EX STAGE26:犯されし肉体
「狼牙‼」
そう蘚琉お姉ちゃんが叫んだのが聞こえた。
薄れ行く意識の中で、おいらは確かに天野翔琉が泣いていることに気づいていた。
瞳から涙がこぼれ落ちてはいるものの、みんなにはちょうどその様子が見えないのだ。
だからこそ、猟奇的なこの光景……おいらを殺しているように見える天野翔琉しかみんなの目には映っていないのだ。
「翔琉お兄ちゃん……よくも、狼牙を‼」
そう、蘚琉が言うと翔琉は、涙を拭い、おいらの心臓を貫いた尻尾を引き抜き、彼女を睨み付けた。
おいらの胸からは、血が溢れんばかりに流れ落ちている。
「おやおや~何を言ってるんだい、蘚琉。 こんな、出来損ないの実験生物に同情するとか、頭おかしいんじゃないの?」
「‼ ろ、狼牙を……バカにするなぁぁぁぁぁぁ‼」
そう言って蘚琉は、以前本気を出した際の赤いドレスへと変身し、翔琉の首もとを噛みきりにかかった。
パラノイア時代の産物……天野蘚琉が激昂すると、以前世界を支配しようとした時の戦闘姿へと回帰することができる。
が、それでも以前のように頭がおかしいわけではないので、その分威力は半減するけどね。
「ふふっ」
と、天野翔琉は笑い、その攻撃を難なく弾く。
幾重にも張り巡らされた光の結界によって、蘚琉の攻撃を抑え込んでいるのだ。
「甘い‼ 捕食‼」
蘚琉の蹴りは結界を侵食し、食らい付くさんばかりに結界にヒビを広がらせるが、決定打とはいかなかった。
「さて、次だな……」
そう言うと、翔琉はおいらの傷口に手をやり、おいらの傷口を治した。
そして、残った血を手ですくい、それを飲み込んだ。
「な、なにを……」
「ゴクン……ふぅ……。 ん?天野翔琉、なにを、なにを、なにを、ななななななななな」
翔琉は突如、壊れた人形のような行動を取り始めた。
関節をガガッと動かし、言葉はABリピート。
「蘚琉お姉ちゃん‼ 」
「喰らえぇぇぇ‼」
ドガッと、天野蘚琉の放った強烈な蹴りは、天野翔琉に見事クリーンヒットした。
が、その蹴りのせいなのか……翔琉の首は取れた。
ポロっと。
「ぎゃぁぁぁぁ‼お兄ちゃんの頭がぁぁぁぁ‼」
と、蘚琉や周りのものたちは驚いていた。
しかしながら、その取れた首の変身が解けた瞬間に、全員が悟った。
これは、天野翔琉では無いことに。
「こ、これは……」
「ハロハロ~みんな。 ドッペルゲンガーだよ~」
不気味な首のとれた人形は自身の首を拾い上げ、そう高らかに言ったのだった。
ドッペルゲンガーとは……かつて、時空間魔法の魔導士ディルを戦闘不能に追い込んだことがあり、尚且つ彼女の弟子である。
人ならざるもので、その正体は水の支配者ミコトによって作られた人形である。
この人形は、相手の記憶に干渉する力を持ち、尚且つ読み取った記憶から対象物に変身することのできる万能性をもっている。
と、言うことは……だ。
ここで倒したのが、本物の天野翔琉ではないと言うことは、本物は、何処へ?
「やれやれ……まさか、狼牙の血を飲むことによって一時的に肉体を抑制させたとは、驚きだよドッペルゲンガー」
そう言って、突如空間を引き裂いて、本物の天野翔琉が現れた。
ドッペルゲンガーの姿とは違って、なんだか普段通りの翔琉なのだが……明らかに違う。
「あはははは。 みんなみんな~、元気?」
「お前……翔琉お兄ちゃんじゃないな」
「あはははは。 君の言う翔琉お兄ちゃんってのは、これのことかな?」
そう言って天野翔琉は、胸からぶら下げている水晶を指差す。
美しき、黄金色に輝く水晶……その中には、なにやら魂のようなものが封じの込められている。
よくよく見てみると、魂のようなものは抗っているが、黒い紐のようなものに捕らえられている。
その慈悲深き光の力……まさか‼
「あれが……天野翔琉??」
「ピンポーン!!大正解だよ♪」
天野翔琉の姿をした天野翔琉は、たしかにそう言った。
楽しそうに嬉しそうに。
子供のように、無邪気に。
「さてさて、じゃあ問題です。 そんな本体天野翔琉がこの結晶だとするならば、肉体天野翔琉は、なんでしょうか? シンキングタ~イム♪」
「いや、シンキングタイムなんかいらない……」
と言ってヨルヤとファーストはゆらりと天野翔琉の姿をした天野翔琉に向かう。
そして、彼らは問う。
彼の正体についての、自身の感じた違和感と最悪の結末を。
「「お前は、邪悪……だろ」」




