勝利の美酒のその味は(アプリル王国)
ガヌロン王は勝利の報告に満足していました。
「バリガンエ、デュランダル、大義である」
跪く二人の将軍を前に、アプリル王ガヌロンは満足そうに頷いていた。
「ブランカン、その後の状況はどうなっておる」
アプリル王ガヌロンは、期待を込めたまなざしで見つめている。
それもそうだろう。
アプリル王国はメルツ王国との戦争で、勝利宣言を行っていた。
メルツ王国がアプリル王国に対して戦いを挑み、負けた。
この場合、お互いに戦闘継続を望まなければ、休戦協定が結ばれる。
王を失ったメルツ王国は、休戦するよりほかに道はない。
勝利したアプリル王国は、当然有利な条件を突きつけることができる。
アプリル王国は、その協定で戦費の回収を是が非でも行わなければならないのだろう。
この戦いで、アプリル王国は著しく国力が低下している。
ブロッケン平野から王都にかけて、民はジュアン王国、アウグスト王国に避難した。
働く者のいなくなった産業、農業の低下はそのまま国力の低下を意味している。
もともと、戦争は国力のつぶし合いでしかない。
ただ、今回のケースはまれだろう。
アプリル王ガヌロンにとっては、どちらかと言うと、メルツ王国よりもローランによって国力が著しく低下させられた感じがあるのかもしれない。
しかし、そのローランはいない。
そもそも、求められるわけがない。
その分をメルツ王国に求めるしかなかった。
「大変申し上げにくいのですが……」
国王の質問に、しばらく答えずにいたブランカン大臣。
ただ、その額の汗をぬぐっていた。
国王の問い。
それは、大臣として十分想定しているはずだ。
しかし、それでも言いよどむにはわけがある。
「どうしたのだ? 王都に来た民衆はすでに追い返しただろう。国外に流れた分、国力は低下しているが、その分をメルツ王国から賠償金を上乗せすればよいだろう」
ガヌロン王は不思議そうにしていた。
「まず、ナルセス殿との借款の件ですが、例の鉱山の採掘権で手を打っております」
ブランカンはその件に関しては誇らしげであった。
しかし、重要なことを話してないことは自分でもわかっているのだろう。
額には、まだ大量の汗をかいている。
「ほぼ、廃坑となる予定の鉱山だったな。それで済むのなら、こちらとしては安いものだな」
ガヌロン王は、とても満足そうだった。
「メルツ王国に関してですが……」
ブランカンはそこで言葉を切っていた。
「どのくらい請求できそうか?」
ガヌロン王は期待の為か、身を乗り出して尋ねている。
「大変申し上げにくいのですが、メルツ王国は帝国に滅ぼされました」
ブランカンは身を縮こまらせながら報告していた。
最後の方は、自然と声も小さくなっていた。
「ブランカン、その方、今なんと申した?」
声が小さかったこともある。
しかし、ガヌロン王はしっかりと聞いていたに違いない。
その顔は、信じられないことを聞いたかのように、驚きを隠しきれていなかった。
それでも、何かの間違いだと思いたかったのだろう。
ブランカンを凝視していた。
「メルツ王国はブロッケン平野の戦いの後すぐに、イングラム帝国の侵攻を受けて、無血開城しております。我が国との戦争で国王は死亡し、かの国にはイングラム帝国の総督が赴任して支配しているようです」
ブランカンは自分のもとにもたらさせた情報を、そのまま国王に報告していた。
その情報に、周囲の人たちは互いに顔を見合わせている。
あれから十日もたっていない。
しかし、それだけの間に一つの国が滅んで、新たに帝国の支配下になったというのだ。
驚かない方が、不思議だろう。
「なんということだ……。それでは賠償金を支払う国がないということか?」
アプリル王国にとって、それは死活問題になりかねないことだろう。
今回の戦費は借款によって鉱山の採掘権と引き換えにしている。
それは、アプリル王国にとっては問題ないようだ。
しかし、復興にかかる資金、衰退した産業、農業、低下した人口にかかる費用は莫大だった。
アウグスト王国、ジュアン王国に民を返せとも言いにくいだろう。
黙認した以上、あとから文句を言って、関係が悪化することは避けたいはずだ。
「結局、どの程度、どこに流れた?」
ガヌロン王はこの時になって初めて、正確な情報を求めていた。
「およそ、合計四万人以上になると考えられます。最大はアウグスト王国ですが、ジュアン王国にも相当数流れました」
ブランカンはすでに顔をあげてはいない。
先ほどからずっと足元を見続けている。
「なんということだ……。これでは何も得られないではないか……」
今の国力で、アウグスト王国に文句が言えないのは十分にわかっているようだ。
アウグスト王国にしてみれば、難民受け入れをしたことになっている。
その国に対して、事を荒立てることはできるはずもないのだろう。
それは、ジュアン王国にしても同様だと考えていると思われた。
「税収を上げるしかありません……」
黙ったままの王の様子が気になったのだろう。
ブランカンは静かに顔をあげていた。
そして、その思考を妨げないように、その言葉を静かに奏上していた。
「なりません! それだけはなりませんぞ!」
デュランダル将軍がその言葉に強く反応していた。
「今、民からの信頼を失えば、この国の将来にかかわる大事に発展いたします」
デュランダル将軍は、めずらしく必死だった。
「民は英雄を失っています。そして王都での民衆への対応は、避難民と共にすでに王国中に広まっております。これ以上王家の信頼を失墜するようなことをいたしますれば、国中で不穏の種を植える結果となります。これ以上民衆の不安が募れば、新たなる英雄の誕生を招き、容易にこの国の支配体制が変わる恐れがございます」
デュランダル将軍は恐れているのだろう。
ローランの死を知る生き証人、オルランドはローランに次ぎ人気があった。
そして、オルランドはこの国では有名な人物だ。
「それは将軍の落ち度でしょう、将軍の責任で何とかしてもらわないと」
ブランカンは冷ややかに見下ろしていた。
「たしかに。それは認めましょう。しかし、かの者がまさか転移をするなど、考えられませんでした」
デュランダル将軍は丁寧に言葉を返しながら、ブランカンを睨んでいた。
ブランカンはその雰囲気に圧倒されたようだった。
「ともかく、将来もそうですが、今を乗り越えないことには、どのみち将来もないのです」
視線を逸らしたブランカンは、話をすり替えていた。
「ローランはイングラム帝国と共謀し、この国とメルツ王国の国力を衰退させていた……」
おもむろに、ガヌロン王はつぶやいていた。
「国中にこれで触れを出せ、デュランダル将軍により、国賊は粛清されたが、オルランドはまた逃げ回っていると」
王はローランを政治的にも亡き者にするつもりだ。
そして、生き残ったオルランドを、卑怯者にするつもりだ。
「よし、臨時徴収と貴族の移封だ。細かいところはそち達で決めてよい」
王の決断は思い切ったものだった。
「それはどなた様でもよろしいのですか?」
ブランカンは確認していた。
移封先に住民はいない。
そのことが分からない貴族がいるはずがない。
これを機会に、ブランカン大臣はさらなる強固な支配体制を画策するつもりなのだろう。
「この際だ、誰でもよい。このわしが、国王としてこの国にあればよい」
ガヌロン王はブランカン大臣の言葉の意味を正確に理解しているようだった。
「反対するものはデュランダル、その剣で討て」
聖剣デュランダルを持ち出して命令された以上、デュランダル将軍は従うしかない。
「おおせのままに」
デュランダル将軍は恭しく頭を下げ、顔をあげるときに一瞬天を仰ぎ見た。
「おおせのままに……」
もう一度頭を下げて、退出していくデュランダル将軍。
その背中は、力のない老将軍の姿だった。
大規模な貴族の配置換え、臨時税収をうけ、ますます国内があれていくアプリル王国でした。