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夢の世界の中で僕は  作者: あきのななぐさ
夢の世界へ
12/161

闇精霊のミヤ

ミヤという名の闇精霊との出会いの話です

「ん。この気配は……」

森の中で、女はなにかを感じていた。

一心にそれを見極めるように、その方向を見つめている。


森の奥から歩いてきた姿は旅人のようであるが、この森は人外の領域だ。

通常、奥からの旅人は来ないし、行くこともない。


また、緑の帽子をかぶって、軽快に歩くその姿は、旅人に似つかわしいものではなかった。

どこか気楽に散策をしているような風貌だった。


なによりも、人と異なる点がある。


その両耳は異様に長く、その容貌は極めて美しかった。

女はエルフと呼ばれる種族だ。


ここアウグスト王国では、大都市以外では、めったにその姿を見ることはなかった。

ただ、この森の奥にエルフの集落があるという言い伝えはある。

しかし、誰もそこに行ったことはなかった。




エルフは先ほどの気配をたよりに進んでいく。

そこは開けた場所であった。

その中央には泉があり、雑然としながらもある程度整えられていた。


「かつての美しさは、取り戻せないか……」

そっとため息をつきながら、泉のほとりにいる人物を見つめる。

そして、その周囲にいる複数の存在も。


エルフは優しく微笑むと、そこに向かって歩き始めた。




***




遠くから、やってくるその存在感。

時折、その存在感を消したりしている。


これはあれだ、試している。

さっきからこの子たちも落ち着かない。

ひしひしと、その緊張が伝わってきた。


もうすぐだ。

完全に気配を消しても、その存在感は消せないだろう。

森がひどくざわめいていた。


どうする……。

とりあえず、近くに来るまではこのままでいよう。

俺はそう思っていた。





「やあ、ヘリオス。元気だったかい?」

親しみを感じさせる、美しい声だった。


「お久しぶりです。ヘルツマイヤー師匠。僕はこの通り元気です。師匠も相変わらずですね」

相変わらず、意地悪だ。

しかし、そこは言わないでおこう。

言わぬが花と言うし……。


「気が付いていたかい?」

その顔は、いたずらを隠した少年のようだった。


「完全に気配はたっていましたものね……。普通ならわかりません」

右手で後頭部をさすりながら、そう告げる。


気付いていると言ったら、今度はもっと手の込んだやり方をするに決まっていた。

この師匠は、俺をそうして鍛えてきた。

だから、俺も学んでいる。

こういう時の対応方法……。


「ただ、シルフィードがうろたえていたので、わかりました」

自分が思っていた以上の点数がついた時のように、笑顔でそう答える。

実力と偶然を合わせて答えるのがベストだ。


「ほう……」

師匠の視線は俺の後ろに注がれた。


「シルフィード。怒らないから人化して、そのかわいい顔を見せておくれ」

師匠の言葉は、強烈な強制力を持っていた。


俺の後ろで風が渦巻き、そこに少女が現れた。

なぜかすでに正座をしている。


「おこらないっていいましたよ?」

師匠の声は、やや呆れたような感じだった。


どうして(・・・・)。うろたえたのかな?ねえ、シルフィード?」

笑顔でシルフィードに詰め寄っている。



それがこわいんだって……


ごめん、シルフィード……。

心の中で、両手を合わせる。


「ん?何か言ってごらん?シルフィード?」

なおも、詰め寄る師匠に、さすがに気の毒になってきた。


「いえ、決して怖いからではなくて……。あの……。あっ!」

しどろもどろになりながらも、何か思いついたように、顔を輝かせていた。


「あの!ヘル様が歩いてこられるときに、森の精霊たちが遠巻きに避けるようにしていたので、どうしよーかなーと思ってました!」


一瞬世界が凍り付いていた。


とんでもないことを言う。

俺は目をつぶって天を仰いだ。

元はと言えば、俺が悪いのだが……。


「ほほう、私を遠巻きにね……。それはどうゆうことか聞きたいものだな……」

師匠はゆっくりと周囲を見回していた。

師匠の視線の先、そのいたるところから、身をすくめる気配がする。

師匠の視線は、俺のすぐ後ろで止まっていた。


「ふむ。代表してベリンダに聞いてみよう。なぜヘリオスに隠れているんだい?人化してこっちにこないか?それと、ミミル。隠れても無駄だからね。ヘリオスの髪から出てきなさい」

シルフィードにつづき、ベリンダも人化していた。

俺の髪に隠れていたミミルも、ゆっくりと這い出してきた。

そして、3人仲良く、師匠の前で正座している。


ベリンダがシルフィードを横目で睨んでいる。

小さく何かを告げているのは、おそらく文句だろう。

シルフィードが舌を出して謝っていた。


ミミルはその小さな姿をさらに小さくしている。

いつもの快活な彼女はなりを潜め、借りてきた猫のように、その場でうつむいている。

今のところミミルは何も言われていない。

このままやり過ごすために、目立たないようにしているのだろう。


「さあ、ベリンダ。教えてくれないか?」

笑顔でそういう師匠の顔は、ベリンダの目と鼻の先にあった。


目を白黒させて動揺しているさまは、いつものベリンダらしからぬ姿だった。

こんな時だが、こんな彼女もかわいいものだと思ってしまった。


「師匠。それで、ここにはどういったご用件で?」

さすがにこれ以上はかわいそうだ。

もともとは、俺のせいだし、そろそろ助け舟を出すことにした。


「ああ、近くまで来たのは、別の用事だったさ。けど、お前の気配がしたからね。

久しぶりじゃないかい?お前がこっちにいるのは。だからさ」

そういって師匠は俺の頭をなでていた。


「そうですね。なかなか思うようにいないもので……」

俺の夢だが夢でない。

そう思うようになってから、俺はこの世界が大切なものになっている。

しかし、思うようにはいかない。


夢だと思っていた時の方が、頻繁に来ることができたような気がしていた。


この世界は夢ではない。

夢を見ているときに見ているが、この世界は現実だ。

そう思うと、なかなか来ることができなかった。


それが現実というものなのかもしれない。

改めて、俺はそう思っていた。


しかし、たまに来ることはできていた。

その時は、ヘリオスのために、できることをしておこうと思っていた。


いや、違うな……。

ただ、見ているときに、俺自身が後悔しないためだ。


具体的に、何をどうするという方針はなかった。

俺は俺の状況を、精一杯活用しようと考えていた。


「まあ、お前が来れなくても、ヘリオスはしっかりやっているさ。この子たちも守っているしね」

俺の心を見抜いたのか、師匠はそう話していた。


「でも、ヘリオスは知らないですし……」

精霊のことをヘリオスは知らない。


精霊たちをヘリオスは見ることができない。

そこにいるのに、知らないのは、悲しいことだった。

シルフィードも、ベリンダも、ミミルもヘリオスを陰ながら見守ってくれている。

そんな彼女たちがいることを、知らない。

知らなければ、感謝もできない。

それは、ヘリオスにとって不幸としか言いようがなかった。



「それはしかたがないさ、精霊との会話を教えたのは、おまえだからね。これはヘリオスの方でも知ってほしいけど、直接手ほどきしないとダメなんだ。いくら才能があっても人には限界がある。ただ、ヘリオスにそれができるかどうかは、疑問ではあるのだが……」

そう言う師匠は、お手上げといった感じだった。


「そういうものですか……」

残念な気持ちは、ため息となっていた。



精霊との会話が人にできるのであれば、世界はもっと穏やかに、平和になるだろう。

人は自分の知り得ることから外れるものを、極端に疑り深くなる。

自然の恵みに感謝しつつも、それを自分のものにしようとして、無軌道な行為を繰り返す。


けれど、そこに精霊の存在があればどうだろう。

例えば、目の前の木を切ろうとする。

その時に、精霊がやめてほしいと必死に頼む姿を見れば、考え直すかもしれない。

命令でやむなくそうするときでも、その人の心は何も感じないわけじゃない。

すぐに変化は出なくても、そういう心の変化は、他人に伝えることができる。

たとえ小さな変化だとしても、それが集まれば、大きな変化を呼ぶかもしれない。


そして、どうしても必要な場合、話し合いで解決することを選ぶかもしれない。

理解できない存在を、自分たちの領域にはいないと思うのが人間だ。

理解できるのであれば、そこに対話が生まれるのも人間だ。


対話の結果、敵対するかもしれないが、それでも何も知らないよりはましだと思う。

対話の結果の敵対であるのなら、対話を模索することもできるからだ。


人は分かり合えないという事すら、何とかしたいと思うのだ。

人の欲望には限りがないことを俺はしっている。



「ところで、そのお前が、ここで何をしているんだ?」

師匠はそのことが気になったようだ。


ここはかつて精霊女王がいた場所だ。

そして、ヘリオスが大事にしていたところだと聞いている。

俺もなぜか大事に思っている。

また、俺が精霊との会話をおぼえたのも、この場所だった。


「それが、僕にもわからないんですよ」

俺は正直に話すことにした。

話せるだけの理由はない。

うまく話せない理由ならあったのだが、それは説明しにくかった。


「はぁ?お前がわからないのに、お前はここにいるのか?」

師匠は心底あきれ果てた表情を浮かべていた。


次の瞬間、鋭い目つきになっていた。

「それはお前が分かっていないだけで、ヘリオスはわかっているのか?」

師匠の懸念は納得できた。


それは前提条件が覆ることだった。

俺はヘリオスと記憶の共有をしている。ただし、それは俺だけの話だ。

ヘリオスは、俺がヘリオスでいる時の記憶はない。

だから、俺には精霊魔法が使えるが、ヘリオスには使うことができない。

俺は、ヘリオスの心の内側はのぞけないが、それ以外は気持ちすら知ることができていた。


「いえ、そうではなく。僕はミミルに連れてこられただけなので……」

さっきまでそこで正座していたミミルは、いつのまにか、俺の肩のところにいた。

そしてそのまま、項の方に移動する。


「朝からミミルが騒いでいたので……」

ミミルは俺の髪に隠れるようにして、顔だけをヘルマイヤーに向けていた。


「ミミル的にも、わかんないの!」

半分涙目になりながら、ミミルはそう答えた。


「はあ?」

あきれた声を出したのは、ベリンダだった。


「ちょっとミミル?あなた、朝からあれだけ騒いでいたのに、その理由を言わなかったのってそういうことなの?」

ベリンダは正座をやめて、ミミルの鼻先まで顔を近づけてそう凄んでいた。


「だって、だって……。言ったら聞いてくれないじゃん」

俺の後ろ髪をかき分けて、反対側から顔を出したミミル。

ちょうど距離ができたことにより、涙目でベリンダに反論していた。


「まあ、ミミルも悪気があったわけじゃないしね。それに、こうして師匠にも会えたし。いいじゃない?ベリンダも許してあげてね」


訳を言ったら聞いてもらえない。

ミミルのその言葉は、俺の心にひどく突き刺さった。


ベリンダの頭をなでながら、俺は自分を振り返る。

こうして触れ合うことはできていても、心を通わすことを怠ったのか?


「まったく、ミミルには甘いんだから……」

そういうベリンダは、まんざらでもない表情をうかべてそっぽを向いた。


「わたしもー!」

そう言って俺の腰にしがみつき、同じことをせがむシルフィードは笑顔だった。


「えへへー」

シルフィードは満ち足りた表情に、俺は救われた気がしていた。


今はまだ、そうかもしれない。

でも、こうして俺を受け入れてくれているんだ。

これから築き上げればいい。


「ははっ。お前も大変そうだな……」

師匠は楽しそうに笑っていた。

その意味は何を指すのかわからない。

でも、少なくとも心配していない事だけはわかった。


「ところでミミル。お前が感じた感覚を教えてくれないか?」

表情がうって変わり、師匠は真剣な顔をしてミミルに尋ねていた。


師匠は目的があって、このあたりにきている。

目的を言わなかったということは、漠然とした感じのようなものだと思われる。

精霊魔法を使うものに、たまに起きる感覚だろう。

俺はそう認識している。


ミミルに言われたわけではないが、俺も何かを感じていた。

ただ、それがミミルの言うものかどうかはわからない。


しかし、少なくともミミルは精霊女王の分身体だ。

しかもその記憶の保持を命じられていることから、それなりの直感は働くと考える。


俺が感じたものと、師匠が感じたものと、ミミルが感じたものが同じである可能性はあった。


「んーとね。こうゾクゾクって感じ?でも、嫌な感じじゃないよ?ただ、なんかほっとくこと考えるとゾワゾワってきたんだ」

ミミルはその小さな体を精いっぱい表現していた。

表情が真剣そのものだった。


ただ、残念ながら、表現方法が抽象的過ぎた。


「「……」」

案の定、ベリンダとシルフィードはそれぞれ違った反応だった。

共通するのは、良くわからないということだった。

ベリンダはあきれ顔で、シルフィードは楽しそうだった。


「それで、お前も同じ感じか?」

師匠は俺の表情を見逃さなかった。



***



この子はほんとに勘が鋭いわ……。それは精霊使いに必須な力だけど……

わたしはヘリオスに精霊魔法の手ほどきを与えた。

しかしそれはきっかけを与えたに過ぎない。


ここに来た時に、あの子たちは人化していなかった。

それはそのままでも、ヘリオスがあの子たちと会話が可能だったことを証明している。


最初に会った時からまだ2年しかたっていないが、精霊の存在を認識してからの成長は、わたしにとって驚きだった。


これだから人間はおもしろい……。いや、この子はその中でも特別だ。


こういう考えは、エルフの社会では受け入れられない。

基本的にエルフは排他的な種族だ。


そしてその考えは、この土地がエルフの土地であったことにも起因している。

人間たちは覚えていないが、エルフ族の中には、その時代に生きていたものがいるのだ。

人間にこの土地を奪われたと思う長老もいる。


それだけではない。

森や自然の恵をあらす人間を、下等生物として見下している。

中には妖魔と同等とみている長老さえいるのだ。


そんな中で私は異端だった。

長命なエルフの中で考えると、私は比較的若い存在だ。

そういう立場だからかもしれない。

そして多くの旅をしたからこそ、知りえたことがある。


変化するというのは、進化の可能性なのだ。

エルフは、種族として一つの完成形と言えるのかもしれない。

それは、永遠という時を生きていることが証明している。

だから、変化することを極度に嫌う傾向にある。完成したものに変化はいらない。


しかし、一方では若木が大樹に成長する様を喜んでいる。

どこかで成長に、変化にあこがれを持っていると私は見ている。


人間はそういう意味でエルフとは対極に位置している。

種族として不完全。

しかし、絶えず成長し続ける。

悲しいことに、悪い面にも向かうのだが……。


しかし、悠久の時が二つの種族をどのようにするか?

成長しないエルフと成長し続ける人間。


見ていて飽きないのは、人間だ。

だから、私は人間を見ている。


ひょっとすると、過去に出会った人物に影響を受けているのかもしれない。

私は、エルフだが、変化したと考えている。


進化を捨てたエルフが、再び進化することを考えたらどうなるのか?

そう考えるだけで、心躍る自分がいた。



目の前の少年を見る。

閉鎖的なエルフに、何かをもたらしてくれるかもしれない。

そう思わせてくれる何かが、そこにあった。


この子を見続けよう。

そう私は誓っていた。



***



「いえ、私もそんな具体的なものではなく、ただ、放置してはいけない気がしたので……。それに、ミミルが意味もなく、騒ぐ子ではないですしね」

ミミルは普段、ハムスターに擬態している。

表向きは、ヘリオスのペットだ。


それが朝から騒いでいたというのは、はたからすると少し滑稽に思えるかもしれない。

しかし、俺が見ているのはミミルの存在だから、それは納得することができた。


俺が申し訳なさそうに答えていると、こちらに向かってくる人の気配がした。


俺以外の4人はそれぞれ異なった反応していた。

師匠は姿隠しをつかっていた。

シルフィードとベリンダは人化を解除していた。

そしてミミルは俺のハムスターになって俺の髪に隠れていた。

どうしようか迷ったが、俺も師匠をまねることにした。



***


「しかし、苦労しましたね。兄貴」

小柄な男が大柄な男に対して同意を求めていた。

その顔は、大変だったといわんばかりだ。


「たしかにそうだ。ただ、おまえはなんにもしてないがな」

大柄な男はつまらなそうにそう答えた。

そして長身の痩せた男に向かってねぎらいの言葉をかける。


「シンさん。あんたには世話になったな。あんたがいなかったら、俺たちはやられてたさ」

本当にそう思っているわけではないだろう。

大柄な男の態度はそれほど感謝しているようには見えなかった。


「問題ない。お前たちの主人との契約だ。それよりも少し休憩しよう」

シンと呼ばれたその男は、そう言って会話を打ち切った。

用事がそれだけなら話しかけるな。

そういう態度だった。


「まあ、あとしばらくたのんます」

大柄な男は少し顔をひきつらせていた。


自分を毛ほどにも感じていないその態度。

それに腹立てるわけにはいかない。

そういう態度だった。


「痛い!兄貴、何するんですか!」

やり場のない怒りは、小柄な男に向けられたようだった。

鼻を鳴らした大柄な男は、もう一度小柄な男を殴っていた。


3人のほかに、あと4人。

その人たちが荷物を守って歩いていた。


前の3人はある程度の実力はあるのだろう、しかし後ろの4人は単なる荷物持ちに見えた。


戦士、盗賊、魔術師か。


俺は心の中で彼らの力を図っていた。


どうするか……。

単なる旅人には見えない。

しかし、集団がどういう関係なのかもわからない。

目的と行動を見るしかなかった。


俺はそう思い、意識を男たちの後ろに向ける。

何やら積んだ荷車に、得体のしれない胸騒ぎを覚えた。


あれは……。古代王国期の封印の壺?


古代王国時代にかなりの数製造された封印の壺は、その洗練された芸術性から多くの市場に出回っている。


しかも、その能力は衰えておらず下位精霊をしっかりと封印してしまうほどだ。


そしてなかには上位精霊さえも封印可能なものが存在するらしい。

しかし、今目の前にあるのはそんなものではなく、一般的に流通しているものだ。


それでも下位精霊は封印できてしまう。


「ヘリオス君。封印の壺だよ!精霊が閉じ込められてる!どうするの?」

シルフィードから思念が流れてきた。


口調からかなり怒っているようだ。

シルフィードは風の精霊だけに、束縛をきらう。

自分自身が束縛することには問題ないようで、ちょっとだけ困った性格をしていた。

しかし、封印の壺は徹頭徹尾憎んでいる。


「シルフィード、自重してね。中に何が囚われているのか、事情も知りたいし……」

俺はそう言ってシルフィードをなだめる。

今暴発されるとやっかいなことになる。

普段聞き分けがいい分、怒ると厄介だった。


どちらにせよ、放置はできない。

精霊が理由もなく囚われるのを、俺は見過ごせなかった。


幸い今の姿は子供だ。

俺はこの姿を最大限に利用して情報を集めることにした。


男たちはこの泉で小休止を決めていた。

それぞれ分かれて、くつろいでいる。

魔術師は一人離れて座って、何やら書き記していた。

従者らしき4人は薪を拾ってきて焚火を作り、湯を沸かしていた。


俺はシルフィードに思念をおくる。


「シルフィード、あの魔術師の後ろにいて。彼が何かしようとしたら、空気の振動を止めて。たぶん子供だから、詠唱してくるとおもう。そのあと攻撃してきたり、逃げようとしたら束縛で」

一瞬シルフィードから、残虐なイメージがやってきたが、気にしないことにした。


シルフィードが移動したのを見守ってから、俺は行動を開始した。

町側の方に移動した後、姿隠しを解除する。

驚いたことに、師匠もそこにいた。


「ヘリオス。十分気を付けるのだよ?私はもう一度姿隠しをつかっておくから。それと、間違えないと思うけど、万が一無効化するときに私まで巻き込まないでおくれ……」

そう言って師匠は、再び姿隠しをつかっていた。


「師匠にはかなわないな……。さて、やるとしますか!」

自分の作戦を、いとも簡単に見破る師匠に敬意を払う。

しかし、それは師匠なのだから仕方がない。

彼らには通用するだろう。

自分にそう言い聞かせた。



「油断すると思考も停滞する」

そうして、ことさら大きく草を揺らして、男たちにゆっくりと近づいて行った。


俺が顔を出すと、男たちはすでに身構えていた。


「ひっ」

ひきつった表情で俺は腰を抜かす。

あたかも、ここに人がいるなんて思いもしない演技を見せる。


「おじさんたち……だれ?」

必死の演技で、自分は無害だとアピールする。

視界の端で魔術師が興味なくしたように座るのが見えた。


「おまえ、ひとりか?」

小柄な男はまだ油断なく周囲を警戒している。

大柄な男は興味深そうに俺を眺めていた。

「ううん、お母さんとだよ。お母さんはあっちの方。ここは英雄様の領地の近くだから安心なんだ」

若干安心したように、そして警戒を少し説いた風に演技する。

俺が指さす方に、師匠がいる気配がした。

もう、脱帽するしかなかった。


「なにしにきたんだ?」

小柄な男はまだ警戒している。

しかし、子ども一人ではないことが分かったのだろう。

その表情は、全く違っていた。

英雄の領地ということは、予想以上の効果を持っていた。



「お嬢ちゃん、なまえは?」

大柄な男は警戒をといて、すわりながら話しかけてきた。


「僕はおとこだよ?おじさん。それと名前はサンっていうんだよ」

俺の言葉に一同かなり驚いたようだ。

いい加減この対応にはうんざりするが、まあ仕方ない。

俺でもそう思う。


「ほー。これはこれでつかえるな……」

小柄な男は下品な笑みを浮かべる。


まだ距離があるものの、その笑みは不愉快極まるものだった。

俺は話題を変えるために切り出す。


「ところで、おじさんたちこそ何しているの?ここは僕の秘密の場所なのに」

若干立ち直った風にして、気丈に話す少年を演じる。

立ち上がりざまに、土を落とすふりして周囲を窺った。

魔術師からの警戒は全くない。


第一段階は成功だった。


「おじさんたちは休憩をしているのさ。坊やの場所を奪って悪いが、ゆるしてくれるかな?」

大柄な男は、わざとらしく片手で許しを請うふりをしていた。


「うん、おじさんたち悪い人じゃなさそうだし。特別だよ」

そう言って俺は男たちに近づいて行く。


にやりと笑う小柄な男に対して、大柄な男は人懐っこい笑みを浮かべて俺を招きよせた。


「ところでおじさんたちは冒険者さん?森の奥から来たってことは、お宝とかあるの?」

物珍しさを装って、目的のものまで近づいていく。

魔術師が少しこちらを見ていた。



「そうとも、おじさんたちは冒険者さ。これも洞窟から持ち帰ったもんだ」

遺跡だろう?

俺は心の中で訂正しておいた。



「すっごいなー。つよいんだー。おじさんたち」

俺は大柄な男のまわりではしゃぎだす。


それはミミルがよくしていた行動だ。

「ねーねーおじさん。よかったらお宝見せてくれない?僕そんなの見たことないよ」

巧みに大柄な男の間合いに入らず、はしゃぐふりをして荷物に近づいていた。


「それは見せもんじゃない」

鋭い声がして、俺は硬直するふりをする。

魔術師からの声だった。


「ごめんなさい……」

怒られた子供のふりをして、その場で立ち尽くした。

項垂れたふりをして、表情を隠す。


十分に封印の壺まで近づいたので、意識をそこに向けていた。


見るとあまりいい壺ではない。

封印も簡素なものだ。

これではそのうち解けてしまうだろう。

意識を封印の壺の内部に向けて、尋ねてみた。


「ねえ、君は誰だい?なぜそこにとらわれているの?」

中から返事はなかった。

精霊である以上、聞こえなかったはずはない。

再度同じ問いを繰り返す。


俺が動かなくなったのを見て、大柄の男は声をかけてきた。


「坊主、まあ、そういうわけだ。わるいが見せもんじゃねえんだよ」

大柄の男は魔術師に対して笑いかけていた。

その表情は、大人げないと言いたげだった。


その間も俺は必死に呼びかけていた。


「ミヤ……。つかまった。わるいこと、してない……」

何度かの問いかけにようやくそう返事が来た。


「ミヤというんだね。君が良ければそこから出してあげる。でも一つ約束して。決して暴れないって。あと、君はなんの精霊さんかな?」

これ以上の時間稼ぎはまずいと判断して、要件と要望をミヤに伝える。



「(わかった……。ミヤおとなしくする……。ミヤは闇の精霊」

言いたいことはいろいろあるのだろうがひとまず納得してくれたミヤに俺は感謝した。


「ありがとう、ミヤ。君を必ず助けるよ」

力強く、そうミヤに宣言した。


「……うん」

ミヤから返事が来たので、この場から離れることができていた。


大柄な男と小柄な男は、距離を詰めてきていた。

また、状況を察したらしい4人もその外を取り囲むようにしている。


冒険者は人も狩るのか……?こいつらは敵だな。

魔術師だけは動いていない。

しかし、ミヤを助ける以上、同じことだった。


そう認識した俺は自分の位置と相手の位置を考え、効果的な魔法を発動する。


相手が距離を縮めているので、効果拡大しなくても十分だった。

おそらく師匠は効果範囲から外れる。


麻痺の波紋(パラライズリプル)


無詠唱で紡がれたその古代語は、瞬く間に効果を発揮した。


それは俺が工夫した魔法だ。


通常の麻痺の波動(パラライズウェーブ)はある点を中心にして両方向に発生する。

そのため波の性質上、同一線上にしか効果を及ぼさない。

囲まれたら使えないものだった。


しかし、この魔法はある空間上に、あたかも水面のように伝導領域をつくり、その一点に発生させることで同心円状に効果が広がるようにしていた。


今回は、自分を中心として効果を発動させたために、周囲を取り囲むように接近していた男たちはすべて効果範囲に入っていた。

もちろん魔術師を含めて。


レジストに失敗した男たちはそのまま動けなくなっていた。

意識があるのがこの魔法の特徴だ。

まさか自分たちがこんな子供に無力化されたとは信じられないようだった。


「威力は弱めにしたから、何人かレジストするかと思ったけど、案外たいしたことなかったね」

ちょっと残念だった。

自分たちが行った行為を、もっと味あわせてやりたかった。




そうなると、つかまった精霊は、相当巧妙なわなにはめられた可能性がある。


先ほどの話では魔法使いがいなければやられていたということだ。

ミヤはまったく実力を出さないままに捕らえられたのだろう。


やりきれない思いが俺を支配していた。

しかし、今はそれよりも一刻も早く解放してあげたかった。


「ごめんね、つらかっただろ?」

そう言って封印の壺を手に取った俺は、封印の札を丁寧に剥ぎ取った。


瞬間、世界が闇に覆われた。

しかし、害意が全くなかったので、そのままされるようにしておいた。


感謝の心が流れこみ、俺の心で形を成す。

不安定なそれは、とてももろく、儚げだった。


俺は優しくそれを包みこみ、ここにいていいんだと告げていた。



「ちょっと、はなれよーよ!」

シルフィードの思念が伝わってきた。

それとともに、闇がはじかれる。


そこには長い黒髪で、黒い瞳の少女がいた。

背は俺よりもやや小さく、特徴ある服装でその身を包んでいた。


「巫女さん!?」

俺はその姿をそう表していた。

和装の精霊は初めてだった。


「……。ありがと……」

すっと俺の袖を握ったその少女は、消え入りそうな声でそう告げたのだった。


「わるいですが、観客はちょっと眠っててもらいましょうかね」

そう言って師匠は魔法をかけ、その姿を現していた。

男たちには聞かれたくないのだろう。

抵抗などできるわけなく全員が眠りに落ちていた。



「ヘリオス、さっきのはオリジナルスペルかい?私も見たことがないよ?」

師匠は知識の塊だ。

人間の使う古代語魔法はたいてい知っている。


その師匠が知らないということは、オリジナルと思ってもいいのかもしれなかった。

しかし、工夫しただけだ。


「オリジナルというより、アレンジですよ。ほら、僕は剣とかうまく使えないので、囲まれた時用に……ですね」

口の前で人差し指を立て、内緒であることをお願いした。


「まったくお前には驚かされる。その年でオリジナルに匹敵する魔法のアレンジをこなすとはね。しかも、そうそうこちらに来ているわけではないだろうに」

師匠は俺を驚きの目で見ていた。



「ヘル様、ヘリオス君は秘密特訓が好きなんですー」

シルフィードが簡単に説明していた。


左手をミヤが占領し、いつのまにか右手はシルフィードが持っている。

それですみわけが完了しているようだった。



「ところで、ミヤ。どうして君はあの壺に封印されたんだい?」

師匠は俺からはなれないミヤに、真相を尋ねていた。


しかしミヤは素早く、俺の背中に隠れてしまった。

シルフィードが黙って笑っている。


口元をひきつらせて、再び尋ねようとする師匠を制して、俺が代わりに尋ねた。


「……わからない。急にきた。わたし逃げたけど、追いかけられて……。記憶消去の魔法つかったけど、だめだった……」

ミヤに戦う意思はなかった。

それどころか、危害さえ加えようとしていない。

無抵抗に近い精霊を、無理やり封印した。


言いようのない怒りが、俺の中で渦巻き始めた。

その時、ミミルが髪の毛を引っ張っていた。

冷静になれ。

そう言っている気がした。


「ミヤはそれが得意なのかい?」

ミヤの特性は精神系魔法なのだろう。一応確認しておいた。


「そう、わたし 闇精霊」

必要なことだけ簡潔に話す。

それがミヤのようだった。


あと、極度の人見知り。

俺の中でミヤのイメージが固まった。


さっきからミヤに話しかけているが、全く無視されているミミルが少し、不憫に思えた。

だんだん、ミミルが騒ぎ出す。

しかし、ミヤは相手にしなかった。


ひとしきり騒いだ後、ミミルはまるでそこが自分の居場所だと主張するように俺の頭の上で休みだした。

不憫に思えたので、俺はその場所をミミルに提供することにした。


ギリッ

歯ぎしりが左の方から聞こえたが、俺は気にしないことにした。


「ところでヘリオス、こいつらはどうする?」

機嫌を取り戻した師匠は、改めてそう尋ねてきた。


こいつらは、ミヤを不当に捕まえた。

その目的は聞かねばならない。



「そうですね。まず背後関係をあたりましょう。さしずめ知っているのは、大柄な男と小柄な男、そして魔術師でしょう」

先ほどのやり取りからして、それ以外からは有益な情報はないだろうと判断した。


「それはどうかな?お前もまだまだ修行が足りないようだね。まあ、しかたないか。ヘリオス。こういうときは魔法を惜しんではいけないのだよ。それ以外の人間から予想外のことが聞けるかもしれないからね」

そういうと師匠は順番に魔法を解いて尋問していった。


その手際に関心しながら、俺は重要なことを確認していないことに気が付いた。


「そういえば、ミヤはこれからどうするの?」

俺は未だに自分の左腕から離れないミヤにむけてそう尋ねた。


その瞬間ミヤはとても悲しそうな顔をして見つめてきた。

その顔を見ていると、さっきの消えそうな感じがして悲しかった。


「あのさ、ミヤが良ければ僕と契約しない?」

思わず俺はミヤにそう告げた。


周囲が騒然となる。

実は俺はまだ、精霊と契約をしているわけではなかった。


シルフィードやベリンダは自らの意志で俺と共にいるにすぎない。


しかし、契約精霊は契約主との間にある種の感覚共有が可能になる。

これを精霊使いの間では魂の結びつきと呼んでおり、大切にする習慣があった。


いわばパートナーということだ。

これを聞いてシルフィードやベリンダ、そしてなぜかミミルまでもが騒然とした。


「ちょっとまったー!」

見事に3名の声はハモっていた。


「ヘリオス!そんな大事なこと、私に相談もなく決められても困るんだけどさー。ミミル的に」

ミミルが俺の顔のまえで怒っていた。


そのとき右腕を引かれ、強引に視線を引き寄せられた。

そこには、涙目のシルフィードがいた。


「ヘリオス君。私というのがありながら……。なんてこと……」

大粒の涙をたたえたシルフィードは、今にも爆発しそうだった。


最後に、咳払いが正面から聞こえてきた。

腕組みしたベリンダが、なぜか顔を真っ赤にしていた。


「しかたないですね。そういうことならわたしも契約いたします」

なぜか視線をそらして、ベリンダはそう言ってきた。


「師匠……?」

どういう事だ?

困った俺は師匠に助けを求めた。


師匠は両手を上げて、あきれ顔で頭を横に振っている。

それはあきらめろということらしい。


「みんなとはいつも一緒にいたから、契約しているみたいに考えてたよ……」

苦し紛れにそういって謝罪する。


どうやらシルフィード、ベリンダとは契約をしなければならないようだ。

でもミミルは精霊じゃないからむりだろう。

一応聞いてみることにした。


「でもミミル。君は一応妖精なんだから、精霊契約はできないんじゃない?」

ミミルは全身を硬直して動かなくなった。

それどころか、ひらひらと落下し始めた。


「あぶな!」

ミミルを助けるために、両手でうけとめる。

ミヤとシルフィードが離さなかったので、二人を引きずる形でなんとかミミルの確保に成功した。


両手の中でミミルは体育座りをし、右手で俺の手に、何やら書いていた。


「シルフィード、ミヤ。ミミルがこんなだから、ちょっと手を放してくれないかい」

そう言って、ミミルを胸のポケットに入れる。


そこは彼女にとって、いつもの場所だった。

ミミルは少し落ち着きを取り戻したようで、なにやらぶつぶつ言い始めていた。


ミミルはこれでよいとして、精霊契約か。

そう思い三人の方を見ると、今度もなにやらもめているようだった。


「どうしたの?」

俺は一番まともに答えてくれそうなベリンダにそう聞いてみた。


「ヘリオス、これは避けては通れない戦いなので」

よくわからない答えが返ってきた。


仕方がないので、シルフィードとミヤにも聞いてみた。


「ヘリオス君。わたしまけないよ」

「がんばる」

やはりよくわからない答えだった。


精霊同士で何かあるのだろう。

そう思うことにして、師匠の方に向かうことにした。


「師匠すみません、お任せしてしまって。」

尋問の方を押し付けた形になってしまっていたので、俺はそう謝罪した。


「……いや。それはいいよ。それより、大切にしてあげなよ……」

師匠はどこか遠くを見ているようだった。





得られた情報を整理してみると、依頼主は第2都市ベルンの商人だった。

ある程度名前の知れた商人の一人で、ワオルという人物であった。


大柄な男と小柄な男は元冒険者でこのワオルの用心棒のようにしているらしい。

何に使うかなど説明はなく、ただこのメンバーをひきつれて任務をこなすように指示があったようだった。


魔術師の方は冒険者だった。

依頼はギルドにワオルの名でかかれていたようで、それを受けたとのことだった。

3人からは有益な情報は得られなかったが、4人の尋問で意外なことが分かってきた。


一つは冒険者ギルドの依頼額がかなり低価格であったため、無視されていたこと。

一つは魔術師が多額の借金を背負っていたが、返済のめどが立ったとよろこんでいたこと。

一つは悪い噂の多いワオルが商人ギルドの幹部に昇格するらしいこと。


これをもとに考えると、ワオルなる人物とは別の黒幕の存在があり、魔術師を送り込んだのはこの黒幕の方ではないかということだった。

こうなってくると、ワオルは完全に捨て駒だ。

用心すべきは黒幕の存在。

師匠の助けがなければ、判断を誤っているところだった。


「ほらね、情報はいろいろなところから取らないといけないよ」

そう言って師匠は俺の頭をポンと叩いていた。


師匠はやはり師匠だった。

生きている年齢がそもそも違うのだからしょうがないのだが、改めて尊敬する。



「さすが、お師匠様です!」

こうゆうのを年季が違うっていうんだろうな。

そう思いながら俺は精一杯の尊敬のまなざしで見つめていた。


その時、ただならぬ気配を感じ、俺は後ろを振り返った。

そこには精霊たちが、不満げな表情で俺を見ていた。


「ヘリオス君、ほったらかしはだめ」

「ヘリオス、ヘルツマイヤー様と何してるのかな?」

「浮気……」

なんかとんでもないことを言ってくる三人だった。


とりあえず、話し合いはついたようだ。


そもそも、何をもめていたのかわからないのだが、その結果が気になった。



「それで?平和的に解決した?」

それぞれの顔を順番に見る。

それぞれ頷いていた。


三人とも満足そうにしていることから、実りある話し合いになったのだろう。

何かわからないが、それはそれでよかったと思う


「私たちでは、結局まとまらなかったので、ヘリオスに決めてもらうことにしました。」

ベリンダは自分が選ばれると思っているという期待の目で見ていた。


何も決まってないじゃん!というか、何を決めるの?

叫びたくなってきた。


「あのさ……」

そのとき、それまでおとなしかったミミルが勢いよく出てきて宣言した。


「精霊女王の化身として、この争いに一つの道をさずけます」

そう宣言するとミミルは、小さな体でもその発言を最大限にはっきする位置。

つまり俺の頭の上で、仁王立ちしていた。


「ミミル、話す前にちょっとまってね」

なんとなく、話がややこしそうだ。

得に精霊女王の話題はまずい。

一応、この場所に攻勢防壁をはることにした。

これの常時展開ももう少しでめどがつきそうだった。


しかし、今はその都度、魔法を発動するしかなかった。

常時展開した時には、メルクーアにも話さないといけないし、なかなかいろいろ大変だ。


色々考えながらも、攻勢防壁を展開し終わった。


何者かがのぞいていても、これで大丈夫だろう。

張った後に何もないことを考えると、いまのところ障害はなさそうだった。


「いいよ、ミミル。つづけて」

精霊女王のことは秘匿事項だ。

これは誰にも言えないことだった。


師匠はすべてを知っているかのようだが、俺からは何も話していない。

師匠もそれについて、何も言わなかった。


「ベリンダ、シルフィード、ミヤ。そなたたち3人に試練を与えます。それを実現したものから順に、ヘリオスとの契約を認めます」

ミミルの言う試練とは、要するにミミルの目で俺に貢献したということが分かればよいようだ。


なんのことはない、ミミルは自分以外が契約するためには、自分が認めないといけないということを言いたかったのだ。


しかも、精霊女王の名前を持ち出し、精霊たちの反論を封じていた。


しかし、言い争っていたのは、その順番だったことが分かり、俺は胸をなでおろしていた。


「「「わかりました」」」

三人はすんなりと了承していた。


あっけにとられたが、俺が契約しなければ、契約できないし、俺を守るためにミヤも一緒にいることを、皆が認めてくれている。


まあ、案外いい手だったのかもしれないな……。


そう思ってミミルをつかむと、顔の前に持ってきた。

両手の上でちょこんと座ったミミルは、小首をかしげていた。


「大したもんだね、さすがはミミル」

そう言って笑顔で感謝する。


「べ、べつに、ミミル的にあたりまえのことよ!」

そう言ってミミルはまた頭の上に移動していた。


気のせいか3人からの視線が痛い。


「さて、じゃあこれをどうするかだが……」

話を進めていかねばならない。

封印の壺をもって思案する。


このままこの人たちは無事に帰ってもらった方がいい。

幸いなことに、ミヤがいるので俺との遭遇を消去してもらえばよいだろう。


しかし、何も入っていないと記憶との間に矛盾が生じる。

困った俺は師匠をみた。


「しかたない、弟子に助け舟を出しましょう」

そう言って師匠は有益な情報をくれていた。


実は封印の壺には2種類存在すること。

1つは上位精霊を封印するために精霊特化したものだ。

このタイプは精霊以外を封印できない。


もう一つは、意外に知られていないという前置きがある情報だった。

それは、封印の壺が多数存在する理由にもなっているようだ。

その情報とは、これらの壺は、下級の死霊の類も封印できる汎用性を持っているということだった。


「つまり、この壺はそういったものが封印できると」

問題の一つは解決しそうだ。


一応、ミヤに確認する。


「ミヤ。君が封印されたときに、今の君の姿をみせてたの?」

ミヤは頭を横に振っていた。


「どんな姿だった?」

あわせて聞いてみると、ミヤは言葉よりも実際に見た方が良いと判断したのか、人化をといて形態変化を見せていた。


それはいわゆる死霊によく似た姿だった。

人化をして腕に絡み付いてきたミヤは俺にむかって訪ねてきた。


「……役に立った?」

期待の目でみつめられて、おもわず答えそうになったとき、ミミルが間に入ってきた。


「今のは無効だよー。ミミル的に却下。これはミヤのためのことだからね!」

後ろでぶんぶん音がする。

たぶんシルフィードだろう。

俺はあえて気にしないようにした。


しかしこれで完全に工作できる。

あとは、封印する素材を見つけることだ。


「ヘリオス、君は本当に優秀な弟子だよ」

あきれ顔して指さす師匠の視線の先には、ゆったりと浮かぶゴーストの姿があった。


あまりに都合がよすぎて、唖然とする気持ちもあるが、好機を逃してはならない。

俺は素早く行動していた。


飛翔フライ

一気に上昇して距離を詰める。

この壺は汎用品なので、使用者の魔力には反応しない。

誰にでも使えるものだ。それ故に、開封も簡単だった。


「しかし持ってもあと1回が限界だな……」

失敗は許されない。


そう思い封印の壺を開ける。


完全に不意打ちで、ゴーストも何が起こったかわからないだろう。

そうしてふたを閉じると、封印完了の文字が浮かぶ。


「ごめんね」

ゴーストだけど、何の関係もない。

成仏ではなく、一方的に封印されたのを気の毒に思い、俺はそうつぶやいていた。


「ヘリオス君はやさしいねー」

いつの間にか隣に来ていたシルフィードが、うれしそうに手を取っていた。


「ヘリオス君とべたんだね、今度いいとこ教えてあげるよ」

やはり彼女は風の精霊。

自由な大空は好きなのだろう。

舞うように空を駆けまわっていた。


「そうだね。また今度お願いしよう」

そう宣言して降りると、下では、師匠があきれていた。


「ヘリオス。封印の壺は視界に入っていれば使えるよ……」

飛ぶ必要がなかったことを、告げられた……。




全員の記憶を消去し、封印の壺をもとにもどした俺たちは、最後に仕上げとして眠りダケを4人の従者がつくっていた焚火に入れた。

もうもうと眠りの胞子があたりにまき散らされた。


再び姿隠しを使い、様子を見ていると、突如何もない空間に亀裂が走った。


男たちはその音にびっくりして覚醒した。

そして、あたりを警戒し続けていた。


それ以上は何事もなかったので、だんだんと警戒をといていた。

魔術師がいまだに寝ていたのは幸いだった。



あれはさっき俺がしかけた攻勢防壁に反応があったということだ。


すなわち、誰かがこの男たちを監視しようとしたことを意味している。

先ほどまで何の反応もなかったことから、のぞかれてはいないだろう。

しかし、今後は注意してかかるべきだ。

俺はそう考えながら、一行の監視を続けた。


それから間もなく、寝ていた理由が、焚火の眠りダケのせいであると認識した大柄の男は、4人を一発ずつなぐり、その場を後にしていた。

なんだか納得のいかない4人だったが、知らないうちに、間違ったのだと納得し合っていた。



「無事に行きそうですね」

そう言いながらも、師匠の顔は険しかった。

それは先ほどの攻勢防壁に関係している。


「おもったよりも、根が深いかもしれません。私は近いうちにベルンへ行こうと思います」

師匠はそう宣言していた。


その顔は優しげに微笑みながら、注意深いまなざしを俺に向けていた。


「注意が必要ですね。僕自身もこの力も、彼女たちも」

俺は自分だけではなく、精霊も危険な状態になる可能性があることを理解していた。

そして、ヘリオスも。


ミヤの件もあるし、何か対策が必要だ。

自分の魔力は隠匿している。

おそらく父親にもばれてはいない。

母親も何か思うところがあるにせよ、基本的にはヘリオスの味方でいてくれている。


ミミルはヘリオスの年齢が上がれば、使い魔として隠匿できる。

それまではペットとして我慢してもらおう。


しかし彼女たちが契約精霊になると、いろいろ問題になる可能性がある。


この世界には魔法があって、体系化が進んでいる。

古代語魔法、精霊魔法、信仰系魔法の三つだ。


人間にとって魔法とは、通常古代語魔法を指す。

精霊魔法は、才能がないと人間には使えないものだからだ。


精霊と会話できる。

これが条件だった。

最後の信仰系魔法は厳密には魔法だ。

しかし、教会と共にあることから、一般的には神の御業として認識されている。

一般的には魔法とは思われていない。


そういう状態にあって、俺は古代語魔法が基本で、精霊魔法も使える特殊な存在だった。

そしてそれは俺だけだ。ヘリオスではない。


普段は精霊が付いた状態として認識されている。

それは本人の意思とは関係なく、精霊がそばにいる状態であった。


したがって精霊魔法は使えない。

ヘリオスの場合、風の精霊が近くにいるので、矢が当たらないという加護を持っているとして認識されているのだ。


「これは……。やはり精霊契約はむずかしいか」

周囲をどんよりした空気にさせてしまった。

何となく言葉にしてしまったことを俺は後悔した。


そんな俺を師匠は残念そうに見つめていた。


「なんとかなりませんか?」

珍しく、ベリンダが師匠に尋ねていた。


普段はシルフィードがヘリオスのそばにいて、彼女は遠見の魔法で監視している状態だ。


そう精霊が多くいては、問題になる。

そういう配慮だった。


彼女は精霊女王から直接頼まれたこともあるから、自分が何もできないことに危機感を持っているのかもしれない。

優等生らしい彼女の意見だ。


ともう一人。何も言わないが期待するまなざしで師匠を見つめるミヤがいた。


「……。最近ある冒険者パーティがおかしなものを発見したと聞いたことがある。あれは第二都市ベルンの冒険者だと思う。結構有名な人たちだね」


本当に師匠は情報をいろいろ持っている。

どうしてそういう情報を得ているのか知りたかったが、いまはそのおかしなものというのにすがるしかない。


「それは、どんな物なのですか?」

期待を込めて聞いてみた。

おかしなものとは、意味が分からない。

しかし、この師匠が言うからには、今の状況に何らかの解決をもたらしてくれる気がしていた。


「いや、そこまでは知らないよ。さすがにね。ただ、精霊が関係しているから覚えていただけ。封印とは違う何かということだ。たしか魔術師ギルドにあるらしいから、母上にでも相談したらどうだい?」

確かにそこまで知っていると逆に怖すぎるが、有益な情報をもらえたことに変わりない。

さっそく家に帰って聞いてみよう。


師匠への挨拶もそこそこに、ミヤとベリンダに別れを告げて帰ろうとした。

俺の横にはシルフィードがいつものようについていた。


「あっ……」

ミヤがの小さな呟きが、俺の耳についていた。


「ごめんね、ミヤ。封印されて嫌な思いさせてさ。それと、今はここで待っててくれるね?」

自然とミヤの頭に手を置いていた。なでながら、そう言い聞かす。


「ん……。待つ」

両手で袴らしい服をつかみ、必死に紡いだその言葉は、俺の心を奮い立たせた。


「いいこだ。ベリンダもお願いね」

ベリンダの頭を撫でながら、再び師匠に挨拶する。

ミヤはうつむいたままだった。


俺の隣でシルフィードが自分も自分もと言い、ミミルが俺の耳を引っ張っている。

急いで帰ろうとするその時に、ベリンダの言葉が耳についた。

「いいなぁ」

ベリンダの呟く声がそのままこだまとなって、俺の心を揺さぶった。


そう、みんな一緒にいるのがいい。

そう思うと、それを目指すことが俺の目標になっていた。


きっと大丈夫。

そう自分に言い聞かせていた。


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