醜聞(イエール共和国)
イエール共和国の話になります。
屋敷を多くの人間が取り囲んでいた。
いつの時代、どの世界でも、他人の秘密への好奇心は尽きることがない。
特にそれは、対象が有名であればあるほど、その欲求は日に日に大きくなっていくものだ。
ナルセス・ベリサリウス議長、禁断の愛。
屑籠の中に、丸めて捨てた見出しが見えている。
最初に報じたところには、圧力をかけておいた。
いつも通り、わしに都合の悪いことはふたをして、時間がたつのを待つだけのはずだった。
しかし、今回はちがった。
ナルセス・ベリサリウス議長独身の真実。そのただれた性癖。
ナルセス・ベリサリウス議長児童虐待防止法違反のうたがい。
次々と違う方向で、わしに迫ってきた。
まるでわしを包囲するようだった。
これでは、ふたが閉まらない。
一つを閉めにかかったら、閉めたはずのところから、すぐにそれは漏れ出てきた。
しかも、そのどれもがヘリオスとの関係について語っていた。
こうなると、ふたをしてもきりがなかった。
「くそ、なぜだ。なぜ奴が映っているのに、こんな映像が残るんだ!」
どの報告の見出しにも、わしとヘリオスが映っていた。
噂だけなら、別の噂で揉み消せた。
しかし、そのすべての報道に、記録魔道具の映像がのこされていた。
そして街は、その映像であふれているらしかった。
こうなると、この国の欲求はとどまることを知らない。
報道関係の奴らが、しつこくわしにインタビューを求めてくる。
無視を決め込んでいると、どこから湧き出たのかわからない専門家なるものが、好き勝手に話し始めていた。
だいたい、何の専門家なのだ?
奴らは、連日言いたい放題報道しやがった。
これも奴の記録映像が問題だった。
大体奴は魔法的に見る事が出来なかったんじゃないのか?
奴がその手の防壁を張り巡らしているから、奴といるときには、何ら対策はしていなかった。
みられても、あとで揉み消せる。
しかし、記録映像だけはべつだ。
あれは、見る度に想像をかきたてるものだった。
そもそも、奴の結界が機能していれば、何ら問題はなかったはずだ。
だからわしも、それに注意を向けていなかったのは確かだ。
単なる通過映像には、はたらかないのか?
記録用魔道具の映像がなければ、証拠は残らない。
証拠さえなければ、権力というものは実にうまく作用する。
そして、それを使えば、関心を誘導し、わしの都合の良い方向に持っていくかも知りつくしている。
ヘリオスの肩を抱いている映像だけなら、戦争孤児という肩書をくれてやり、児童保護と戦争反対というイメージで書き換え可能だ。
しかし、あの映像だけは別だ。
あれは、言い逃れができないものだった。
あんな場面、他に言い訳が思いつかなかった。
しかし、あの首飾りの時に見た夢は、やはり現実だったのか……。
それにしても疑問はのこる。
なぜ、あんな映像がとれた?
封じ込めたから、奴の結界がなくなったのか?
仮にそうだとして、その時間、場所を特定せず、ただ偶然にそれを成し遂げたというのか?
常に死亡の危険を冒してまで?
そんなことは無いだろう。
結界が機能しないことを知っていれば、それは可能だろうが……。
そう、奴の結界が機能しなければ……。
「……!?」
一人だけいた……。
結界の機能が作動しない時間、場所を特定できる人物。
ここにきてわしは、この騒動が誰の手によって画策されたのかを全て理解した。
「ヘリオスの奴め。あんな映像を流してまで、わしを陥れるか!」
わしでさえ、あの顔は醜悪におもえたのだ。
わし以外ならなおさらだ。
しかし、あの首飾りを入手したのは偶然のはずだった。
子供の教育用という限定的な使用方法。
そんなものを偶然手に入れたことなど、わかるはずがない。
しかも場所はこちらの影響下にある店だ。
そう、偶然に偶然が重なったものだったはずだ。
しかし、それが必然としたら?
わしは心の声に耳を貸していた。
首飾りを奴がつくった、もしくは改良したとしたら?
当然その機能などは知っているはず。
しかも、作ったのであれば、脱出方法まで知っている。
まて、まて、まて、まて……。
オークションにせりいれたのは?
ブスタが競り落とすギリギリで勝負していたのか?
「記録映像を自らとらせたのか!」
すべての事を、そうであると仮定すれば、線でつながっていく。
多少無理なところはあるが、手助けするものがいれば、大丈夫だろう。
ちょっとまて。ちょっとまて、ちょっとまて……。
あのガキは最初からこれを狙っていた。
すべてはわしをはめる罠か!
あのガキ、ラモスを使ってまさか、まさか、まさか……。
わしはそこに思い至った。
ラモスの台頭。
奴は急に支持者を得ていた。
しかも、わしが追い落とした奴らだ。
そのほとんどが、なぜか破産せずにいた。
わしにとっての潜在的な脅威のもの。
わしの支持者にとって、じゃまなもの。
それらを追い落とすことは、すでに伝えてあった。
それが成し遂げられないということは、わしの信用にかかわることだ。
わしの支持基盤にまで、手を伸ばすためか?
それもあのガキが裏で手を引いていたのか?
両手を見つめて考えをまとめる。
いつもならすぐに湧く発想が、全く湧いてこない。
かわりに焦りが満ち溢れてきた。
「違う! こうじゃない!」
両手に集まっている焦りを投げ捨てる。
しかし、いつまでたっても、それが無くなることは無かった。
***
「報告します」
血相を変えたブスタが飛び込んできた。
コイツにしては珍しいが、今はそれどころではない。
「なんだ、こっちは今、結構問題が大きくなってきて忙しい。ジュアンの報告なら後にしろ、それよりも今はこちらの問題だ!」
いまさらジュアン王国の話など、聞いている場合ではない。
「はい、ですが事はこちらにも飛び火します。ジュアン王国は摂政ユリウスが失脚。新政権は樹立しませんでした。そして女王ユノは私の素性を調べ上げて、イエール共和国に対して国王暗殺を理由に宣戦布告を行うようです。さらにアウグスト王国もそれに同調。両国は同盟を結んだようです」
それだけ言うと、ブスタが頭を下げていた。
「は?」
間抜けな声を上げていたが、気にしてもいられなかった。
ちょっとまて、今わしは議長職だぞ。
仮に戦争になった場合、国家元首として、わしが先頭に立つ必要がある。
そして、この国軍事力はジュアン王国一国なら何とでもなる。
物資も豊富に蓄えられている。
しかし、よりにもよってアウグスト王国など相手にできるわけがない。
「くそ! これもあのガキのしわざか?」
この際、何でも奴のせいにしておきたかった。
この土壇場で、わしが築き上げてきたものをすべて崩してくれた。
あのガキめ!
しかし、まずはジュアン王国への対応だ。
くそ!
スキャンダルのもみ消しをしている場合じゃない。
このままでは、わしが責任を取らされる。
賠償問題となった場合、わしの私財が没収される。
「おまえ、この部屋までどうやってこれた? 外の報道陣はどうした?」
ブスタの身元から、わしにつながったと言った。
しかし、それは推測でしかないはずだ。
通常、コイツは人目にはつかないはず。
まして、外の報道陣をかいくぐって入ってきたということは、あれを使ったという事だろう。
ならば、まだ方法はある。
「あの抜け道を使いました。今は緊急の用件でしたので、やむを得ないと……。議長……なに……を」
ブスタは最後まで話すことはなかった。
腹部から多量の血を流し、その場で息絶えていた。
「この魔銃、銃声がしょぼいのが問題だな」
足元に転がるブスタに、最後の感想を伝えておいた。
これもまた、イングラム帝国から借りたものだから、感想をつけて返さねばなるまい。
「ユスティ! 二アヌス!」
護衛の二人を呼んで、ブスタを片づけさせよう。
外の報道陣に見つからないようにして、運び出さなければなるまい。
口のきけないブスタをジュアン王国に突き出して、その責任をかぶらせる。
わしは何も知らん。
何も聞いておらん。
死人に口なしだ。
こいつでしらを切りとおす。
幸い、ここに入ったことも知られていない。
入ってないものは、出ることはできない。
なあ、ブスタ。
お前は役に立つ男だ。
「ユスティ! 二アヌス!」
隣の部屋にいるくせに、なぜこない。
まったく使い勝手の悪い護衛だ。
「ユスティ! 二アヌス! 呼んだらすぐにくるんだ、まったく……」
隣の部屋につながる扉を開けながら、二人に文句を言っておく。
そして、その姿を探すうちに、見慣れない男がいるのに気が付いた。
初老の男……。
いや、初老の執事だ。
でも、こんな執事いたか?
「これは、これは、議長。残念ですが、二人はいま緊急の用件で、あの世というとこにいきました。それとお客様が外で多数お待ちでしたので、お通ししておきました。じきに、ここまで来られると思います」
初老の執事は廊下の扉を開けて、消えていった。
見事に洗練された動きだっただけに、呆然と見入ってしまっていた。
その時、複数の足音が迫ってきた。
「議長。入室の許可は、先ほど執事どのよりいただきまし……おい、これ!」
「おい、死んでるぞ!」
「議長、その手のものはいったい?」
次々と勝手に、人の部屋に土足で踏み込んでくる。
「おい! こっちでも人が死んでるぞ!」
なんなんだ……。
なにがおこった?
なんだ、この男たちは?
目の前の男たちが、一斉にわしを記録用魔道具で撮り始めた。
死体……。わし……。魔銃……。
こんなことありえない!
あり得るはずがない!
「わしじゃない! わしはしらん!」
必死になって訴えるも、だれもわしの話を聞いていなかった。
壁際に後退しても、記録用魔道具は迫ってくる。
「わしじゃない!」
いつの間にか、わしは複数の人間に取り押さえられていた。
「これは罠だ。はめられたんた! わしはしらん!」
わしの声は報道陣の喧騒につつまれ、誰の耳にも届くことはなかった。
記録用魔道具の目が、見慣れたその目が、わしの姿をとらえて離さなかった。
ついにナルセス議長は逮捕されました。