解き放つもの(ジュアン王国)
魔剣の謎を解明したユノは、攻略に乗り出しました。
でも、問題はどうやってそれを突破するかよね。
心というものに形はない。
ただし、記憶が関係しているのであれば、対応可能かもしれない。
でも、私には無理だ。
記憶をどうにかする高等魔法、私には使えない。
どうする?
アイツならできるかもしれない……。
そうか。
出来るはずなんだ。
ここまでわかっているアイツが、私たちを見捨てるはずがない。
たぶん、アイツは信じている。
私達だけで、お兄さまを倒せることを!
なら、その信頼にこたえるだけ。
私にはできないかもしれない。
でも、私達にはできるんだ。
心を縛るか……。
心がなければ、縛ることはできない。
心がない……、形だけ……。
あった!
まさか、こんなことまで考えているなんて、思いもしなかった。
しかし、偶然にしてはできすぎている。
でも、そう考えると納得できる。
あらゆる可能性を考えて、その中から最良の答えを導く努力をする。
アイツがいれば、アイツは使わないのだと思う。
でも、アイツがいなくても、どうにかできるようにしていたのよ。
私が、この魔剣に対応する方法。
アイツがいない状態で勝つ方法。
経験したから導き出せる答え。
「アポロン! ちょっときて!」
戦闘中のアポロンを大声で呼ぶ。
アポロンは攻撃が当たらないことに、ますます焦っていたようだった。
「なんだよ! こっちは忙しいんだけど?」
アポロンは、お兄さま相手に魔法を使っていなかった。
「君、何故魔法を使わないの?」
アポロンの肩をつかんで揺さぶってみる。
顔をそむけそうになるアポロンの顔を両手で制し、真正面から私の目を見て話させた。
「いや、殺したらダメだし……」
自由の利かないアポロンは、それでも眼だけをそらしていた。
そういうことか……。
「ということは、君はお兄さまに勝てるということね?」
それはとても重要なこと。
戦っているアポロン自身の感想を聞きたい。
「ああ、戦った感じは勝てると思う。本気を出していないとはいえ、俺の魔法なら大丈夫だろう」
それでも私と目を合わさなかった。
やっぱりそうだ。
この子は、魔剣の影響ではなく、自らの意志で加減をしていた。
近接戦闘ができるだけで、本来は魔術師。
アポロンの真価は、魔法を使ってこそ発揮されるはず。
ならばもう、私が決断するだけだった。
お兄さまを本気で倒すかどうかを。
最終的に、アイツは私に試練を課すことにしたんだわ。
女王として、しっかりと決断できるように。
最後の最後、決断したのは私であるように。
私が自分の足で女王として即位するために。
あの時、私は守られるのも悪くないと思った。
ここにきて、私は女王になると誓った。
最初の手段は、今となっては分からない。
でも、アポロンの登場によって、アイツは自分とアポロンを入れ変えた。
私には何も告げずに、そう誘導することで、私が選んだ道にした。
たぶん、あの湖の時は守るつもりだったに違いない。
自らが手を下すつもりだったに違いない。
でも、私がそこで意志を示したから……。
アイツは私の意志を尊重してくれた。
だから、私が自分の足で歩いて行けるように、今度は背中を押している。
自分達で歩いている自信をつけさせるために。
いまだに姿を現さないのがその証拠だわ。
ならば女王として、アイツと対等であるために、この試練を乗り切ってみせる。
お兄さまであるという甘えを、女王としての意志で決断する。
「アポロン。今から君を封印します。君、私の剣となる覚悟があるかしら」
私の声に反応したアポロン。
さっきまでそらせていた目をわたしに向けていた。
顔を固定していた手を離すと、その場で片膝をつき、頭を下げた。
そして、再び顔をあげた時、そこに強い意志のこもった瞳を見つけた。
「ああ、俺は女王ユノ、君の力になると誓う」
今までにない真剣な表情で、私を見ている。
その姿の向こう側に、アイツを感じる事が出来た。
「では、今から君を封印します。私が入っていた首飾りだから安心してちょうだい。出たいと思えば、その時に解放されるわ」
首飾りをかけて、様子を見守る。
一瞬体が硬直したが、すぐそれはおさまっていた。
アポロンを封印したことを確認し、私はその命令を下す。
「アポロン。私の敵であるユリウスを討ちなさい」
私の指さす方向に、ダプネとヒアキントスの二人と戦うユリウス兄さまがいる。
「ああ」
抑揚のない声と共に、アポロンは、ユリウス兄さまを標的としてとらえたようだった。
そして珍しく詠唱を始めた。
「天空の宮、十二の神殿、あまねく照らす光の王。おお、光の王、その力、闇をうがつ。その力、しるべとなる。その力、慈愛となる。我は王の御使いなり、大いなる力の代行者なり、我が敵に王の力を示すものなり」
詠唱と共に、アポロンの周りに次々と浮かぶ黄金の弓。
それぞれ、全く形の違う光り輝く金色の弓が金色の矢をつがえている。
「すべてをうがて、黄金の矢。黄道十二弓」
詠唱が完了した時、完成した十二個の弓すべてから、それぞれ光の矢がお兄さまに降り注いだ。
お兄さまはその攻撃を、空中で自由自在に飛び回って避けようとしていたが、十二の弓から放たれた光の矢は、お兄さまを追尾していた。
神殿や大岩を使ってかわそうとしても、その光の矢にとって障害とならなかった。
その途中にあるものを粉砕し、追尾する光の矢はすべてお兄さまをとらえて離さなかった。
やがてお兄さまは急上昇し、すべての光の矢を自分の真下にとらえると、魔剣の力を最大限に高めたかのような一撃を光の矢に対し放っていた。
すさまじい激突が上空でおこった。
光の爆発は太陽を思わせる輝きで、あまねく世界を照らしていた。
「すごい……。こんな魔法……、知らない……」
私が知らない魔法。
その、すさまじい破壊力を目の当たりにして、ただただ、見ているしかなかった。
そして、その爆発の中、お兄さまは破壊された神殿の前にゆっくりと降り立った。
「これほどの魔法とはな……」
お兄様はかなりの深手を負っていた。
あれほどの攻撃……。
深手と言うのは奇跡に近い。
剣を杖にしながら、かろうじて立つお兄さま。
その瞳は、私をにらんでいた。
「さあ、お兄さま観念したかしら? 最後の慈悲です。自身の負けを認めて、すべての罪を清算してください」
自分でも何を言っているのかわからない。
その姿を見て、一瞬情がわいたのかもしれない。
弱い私が、お兄さまに最後の選択をゆだねてしまった。
驚いた顔を見せるお兄さま。
けれど、次の瞬間には笑いながら、私を見下していた。
「ジュノン、いや、ユノ。甘い。甘すぎる。それでは何も守れない……」
それは、私に言っているのか、それとも自分に言っているのかわからない。
ただ、私の目の前の人は、明らかに様子が変だった。
不意に、アイツの言葉が頭をよぎる。
『強い意志のある人間は、目的のために、あらゆるものを犠牲にすることがあるんだよ。そうすると、本当に大切なものを見失ってしまうんだ』
あれは講義の後、イングラム帝国のことを話している時だったかしら……。
何のことかわからなかったけど、今はそのことがはっきりとわかる。
それは、狂気。
すでに、お兄さまは、狂気に取りつかれていた。
満身創痍の中、お兄さまは魔剣を掲げて、何かを叫んでいた。
その瞬間
空に巨大な魔法陣が形成されていた。
そしてその魔法陣から、暗くよどんだ大気のような雲があふれ出すと同時に、周囲に雷が降り注ぐ。
そして、何とも禍々しい気配があたりを覆い尽くしていく。
瘴気というものかしら?
この世界のものじゃない、魔界の空気と呼ばれるもの……。
「やばいな……」
首飾りの封印からアポロンが出てきて、私の隣に並んでいる。
「なあ、ボス。これかなりやばいよ……」
ヒアキントスは少し緊張しているようだった。
全員の前にでて、盾を構えていた。
「イエス。マスター」
ダプネだけは、何故か余裕の表情だった。
いや、いつも通りなのかもしれない。
ひときわ大きな雷が、お兄さまの横に突き刺さる。
轟音と土煙の中、怪しげな声が聞こえてきた。
「あら、久しぶりに人間に呼び出されたと思ったら、なかなか。んんー。少しは歯ごたえがありそうね」
気持ち悪い声に、その姿は見たくなかったけど、急速に土煙はなくなっていく。
そして、姿を現したのは、なんだか気持ち悪い悪魔だった。
でも、私が知っている悪魔とは全く違う。
圧倒されるほどの魔力。
圧倒されるほどの雰囲気。
そして気持ちの悪いしゃべり方。
呼び出したのが、私だったらさっそく帰ってもらうわ。
でも、お兄さまはうつろな瞳でその横に立っている。
「そっちの銀髪ちゃん。あなた、とってもおいしそう。しかも、珍味よね」
まず、アポロンが目をつけられた。
「気持ち悪いしゃべり方するな! この悪魔め!」
アポロンは心底嫌がっていた。
わかるわぁ、その気持ち。
でも、そんな気分に一瞬だった。
ニヤリと笑う悪魔の顔に見た瞬間、私の心は凍てついていた。
圧倒的すぎる。
こんなの……、人間が勝てるはずがない……。
「あら、つれないのね……。いいわぁ。うごけなくしちゃおうかな……」
悪魔がそう告げるともに固まるアポロン。
「なめんな!」
でも、一瞬でそれを破っていた。
「あら、意外。でも、そんな顔もかわいいわね」
悪魔は不気味な笑顔を浮かべていた。
「ふざけるな!」
激高したアポロンは、さっきの魔法を詠唱する。
あれだけの魔法。
この悪魔といえども、無傷ではないだろう。
でも、高度な魔法ほど、詠唱にある程度の時間がかかる。
ダプネとヒアキントスが守っているから大丈夫だと思うけど……。
でも、詠唱中に悪魔はあくびをしながら待っていた。
黄道十二弓
アポロンの魔法が悪魔に降り注いだ。
驚いたことに、悪魔はお兄さまの前に移動しただけで、何もしようとしなかった。
天空から十二の光の矢が降り注ぐ。
すさまじい轟音。
大地は悲鳴を上げて崩れていく。
土煙を舞い上がらせ、大地の震えはとどまることを知らなかった。
大きく口を開け、私たちを飲み込もうと迫ってくる。
空中に飛び上がり、それを避ける。
あの神殿の丘は跡形もなくなり、かわりに大きな穴が開いていた。
その魔法は、丘一つを完全に消し飛ばしていた。
「もう。地面が脆弱ね。おかげでこの人まで巻き添えになるとこだったわよ。この人の魂は後でいただくから、それまで大事なのよ? ほんと、気を付けてよね」
悪魔はお兄さまを光の球で包むと、ゆっくりとそばに漂わせている。
やっぱりお兄さまの意識はすでになくなっているようね……。
それにしても、あれだけの攻撃をまともに浴びて、悪魔は無傷だった。
「うそだろ……」
驚いたままのアポロン。
それもそうね。
たぶんアポロンの中でも最大の魔法に違いないもの。
切り札に近いものが、全く歯が立たないんじゃ、どうしようもない。
私が何かできるはずもない。
しかし、アポロンの立ち直りは早かった。
「ダプネ、ヒアキントス。お前らも手伝え!」
見事に調和した動きで、アポロン達は魔法を発動させていた。
「凍結地獄」
「地獄の業火」
同時発動したアポロンの魔法。
その上に、左右に散ったダプネとヒアキントスがアポロンの魔法にそれぞれ上乗せしている。
上乗せされた魔法は、力をまし、通常以上の効果で悪魔を包んでいた。
「ダメ押しだ!」
そう叫んだアポロンは、自分自身の力を高めた魔法を放っていた。
「極大高電圧気体」
炎と氷の地獄に加え、高電圧と化した気体が巨大な熱量で悪魔に襲い掛かる。
空気を震撼させた爆発で急激な上昇気流が生まれていた。
これだけ離れているのに、すさまじい熱気が結界を通しても感じられた。
「これは……。この子……、やっぱりあいつの子なのね」
すさまじい破壊の魔法の連発をしてなお、魔力は枯渇してない様子。
これで、攻撃できなければ……。
言葉は方向付ける。
けれど、その言葉すら、私は失っていた。
代わりにやってきたのは、絶望。
そして、恐怖。
まさに私の心は、恐怖に支配されつつあった。
巻き上げられた砂埃の中、悪魔が優雅に紅茶を飲んでいた。
「あら、ありがとう。ちょうどのどが渇いてたの、いい具合に紅茶を入れさせてもらったわ。あなた方もいかがかしら?」
悪魔の周囲は展望小屋のようになっていた。
その中にある一つの椅子に腰かけ、悪魔は優雅に紅茶を飲んでいた。
驚くことに、そこには紅茶のはいったカップが、四つ用意されていた。
「でも、ちょっと埃っぽいわね」
ただそれだけで、それまで舞っていた砂埃が急になくなっていた。
「うん。これでよし。さあ、どうぞ」
悪魔は満足そうに、紅茶を楽しんでいた。
圧倒的な悪魔の力を前にしたアポロンはこれからどう行動するのでしょうか?




