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桃李成蹊(イエール共和国)

ラモスさんの店に、四人の店主がやってきました。

「これは、これはみなさん、おそろいでどうしたんです? まあ、こんなとこで、立ち話もなんですから、奥の部屋へどうぞ」

突然やってきたクリュメネ商会さん、クリュティエ商会さん、ロデー商店さん、そしてレウコトエ商店さんを笑顔でもてなし、奥の部屋に案内した。

まあ、突然っていうても、こうなることはわかっとったんやけどな。


紅茶を用意して、全員に配る。


わしが席に着つくのを待っとったんやろ。

クリュメネ商会さんが、わし以外と何やら目で会話してはる。

お互い頷きあったあと、ようやく話し始めてきはった。


「今回はラモスさんに救っていただき、本当にありがとうございました。正直我々は、ラモスさんの話がなければ、議長の勧めもあって、あの話を受けていました。危ういとこでした。おかげで、大損しなくて助かりました」

四人は深々とお辞儀をしてきはった。


「ああ、あのことですか。あれは気にせんといてください。わしもある人の言葉にしたごうただけですから」

案の定、四人はメルツ王国の借款転売について、お礼を言いに来はったようや。


ホンマ、ヘリオスさんの言うとおりに事が進んどる。

たぶんこれからも、聞いているとおりになるんやろうな……。


預言者ヘリオスってとこやろか?

そして、わしはその証人になる。

あ、そうや、すでに商人やった。


わしは今、ヘリオスさんに教えてもろた、『言葉遊び』ちゅうもんに夢中や。

でも、これはまだ他のもんには教えられん。

わしがまず上手に使えんと、立場なくなるからな。

先に知ってるもんはそれだけで、後で知るもんよりも優位なんや。


わしはお礼を受けながら、場違いなことを考えとった。


あぶない、あぶない。

肝心なこと聞き逃すとこやった。


「そこで、我ら四人、何かお礼をせねばと思ったのだ」

堅物のロデー商店さん。

その顔のごとく、意志も固い。


正直、このおっさんだけは苦手や……。

いまどき古い、職人気質が服を着とる。


店は息子が運営しとるらしいが、決定はこのおっさんが、まだやっとる。

今回も息子は受けるつもりやったのを、無理やりこのおっさんが反対した。


まあ、そのつもりで、この話しをこのおっさんにしたのも、わしやけどな……。

おかげでますます息子の方は、このおっさんのいう事聞かなあかんようになった。

堪忍やで、息子はん……。


「お礼は受け取れません。どうしてもっていうなら、一つ協力してもらいましょか。というよりも、これは商売の話でもありますわ」

もうええやろ。

この人らは、これまでの付き合いで大丈夫やと思う。

次の段階に進もう。


もう、ヘリオスさんからは実行の合図はもらっとる。

あの人も、えらいせわしない人になりはったわ……。

今も、どこぞで、なんぞやっとるんやろな……。


まあ、そこはわしが知らんでもええことやった。


「近々、ジュアン王国にぎょうさんの物資運搬の注文がくると思います。注文主はジュアン王国ですわ。搬入先は港湾都市エトワールやとおもいます。これは議長が裏で糸を引いている件ですわ」

わしはまず、今回流される正規の依頼について説明しておいた。


「この依頼を受けてもらいたいんですわ。でも、行き先はエトワールではなく、クレの方に荷揚げしてほしいんですわ。それも、内緒で。理由は船の故障でもなんでもええんで、適当にお願いします。大事なんは、エトワールに入れた場合、その金は回収できひんということだけですわ。これは覚えておいてほしいですな。あと、この件は、メルツの時とおんなじやと思っといてください」

ややこしいことない。

ただ、行き先を間違えたらええ。

この四人はそれなりの商店主やから、荷の行方をくらますことくらい、お手の物や。


「それで、その規模はどのくらいなんですか?」

レウコトエ商店さんが身を乗り出していた。


「白金貨で数百枚、ことによると白金棒単位になるかもしれませんなぁ」

わしは少しおどけて見せた。


「そんなに大量なもの、急に揃えろと言われても無理と違いますか?」

クリュティエ商会さんが疑問を投げかけていた。

それもそうや。

これだけの規模、普通の軍隊の遠征どころやない。

街丸ごと養える数や。


「それに関してはあてがありますので、皆さんは運搬をお願いします。ものはわしの方で用意してますんで」

ヘリオスさんからもらった目録をだして広げる。

ようこんだけのもん、そろえはったと感心するわ。

ヘリオスさんの魔法の袋もたいがいやけど、その荷物を用意したこと自体が普通やない。


他人のふんどしで相撲を取るって言ってはったけど、相撲とか、ふんどしとか、なんやわからん。

けどまあ、考えたらおかしいもんや。


自分とこの食料をほかの街に輸送しようとして、奪われて、その奪われたもんつかわれてしまう。

ほんで、その街に輸送しようと依頼したものの、またそれを奪われる。


結局、王都ユバ、ひいてはジュアン王家が大損しとるだけや。

まあ、議長にとっては自分の気に喰わん者たちを蹴落としてるつもりやろうけど、こっちは誰もいたくないっちゅう話や。

輸送は全部デルバー学長がしてはったし……。

でも、あの爺さんが何となくかわいそうになってきたわ……。

師匠使いが荒いって、ぼやいとったけど、あの爺さんはあれはあれで楽しそうやったわな。


「でも、ジュアン王家は大丈夫なのか?」

クリュメネ商会さんは確認していた。

もうこの手の話は信用できんって感じやった。

それもそうやろな。


「まあ、一回は転覆しますわな、普通」

普通に話したから、たぶん最初は分からんかったんちゃうやろか?

やや遅れて、驚いた顔なっとった。

それから、呆然とした顔になる。


わしも、正直あっち側の人間や。


後か、先かの問題やな。

わしもあんな顔してたと思うと、我ながらおもろかった。


「今の女王、ユノ女王と摂政ユリウスが結婚するわな。その時点では、まだジュアン王国や。けど、摂政ユリウスが王になった時点で、ジュアン王国は一回なかったことにしよる。全く違う王家になるからな。なんやったらユノ女王殺しはるで、ジュアン王国の借款もぎょうさんあるからな」

わしは予言しとるみたいやった。


ヘリオスさんから教えられたこと言っとるだけやけどな。

この人ら、わしを驚きの目で見とった。


そんな目で見るんやな。

わしは、そこにわしを見た。


「ラモスさん。あんた、すごいひとですな。確かにそうなる可能性は十分ある。そうなったら、いまその分渡してしまったら、大損ですな。でも、それやったらこの話受けなかったらいいのではないのですか?」

クリュティエ商会さんがもっともなことを言ってきた。



「そしたら、誰かが泣きを見るやろ。この話は議長が出してきよる。そうなると、誰かが受けなあかんやろ。わしはメルツ王国の時みたいに、路頭に迷う人らを出したくないんや」

そこはわしの正直な気持ちや。


実際メルツ王国がなくなったことで、倒産した店は二十を超えとった。

その家族、従業員といった人らが、いま行き場をなくしとる。

中にはホンマに行き場無くして死にはる人らも出てきてた。

可能な限り、デルバータウンに紹介したけど、それもほんの一握りや。


「わしは商売人として、笑顔を届けるのも必要やと思っとる。売り手と買い手、そして世間がみんな笑顔やったら、わしの商売はぼろもうけやとおもってます」

それは自信をもってそう言える。


最初は、受け売りやけど……。

でも、今ではホンマにそう思っとる。




「わかった! わしはあんたを信用しよう」

ロデー商店さんは、膝を叩いとった。


「私たちはラモスさんに救われた口です、だから今度は私たちが、誰かを救う手伝いをすればいいのですね」

クリュメネ商会さんはうまいこと言うてきた。

クリュティエ商会さんも、レウコトエ商店さんも頷いとる。


ホンマあの人には驚かされるわ……。

筋書き通りに事が運んどる。


そう言えば、もっと人が集まる可能性があるからとか言ってはったけど、そのたびにまた演技せなあかんのかいな……。


正直、それにはうんざりする。

演技は疲れるんやで、ヘリオスさん……。

最後にえらい謝ってはったけど、そんなに謝られても、困るだけや。


そう言えば、わしにはこれからも迷惑かけるって言ってはったな……。


まあ、迷惑なんて、これっぽっちも思ってないからええんやけどな。

ただ、演技だけは勘弁してほしかった。



「じゃあ、具体的には……。これ、みてくれますか」

これ以上のことは、演技するのは難しい。


なにせ、こっからは細かいことが色々あって、覚えきれん。

なんや、借款を開拓権と採掘権に置き換えるとか、採掘場所の細かい位置やとか、ほんまに細かいことまで、書いてあった。


見せれるもんは、見せた方が早い……。


……店も見せ……、と言うんやからな……。

おお!?

これは、ええんとちゃうやろか?


「…………」

言うてみたいけど、今は我慢や。


まあ、それがわしの結論。

ここまで話しについてきてたら、見せても問題はないと考えとる。

実際に、ヘリオスさんもそう考えとると思うくらい、丁寧に書いてある。


ほんま、ヘリオスさんに用意してもらってよかったわ。

心底ありがたかった。


話し終わった後、皆納得の表情やった。

これやったら何の心配もない。

ただ、レウコトエ商店さんが気になることを言ってきはった。


「ラモスさん、聞いてますか? どうも議長の周りで、きな臭い話が噂されてます。護衛の数も増やすとか? これってやっぱりあれですかね」


「そうですな……」

わしはあいまいな返事をしといた。


それはよく知っとる。

議長はどうやら狙われとるみたいや。


犯人と思われるのは、アレク・レドモンドとアクダク・ミンの二人。

かつての大物も、今は没落して、議長にえらい恨みもっとった。


「議長と言えば、あの噂。あれもほんとですかな? ラモスさんの店からよく出てくるという少女いや、少年」

クリュティエ商会さんは、その噂に興味をもっとるようやな……。

でも、『ようやく来た!』って感じやで、その話題。

ホンマ、こうへんのかと思ってヒヤヒヤしとったわ。


「ええ、ここだけの話。議長には困っとるんです」

ここは正念場や。

わしの渾身の演技や!


「そうなんですか。やっぱりあの噂、本当だったんですね……」

クリュメネ商会さんは大きく頷いていた。


「ええ、まあここだけの話ですよ。議長もええ年やし、もう少し考えてくれたらいいんですけどね……。まあ、こんなのもあるんですわ」

ヘリオスさんの後ろ姿。

その肩に手を回す議長のやらしい笑顔を記録した魔道具。

これには、色々入れてある。


「これ、わしの店先で撮ったもんですわ。こんな調子でこの子を連れ出すんですわ。この子、知り合いの子やけど、気の毒で、気の毒で……。さすがのわしもよう断れんし……」

心底困った顔は、最近忘れてしもた気がする。

最近は笑顔ばっかりや。

でも、何とか若いころを思い出しながら演技せなあかん……。

ホンマ、かなわんわ……。


「こっこれ、問題とちがいますか? この子、どう見てもまだ成人してませんよね?」

クリュメネ商会さんは驚いとった。


「けしからん!」

いきなりロデー商店さんが、怒りの大声をあげとった。


「ラモスさん。あんたこれだけのこと知っておきながら、何もせんのは感心せんな!」

ロデー商店さんの矛先はわしに向いとった。

そら、見当違いやけど、ここは困ったふりや。


「いや、勘弁してください。わしもどうしていいかわからんのです」

もしかして、わし……。

演技うもなっとるんやないやろか?

ここまで食いついてくれるとは、正直演劇で賞とれるかもしれんな。


「わしの知り合いに、この国の不正を暴くと息巻いている奴がおる。そいつにこれを渡してもいいか?」

有無を言わさぬ勢いってのは、このことを言うのやろな……。


「ええ、まあいいですけど。たいがいなことは、もみ消しますよ?」

生半可な覚悟では、議長とは渡り合えん。

あの人は、それこそこの国の裏も表も支配しとる。


ヘリオスさんは大丈夫と言っとったけど、わしは確認せんことには安心できん性質たちやからしょうがない。


「大丈夫。信用してくれ。なんなら、わしの店かけてもいい」

とんでもないこと言いよるおっさんやった。


「いえ、そこまで言いはるなら、信用します。お願いします。この国が、この国の指導者が、まさか……。こんな事態は一刻も早く是正したいですから。この子のためにも……」

そこは、わしの正直な感想でもある。

わしも一刻も早く、この演技から解放されたいわ……。



***



数日後、わしの店には、えらいぎょうさんの人が訪ねてきてた。


「ラモスさん。私たちはあなたの心意気に打たれました!」

「私たちを救ってくれてありがとう!」

「わしは世の中をうらんどった。けど、まだ捨てたもんじゃないとわかったよ!」

口々になにかをいっとるけど、たくさんおりすぎて、ちゃんと聞き取れん。

まあ、少なくとも、わしの悪口じゃなさそうやな……。


「みなさん、ラモスさんの支援者ですよ。あなたの気持ちを話したら、こんなに人が賛同してくれました。ただ、肝心なとこは伏せています。なんというか、この話私たちだけでするよりも、大勢の人と分かち合った方がいいと思いまして。勝手なことしてすみませんね」

謝っとるのに、クリュメネ商会さんはわしに笑顔を向けとった。


なにこれ、あかんて……。

その目はあかん。


わしもそっち側の人間なんや。

ヘリオスさんの謝罪はこの事かいな……。


「あかんて……」

わしのつぶやきは、こんだけぎょうさん人がおっても、誰ひとりとして聞いてくれへんかった。


端役のつもりだったのでしょうが、実はイエール劇場の主役だったんですよラモスさん。

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