簒奪者(ジュアン王国)
話は少し前にさかのぼります。まだ、第2次ブロッケン平野攻防戦が始まる前の出来事です。
玉座の間の扉が開き、ルキウスが姿を現す。
この玉座の間は、質素な作りながら、光の演出を楽しむようになっている。
その独特の雰囲気のため、魔道具の光をほとんど使っていない。
対になった数多くの蝋燭の燭台が、玉座から一直線に扉までの道を作っている。
それが、ほぼすべての明かりとなる。
その間を、ゆっくりと私の方に向かってくるルキウス。
人が通るたびに、揺れる炎の明かりは、壁に動く影を作り出す。
厳かな雰囲気が、この玉座の間には存在していた。
しかし、ルキウスの歩みはそれらを楽しんでいる様子はない。
ただ、淡々と歩いてくるのみだった。
「ルキウスか。各地の状態はどうなっている」
まだ目の前についていないルキウスに声をかける。
それでも慌ててやってこない。
おそらく、もうすでに対応済みという事だろう。
あれからルキウスは素早く到着して、その手腕をいかんなく発揮している。
その成果は、王都ユバ周辺が落ち着いていることから明らかだろう。
そして、私の取った行動は、瞬く間に国中に広がっていた。
ただ、何が起きたのかは、はっきりしないようになっている。
様々なうわさを流すことによって、真実を見えないようにするというルキウスの策謀。
私好みではない。
しかし、効果がある以上、今は我慢するしかない。
全ては、ガイウスの無念を晴らすためだ。
卑劣な皇太子は簡単に始末できた。
しかし、あれは単に愚かな皇太子の不祥事を、コルネリウス大臣が便乗して揉み消そうとした感じだった。
ガイウスを死に追いやった奴は他にいる。
ただ、直接的でないにせよ、皇太子もコルネリウス大臣も関係していた。
だから王城にいき、そのままコルネリウス大臣も始末した。
しかし、そこでも手がかりはなかった。
卑劣な奴をあぶりだすためには、関係している者を全てつぶしていくしかない。
王城で、聞き、殺す。
その繰り返しでも、卑劣な奴は見えては来なかった。
ただ、最後にはルディ王をその場で殺すことになっていた。
最終的に命令したのは国王。
ならば、国王と何らかの関係があるにちがいない。
しかし、残念なことに、そこで足取りは消えてしまった。
だから次は、王家の人間だった。
王城にいる王家に連なるものはすべて始末した。
女も、子供も関係ない。
ガイウスは何もしていないのに殺されたのだ。
しかも不名誉まで押しつけられて……。
その事実の前には、そんなことは等しく無価値だ。
だからその罪をすべて、その血で償ってもらった。
しかし、国王を殺したことで、問題も起こっている。
国王不在では、国としてまとまらない。
今は隣国の状態も不安定だ。
国王不在が長引けば、この国を危険にさらしてしまうことになる。
それはまた、私の望むところではない。
しかし、私には王位継承権はない。
簒奪という手は、国内にいらぬ争いを引き起こす。
ガイウスも、それを望んではいなかった。
だから、私は王位を継ぐことはできない。
さて、どうするか……。
それが問題だが、妙案は浮かんでこない。
その時、一瞬よぎった、ユノの顔。
「ばかばかしい……」
その考えを即座に否定した。
ユノは王位継承権を持っているが、今は国外で生活中だ。
それに、あの子は関係ない。
関係があるはずがない。
あの子は私の妹だ。
昔みたいに呼んでやりたいが、それはもうできない。
だが、あの子は今、ようやく自由を手に入れている。
時折よこしていた手紙には、楽しそうな様子が書かれていた。
暫らくあっていないが、元気だろうか……。
楽しそうな笑顔。
幸せそうな笑顔が目に浮かぶようだった。
だから、あの子を巻き込むことはできない。
問題は、各地にいる外戚や継承権をもつハイエナどもだ。
これを機に王位を欲するに違いない。
こいつらを何とかしなくてはならない。
何せ私には継承権がないからな……。
反逆として名を残すか、英雄となるか。
私にそういう提案をしてくるだろう。
あさましい。
そう考えていると、ルキウスは目の前にやってきていた。
「閣下。やはり身の程をわきまえぬ者どもが、閣下にお目通りを望んでおります。会われますか?」
恭しく、ルキウスは頭を下げている。
やはり、予想通りのことだった。
すでに、処理しているのだろう。
「会えるのか?」
我ながら、白々しい物言いをしているのが分かる。
この男は私の変化に気が付いて、その思考も変えていた。
ルキウスは、本当に有能な奴だった。
「ええ、ただし、返事はできません」
白々しくも、ルキウスは微笑んでいた。
もはや、死んでいるそいつらに会ってどうするというのだ。
時間の無駄だ。
「返事しないのであれば、あっても仕方がない。国を盗もうとたくらんだ罪で即刻死罪だ」
すでに処刑されていたとしても、一応命令はしておく。
「御意」
ルキウスはそう言って退出していく。
やはり、炎は揺らめいているが、ルキウスは全く興味がない様子だった。
*
誰もいない王座の間で、窓際にある小さな会議用の椅子に腰かけ、私は小さくため息をついた。
「私はどこに向かうのだろう……」
誰に言うわけでもないその言葉は、特に意識したものではない。
ただ、時折突き動かされたような衝動が、私の中で暴れまわる。
しいて言えば、それに対して尋ねているのかもしれない。
何度となく繰り返している言葉だが、いっこうに答えは見つからなかった。
「王に。あなた様がこの国を導くのです」
聞き覚えのある声が、私に一つの道を指し示していた。
一瞬、私の中で抑え込んでいる力が、再び目覚めようとしている感じがした。
「人聞きが悪いな、ブスタ。相変わらずの神出鬼没。抜け目のないことこの上ない」
私の間合いのギリギリ外。
ブスタはその境界を、決してまたいで来ない奴だ。
相変わらず、そこでかしこまっている。
決して顔をあげない。
いや、そもそも私に顔向けできないだろう。
「ご冗談を。私が閣下の忠実な協力者です。しかし、その殺気。私の首をいつでも刎ねられると言わんばかりですな」
ブスタはおどけてみせるが、近づいた私に対して、瞬時に後退している。
「まあいい。久しぶりに何しに来た。お前の甘言に耳を貸すほど、今の私は愚かではないぞ」
そう、この男も私を利用しようとしていた一人だ。
しかし、ガイウスのことは関係ないだろうから、目を瞑っておく。
「ご自身も迷っておいでなので、私が提案して差し上げたまでです。いずれにせよ、何らかの対応をおとりにならなければ、まもなくアプリルとメルツの戦いも決着がつくかもしれませんぞ」
ブスタの声は、確信しているような声だった。
こいつらは本当に情報を持っている……。
たしかに、まだあの国が争っている間は、こちらが内乱状態になったとしても手は出せない。
アウグストとはすでに不可侵条約を結んだ後だ。
その点は前王の判断を評価しよう。
だから、今のうちに何らかのことを示さなければ、私についた者たちまでも離れてしまう。
「私に考えがございます」
この男が、こんな風に話すのは意外だった。
いつもたき付けるだけの男が、自分の考えを言うとは意外だった。
それだけに、この男の余裕のなさが透けて見える。
何がこの男をそうさせるのだろうか……。
「言え。ただし、ふざけたことを言えば、その首は床のかざりになるだろう」
今の間合いだけが、私の間合いではない。
魔剣の力を使えば、造作もないことだ。
脅しでないことは、殺気を放っているので十分だろう。
「おお、こわい」
大げさに言うブスタは、それでも攻撃をかわす自信があるようだった。
「いいから言え」
その態度に、多少イラつきを感じる。
私の殺気を受けても、全く反応しない態度といい、人知れず侵入する技といい、全く油断できない奴だ。
「ユノ様とご結婚なさいませ」
ブスタの言葉は、まるで生き物のように、私の頭に侵入してきた。
ユノ?
私と結婚?
何の冗談だ?
しかし、ブスタの言葉は、自ら私の中で居場所を見つけたようだった。
その時、玉座の間の扉が開き、ルキウスが入ってくる気配がした。
ブスタはまだ、何かを言いたそうにしている。
おかしい。
普段なら、人目につくことを嫌うこの男が、ルキウスが入ってきてもそのままでいる。
こいつらは、私の知らないところで何らかの話をつけているのだろう。
ならば聞いておこう。
ルキウスを一瞥し、ブスタをにらむ。
警告はした。
その発言が、どうしようもない内容でないことを期待しておこう。
「公にはあなたはユノ様とは関係のない方となっています。ユノ様とご結婚されても、それはおかしくはないことです。王族の中で、皇位継承権を持つユノ様とご結婚されたことにして、あなたは王族となり、そのまま王位をお継ぎになればよいのです。なにも本当に夫婦になる必要はありますまい。そこはやはり抵抗がございましょう。ただ、一生塔にでも幽閉して外に出さないことです。そうしてあなたは他の誰かと結婚し、あなたの子孫を残せばよいのです。貴族、いえ、王族なのですから、それは当たり前の事でしょう。ユノ様には不自由をおかけしますが、もともと王家の姫君に自由などないのです」
ブスタは臆面もなく、私に提案していた。
その提案は理解できた。
しかし、どこかで反発していた。
「それは私も賛同いたします」
ルキウスもブスタの意見に賛同していた。
「お前たち、何をたくらんでいる」
これで密かに手を結んだのは明らかだ。
しかし、この二人の真意は別々の物だろう。
「いえ、目的が同じだけだっただけです。あえて、何のたくらみと問われますれば、それは、あなた様を王にすることです。そして私はそのそばで一番おいしい汁を吸います」
ルキウスは自分の欲望に忠実だった。
ガイウスがいなくなり、それを前面に押し出してきている。
「私はいつでもあなた様の心の声を代弁しているにすぎません」
ブスタの言い方は本当にイライラする。
なにが、心の声だ。
まったく不愉快なやつだ。
しかし、一方で納得はする。
「され」
ブスタの首に剣を振るう。
「ふふふ。私はあなたの心の声です。ゆめゆめそれをお忘れなきよう……」
笑顔のブスタは陽炎のように消えていた。
「面妖な術だ」
昔見た忍者アニメを思い出していた。
「閣下。一刻も早く陛下とお呼びできる日を心からお待ち申し上げます。ガイウス殿を殺した犯人は捕まえれば、殺すこともできましょう。しかし、ガイウス殿の不名誉は、閣下が陛下となられることでしか回復はできますまい」
恭しく頭を下げるルキウスの態度は、どこか見覚えがあった。
そしてその言葉は私の心をとらえていた。
ガイウスの不名誉をはらす。
それは、今の私にとって、最も重要なことだ。
だから、裏で画策した奴を探している。
しかし同時に、私の中で何かが告げていた。
こいつは有能な男だ。
そしてそのためには、手段を選ばない男だった。
今も下げ続けているその頭は、目的のためには手段を選ばない冷酷な判断が出来るものだ。
そこが、ガイウスとは違うところだ。
しかし、このタイミングでこの話をしているということは……。
「おまえ……。まさか、知らせているのか?」
怒りに駆られそうになり、必死にそれを抑える。
冷静に。
そう、冷静に考えなくてはならない。
「私は必要なことを必要なだけお伝えしたにすぎません。王はご病気でお亡くなりになりました。皇太子殿下も同じ病です。王城にいた者たちはその病にてすべてお亡くなりなり、今は閣下が王家を支えているとお伝えするだけです」
ルキウスは淡々と語っている。
この私にとって、都合のいい内容に置き換えてユノを呼び寄せている。
すでに準備は整っていた。
手紙では、ユノは瞬間移動の魔法を習得しているらしい。
知らせを受ければ一瞬でここまで来るだろう。
「何日だ」
こいつのことだ、すでに出発させているに違いない。
「早馬ですので、あと五日かと」
すでに賽は投げられたという事だ。
すまないユノ……。
そう思ってみたものの、不思議と悲しくはなかった。
お前の自由、この私が貰い受けよう。
ただ、お前の大好きな魔法だけは、可能な限り、好きにさせてやろう。
ただし、昔みたいに、この城の中だけだ……。
「物見の塔を幽閉場所に。転移不可の術式など、宮廷魔導師を総動員してかかれ」
ユノはあれでも高位の魔術師だ。
アウグストの学士院で修行して、ますます腕が上がっていると考えておくべきだろう。
「陛下。すでにユノ様の幽閉の準備はできてございます」
ルキウスは私にそう呼びかけていた。
そうか……。
そういうことか……。
すでにユノの道まで、用意されているのだな。
そうすると、ユノの替え玉まで探しているのだろう。
それは、ユノに対する甘えを許されないということか。
私自身はただ前に進めばいい。
そういうことか。
「いいだろう」
お前たちのたくらみに乗ってやる。
これだけ殺したのだ、ガイウスの復讐はおそらく達成できているかもしれない。
しかし、彼の不名誉は全く回復できていない。
ならば、いこう。
そのまま歩きだし、玉座に深く腰掛ける。
今はただ、ルキウスが膝をついているのみだ。
ルキウス以外、誰もいない玉座の間。
しかし、まぎれもなく私はここに座っている。
悪くない。
その時、腰の剣がかすかに震える気配がした。
そうだ。
今はまだ、この椅子に腰かけているにすぎない。
剣に手を当て、落ち着かせる。
そうだ。
私は、この椅子すら利用して見せよう。
そのためにはまず、自らこの椅子に妹を座らせて、その妹を利用する。
まさに家族を犠牲にして……だな。
「目的は、完遂しなければ、意味はない」
今でもまぶたに焼き付いている。
あの時の、友の無念の涙。
「国内に通達。これより、ユノ女王の誕生だ。そして時期を見て私との婚姻を発表する。国外に向けての使者も準備だ」
もう、迷いはない。
「仰せのままに」
ルキウスは頭を下げて、退出していった。
すべてはこれからだ。
ユノ。
この私を許してくれとは言わない。
理解してくれとも言わない。
この私は、もう君の知っている兄ではない。
友を守れず、妹も守れない男だ。
「ならばせめて、友の名誉だけは守って見せよう。たとえ、それがユノの涙を犠牲にするとしても」
これより私は修羅となる。
この時初めて、私の中で意志と力が交わった気がしていた。
時間的にはアプリル王国の避難民がノイモーント伯爵領に到着した後にユノはその知らせを受け取ることになります。




