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約束

ある夜、ユノは突然ヘリオスに呼び出されました。

「本当にきれい……」

その姿を見て、思わず息をのんでいた。

アウグスト王国王都フリューリンクは美しい都として、ジュアン王国でも知られている。


天空都市。

白い城壁と空の青さをそのままその身に宿した湖が調和して、まるで空の上に浮いているかのようにみえるこの王都は、日中が最も美しいとされている。


けれども、たった今、その認識は崩れていた。


王都のすぐ横にある小さな小島。

学士院アカデミーのあるこの島に、密かに人気の場所がある。

夜の王都を彩る光と湖を楽しむ恋人たちの語らいの場所。

興味はあったけど、行く機会がなかったその場所に、今私は呼び出されて向かっている。


ありえない期待をしつつも、少し胸を弾ませていた。

しかし、アイツはそこにはいなかった。


「ばかみたい……」

浮かれていた自分が恥ずかしかった。

そんな私を慰めるように、目の前の光景は広がっている。


王都の街の光が、巨大な尖塔を夜空に浮かび上がらせている。

街から漏れ出す光は、暗い夜空にここだけは大丈夫だと思わせるような温かさを持っていた。

夜空と同じ暗い湖は、星々の光を映し出し、まるで宝石のような光で王都を包んでいる。

しばらく、それに見とれていた。



「でも、どこいったのかしら」

呼び出しておいて、いないなんて……。

冗談じゃない。

ほんの少しの苛立ちは、風の精霊が流してくれた。


「なんだ、反対側か……」

王都を見る、定番の場所じゃない。

どちらかと言えば、あまり人気のない場所。

それでも、今夜は星々の煌めきが、もう片側の湖を彩っている。


ゆっくりと教えられたところに向かうと、アイツたちがいるのが分かった。

湖に面したベンチで、一人たたずむ少女。

その周りで、楽しそうにしている少女たち。


湖面は月明かりを浴び、心地よい風がその光をかき乱している。

きらめく光と、風の共演は、その少女の髪を一層美しく彩っている。


風に揺られる髪の間から見える横顔は、まさに神々の芸術と言われてもおかしくはない。

少女は顔を湖に向けてはいるが、その瞳ははるか遠くを見つめているようだった。

物憂げな表情と暗い影、時折見せる吐息が彼女の心情を表していた。


「いやいや、男だし……」

私は自分の眼から入る情報を訂正した。


一歩近づくごとに、私の鼓動は早くなっていく。

静かな夜に響き渡るかのように、私の中で鳴り響いている。

アイツに近づくにつれて、それは、早く、大きくなっていくようだった。


「こんな時間に呼び出して、どういうつもりなのかしら? しかも、反対側じゃない」

気付かれないように、少し離れたところで立ち止まる。

ついでに、文句を言っておかないと。

そのまま腕を組んでいた。


「ごめんね、ユノ。ただ、どうしても君に伝えておかないといけないと思って……」

顔を向けて、話しかけてきたものの、こいつは私を見ていない。

視線は相変わらず、どこか遠くを見ている。


そんな姿に、無性に腹が立っていた。


「あなたね。こんな時間に私を呼び出した時点で、何かあったと思うでしょ。だから、早く言いなさい。私があなたの頼みを断ったことあったかしら」

なんだか、一人で舞い上がっちゃって、バカみたい。


こいつがこんな風に言うのは、私の関係する何かが起きたという事。

もしくは、これから起きる事。

そして、それが避けようのない事だと言っているようなものだわ。


もし、避ける事が出来るのであれば、私が気付かないうちに処理を終えている。

そして何食わぬ顔で私の前に立つのだ。

それは自信を持って言える。

まったく、腹立たしいまでに……。


だからこそ、私はこいつの役に立ちたかった。

いつまでも、守られているだけは嫌だった。


たぶん、ルナも同じ気持ちでいる。

負けられない思いがそこにある。


「これから君に二つの悲劇がやってくる。どれももう起きている出来事だ。避けようがない。そして、君は君でいられなくなる」


こいつの言い方はいつもそう。

具体的には話さない。

具体的に話してしまうと、それが確定的になってしまうからといって話そうとしない。


意志が未来を創る。

言葉はそれを方向付けする。


それがこいつの考えだった。


正直言って、まどろっこしいのよね。


「で、具体的に私はどうすればいい?」

ちょっと意地悪な質問かもしれない。

答えに困るこいつの顔が見てみたかった。


「何もできないんだ。君は何もできないんだ。僕がそうしてしまうから……」

両手を顔に当てて、うずくまってしまった。


え?

こんなこと、一度だってあったかしら?

こいつの精霊たちが集まってくる。

心配そうに見守る精霊たち。

思わずベンチに座って、こいつの手を取っていた。


「なんなのよ。そんなの、わかんないじゃない」

こいつのこんな姿を見るのは、初めてだった。


いつもどこか計算的で、先を見てその対策を取る。

あらゆる可能性の中から、みんなが幸せになれるような、そんな奇跡に近いことですら成し遂げていた。


それは、どんな時でも可能性を信じた結果にちがいない。


そんなこいつが、私が何もできないようにしてしまう?


意味が分からなかった。

私のために、私が何もできないようにする?


「つまり、私は運命に流されろということね」

そう考える以外にはない。

こいつは私を助けるために、私をおとりにするつもりだ。

そして、その恨みの矛先を、自分に向けるようにあらかじめ私に話している。


つまりはその行動に出る人間を恨まないようにするため……。

私が大切に思っている人が私に何かをするのだろう。


誰かが……。

私を裏切るんだ……。


その責任を全部こいつが背負う。

そのために今、こいつは自分のせいで、私が何もできなくなると話している。


自分勝手で、傲慢。

ますます腹が立ってきた。


「で、ユリウス兄様が何したの?」

ゆっくりと立ち上がり、腕組みしてこいつを見下ろした。


驚いた顔で、私を見上げている。

こんな顔、めったに見られるもんじゃないわね……。

こいつの驚いた顔は本当におかしかった。


今日もその顔を見ることができた。

一日一回は見てみたいかも……。


「どうして……?」

ようやくそう言えた感じだった。


「あなた、私の事バカだと思ってる? そんないい方されたら、わかるわよ。いい加減付き合いも長いし、あなたの考えることくらいわかるつもりだわ。たぶんだけど、私があなたを恨むようにしてユリウス兄様を恨まないように仕向けるつもりでしょうけど、私に会ったこと自体が失敗よ。私をなめないで!」

こいつの鼻先に指を押し当て、おもいっきり文句を言ってやった。

周囲からは精霊たちの笑い声が聞こえてきた。


たぶんこの子たちはこうなるとわかってたんだ。

そして、こいつだけが分かっていない。


この鈍感王。

また、無性に腹が立ち、指先で鼻をはじいてやった。


少し涙目になって鼻を抑えるこいつを見て、ちょっとだけせいせいした。



「それで、いったいどうしたの。もういいから洗いざらい話しなさい」

また、こいつの隣に腰かけて、足を組み、腕を組んで目を閉じた。


しばらくの沈黙。


それが事の重大さを物語っている。

何を言われても大丈夫。

それに耐えるように、心の準備をしていた。


「ユリウス・カエサル将軍がルディ=アポッリナレス=ウル=ジュアン王を弑逆した」

重い口から出てきた言葉は、全く私の想像しないことだった。


「なんですって!!」

思わずベンチから立ち上がって見つめる。


お兄様が?

お父様を?


お兄様は人格者よ。

自制心の塊のような方で、規律が服を着て歩いているような方だわ。

そんな愚行、するはずがないじゃない。

でも、こいつはこんな嘘は絶対につかない。


私の中で、信頼の天秤が揺れていた。

揺れ続ける天秤は、一向に止まろうとしない。

それでも私は、そこに答えを見つけていた。


「いったいなぜ……」

こいつの言葉を信じ、その先の言葉を待った。


「ガイウス・マリウスが皇太子暗殺を計画した。それは冤罪だとユリウス将軍は訴えに王都に戻ったが、すでに処刑された後だったらしい。将軍はそのまま皇太子府を襲い、皇太子を暗殺。その後王城に向かって国王たちを惨殺したらしい。その時王城にいた王家に連なるものはすべて粛清されたみたいだ。その後王都に戒厳令を敷き、王位継承者が名乗り出ると反逆罪で殺しているそうだ」

信じられない言葉が、こいつの口から出ていた。


ガイウス様が暗殺計画?

国王一家惨殺?

戒厳令?

王位継承者粛清?


何が何だかわからなくなってきた。

考えれば考えるほど、世界がぐるぐるまわっている。


あれ?


めまい?

なんだか、視界が狭まってきている……。

息苦しい……。

鼓動が激しい……。

体が重い……。


だめ、手足がしびれてきた……。


急速に、深い闇の中に落ちていくような感覚……。


「ユノ!」

突然聞こえた、アイツの声。

いつもより、やけに近くで聞こえる。

いつもより、とても近くに感じる。


あったかい……。

優しく包んでくれているような、心地いい感覚につつまれていた。

なんだかとっても気分がいいわ。

このままこうしていたい気分は、周りの喧騒に邪魔されていた。


気が付くと、こいつの顔が目の前にあった。

ボーとする意識の中、どうしてこんな近くにこいつの顔があるのかが気になった。


「よかった、ユノ。気が付いたようだね。とっさのことで申し訳ない。過呼吸だよ」

私が目を開けたのを気付いたのだろう。

だんだんこいつの顔が遠ざかる。


騒がしいのは精霊たちだ。

口々に何かを叫んでいるけど、そんなことはどうでもいいわ。

もう少し、このままで……。

私はかつてない安心感に包まれているのだから。


あれ?

私、何してたっけ?


起きだした頭は、私の状況を正確に教えてくれていた。

こいつの腕に抱かれている。

こいつの顔がさっき目の前にあった。


振り払うように起き上がり、思わず両手で唇を抑えながら後ずさる。



「ヘリオス? いま……、何……?」

自分でも何を聞いているのかわからない。

ただ、そう聞かないといけない気がした。


「過呼吸だったからね、僕の呼吸と合わせただけだよ。袋があればよかったんだけど、魔法の袋しかなくって。とっさだったから、ごめんね」

そうさわやかに謝られても、対応に困る。


呼吸を合わせるって、やっぱり……。

私のはじめての……。


「あなた、いつもこんなことしてるの?」

もはや何を聞いているのかわからない。

誰かに教えて欲しかった。



「こんなことって言われても、過呼吸は放置できないからね。人命救助は必要ならするさ」

こいつはやっぱり、こいつだった。


ばからしいけど、こいつの唇の感覚は、まだ私の唇には残っている。

思わず手をやりそうになる。


羞恥心でまともに見られない。

しかし、事態はとんでもない方向に向かっていた。


そこら中で、精霊たちが一斉に倒れはじめた。


一瞬何事かとおもったけど、うっすら目を開けて、こいつを見ている。


「…………」

思わずこいつと目があった。


「みんな、心配するからやめてくれ……」

ため息をつきながらも、一人ずつ抱えておこし、その額に口づけをしている。


こいつは、天然のたらしと言うやつだ。

しかし、同時に羨ましくも思ってしまっていた。


なぜだか、小鳥まで落ちてくる……。

着地の瞬間に羽ばたいたら、意味ないと思う……。


こうなると、あのフェニックスも台無しだわ。

ため息をつきながら、小鳥を抱えたこいつの背中は、かなり疲れ切っていた。


少し許そう。

そんな気分になってしまった。


「話の途中で、ごめんなさい。覚悟はしてたけど、実際に聞くとだめだったみたい」

覚悟していた。

しかし、それ以上の事実だった。

気を落ち着かせるために、再びベンチに腰掛ける。


「うん」

こいつの返事はそれだけだった。

それだけだったけど、私は救われたおもいだった。


こいつはちゃんと私を見てくれていた。

私がどんなに苦しんだかを、言葉ではなく。

態度がそれを表している。


「明日くらいにその知らせは来るよ」

背中を見せて、湖の方を見ている。

だから、今なのね……。

ずいぶん悩んだのでしょうね。


「そう……。なら、改めて言うわ。私はどうしたらいいかしら」

その背中は、今なら教えてくれる気がした。


私は守られるだけの女じゃない。

そうわからせてあげるから。

振り向いたこいつの顔を、両手でしっかり押さえつける。

こんどこそ、私はこいつの目をとらえて、離さなかった。



しばらく見つめあった後、先に目をそらしたのはこいつだった。

私に座るように促して、自分は少し湖の方に目を向けていた。

暫らく黙ったままで湖を見つめている。


いい加減、私が少し声をかけようと思った時、おもむろに振り向くと、ゆっくりとした口調で話しだしていた。


「君はこれから女王にさせられる。そして、君は首飾りに封じ込められる。その首飾りは僕が用意したものだ。だから安心してほしい。君に危害が及んだ場合、君の意志でその首飾りからは抜けることができる。それは僕が……、保証……するよ」

こいつは何かを思い出したかのように、どんどん顔色が悪くなっていた。


「ちょっと大丈夫?」

駆け寄ろうとする私を手で制して、話を続けだした。


「そして、君はユリウス将軍と結婚する」


「何いってるの!」

思わず駆け寄り、こいつの襟首を絞めていた。


訳が分かんない。

私が兄さまと結婚?

冗談にしても、たちが悪い。


こいつからそんな冗談は聞きたくなかった。


シルフィードが私の肩に手を置いて、こいつを解放するように目で訴えてきた。

自分のしていることを理解して、慌てて手を放す。


「僕は本気だよ」

苦しそうにしながらも、こいつの眼は真剣だった。


「まさか、兄様はそこまで?」

首飾りに封印し、私の意志と関係なく、私の継承権だけを狙って私と結婚する。

そして、私は幽閉される……。


その後は、私から王位を譲り受けて、自分が王になる。

邪魔になった私は消されるか、一生塔の中で過ごすかだ。


いずれにせよ、この先、一生私に自由はないというわけね。

ようやく状況が見えてきたわ。


もう事態はかなり、進行してしまっている。

こいつが手を打てたのは、私を封じる手段を、自分が作った安全な首飾りにすり替えることだけ。


そして、いずれは助けに来てくれる。

その時に、私が兄さまを恨み続けることがないように、自分に矛先を向けるように仕向けてきた。


自分は最初から知っていたが、手を出さなかったのだと。

こうなることは予測できたけど、回避しなかったのだと。


私の未来の思考を誘導するために……。


本当に嫌になる。

でも、私の心とは別に、私の中の冷静な部分が考え始めていた。


お父様は兄様に殺されてしまった。

そして兄さまは私を利用するために幽閉する。

そんな私をこいつは助けに来る。

兄さまとこいつは戦うことになる。


単純な話だわ。

こいつは兄様を殺す気なのね……。


そしてその恨みすらも自分に向けさせる気なんだわ……。

そうすることで、私が悲しみにとらわれないように。


悲しみを憎しみに変えて、おぼれさせないように……。


さまざまな悲しみが、私を覆い尽くしている。

でも、不思議なことに涙は出てこなかった。


どうして?

わけがわからない……。


「ユノ。今の君は王女である前に、一人の女の子でいいんだよ」

こいつは私の頭に手を置いて、そう告げていた。


ゆるされた?

泣くことを許されたの?

人前で弱みを見せてはいけない私が、許されたの?


私はそのままこいつの胸に自分の体を任せていた。


優しく抱きしめられて、頭を二度優しく叩かれた。

感情が堰を切って漏れ出していた。


私は自分がこんなにも泣けるのだと初めて知った。

小さい時、泣いたときにはいつもユリウス兄様が助けてくれた。

そして、同じように抱きしめてくれていた。


「ユノ。必ず君を助けに行く。約束だ」

泣いている私の耳元で、そうささやいていた。


冷たい悲しみの涙は、いつのまにか、枯れていた。

私の心の中にある、信頼という名の泉から、どんどん湧き出る気持ちが、温かい涙となってあふれ出していた。


守られるだけの女じゃない。

でも、守られるのも悪くはない。

こいつの腕に抱かれながら、そう思える自分をみつけていた。


ユノとヘリオス。確かなきずなで結ばれた二人は、これからジュアン王国の政変に挑みます。

そしてアポロンもやはり駆けつけてきます。

ジュアン王国編スタートです。

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