籠の鳥計画(イエール共和国)
イエール共和国での攻防です。武力を使わない戦いが幕を開けます。
「これは何ですのん」
笑顔で新作の首飾りを手渡された。
けど、思わずそう尋ねずにはおれんかった。
ごくありきたりな首飾りやけど……。
なんかこう、うさんくさい。
この人がいつも持ってくるもんとは、大分雰囲気がちごうとる。
なんや、似合わんといったらええんか……。
ともかく、こんな胡散臭い感じのもんははじめてや。
「まあ、単なる遊びの魔道具ですよ。人の精神を封じて、その人格を支配するものかな」
にっこりといつものように笑顔で説明しはる。
なるほど、そら単純な仕組みで……。
って、そんなわけないやん。
ついつい、その口調と雰囲気にだまされとった。
いや、この人が持ってきたから、だまされたというべきか。
「えらい物騒なものでんな」
正直に感想を言うとく。
少なくとも、そう言うてもええ仲やと思っとる。
「そうですね。ただ、それは特定の相手にしか通用しないようにしてあるから、万が一出回っても大丈夫ですよ。それに安全装置も付いてますからね」
なんや、限定的なものかいな……。
そら安心。
って、そんなわけあらへんやろ。
「いやいや、それでも人ひとりの自由を奪うのはどうかと思いますで……」
渡されたもんを突き返す。
こればっかりは言わんといかん。
この人が道を踏み外そうとしたら、わしが注意する。
そのために、わしにまず魔道具を見せてくれるんやと思うとる。
自慢や無いけど、世間とこの人の橋渡し役やと思うとる。
注意するのも、わしの役目や。
「うん。さすがラモスさん。そう言ってくれると思ってましたよ。だから、あなたにお願いします。すみませんが、これを議長の手に渡るようにしてください。これは虜の首飾りと名付けています」
そう言ってわしにとびきりの笑顔を見せていた。
「なんや、ためされとったんですか……。ヘリオスさんもお人が悪い」
なんか恥ずかしゅうなってしもてたわ。
「あっ、そんなつもりはなかったんです。すみません」
顔に出てたんやろな。
そんなわしを見て、あわてて謝るヘリオスさんは、とてもかわいい顔してはった。
「これで、おあいこでんな」
にんまりと笑ってみせる。
取ってつけたようやけど、しゃあないわ。
「ラモスさんも人が悪い」
頬を膨らませてはる……。
すねた感じの顔するヘリオスさんはホンマに美少女やで……。
「それで、具体的にはどうするつもりなんです?」
真剣な表情で聞き直す。
この計画はちゃんと聞いとかなあかん気がしてた。
これはこの人の大事な仕事の一つ。
このわしが、しくじるわけにはいかんのや。
「ラモスさんは、これを議長の手に渡るようにしてくれたらいいです。後は議長がかってに踊ります。その様子をやっぱり記録してくださいね。場所はこの部屋じゃなく、議長が用意してくれます。たぶんあそこなので、前もって仕掛けておいてください」
ヘリオスさんは、やっぱりシナリオを用意してはった。
ただ、ヘリオスさんが準備するわけにはいかんのやろ……。
わしはただ、その準備をすればよかった。
でも、わかる。
その準備こそが必要なんや。
「あと、アプリル王国とメルツ王国の戦争で、メルツ王国に大量に貸し付けている議員がいるはずです。たぶん議長にそそのかされているはずです。その人たちを特定したいですね。それと、ジュアン王国にも大量に貸し付けている人たちがいるはずです。そうした人たちは、議長から何らかの話が行っているはずです。ある時点の取引以降、議長に近い人たちほど、融資はしていないはずです」
ヘリオスさんはえらいことを言ってはった。
これはこの国の議員の進退に影響する話やった。
「まず、議長に近い人はジュアン王国、メルツ王国から借款を停止しているはずです。それか、それを言葉巧みに違う人に譲っているでしょう。今メルツ王国が攻めています。また魔導機甲部隊という新戦力を持っています。帝国の後ろ盾もあります。メルツに融資するのは、たぶんおいしい話に聞こえますよ。だから、議長が大量に融資したその権利を売りに出していると思います」
ヘリオスさんは見てきたかのようにこの国の裏側を語ってきた。
確かにわしのとこにもその話は来とった。
議員だけに来る話しらしい。
わしはその手の話をすべて断っといた。
「たしかに、その話は私のとこにも来とります。もちろん断っとりますけど……」
ヘリオスさんはうれしそうな表情を浮かべとる。
「ラモスさんはさすがですね。その話絶対に受けてはいけません。必ず損をします」
何かを知っている。
そう思わせる口ぶりや。
「けど、実際メルツ王国は有利でっせ。それに、ジュアン王国は政情が安定しとるし、安心な国とちゃいますか?」
わしは情報を引き出すため技術を使ってみた。
しかし、ヘリオスさんは笑顔やった。
「僕にその技を使わなくてもいいですよ。ちゃんと全部言いますから」
ホンマかないませんわ。
「えらいすんません……。癖みたいなもんです」
素直にあやまっとこ……。
「いえ、ただご存知と思いますが、国の借金は基本的にそこの王家が請け負ってます。国そのものではありません」
ヘリオスさんは当たり前のことを言ってきはった。
国というのはあってないもんや。
借金踏み倒すのに、国名をかえたっちゅうのは、有名な話やった。
だから契約はその代表。
つまり国王と結ぶようになっとる。
だから、国王が死んだときに困らないように、ふつうは王家とも契約をしている。
つまり、その王家が存在する以上、その借款は生きとるちゅうことや。
自分で考えて、自分で答えを出しとった。
わしは額から流れる汗をどうしていいかわからなかった。
小心者のわしは、こころみだされてしもた。
「ちょっとまってんか……。ということは……」
手も震えるけど、口まで震えとる……。
自分でも、なんていうてええかわからん。
「ええ、そういうことです。多少時期はずれますが、両国ともにそういう運命を進んでいます。誰の思惑かは言いませんが、少々おイタが過ぎるので、このあたりでお灸をすえておこうと思いました」
さわやかな笑顔でそういうヘリオスさんを、わしは何とも言えない顔で見ている自覚があった。
「もちろん、ラモスさんから見て、この人は破産してもいいと考えたら、そのままでいいです。すべての人が善人ではないはずです。しかし、あまりにひどい人にはこの際ですので、退場願います。僕は正義の味方ではありませんし、清い水に住みたいと考えている魚でもありません。清濁併せ持ったのが人間です。ただ、限度というものはやはりあるでしょう。あの人はそれを超えすぎた人です。そろそろ何らかの罰が当たるんじゃないかなと思います。その巻き添えを食う方で、ラモスさんが気の毒に思う人は救ってあげてください。これはさっきのように判断できるラモスさんだからこそするお願いです」
そう言って、わしに頭を下げとった。
「やっぱり試しとったんやないですか」
笑うしかないわ……。
でも、それはそれできもちええわ。
「それで、あらかた調べはついとるんでしょ?」
それ以上何も言わないヘリオスさんに、逆に話を振ってみた。
「すみません、クリュメネ商会さん、クリュティエ商会さん、ロデー商店さん、レウコトエ商店さんは必ず救ってあげてください。あそこのご主人さんたちはきっとこの国にとって必要な人になると思います」
申し訳なさそうな顔してはる……。
でも、やっぱり人選をしてはった。
そして、その人選はわしも納得できるわ。
「わかりました。それと、この首飾りですな。すべてこのわしに任せとってくださいな」
俄然やる気になってきた。
そして、わしはあの首飾りを巧み操作して、議長のもとに届けさせた。
誰からであるとはわかんはずや。
わしはラモス・ナーニワちゅう商人や。
信用されて、任された以上、納得のいくもんを仕入れて、お客さんに提供する。
そして商人は、また信用を得る。
それが商いの基本。
それには自信があった。
***
それからしばらくして、議長がわしの店にやってきよった。
「ヘリオス様はいらっしゃるかな?」
にこやかな笑顔が板についとる。
ホンマ感心するわ。
その仮面の下で、どんな感情が渦巻いてるんかわからんけど、今夜だけはようわかっとるで。
あの首飾りを使う気や。
だれに?
そらヘリオスさんに決まっとるやろ。
一人芝居もこのくらいにしとこか……。
議長のその表情。
アリジゴクのごとしやで。
アンタはしっとるやろ、アリジゴク。
でもな。
議長、どっちがアリかわからんのやろな……。
「いてはりますが、どうしましたん。こんな夜に珍しい」
これでもずいぶん議長とは仲良くなったように見せかけとる。
「ちょっと相談したいことがありましてな。資料も見ながら話したいので、ご足労をお願いしたいと思います」
そんなわしに、有無を言わさぬ迫力で迫ってきた。
一応丁寧なのは、ヘリオスさんに聞かれると困るからやろう。
ホンマに役者やな、この人は。
「いいですよ。どこに行くんですか?」
予定通りヘリオスさんは奥から出てきはった。
さも驚いた表情で出てきたヘリオスさんも、負けず劣らず役者やった。
この腹の探り合い。
まあ、議長がここに来た時点で、ヘリオスさんの勝ちなんやけどな……。
「私の行きつけの店です。以前一緒に行きました、あの店です」
予想通り、そこを指定してきた。
「わかりました。では、まいりましょう。ラモスさん。書きかけの書類がありますので、そのままにしておいてください。帰ってから書きますので」
ヘリオスさんはあらかじめ決めていたセリフを言ってきはった。
「重要なことなら、持っていかれてはどうですか?」
わしも決められたセリフを返しておく。
後は議長が想定通りの言葉を言うかで、それで結末が見える。
「それがいいでしょう。お待たせすることもあるかもしれませんので、その時にでも……」
議長のセリフは予想通りやった。
ホンマ、笑いをこらえるのに苦労するわ。
予定通り、撮らせてもらっとるから、後でまたみて笑わせてもらいますわ。
ヘリオスさんはわしが、この記録用魔道具で撮ってる間、その力を解除してくれてはる。
ヘリオスさんが自分を記録するように設定しはったもんや。
それがあそこにもある。
議長はん……。
せいぜい、いい夢みなはれな……
夜の街に消えていきはる議長の背中を撮りながら、心の中でそう付け足しておいた。
次は議長の視点で物語は進みます。




