兄と妹(ジュアン王国)
ユリウスが突如上空からあらわれました。
「お兄さま!?」
魔術師でもないお兄さまが、空を飛んでくるとは思わなかった。
そもそもこの場所を選んだのも、騎馬で走ってくるときに準備が出来るから。
見晴らしのいいこの場所は、お兄さまの登場を心の準備をしながら待つ事が出来る。
はずだったのに……。
しかし今、私達は完全に奇襲を受けた状態。
お兄さまにその気があったら、私たちは死んでいただろう。
そして、私はまだ動揺を抑えきれていない……。
「空を飛ぶなど造作もない。この靴があればな。お前達魔術師だけが、特別だと思うのが間違いだ」
ゆっくりと、お兄さまは神殿の前に降り立った。
太陽を背にした形。
さすがはお兄さまというべきね。
完全にお兄さまが有利な状況に変わっている。
「ちっ」
アポロンが戦う意志を見せていた。
今にも駆け出していきそうな気配。
頼もしくもあり、心配でもある。
「あわてるな、少年。そのつもりなら、今頃お前はその辺に転がっている」
お兄さまは目でアポロンを制していた。
「くそ!」
アポロンは開き直り、私の前に歩いてきた。
たいして大きくもない背中を私に向けて、お兄さまと向き合っている。
でも、頼もしくはある。
「フム、騎士気取りもいいが、私はそこの妹と話がある。邪魔はしないでもらいたいな」
お兄さまは不快感を隠そうとはしなかった。
「アポロン。いいから」
アポロンの肩をつかんで、一歩前に進みだす。
横に並んだアポロンが何か言いたそうにしてたけど、私もお兄さまと話がある。
「お兄さま。来ていただいてありがとうございます。大したおもてなしもできず申し訳ございません」
優雅なあいさつに、魔法による先制攻撃ができなかった皮肉を込めた。
「挨拶が言葉になるようにしただけだ。かわいい妹のおふざけは、正直勘弁してほしいからね」
お兄さまは首飾りの件を言っているのでしょうね……。
「私もそのおかげで、ずいぶん嫌なものを見せていただきましたわ」
皮肉には皮肉よね。
お兄さまの顔色はどうなるかしら。
「まったくだよ、あの首飾り、ブスタには文句を言っておこう。まさか、あんなことになるとはね。聞くところによると、あれは魔術師の子供を教育するために作られたそうだ。教育途中で出られたら困るじゃないか。君もそう思うだろ?」
顔色も変えず、お兄さまはアポロンに同意を求めている。
それにしても、安い挑発……。
「ふざけるな! 人ひとりの気持ちをなんだと思ってる!」
思った通り、アポロンは過激に反応していた。
「やれやれ、こんな粗野な男をそばに置くなんて、ユノ。君のセンスを疑うよ」
心底呆れ果てた様子を見せるお兄さま。
でも、そんなことをお兄さまに言われる筋合いはない。
「あら、お兄さまほどではなくてよ?」
正直、お兄さまが何を考えているのかはわからない。
でも、こうして言葉を交えているのには、何らかの意図がある。
もし、話す気がないのであれば、最初から攻撃していればいい。
でも、そうはしなかった。
それは、私と話すことに意味があるから。
そう考えてもいいの?
お兄様……。
「ふふ、言うようになった。さて、ユノ。私の用件と、そちらの用件、たがいに平行線と見たが、どうだ?」
お兄さまの姿から、禍々しい気配がただよってくる。
もし、そうだとしても目の前のお兄様をどうにかしないといけないのね……。
「そうですね……。ただ、一つだけ教えていただけますか?」
少し時間を稼ごう。
そして、その質問にどう答えるのかも知りたい。
「よかろう。妹の最後の頼みくらい、この兄が聞かなくてどうする」
お兄さまは笑顔だった。
笑顔で私を殺せるんだ……。
崩れそうになる心を奮い立たせる。
「私のお兄さまは、今どこにいますか?」
その質問に賭けていた。
あっけにとられた表情。
そして、大笑いするお兄さま。
「何を聞くのかと思えば、全く面白い。その意味、この魔剣を知っているということだな。いいだろう。答えておいてやる」
ひとしきり笑った後、お兄さまは剣を抜き放っていた。
「お前の兄は、この私だよ。ユノ。いや、もうジュノンと呼ぶよ」
優しい笑顔をみせて、剣先を地面におろしている。
その笑顔、以前のお兄さまのよう……。
そして、ジュノンという呼び名。
二人だけの秘密の呼び名。
お兄さまの前ではジュノンという妹になります。
そう言ったのは、初めてお兄さまと私の関係を知った時。
王女でない私。
お兄さまの妹としての私。
それがジュノン。
お兄様が、そう呼んでくれている。
気が付くと、一筋の涙が頬を伝っていた。
「ユノ女王は、今王城にいらっしゃるのでね」
一瞬にして、時が止まっていた。
そして、その意味を悟った瞬間、私の想いは粉々に打ち砕かれていた。
剣先を再び私に向けて、笑っていた。
もう、替え玉を用意している……。
私の外側についている存在価値をも否定されていた。
だから、ジュノン……。
王女でも、女王でもない、ただの妹。
そんな妹を、お兄さまは殺せるんだ……。
バカだ。
大バカだ。
ほんの一瞬でも、この人に期待してしまった。
涙が地面に吸い込まれるように、私の心も吸い込まれていく。
「ばかやろうが!」
その声に、思わずその姿を追っていた。
アポロンが驚くべき速さで殴り掛かっている。
しかし、お兄さまはその攻撃を余裕でかわすと、無防備になっている背中に一撃を入れていた。
「危ない!」
思わず叫んだ時、お兄さまとアポロンの間には巨大な盾が出現していた。
「面妖な」
お兄さまは後ろに下がって、剣についたものを振り払っている。
「話の途中で殴り掛かってくるようなしつけのなってない犬は、しっかりとつないでおけ」
私に剣を向けたお兄さま。
一瞬笑顔が見えたような気がしたけど、私の視界は何かでおおわれていた。
「あぶねえ」
ヒアキントスの声で、私は状況を理解した。
「お兄さまこそ、お話の途中ですわ!」
精一杯の強がりだとわかる。
震える声を、抑えることはできなかった。
「おお、そうだったね。忘れてたよ。ジュノン。でも、質問には答えたつもりだったんだが、お気に召さなかったようだね? でも事実だよ。君が考えているようなことはない。この私が剣に支配されることはないよ」
盾でお兄さまは見えない。
でも、お兄さまの声は、あきれているのだとわかる声だった。
「そうですか……。残念です!」
私のお兄さまは、もういない。
今は倒すべき相手として、そこにいる。
「アポロン。倒すわよ」
私は決心した。
もう迷わない。
「俺もいい加減頭にきた! 本気を出すぜ! さっきからいいように避けられているし、いいかげん攻撃をあてにいかないとな!」
なんだか、アポロンの言葉に違和感がある。
それがなぜだかわからなかったけど、それどころではなくなっていた。
「まあ、それは私のセリフなんだけどね!」
お兄さまの剣がまた別方向から私に迫っていた。
大盾を構えたヒアキントスが即座に反応したが、お兄さまの攻撃は恐ろしくはやかった。
「あぶないですね! ヒアキントス」
私の目の前に氷の柱がいくつも並んで剣を止めていた。
積層型に配置したその氷の隙間に粘性生物の壁のようなものが挟み込まれている。
再び剣についたそれを振り払うお兄さま。
「さっきから、防御は一人前だな。だが、私が認識した以上、いつまで持つかな?」
アポロンの攻撃をさけつつ、また攻撃を繰り出してきた。
その攻撃はヒアキントスも、ダプネも反応できずにいた。
何かがおかしい。
自分を上位保護結界と粘性生物の壁で守りながら、その攻撃をしのぐ。
通常よりも魔力の消費も、結界の硬度も上がっている。
このブローチのおかげだった。
私の守りが十分だとわかったのか、アポロンに続いて、ヒアキントス、ダプネも攻撃に転じたけど、やはり攻撃が当たらない。
どんどんと私の中で違和感が大きくなっていく。
三人の戦いを見ているうちに、その違和感の正体に気が付いた。
お兄さまは攻撃よりも先によけていた。
ためしに、範囲魔法の火球の魔法を使ってみる。
驚くべきことに、お兄さまはその効果範囲外に発動前から移動していた。
「攻撃予測なの?」
思わず、驚きの声を上げていた。
それは魔剣ソウルプロフィティアの能力だったはずよね。
いくら同じ作者でも、その能力は固有のはずだわ。
でなければ、作者としても作り甲斐がない。
「さすが、ジュノン。いい観察力だ。でも、少し違う」
お兄さまは、感心した様子だったけど、余裕の態度を崩してはいなかった。
ユノ、アポロン、ヒアキントス、ダプネを手玉に取るかのようなユリウス。
ユノはその秘密を解き明かせるのか?




