曖昧模糊(ジュアン王国)
ユノは戦闘を見守ります。
何か秘密があるのではないか、真剣にその様子を伺います。
どうゆうことよ……。
三人を信じて、観察し続ける。
相変わらずお兄さまは、余裕の笑みを絶やさない。
暇つぶしとしか考えていないのね
「でも、何か秘密があるはずよね……」
じっと見続ければ、何か気付くはず。
でも、相変わらずお兄さまの顔は笑顔だわ……。
あの目で見られると、昔は温かい気持ちになれたのに……。
今は、悲しい気持ちにしかなれない。
いや、お兄さまの眼のことはこの際どうでもいい。
その動きをよく見ないと……。
そうすることで、何か手がかりが見つかるかもしれない。
見ようとしなければ見えない。
いいえ、違うわね。
見るだけじゃない、感じるのよ。
アポロンの猛攻の中、ヒアキントスとダプネが連携して前後で挟撃しようと移動していた。
「ああやって、お互いに意思疎通できるのは便利よね」
目で合図して、同時に仕掛けている。
それでも見事によけられている。
しかし、二人はあきらめていなかった。
もう一度、もう一度と何度でも試している。
たぶんあれはダプネの指示ね。
ヒアキントスは必死についていく感じ……。
その時、想像していなかったものが、私の目に飛び込んできた。
その衝撃で、驚きの声が飛び出してくる。
ユリウス兄さまが、ヒアキントスの攻撃を受け止めていた。
その顔は少し驚いている。
ヒアキントスを蹴りとばし、大きく間合いを取っていた。
「ヒアキントス! あなた、何故左に行くの! 連携を守って!」
大声で、ダプネはヒアキントスに抗議している。
「え?」
ヒアキントスは自分の右手と左手を見比べていた。
「ユリウスの右手の方って言ったでしょ!」
その様子に、ダプネの怒りはますます激しくなっていた。
「えー!」
納得のいかない声を上げる、ヒアキントス。
そのやり取りを聞いていたのだろう、お兄さまは笑顔に戻っていた。
「そうか、もうまぐれは通じんぞ!」
それは何かを悟った顔だった。
ヒアキントスの攻撃で、あの攻撃だけは予測されていなかった。
それまでは予測されている。
あの顔から察すると、お兄様が読み間違えたというのはないわね。
例外があるということは、予測にしても完璧ではないということ。
「もう一度!」
ダプネはあくまで挟撃にこだわっている。
あの子のことだ、何かを得るためにしているとしか思えない。
たぶん、あの子も違和感を探っている。
「ならば私も負けられないわ」
その時一瞬、お兄さまと目があった気がした。
ん?
今のタイミングで、何故私を見たの?
今戦闘に参加しているのは三人。
今の私はかなり離れてみている。
そう言えば、さっきから何度もお兄さまの顔を見てた気がする……。
あらためて、その顔の動きを観察してみる。
初めて見えた違和感の正体。
お兄さまは必ず全員を見ていた。
しかし、攻撃している人は見ていない。
そう言えば、お兄さまは認識したと言っていたわ。
あれは、どういう意味だろう?
その時また、ヒアキントスの攻撃をお兄さまは受け止めていた。
これまで誰の攻撃もかすりもしないのに、ヒアキントスの攻撃だけは、たまに受け止めている。
「ヒアキントス。右と左の区別をつけてください……」
疲れ果てたように、ダプネはため息をついていた。
「ヒアキントス。それだわ!」
「どれ?」
私の叫びに、ヒアキントスは間抜けな返事をよこしていた。
今も、自分の周りを気にしている。
アポロンまで、ヒアキントスの様子を見に行ってる……。
稽古じゃないのよ?
戦闘中なんだけど……。
そこは、微妙な空気が支配する領域となっていた。
「ふん、茶番だな」
お兄さまは突撃したダプネを軽くかわすと、カウンターで蹴り返していた。
それを予測していたかのように、氷で防ぐダプネ。
いくらかの低温ダメージは与えているのかもしれないけど、それが効果的だとも思えない。
何より、ダプネが吹き飛んでいる。
でも、まただ……。
普通カウンターで蹴り返すには、相手の動きを見る必要がある。
しかし、さっきもお兄さまは私を見た。
攻撃されることが分かっている。
確かにこれは予測になる。
でも、ヒアキントスの攻撃は、たまにお兄さまに届いている。
ダメージこそないが、避けられてはいない。
もし予測なら、それを予測しているはず。
仮定を検証してみるべきよね!
「インドラ、見えてるわよね。今から、右に移動したお兄さまの進行方向である右側に電光をうつから、それがどこに行くのか見ていてね。あなたは絶対に人化しないで」
思念で雷精インドラに指示する。
さっきお兄さまは認識したと言った。
ならば、この子はまだ認識されていない。
人化したダプネ達をお兄さまは認識したと言った。
だとすると、お兄さまは精霊を見ることはできないはず!
「御意」
短くも、確かな応え。
相変わらず、この子は口数が少ない。
話し相手としてはちょっと不満があるけど、私が選んだ、私の精霊。
私の信頼には、必ず応えてくれる。
お兄さまに見られた後、進路上に行くように、電光の魔法を右に放つ。
アポロンの攻撃をよけながら、簡単にその魔法を避けていた。
「どう?」
少し興奮した気分になってるのは否定しない。
たぶん私の答えはあっている。
「見事な電光であった。確かに奴が通り過ぎた後の左側に打ち込んでいたぞ」
やっぱり!
認識を変えられてるんだ。
右と左。
上と下。
前と後。
位置情報を絶えず見ることで、誤った認識を伝えているのだろう。
避けているように見えるのは、自然とこちらがお兄さまの行動を予想して動くことを逆手に取られているからだ。
右に動く標的には右側に攻撃を持っていくけど、その右と左の認識を変換されていれば、すでにいない方に攻撃をすることになる。
範囲魔法も、範囲外に指定されているに違いない。
近接戦闘を行っているときに、この視界丸ごと範囲というわけにもいかないわよね。
ようやく納得できた。
戦闘中攻撃を仕掛ける相手を見なくてもいいのはそういうことだ。
そこに来ることは予想済みだから、カウンターにもなる。
裏の裏をとっているんだ……。
だから、ヒアキントスが左右を間違えた時、その攻撃は当たるということね。
しかも、お兄さまがそう認識していても、ヒアキントスがいつ間違えるかは全く予測できない。
だから、たまにしか当たらないんだ……。
「ダプネ!」
大声で叫んでみた。
私の得たことを伝えてみよう。
きっと、この子もそう思っていたはず。
「わかりましたか?」
私の前に氷が出現し、そこから瞬時にダプネが現れた。
氷を使った瞬間移動。
それ、戦いに使えばいいんじゃないの?
そう言えば、なぜこの子たちは魔法を使わないのかしら……。
そして、あの子も……。
でも、今はそれどころじゃない。
気付いたことを伝えないと。
「ええ、あなたのおかげでね。挟撃はわかりやすかったわ。あなたも感じているように、認識をずらされているわ。しかも、それは見ることで更新されている」
私の説明に、ダプネは頷いていた。
「わかりました。あと、その効果は認識をずらされているということでしたが、そうでない場合も考えられます。王は、魔剣ジュリアスシーザーは従属心を強要する、すなわち、心を縛る剣だという言葉を使われていました。心の定義があいまいなので、わかりやすい表現を求めました。しばらく悩んだ王は、記憶を変えるようなものだといわれました。憎いものが親しい人だったと思い込ませるようなものだと教えられました」
それだけ告げると、また元のように戦っていた。
知ってたのー!?
声を大にして叫びたかった。
しかも、アイツはその解答まで用意していた。
魔剣ジュリアスシーザー
その力は従属心を強要する。
そして、アイツは心を縛る剣と表現した。
心の定義はあいまいだ。
ダプネの指摘は正しい。
それについて記憶とアイツは言い換えた。
魔剣は記憶を操作している?
確かに認識を変えているのであれば、挟撃してもお互いが左右に入れ替わるだけ……。
そして、なにより、ヒアキントスの攻撃を防御しているお兄さま自身が、それほどの傷を負っていなかった。
防御したダプネは吹き飛ばされていた。
冷気を操るダプネの氷が、お兄さまにダメージを与えてないのは確かにおかしかった。
つまり、本来であれば、ヒアキントスの攻撃も防御したお兄さまに何らかの影響はあるはず。
それが一切ない。
そうか、稽古みたいに思わされているのか……。
だから、認識したということか。
だから、あんな空気になったんだ……。
私達にとっては、盛大な訓練になっている。
お兄さまは本気で戦えるが、私たちは知らず知らずに手加減を強要されていた。
魔法のような発動後に操作が効かないものは、最初から当たらないようにするんだ……。
ダプネが挟撃にこだわったのは、こういうことか……。
だったら教えてくれてもいいじゃない……。
文句を言うのは筋違いかもしれない。
でも、でも……。
帰ったら……。
あのほっぺたを思いっきり広げてやろう!
自らの解答は、否定されましたが、その行為自体が必要なことだということを、この時のユノは知りようがありませんでした。




