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夢の世界の中で僕は  作者: あきのななぐさ
決戦イングラム帝国
133/161

ヘリオス先生6

ユノに衝撃の報告がもたらされます。

「ユノ女王陛下、デルバー先生の部屋まで、ご足労願えますか?」

恐らく、私にだけ聞こえるように話してるんだわ。

しかも、私のことを女王陛下と呼んでいる。


クラウスの慌てた様子とアイツの態度。

ジュアン王国で、何かよからぬことが起きたということかしら……。


「ええ」

小さく頷き席を立つ。

隣であわてたルナに、笑顔をおくったけど、その顔はひきつったものだと思う。


「……」

ルナは無言で頷いていた。

本当に、必要な時にしっかりと雰囲気を察することのできる子だわ。


「みなさん。急用ができたので、今日はここまでです。次は……」

アポロンを伴って、教室の後方扉から出る。

その時に講義の終了を伝えていたアイツの声は、どこかさびしげなものだった。



「で、どうしたのかしら?」

階段状の廊下を下りて、教室の前扉にたどり着いた時に、ちょうどアイツが出てきた。

クラウスはすでに走り去っている。


「ここではなんだから、今から飛ぶよ」

いきなり私の手を握ると、アイツはどこかに転移した。

心の準備もあったもんじゃない。

でも、それだけ緊急の用件なのだろう……。


転移した場所は、やはり学長室だった。

すでにそこにはデルバー学長が悲痛な面持ちでソファーに腰かけていた。


「これは、これは、ユノ女王陛下。このような場所にご足労いただき申し訳ない」

茶番だが、これは女王として告げられることを意味している。

私もそれに付き合わねばならない。


「ええ、さっそく聞きましょう」

アイツの勧めで、デルバー学長に向き合って座る。

アイツは私のすぐ後ろにいたが、学長室の扉が叩かれると、そちらに返事をしていた。

アポロンが信じられない速さで追いついていた。


近衛として私のそばから離れない。

それを忠実に守っている。

そして、さっきまでアイツが立っていた場所にアポロンが立った。


アイツはそれをみて、デルバー学長の横に座っていた。


何もかも、以前とは違う。

でも、これが今の関係を表している。

少し、さびしい。

でも、これが私の選んだ道。


私はジュアン王国の女王として、この場に座っている。


「余分な前置きは言いません。要点だけお伝えします」

アイツはそう言って、私の目を真剣に見ていた。

そう言いながらも、なかなか言わない。

たぶん、私が準備をするのを待っている。


黙って頷くと、アイツもゆっくり頷いてきた。


「ユリウス将軍が暗殺されました」

アイツはまっすぐに私を見ていた。

それは、私に何かを突きつけているようでもあり、私を心配してくれているようでもあった。


「……。どうして? 何故?」

自分自身で何を、どう言っているのかわからない。

なぜ、お兄様が暗殺されなければならないの?


混乱と困惑の波が私を押し流して、考えることをさせてくれない。

それでもようやく、理解の岸辺にたどり着く。


何故お兄様が殺されなければならないのか……。

あれから一生懸命王国のために、率先して働いていたお兄様。

私が学士院アカデミーの生活を手に入れる時、お兄様の後押しが心強かった。

そんな優しいお兄様を、私は守りきれなかったの?


あの時、自らの死を選ばずに、王国のために尽くすと言ったお兄様の意志を守れなかった。

なによりもアイツがその可能性をかけて、救ってくれたお兄さまを守れなかった。


私はなんて無力なのだろうか……。


そんな私を優しく見つめるアイツがいた。

その目は、さっきのように儀礼的じゃない、私のことを心配している眼だ。

でも、今はその目で見られるのはつらかった……。


「将軍は、地方に視察に出た際に、デキムス・ユニウスとブルトゥス・アルビヌスの二人に暗殺されたそうだよ。不意打ちだったそうだ。でも、僕はそうは思わない。いくら不意打ちでも、将軍があの二人にやられるはずがない。これには裏があるとみている」

それは、今までのように、女王に話をしているのではなく、友人として話をしているのだと思う。


「裏って?」

その変化に若干安堵したのか、自分でも驚くほど素直に尋ねていた。

でも、これ以上それに甘えるわけにもいかない。


「詳しく教えてください」

今、この場所にいるのは女王としての私。

いくらコイツの前だからと言っても、それはもう許されない。

いいえ、違うわね。

コイツの前だからこそ、私は女王としていなければならない。



デキムス・ユニウスとブルトゥス・アルビヌス。

輸送任務に失敗したものたち。

そして、姿をくらました無責任もの。

気分的には即刻いなくなって欲しい側の人間だ。

しかし、女王という立場上、そういう気分で判断してはいけなかった。


だから許した。


あの二人は、許されたことに感謝していたはずだった。

お兄さまも、そのことについて、何も言われなかった。


影で何かしたのかしら……。

その考えを即時に否定する。

ありえないわね……。

今のお兄さまに、それはありえない話だわ。

それに、今のお兄様は償いのことで頭がいっぱいで、彼らを責めるとは思えない。


「報告によれば、将軍は休憩の際、何かを飲んでいた時に前後から刺されたようだ。その飲み物に何か混入されている可能性がある。そして、あの二人はすぐそのままその場で殺されている。これは、計画されていたとしか考えられない」

珍しく語気が荒い。


そこまで言うのだから、裏ということもつかんでいるのでしょうね……。

でも、その事をなかなか話さない。

よほど重大なことなのね……。

あえてそこを聞くべきか迷ってしまった。


聞いたら、後戻りできなくなる。

聞かなかったら、この先不信感を抱いたままになる。


コイツの目はそう告げている。


「そこまで言うのなら、その裏というものを詳しく教えていただけるかしら?」


私の道は女王の道だ。

だから、最初からコイツはユノではなく、ユノ女王陛下と呼んでいた。

冷静に話を聞きやすいように、あえて、ユノとして話してくれたにすぎない。


じっと私の目を見つめた後、黙って頷き、そしてゆっくりと話しだした。


「僕はルキウス司祭が画策しているとみている。それは、君の支配体制を盤石にするためだ。あの人は、自分の欲望に忠実だよ。王佐というのかな。あの人はそこに意義を見出しているみたいだ。将軍を潜在的な脅威と見なしたのだろうね。それに、これは推測でしかないけど、ユノの優しい部分を自分が穴埋めしたいと思ったのだろうね。少なくとも、ユリウス将軍は、一度は君と結婚している。それは、全国民が知っていることだ。今後、君が婚姻をする際に、将軍の存在が害悪と考えたに違いない」

回りくどい言い方だったけど、それは仕方がないわね。


要は、国民が私とお兄さまの関係をふしだらのものとして見るということね。


それは貴族も同じということね……。

ルキウス司祭は、そういう争いの種となるものを、取り去ったということだわ。

女王としての私の力を盤石にするために……。


私がお兄さまに生きていてほしいと願ったことは、女王の支配を盤石にすることを目的とした場合、邪魔でしかなかったということなのね……。


アイツはそれを優しい部分と評価したけど、決断しなかった私の甘さでもあるのね……。

一時でもお兄様に責任を追及し、その上で王国のために働きたいという願いを聞き入れると言う方法を取るべきだったのだろうか……。


「そう……。ルキウス司祭は自分の役目に忠実だったということね?」

ルキウス司祭を責める気にはなれない。

あの人と話してみてよくわかった。

あの人は本当に王国の未来を考えている。

でも、そこにお兄様が邪魔だと考えたのだろう。

そう考えると、お兄さまの事だけじゃなく、私の知らないところで色々しているに違いない。



「結果的にはね。でも、彼はそういう面を持っていると思っていた方がいい。君が、どれほどの決意で将軍を許したのかを理解せず、効率を重視した。僕はそのことには理解するけど、君の気持ちを無視したことは許せないよ。個人的にはあまり好きになれない。もっと、たとえ回りくどくても、道はあったんだ……」

珍しく、怒っていることを隠そうとしていなかった。

ひょっとして、私の代わりに怒っているの?


先ほどまでの女王に対する態度を含んではいない、純粋に友人としての態度なのだろう。

だからこそ、その分私は冷静でいられた。


「ヘリオス。あなたが私のために怒ってくれることはうれしいわ。でも、これは私の中でしまっておきます。ただ、お兄さまの顔はどうだったかわかりますか?」

私は女王なの。

あなたの優しさに甘えるわけにはいかない。

甘えちゃだめなのよ。


「最後の言葉として、伝えられていることがあるみたいですね。聞きますか?」

アイツは悲しげな顔で告げていた。


「ええ」

それがたとえどんなことであっても、私がそれを聞かないわけにはいかなかった。


「これも、報い。償いをすることすら叶わぬとは」

目を瞑り、感情をこめて話している。


お兄さまが本当にそう言ったのかは定かではないのだろう。

ただ、もしそうだとすれば、そう言った。

そういう雰囲気をだしたのでしょう。


「そう、お兄さまは心残りだったけど、それも受け入れたということね……」

驚くほど冷静にそうつぶやいていた。


その瞬間、私は変な感じに襲われていた。


私以外の人間が、この部屋の中で止まっている。

いや、私とアイツ以外が止まっているんだ……。


「ユノ。我慢しなくていいから。ここは完全に空間を隔離した。君と僕以外はいない世界だ」

アイツは立ち上がり、私に背を向けてそう告げてきた。


ほんと、いやになる……。


私は、今泣くことを許される場所にいた。

普段は決して表に出ない、私が唯一存在していい場所。

ただ、アイツは私を正面でなく、背中を向けている。


それは、私に対しての誠意なのだろう。

ルナやシエルさんへの誠意でもあるのだろう。


悲しいまでの、誠実さ。

でも、それでも……。

アイツの前に回り込み、その胸に飛び込んだ。

その場所を求めて。


その場所にたどり着いた途端、私は信じられないほど簡単に泣いていた。

大声を出しても、誰にもとがめられない。

私は私のうちにある、悲しみの感情を思う存分解放していた。


優しいお兄さまの顔が目に浮かぶ。

お兄さまの苦悩の表情。

お兄さまの決意の表情。

そういったものが、私の頭に次々と現れていく。


お兄さまのすべてを許していこうと思っていた。

そして、それを私も背負っていこうと覚悟していた。


でも、それもかなわない。


ルキウス司祭に文句は言わない。

ある意味彼は正しい判断をしている。


だからこそ、女王である私は、ルキウス司祭を許そうと思った。

だからこそ、個人である私は、お兄さまを救えなかったことがよけいに悲しかった。


でも、わたしは女王として、弱さを見せるわけにはいかなかった。

だから、コイツはわざわざこういう場所を用意してくれていた。


ひとしきり泣いた後、私はしっかりとコイツの顔を見ることができた。


私の頭をそっと撫で、コイツは笑顔でささやいてきた。


「君がしんどくなったときには、いつでも僕を呼ぶがいい」


私が女王でなくてもいい場所。

それをしっかりと用意する。

だから、前を向いて歩いていくんだ。

しんどくなったら、休んでいいと、そう告げているようだった。


たまらない……。

このままここに溺れていたい気分だった。


思わずその言葉をはきかけた時、コイツの手が私の頭を二度優しく叩く。

その後、私の肩を優しくつかみ、そのまま私を半回転させて、自分の方に引き寄せてきた。


「君の道の前には、僕はいない。でも、僕は君のそばにいる。それを忘れないでほしい」

私を背中越しに抱きしめて、そうささやいてきた。

そして、ゆっくりと肩を持って私を離し、私を前に歩かせていた。


ああ、そうだ。

そうだった。


私は私のやり方で、コイツと向き合うんだった。

あまりの居心地のよさに、思わず溺れそうになっていた。


「もう大丈夫」

涙を拭いて、そう告げる。

自らの足で前に進み、元の場所に座って軽く息を吐く。


アイツはにっこりとほほ笑みながら、この空間を閉じていった。

名残惜しそうな顔しているのを自覚して、私は意識を切り替えるべく、目を閉じていた。



「そうですね。将軍はたぶん受け入れたと思います。できるならば、彼のしたかったことを、友人の名誉を挽回してあげると良いと思いますよ」

何事もなかったかのようにそう話しかけてきた。


そんなことまで知っていることに驚いた。

でも、それ以上に驚いた。

さっきまでの時間が他の人には感じていないという事実。


時間と空間を隔離したの?


とんでもないことを、全く普通にやっていた。


「わかったわ」

かろうじて、そう返事できていた。


ユノは安心できる居場所があることを再認識し、悲しみを乗り越えて自らの足で歩む決心を新たにしました。ヘリオスはそんなユノを応援することを伝えました。

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