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黒衣(くろご)のルキウス(ジュアン王国)

ルキウスは状況の変化に戸惑いながらも、したたかに行動していました。

やはり、そうなりましたか……。

私の目論見も潰えたというわけですね……。


まあ、いいでしょう。

少なくとも、この王国に巣食っていた害虫は、一斉に駆除できたのですから……。

でも、考えてみるとこの方が良かったのかもしれませんね。

ユノ女王、あなたと私はある意味似た境遇の持ち主なのですから……。


我が父、害虫の筆頭たるルディ=コルネリウス大臣。

あの者の血が、わが身に流れている事こそおぞましい。


この国の貴族の大半が手を染めている悪しき慣例。

それを排除する道筋はもう見えている。

これで、私のようなものが生まれなくていい。

我が母のように、悲しい思いをしなくてもいい。


今のユノ女王ならわかるでしょう。

首飾りの中にいた、あなたならわかるに違いない。

捨てられた者の悲しみを……。


しかし、それも終わりです。

もう、母のように悲しみを背負い、人生を途中で投げ出すものはいなくなるはず。

それだけ出来れば、私の目的はほぼ完了です。


ただ、この国の闇は深い。

優しいだけで、決断のできなかった、以前のユリウス閣下では荷が重すぎます。

ただ、魔剣をもつユリウス閣下は短慮すぎました。


私が安心して過ごすには、この王国の闇は深すぎです……。

ユノ女王は、どうかわからない……。


ただ、以前見かけた時とはまるで雰囲気が異なっている。

人形となる前には全くなかった風格さえ備わっている。


アウグスト王全権大使とユリウス閣下を伴われての帰還の際の風格。

それに先ほどの宣言。

もはや、傀儡ではない女王がいた。

一体この短期間に何があったというのでしょう。


そして、アウグスト王国全権大使からもたらされたアウグスト王の親書。

もはやすでに余興ではなく、真の演目がユノ女王の手によって始められた感じがします……。


ユリウス閣下は、以前のユリウス将軍に戻られている印象ですね。

魔剣ジュリアスシーザーも腰にはない。

以前の優しいだけの将軍になってしまった。

これでは、この国の闇は払えない。


優しいだけの王は、この国には必要ないのです……。

闇を振り払う、力と決断が必要なのですよ……。


ユリウス閣下を王として、その力で粛清する。

後に残った者で、もう一度この国を建てなおす。


そんな私の野望もここまででしょう……。

後は、ユノ女王に期待しておきましょう。



「女王陛下、任務放棄して逃げ去ったデキムス・ユニウスとブルトゥス・アルビヌス両名を拘束しております。いかがいたしましょう」

ただ、後始末はしっかりしておきます。


ユノ女王の治世がいかようになるかはわかりません。

でも、その足を引っ張る真似はいたしませんよ。


とりあえず、両名は取り押さえ、私が直々に叱責し、拘留してあります。

見せしめに殺すことも考えましたが、彼らも能力以上のことをやらされたと考えると、気の毒にも思います。

ただ、あれほど自分で豪語した以上、何らかの責任は取らなくてはなりません。


責任を負わぬ社会は、不正の温床となります。

それを許しては、示しがつきません。

それが、長年かけて今のジュアン王国を形作ったのですから……。


「両名の責任は問いません。ただ、この騒動の起きる前の状態に戻ってもらいましょう。ユリウス将軍にもそうしてもらいますので、彼らだけに責任を取らせるのは、あまりよくはないでしょう」

毅然とした態度で命令している。

女王の判断に口をはさむ気はありません。


ただ、甘い判断だと言わざるをえませんね。


しかし、ユノ女王は首飾りの中ですべて見ていたはずです。

だから、彼らの状況も分かるというわけですか……。

そして、ユリウス将軍を許す以上、仕方がないということですね……。


「承知しました。彼らもユノ女王陛下のご厚情に感謝することでしょう。ところで、ポンペイウスの方はいかがなさいますか?」

いまだ副都にあって勢力のあるポンペイウスは、女王政権にとって無視はできないもの。

女王就任に異議は唱えていませんが、いつ牙をむくかわかりません。


しばらくの沈黙。

ずっと見てきたとはいえ、急に判断を迫られては困るでしょうね……。

女王なりに迷っているのでしょう。

では、ここは私の方から一計を提示しますか……。


ユノ女王の治世が固まらないことには、私の目的が達成されない可能性があります。


「それならば、差し出がましいことですが、私が説得してまいりましょう」

アウグスト王国全権大使がユノ女王陛下に申し出ていた。

とんだ横槍です。

それは、さすがに内政干渉でしょう。

それに、万が一密約を結ばれる事を考えると、危険極まりないですね。


「そうね、その方がいいかもね。よろしく」

ユノ女王はあっさりと快諾していた。


親しげな会話。

信頼しきった様子。

この二人はそういう間柄なのですか……。


「おそれながら、女王陛下。他国の大使殿にそのような雑事をお任せするのはいかがかと思いますが……」

重要なことだが、雑事と言わざるを得ません。

それに、いくら女王の決定とはいえ、これは立派な内政干渉。

一応意見を言うべきでしょう。

そうしなければ、この国に人がいないと思われてしまいます。


「ルキウス司祭。あなたは本当に頭が回りますね。でも、この人なら大丈夫。もし私が、私以外を信じるとすれば、残念ながら今はこの方しかいません。それに、この方が今回の演出家です。私は、いえ、私たちが多くの血を流さずに済んでいるのは、この方の力があるからです。この方なら、ポンペイウスも話を聞きましょう」

にこやかに、そして毅然とした表情でユノ女王は説明してきた。


それは、自分に並び立つものだと、暗に示しているのでしょうか……。

ユリウス将軍も、頷いているところを見ると、この大使はよほどの人物なのですね。

演出家ですか……。

それが、どこの何を示しているのかはわかりません。

ただ、この期に及んでとやかく言うのは、かえって問題を大きくするだけかもしれませんね……。


「それでは、お言葉に甘えます。それと、現状問題となることの報告と、国を建てなおす提案をさせていただきます」

ユノ女王は黙って先を続けるように頷いていた。

王たる者、まず内情を知るべきです。

そして、そこから問題を優先度と重要度に分けて解決方法を指示されるべきなのです。


「まず、王国の食糧庫の備蓄が底をつきます。物資の不足が民衆に影響を及ぼし始めております」

まずは、当面の問題点である食糧問題。


「つぎに、先の戦闘と言ってよろしいのかわかりませんが、神殿区域の大規模な破壊及びその地の処理に関することですが、あの地を開発されてはいかがでしょうか。幸い、ほぼ平坦な土地に変化しております」

そして国家財政基盤の整理。


内乱は侵略と違い、結局は何も生み出しません。

今回は奇跡的に、それほど多くは失っていません。


けれども、失ったもの取り戻すには、何よりも政策が必要となります。

話しが先に決まった以上、我々は前に進まなくてはいけません。


話を聞き終わった女王はゆっくりと頷くと、全権大使をみていた。

全権大使は、小さく首を横に振って拒否を示している。

少し不機嫌そうな女王は、改めて私に説明してきた。


「食料および、物資に関しては問題ありません。じきに港湾都市クレの方から届くでしょう。あと、神殿区域のことですが、今ジュアン王国の借款もかなりの額になってしまいました。そこで、あの地を開発区域に指定して、その権利を一部売り、借款返済に当てることにしました。また、アプリル王国の避難民をその地に集めて、開発に協力していただきます」

すでに方針までも決まっているようですね。

しかも、さっきのやり取りを考えると、それも全権大使と決めたような感じがします。

一体、いつそんなことを決められたのでしょうか?


「あの神殿区域には、鉱床があるのよ。あの地を新たに開発することで開発するものには利益が出るわ。そして鉱山採掘に熱心なアプリル王国。その避難民の中から、その技術をジュアン王国のために役立ててもらいます。また、ジュアン王国の人間がその技術を盗むことで、今後の資源開発に役立てるのです。そうすることで、何の資源開発もせず、特別な産業も起こさなかったジュアン王国に新しい風が吹くことでしょう。森と水のジュアン王国は残ります。ただ、出来る開発をしないという選択はもはやありえません」

ユノ女王陛下はすでにそこまで見通していた。


何ということでしょう……。

私は見るべき人を見誤っていたということでしょうか……。


その着眼点、判断力、そして決断力。

すべてユリウス将軍になかったもの。

そして王者にふさわしい風格、自信、才能。

それをすでにこの年で備えています。


悲しむべきは、私がその幕の外にいるということです……。

人を見る目には自信がありました。

しかし、人がこれほど変化するとは思いもしませんでした。

出会う人により、もたらされる才能でしょうか……。

温かいほほ笑みで見守る全権大使。

彼が、ユノ女王を変えたというのでしょうか?


「今回のことで、多くの人が悲しみを味わいました。ジュアン王国はその悲しみを乗り越えて前に進みます。ルキウス司祭。あなたにはまだまだ手伝っていただきますよ」

その声が、頭の上から足の先まで、体中にしみこんでいくように感じます。


私を必要としている!

今、確かにそう聞こえました。


この私に、まだやれる道を残してくれました!

私の乾いた心にまで浸みこんで、私にやりがいと言う活力を与えてくれる感じがします。


「ははっ。このルキウス、非才の身ながら、私の能力の全てをもってお仕えいたします」

それは、感激に振るえる心の声があふれ出たもの。


一方で、冷静な私が評価しています。

配下にやる気を起こさせること。

これが王者の王者たる重要な資質。


「新しい体制では、ルキウス司祭、あなたを摂政としてその辣腕を振るってもらいます。ユリウス将軍は全軍の指揮を。そして、近衛隊長として新たにアポロンを任命します」

全権大使の後ろから、銀髪の少年が進み出た。


アポロン……。

あの全権大使に似た少年。

どこかで見た覚えがありますね……。


ああ、あのときの!

その銀髪。

あの騒動の中で、私の目の前で女王陛下を連れ去った者。


なるほど、そういうことなのですね。

だから演出家なのですね……。


すべては全権大使の演出なのですね……。


この騒動を収束させたであろう人物。

ユノ女王陛下が完全なる信頼を寄せているこの全権大使。

その者が、裏で女王のためにいろいろと画策していたこと、そしてこの状況を作り出した人物だと理解しました。


このタイミングで食料が来るということは、この人物はイエール共和国でも何やらしているのでしょう。

ここは、少しでも恩を売っておくべきでしょうか。

いや、ひょっとすると……。


「女王陛下にご報告をいたします。此度の騒動において、どうもイエール共和国の関与が疑われます。私どもに接近していたブスタなる人物。イエール共和国のナルセス議長とのつながりがあります。これは立派な内政干渉にあたると考えます」

女王陛下に頭をさげながら、横目で大使をみる。


なるほど……。

やはりそうですか。

これもご存じだとは恐れ入る。


この大使はますます油断のならない人物です。

でも、同時にこの方はユノ女王にとって代わるなどという意思はなさそうですね。

なぜでしょう、この世界から超然とした感じがします。

そう、妖精女王と似た雰囲気を感じます。


「そうですか……」

ユノ女王は、少し考えているようだった。


「ユノ。友人として意見をいうよ。これは立派な内政干渉だ。堂々とその非を追及した方がいい。それには全権大使も同意すると思うよ」

全権大使はあくまで友人として意見していた。


それはそうでしょう、この場でその立場から発言すると、それこそ内政干渉になります。

しかし、言葉を変えたところで、すでにその事実は変わらない。

しかし、それを非難するほど私も愚かではありません。


これは、借款を減らすために必要なことです。

この騒動にかかった借款に対して、帳消しにできる可能性もあるのですから。

実際には戦争にはならないが、まず宣戦布告することが必要となります。

アウグスト王国の全権大使が同意しているということで、イエール共和国は戦争を回避する方向に動かざるを得ません。

有利な条件で講和交渉をするには、まずは相手の非に対して、文句を言う必要があります。



最悪、何も決まらなかったとしても、イエール商人に利権を餌に開発させ、その配分をイエール共和国に支払う分を減少させれば、ジュアン王国の利益になります。

そのための言わば方便。


そして何より、これをしなければ、王国としての体裁が整いません。

新体制への移行は、最初の印象が大事です。


今や、より親密な友好国となったアウグスト王国の後ろ盾があれば、イエール共和国といえども、対応不可能でしょう。

いくらこちらの国力が落ちたと言っても、アウグスト王国まで敵に回すことはしないはずです。


いや、それもすでにこの大使の筋書きなのかもしれない。

すでにイエール共和国に対して、それとも、ナルセス議長に対して何かしているかもしれませんね……。


「そうね。ではブスタを指名手配しなさい。そして、イエール共和国に対しては、改めてその責任問題を議長あてで送りましょう。宣戦布告はそれからです。ただ、うわさは広めておいてください。全権大使の発言も含めて」

女王陛下は厳かに宣言した。

ブスタに情報を持ちかえらせて、イエールの動向を探るつもりなのでしょう。

したたかに、計算もできるお方のようです。


「おおせのままに」

頼もしさを感じる。

王に仕えるとは、このことを言うのでしょう。

世間では、私のことを変に思うものは多いでしょう。

私の言う甘い汁。

それは、王者を補佐ことで出る喜びの事です。

これこそ、至福の味なのですよ。


謁見の間を辞するとき、再びユノ女王に礼を尽くします。

その時、ユリウス将軍の姿も視界に入ってきました。

今は、女王陛下と将軍、そして全権大使に新たな近衛隊長しかいません。


会話中ユリウス将軍はいっさい発言をしなかったですね。


「あなたは、もう舞台から降りた方がいいのでないですかな?」

私は思わずそうつぶやいていしまいました。


今回の騒動。

表向きには全権大使の思うように運ぶでしょう。

しかし、人間には醜い裏側の部分があるのです。

全権大使でも、そこは把握できないでしょう。

人を超越した感じの方には、地に這う人々の考えなど、考え付くはずがありません。


ユノ女王は真の王にふさわしい。

こんどこそ、私はそのそばで甘い汁を吸うことができます。

となると、あとはその支配体制を盤石にすることが必要ですね。


「あの二人はつかえますね……」


光りあるところ、必ず闇があります。

女王という強い光の中で、深い闇の部分は私が対応します。

それが甘い汁を吸い続ける秘訣。

何者が関与しようが、私のやり方はかわりません。


「さて、先にあの二人に会いに行きましょう。女王陛下からのお言葉も、伝えなければなりませんしね。きっと喜ぶことでしょう」

牢へ向かって歩きはじめる。


もはや、私が使えるべき方はユノ女王陛下。

そして、その支配を揺るがす可能性のあるものは、私がしっかり対応しましょう。


真なる王の誕生に立ち会うことができた喜びに、私の胸は満ち溢れている。


ジュアン王国編。一応の決着です。

この後ユノ女王はしっかりと国内をまとめたようです。

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