、おぬしの場合ちがうか……。でも、覚えておけよ、おぬしの役に立ちたい、おぬしを支えたい、そう思っている人間は多数おるのだからの。まあ、わしもその一人じゃしの……」
自分で言っておいて、照れている。
そっぽ向くあたり、自覚はあるのだろう。
「肝に銘じます」
でも、頭を下げて感謝は示しておかないと。
そう言ってもらえるだけ、たぶん俺は幸せなのだろう。
「では、そろそろ行くか。あの子たちも待っておろう」
立ち上がりながら、そう話していた。
確かに、もう時間となる。
「そうですね……」
ここに至っても、俺の気分はまだ受け入れていなかった。
「おぬしも往生際が悪いの。もう観念せい。あの子たちが大切なら、おぬしの考えなど、些細なものじゃろうて」
歩いていくつもりなのだろうか?
扉の前まで歩いたデルバー先生は、背中で話している。
「そうは言っても、倫理観は大事ですし、なかなか割り切れたもんじゃないんですよ」
その背中に正直に不平を鳴らしておく。
今だけ、この人にだけいう事が出来る。
ここを出れば、言うことは無いだろう。
だから、余計にここは居心地がよかった。
「ここでは、十六で成人じゃ。わかっておろう?」
扉に手をかけながら、デルバー先生は肩をすくめていた。
「でもですね……」
それでも俺はまだ、引っかかっていた。
今の俺はヘリオスだ。
月野じゃない。
でも、俺の中では月野の部分が生きている。
月野としての気分的に、自分の娘のような年齢のルナを妻として見る事が出来るのだろうか。
それに、ルナとシエルの二人を妻として考える事が出来るのだろうか……。
同時に二人の女性を愛することが出来るのか?
俺は……。
考えれば考えるほど、月野として歩いてきた俺が、どうしても割り切れない思いでいた。
「ええい、うるさいの。いい加減納得せい!」
デルバー先生が突然振り返って、俺の頭を杖で叩いてきた。
「いや、一種のマリッジブルーというわけで……」
結婚自体は理解している。
でも、理解しても納得しきれない。
それは、わがままな気分だということも分かっている。
どんな理由をつけたにせよ、本当に俺のわがままでしかない。
二人の幸せを願う。
それだけに、俺に二人を幸せにする資格があるのだろうか?
そして、俺だけが幸せになってもいいのだろうか?
「おぬし、これを見てもそう言えるのかの?」
デルバー先生は、いきなり空中に映像を描き出した。
そこには笑顔のルナとシエルがいた。
二人ともドレスに身を包み、にこやかに挨拶をしている。
その笑顔は、決意の笑顔だ。
幸せになるという意味だけではなく、共に過ごしていく未来を創るという決意に見えた。
「…………」
その笑顔を見ると、もう何も言えない。
「この子たちのことを考えたら、おぬしの矜持など些細なものじゃ。子供のような? 妹?自分はこの世界にとって? 精霊王? なんじゃつまらん」
杖で俺の頭をたたきながら、俺の心に挑みかかってくるデルバー先生。
「どこの誰がどう言おうが、おぬしが幸せになってはいけない理など存在せんわ」
デルバー先生は杖で床を一度だけつき、また、俺に背を向けた。
「覚えておくがよいの」
そして、一呼吸入れた後、諭すかのように静かに告げてきた。
「人の輪にあって、人を幸せにしたいと願うものが、幸せにならなくて、誰が幸せになるんじゃ。人は自分の幸せを願う時、相手の幸せも願うのじゃ。お主も十分わかっておることじゃろうが!」
自分ではわかっているつもりだった。
でも、俺は分かってはいなかったんだ……。
そして、改めて、挑みかかるように俺を振り返って見たデルバー先生は、その言葉を解き放った。
「それには一つの例外も存在せん。それが理というものじゃ。お主もすでに、その輪の中におる。わすれるなよ、小僧」
鼻を鳴らしたデルバー先生は、再び俺に背を向けると、すぐさま姿を消していた。
俺はただ、消えたその背中に対して、いつまでも頭を下げていた。
月野の精神があるヘリオスとしては、いたら自分の娘くらいになる年齢の元義理の妹のルナや、見た目から犯罪者扱いされそうなシエルさんとの結婚に対して、煮え切らない態度をとっていました。しかし、その本当の理由を突きつけられて、ヘリオスは頭が下がる思いでいっぱいでした。




