表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/161

優しい闇(ジュアン王国)

ユノは婚姻の儀式で使った神殿の丘でまっていました。

薄暗い世界の中、再び私はここに立っていた。

一歩一歩、踏みしめて歩く。

星明りはあるけど、足元はよく見えない。


朝日が昇るにはまだ、時間がかかる。

けれど、世界は少しずつその姿を変えていた。


今ある薄暗い世界は、色々なものを隠している。

さっきまでの暗闇の世界は、それすらも分からない。


見えないもの。

見たくないもの。

見る者の意志とは無関係に、それは隠していた。


悪意でも、善意でもない。

暗闇の世界はそこにあるだけ。

暗闇の世界というのは、そういうものをすべて包み込む世界。


それも、まもなく明けようとしていた。


私の目の前には、見えない向こう側がある。

見えないものには、不安が付いてくる。

その不安が何を現すのか、私は知らない。

ただ、言い知れぬ不安は私を押しつぶそうとすることは確かだった。


だから、見ようとする。

不安を取り除くために?


『自ら視界を落としてはいけない』

何かが私にそう告げたようだった。


自らの意志で視界を上げていく、するとそこには瞬く星々があった。


自ら輝ける星もあれば、光を受けている星もあるという。

その違いは何だろう?

そんなことを考えても、私にはわからない。

分からないけど、不安にはならない。

そして、それを気にしたところで、星々が織りなすこの夜空の光景に、いったいどのような変化があるというのだろう?

私の見え方が、変わるのだろうか?


少なくとも、見るところを違えただけで、私が見えるものは変わっていた。

丘の下には、まだ暗い世界が広がっている。


でも、さっきまでただの暗闇だけと思っていた世界は、星の光がほのかに降り注ぐ優しい暗闇の世界に変わっていた。

そして見えない不安も、さっきとは全く違っていた。


「こうして丘の上に立つと、つい下を見てしまうのね」

思わず声に出していた。


それではいけないんだ。

世界はこんなにも変化に富んでいた。


暗闇の世界には、驚くべき悪意や恐怖といったものが隠されるのかもしれない。

それを明るい世界に出して、安心するという方法は確かに良いことなのかもしれない。


でも……。

もしも、善意でそこに隠されていたら?

それを、あえて明らかににする必要はあるのかしら?


私の疑問に、誰も答えをくれない。

ただ、時間は私を待ってはくれなかった。

さっきよりも、世界は明るくなっている。

暗闇の世界は終わりを見せる。

丘の下は、まだ薄暗い。

それでも何があるのか、だんだんとわかるようになってきた。

どんどん明るくなると、どんどんわかることが増えていく。


それでもわからないことはある。


例えばあの大岩。

あそこに大岩があるのは見えている。

あの裏側がどうなっているのか、ここからではわからない。

わからないことは、不安になる。

不安は排除したくなる。

もし、大岩をどければ、ここからでもその裏側だった場所も見る事が出来る。

それで、安心する。

しかし、大岩をどけたことにより、そこに大穴が広がってしまったら?

それは新たな不安にはならないのだろうか?

大岩の後ろに、何が隠されていても、それを見る必要はあるのかしら?


分からないことを分かるようにすることが、全てなのかしら?

不安をなくすため、安心を得るために、隠された真実を浮き彫りにすることが正しいのか。

何らかの変化が訪れるまで、あるがままを受け入れる方が正しいのか。

それすら今の私には答えられない。


少なくとも、大岩は、今は何もしていない。

将来に何かするわけではないのかもしれない。

その大岩の後ろに隠してあったとしても、それを見る必要はないのかもしれない。


「あーもう、わかんない!」

思わず叫んでしまった。


「何が分からないんだ?」

いつもの調子で近づくアポロン。

まっすぐに私を見つめるその瞳には、不安そうな私が映っている。


ああ、君はそういう私を見ているからか……。


「なんでもない。考え事がまとまらなくてね」

だから、この子は私を守ろうとするんだ……。

この子の中で、私はいつも不安におびえているに違いない。


「そうか。まっ、眠れないのも分かるけど、休んだ方がいい。まだ太陽は昇らないよ」

アポロンは片手をあげて、元いた神殿に戻っていく。

あの婚礼で使われるだけの神殿。

そこには仮眠を取れる場所もあった。

もう一眠りするつもりなんだろう。


「君はすべてを明るみに出したい人だよね」

何故かわからないけど、アポロンの背中に向かってそうつぶやいていた。


アポロンは自分の考えに正直だった。

自分が納得できなければ、それを是正すべく行動することができる。


私はどうなのだろう?


事ここに及んでも、やはり心のどこかで迷いがある。


お兄さまを倒して、その口から何を聞こうというのか……。

私は果たし状に書いてしまった内容を後悔していた。


いまさら、何を語ってほしいのだろう?


実は本心じゃなかったんだ?


そんな言葉をもらったところで、いったいどんな価値があるのだろう?

私の事なのに、私の気持ちが分からない……。


アポロンは私を助けるために、ここにきている。

アイツを殴り倒してまで、ここに駆けつけていた。


そして、今は共に戦う決心をしてくれていた。

うれしいがけど、なにか物足りない。


私の心はこれからのお兄さまとのことで、不安定にゆれている。

その揺れを支えてほしいとは思わない。

いや、思っているのかもしれないけど、それだけではない気がする。


「全く、何を考えているのよ……」

ため息とともに、ますますわからない自分の気持ちに嫌気がする。


たぶん、私は怖いと思っている。

お兄さまと戦う決心はしたものの、戦った後のことを想像できていない。


結局、私はお兄さまのことをどう思っているの?

許せるの?

許せないの?


今は許せない。

けど、これからもそう?

胸を張って、そう言い切れる?

それにしっかりと答えることができなかった。


お兄さまの隠された気持ちを知った時に、私はどう思うの?

それすらもあやふやなのよね……。


見えていた姿がすべてかもしれない。

でも、英雄マルスのことを聞いている私は、気になっていることが一つある。

お兄さまの剣は英雄マルスと同じ人が作っている。


私の中で隠された真実という、一つの仮説が生まれている。

いえ、それは希望なのよね……。

お兄さまが魔剣に操られている、もしくは英雄マルスと同じように、魔剣に乗っ取られている。


そういう希望。

それを支える、そう思いたい私。

まるで人が変わったような印象は、人が変わったと思いたい。

たぶん、私はそう思っている。


あれが、お兄さまからでていたのか、それともお兄さまが封じられているから出ていたのか……。

そこを明らかにして、私は本当に大丈夫なの?

知らずにいた方がいいのではないのかしら?


一度納得させた心の傷に、もしかしたらと言う希望の薬をつけてしまった。

再び、傷つけられた時の痛みに、私は耐えられるの?


同時に、この試練を超えたアイツを本当にすごいと思っていた。

アイツはそのことについて多くは語っていない。

結局一人で行って、一人で帰って来て、一人で落ち込んでいた。


それでも、笑顔でみなと過ごしている。


たぶんアイツはこういうことを見越して、私を封じておきたかったのでしょうね。

すべてを自分一人で背負って、暗闇の中に隠しておく。


そうすることで生じる私の不満や怒りのすべてを、その身で受け止めて背負い続ける。


ああ、そういうことか……。

妙に納得のいく気分だった。



薄暗かった世界も、かなり明るくなってきている。

まもなく日が昇る。

色づき始めた世界が、暗闇を遠くに押しやっていた。

そして見えることが増えていく。


あの大岩の周りには、小さな花が咲き誇っていた。

遠見の魔法で、その花をよく見てみる。

月見花、通称、日陰の花

夜にしか咲かない不思議な花。

強い光の元では十分に咲けない花。


「……。そういうことね」

私にとって不安だったあの大岩も、あの花にとってはかけがえのないものだった。

見方を変えれば、世界も変わる。

お兄様にも、それを教えてあげたかった。



神殿の方から、歩いてくる気配がする。

振り返ってみると、やはりアポロンが片手をあげて近づいてきた。

太陽の光を浴びたその姿から、その顔は見えない。

でも、きっと笑顔なんだろう。


「見えなくても、見えるものがある」

「……あと、見なくてもいいものもある……」

最近、自分の予感に驚かされる。

近づいてきたアポロンは、予想通りのカールスマイルだった。


「あなたたち、カールに文句言われても知らないからね」

笑顔でそう告げておく。

たしかカールは、それは自分のだと言い張っていた気がする。

どうでもいいことだけど……。


「あれ? なんか、ふっきれた?」

アポロンは私の顔を見るなり、そう言ってきた。


「わたしも、大人になったと思うわ」

試しに、わたしもカールスマイルをやってみた。


「……」

「……」

しばしの沈黙。


ごめんね、カール。

これやっぱりないわ……。


アポロンの顔を見て、私は後悔していた。


「オヤジのこと、整理ついたんだな。よかったよ」

沈黙の後、話題転換のつもりなのか、そのことに触れてきた。


「べつに……」

不機嫌が顔に出てしまう。

そっちのことは考えないようにしてたのに……。


「あれ?」

アポロンの焦った顔は、本当にアイツそっくりだった。

なんだか、ちょっと仕返し出来た気分ね。


「ふふふ」

思わず笑みがこぼれてしまう。

つられて、アポロンも笑顔になる。

いつしか二人で笑いあっていた。



「余裕だな、私もなめられたものだ」

何の前触れもなく、頭の上からその声は聞こえてきた。


戦いの前に、ユノはヘリオスのことを思いました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ