EX STAGE6:災厄の実験者
こうして俺とヨルヤは冥界から地上へと向かったのだ。
冥界から地上へと繋がる扉を潜り、到着したその場所は『始まりの塔』と呼ばれる場所。
異世界へと繋がる扉『オールドア』が安置されてる場所でもある。
神聖にして、神前のこの建物ではあるが、既にほぼほぼ破壊されていた。
どうやら、この辺でも戦争の為の争いが起こったようで、この近くにある花畑の方角からも、もくもくと煙が上がっている。
「翔琉、これが戦争……だなんて、思うのは、まだ早いぜ」
ヨルヤはいつになく真面目な表情になっていた。
普通なら子供姿と言えど、かっこいいと思ってしまうだろう。
だがまあ、俺がだっこしている状態じゃ無かったらな……。
「そろそろ、ヨルヤ……じゃなくて、ノクヤ??おろしていい……??」
「え??なんで??」
「吐息が首筋に当たってこちょばしいんだよ」
「いやいや、わざと当ててるんだよ、ふぅ~」
「ひゃん……‼」
不意討ちを食らってしまい、変な声が出てしまったではないか。
「やべぇ、翔琉かわいい……くそぉ!!なぜ、大人姿じゃないんだ俺ぇぇぇ」
「うるさいうるさい!!もう、おろすからね!!」
駄々っ子になってるヨルヤを強引に引きずりおろした。
ちょっと、爪を立ててきやがったせいで、首に引っ掻いたような痕が残ってしまったではないか。
さてと、まあこれからのことだよな。
「んで、ノクヤ。まずはどこに向かう?」
「ん?翔琉はどこに行きたいんだ?仲間たちの元かい?行方不明者を探しに地方にいくかい?それとも元凶を一気に滅ぼすために光神殿へ向かうかい?」
「まずは、仲間たちの元かな……いやでも、向こうが俺を知ってるのかな……」
神であるヨルヤならまだしも、一般的なこちらの住人である彼らには俺の記憶が存在していないかもしれない。
というか、あの偽りの世界での記憶が引き継がれているという証拠はなにもない。
だから、接触するのは少しばかり怖い気がするな……。
「じゃあ、全くの別人に変身して接触してみたら?」
「え?」
そう言ってヨルヤは俺の姿を変化させた。
力を封じられてても、こんなことくらいは余裕にできるようだ。
って、おい。
「おい、ヨルヤ」
「だから、ノクヤって呼んでって……」
「おい、ヨルヤ……この姿はなんだ??」
「なにって……立派なお母さん?」
「ゴラァァァ!!」
俺の姿は、何故か……エプロン姿の女性の姿になっていたのだ。
なんだこれは。
「いやぁ、ほらあれだよ。俺が子供姿だから、保護者的なポジションならまだ誤魔化せるかなーって。それに女の姿の方が、なにかと便利だしね」
「いや、それにしても……この姿って……どーみても、ファーストだよね??」
「可愛いだろ??」
「まあ……ブスではないけど……大丈夫なのか?逆に」
「ん??」
ヨルヤは理解していてこの姿に変身させているのだろうか。
始まりの神ファーストの姿を真似ているだなんて、成り代わり現象が起こっているこの世界では、それだけでも疑われてしまう要因になってしまうのではないか?
そしてなにより、始まりの神ファーストの顔を知っているものがいたなら……余計に怪しまれるのではないだろうか。
「あー、心配しなくていいよ。別段ファーストの顔だから狙われるだなんてことはないはずだから……」
「だから、それが……安易だって……‼」
俺はそこで会話を止めた。
そして、ヨルヤも……先程のちゃらんぽらんな感じが消え、臨戦態勢に入る。
周囲から、おぞましいまでの怨みの込められた殺気が充満していたからだろう。
そして、その殺気の正体は唐突に現れた。
上空より俺たちの前に舞い降りた、黒い翼を生やした男……鳥族でもなければ、天使でもない……なんだこいつは。
「これはこれは、驚きましたよ。ヨルヤ殿……それと、ファースト殿」
男はにこりと微笑みながらそう言った。
そして、懐より聖書を取り出し、それを唐突に黙読し始める。
「えっと……君は……誰だったかな?」
と、ヨルヤは同じくにこりと微笑み聞く。
もちろん、楽しいから微笑んでいるのではない。
余裕を見せつけるために、微笑みを見せているだけだ。
パタン、と聖書を閉じたその男はため息をついてから、口を開く。
「おやおや、酷いですね。せっかく出向いて差し上げたと言うのに……」
「出向いて……ねぇ……」
「仕方がありませんね、名乗りましょう。私の名前は【暴食】。【悪の因子】の一人……否、一つですかね」
「悪の因子だと‼」
その言葉を聞いた瞬間に、ヨルヤの顔は余計に怖くなってしまった。
こんなヨルヤ見たことがない……。
いったい、悪の因子とは……。
「ファースト殿……まさか、生きておられるとは驚きですよ」
「え??」
にこりと微笑みながら、暴食は喋ることを止めない。
「いやぁね、始まりの神ファースト。私たちは確かに、確かに……邪悪様と、エンド様の命により……確かに病死させたはずなんですけどね??」
「病……死……」
この言葉を聞いた瞬間、ヨルヤは暴食に向かって攻撃を開始した。
自身の身体を獣に変身させ、鋭利な爪で男の首筋を貫通させる勢いで突き立てる。
普段のヨルヤならば、これで完全に男を殺していたことだろう。
だが、ヨルヤは今は子供姿。
腕のリーチが短く、その爪が届く前に暴食により蹴りあげられていた。
「ぐっ‼」っと、苦しそうな声を出して、ヨルヤはサッカーボール見たいに上空へと飛ばされていく。
「さて、ファースト殿……あなた様は邪悪様とエンド様にとって邪魔な存在……消えろ‼」
暴食は、俺に向かって魔法で作った邪悪なギロチンの斧を振りかざす……。
バキン、と斧はへし折れ、そして暴食の身体はみるみると黒い煙を出し始める。
「なん……だと……」
と、暴食はたまらずその場に膝をつく。
「え??なに??」
俺はなにもしていない。
だから、なぜこうなったのか……理解できなかった。
上空に吹き飛ばされたヨルヤが直ぐに戻ってきた。
そしてそのまま、爪を暴食に突き立てる。
「残念だったな暴食……始まりの神ファーストに、お前たちの攻撃は効かない……それが、邪悪とエンドが怖がる理由だ……」
「ヨルヤ‼私たちは確かに、ファーストを殺したはずだ‼なぜ、あの女が生きてるんだ‼」
「ああ……それはね、こういうことさ」
ふっと、ヨルヤが俺に向かって息を飛ばすと、変身魔法が解けた。
その姿を見た暴食は、がくがくと身を震わせ恐怖に凍りついた顔をしていた。
「お前は……【災厄の使徒】天野翔琉……」
「なにその呼び方‼」
誰が災厄だこの野郎。
災厄の使徒。
それは、後々聞いたのだが、この世界での俺……すなわち天野翔琉のあだ名らしいのだ。
なぜそんなことになっているのか……それは、俺がもたらした奇跡が関係しているのだ。
いや、この場合奇跡とは言わずに、単に他世界干渉と言うべきなのだろうか。
それを実際にやってのけてしまったことを、この世界の人々は記憶として植え付けられている……偽物にして妄想だったあの世界の結末。
しかしながら、彼らはそれが恐ろしかった。
実際に、記憶の上書きとも呼べる他世界干渉による記憶の捏造・偽装などは、全世界の人間が天変地異の前触れと恐れたほどにだ。
否、実際に天変地異は起こった。
地震、雷、台風、豪雪、その他もろもろ……。
その結果、今回の他世界干渉を引き起こした少年である俺は【災厄の使徒】と呼ばれることになったのだ。
それはもちろん……悪の因子と呼ばれる暴食たちにさえも、脅威にして最悪の人物だったのだ。
故に暴食は、異常なまでな過剰反応で天野翔琉登場にうち震えているのだ。
他世界から干渉することのできる少年……そんなもの、この世界においてはバグというようなレベルの超人でさえなし得ない事であるがゆえ、存在が恐れられるのだと、自画自賛的な発言ではあるものの、これしか形容できないのだ。
「き、貴様……何故、この世界にいる‼」
震える声で暴食は言う。
だが、虚しいな……まるで、負け犬が必死に吠えているように弱々しく雑魚雑魚しい。
「何故って……まあ、拉致されたって言えばいいのかな??」
俺はヨルヤをチラリと見る。
ヨルヤは悪びれることなくにこりと微笑んでいる。
悪いことしたと思ってない顔だな。
「だが、ちょうどいい……貴様さえ消えれば、我々は今度こそ……」
「今度こそ?」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
暴食は、発狂しながらヨルヤの爪を食い破り、俺に襲いかかってきたのだった。
だが、ヨルヤが俺と暴食の間に入って、暴食にカウンターを喰らわせる。
彼は、始まりの塔の壁に激突し、めり込んだ。
美しい装飾の塔の外壁は、暴食の血で汚されている。
「ヨルヤぁぁぁ!!邪魔をするなぁぁぁ!!」
暴食が壁にめり込みながらも放った闇の波動がヨルヤの身体にまるで蛇のようにしがみつく。
だが、ヨルヤはすかさず闇の波動を切り裂き、暴食の方へ闇の光球を飛ばし攻撃する。
圧倒的すぎるほどの実力の差……。
先程とうって、逆の立場になっている。
「悪いけど、君の攻撃パターンはこの数手で見切った……」
「へぇ……流石は、悪魔神。始まりの神ファーストの夫だな」
「それにしても、暴食……何故翔琉を狙う」
『その理由はお前がよく知ってるんじゃないか?ヨルヤ……』
唐突に違う人物の声が上空から聞こえた。
そして、それは現れた。
「初めましてヨルヤ殿……それと、災厄の使徒【天野翔琉】殿。私の名前は嫉妬。悪の因子の1体でございます」
純白の服装を身にまとった白髪の青年はそう名乗った。
そして、直ぐ様暴食の首を掴み、電流を走らせ彼を気絶させた。
「申し訳ございません。彼はこのままにしておくと、我々の目的を溢してしまう可能性があるので、早々に眠って貰いました」
「ふーん……ってことは、君たちが今やっている【成り代わり現象】は君たちがなんらかの目的を持ってやってるってことね。なるほど、それさえ分かれば充分だよ」
「おや、天野翔琉殿。これは一本取られましたね」
「とりあえず……今君は逃げる用意してるみたいだから、逃がさないよ??」
ヨルヤは暗黒の波動で、嫉妬と暴食を捕らえにかかる。
だが、嫉妬はその暗黒の波動をかきけした。
あの魔法は……。
「絶対滅亡操作……拒否系の魔法か」
「ええ、その通りです。私は拒否系の魔法の使い手。俗に言う、魔法拒否者なのです」
「……なるほどね」
「おや?天野翔琉殿。絶対滅亡操作はあなた様だけの魔法ではございませぬ故に……いささか、ショックでございましたか?」
「そんな気遣いはいらない……というか、別段そんな事で俺はショック受けないよ。むしろ、ワクワクしてる」
「ほう……」
「久々に感じたよ。こんなにも難しそうな課題と実験材料にはね……。あぁ、これが喜びってやつなんだね」
俺は快楽に似た何かに浸っていた。
あの狭苦しい研究よりも、やはり身近なファンタジーを実験材料にするっていう考え方が、異常なまでに自分を興奮させてしまっているようだ。
普通で普通が好き……。
だけどそれは、自分自身の話だ。
俺は専ら、研究に関しては異端で異常を選択する。
それは、誰も挑戦しない未知の領域だ。
だからこそ、やりがいのある事に感じてしまう自分がいるのだ。
「では、天野翔琉殿……私どもはこれにて……」
そう言って逃走を図ろうとした嫉妬はすぐにその歩みをやめた。
何故ならば、ここはすでに脱出不能な空間に変貌していたからだ。
「空間魔法:【絶対なる監禁】……ダメだぜ、嫉妬。翔琉が実験するって言った以上、逃がさないぜ……」
「やれやれ、ヨルヤ殿……お忘れですか?私は魔法拒否者……この程度の魔法ごときでは……??」
「どうした??」
「拒否できない……だと?」
あんなにも冷静沈着だった嫉妬が冷や汗をかき始めた。
余程、自分の力に余裕があったんだろうね。
でも、無駄だよ。
この空間は既に、ヨルヤの魔法によって完成され、凍結されているのだから。
絶対滅亡操作は、魔法エネルギーを消費させて拒否する魔法だ。
だからこそ、魔法自体を凍結されて、エネルギーが消費できない状態になったら……当然、拒否することは出来なくなるんだぜ。
どうやら彼は、絶対滅亡操作の弱点を知らなかったようだ。
残念だな。
「さあ、実験の始まりだ」