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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

赤い門

作者: 詞記ノ鬼士

昔から言われている物事には何らかの意味がある。例えば、その土地の風習や子供に子守唄として伝えられる話、そして迷信……など。意味があるから今もなお伝わっている。そして、それらを守らなければ何か悪いことが起こると定義されているのならば、あえてそれを破ろうとはしないほうがいい。その悪いことはもしかすると、本当に起こってしまうのかもしれないのだから。


 これはある男の話であるが――


 その男は変わり者で、何でも言われたことの反対をしていた。

 家では、両親に注意される時……

 部屋が汚くて、

『物を片付けなさい、ゴミはゴミ箱にちゃんと捨てなさい』

 食事のマナーが悪くて、

『肘をつかない、茶碗を持ちなさい、箸の持ち方が悪い』

 外では、学校の先生に注意される時……

 遅刻をしたり、授業に遅れたりして、

『もっと早く来なさい、時間を守りなさい』

 授業中の態度が悪くて、

『居眠りをしない、話を聞きなさい、集中しなさい』

 と、言われればそれを聞かず、いつまでたっても直そうとしなかった。

 そう、まるで天邪鬼なのだ。

 だから、いつまでたっても、だらしない人間のままだ。

 そんな男に周りは合わせて、あえて反対のことを言い、彼に言うことを聞かせていた。


 やがて、男は仕事の関係である場所を訪れた――


 山奥の農村地帯だった。

 彼は村の者から『行くな』と言われていた場所にいた。

 村の言い習わしを前もって聞かされていた。

『あの場所は、村人が最も恐れる危険な場所だ。誰も近づかない。不吉な場所なのだ。絶対に近づくな』

 だが、それを聞かずその場所に訪れた。

 仕事もこっそり抜け出していた。

 反対という長年の絶対行動を、彼には止めることは出来なかった。

 階段を上った先、人気のない林の中で、ある門を見た。

 赤い門。

 泥に汚れ、劣化が激しく、傾いている。

 ただそれだけが、何もない場所でぽつんと建っていた。

 男がその門の前まで迫った時、ある老婆に肩をつかまれる。

「いかんよ……」

 男は、いきなりのことに驚いた。

 いつのまにか、そこにいた……

 その老婆はもう一度言う。

「その門をくぐってはいかんよ……」

 その声は男の頭の中に余韻を残しながら、響きわたった。

 そして彼は……そっと、足を動かした。

 いつものように彼は行動する。

 だから、そこに踏み入ってしまったのだ。

 老婆の言葉を聞かずに、そのまま赤い門をくぐり抜けてしまった。

 その後、謎の老婆は男に向けて言った。

 こう言った。

「ああ……お前は、地獄を見ることになるぞ!」

 わけの分からないことを言う。

 男が戸惑う中、老婆は次々に言葉を続けた。

「不吉が起こる――」

「不吉が起こる――」

「お前はこの後、不吉にあう――」

「お前は地獄に落ちる――」

 狂ったように、言葉を吐き出した。

 そして、

「お前は、この後……死ぬぞ!」

 こう言った後、笑いだす。

甲高いガラガラ声で笑いだす。

 そんな老婆を見て男は怖くなり、その場を立ち去ろうとした。

 だが、その瞬間、男の腕を老婆は掴んだのだ。

 それと同時にぴたりと、笑い声も止まる……

 そして、静かにこう呟いた。

「7日以内に目覚めなければ、その者は地獄へと引きずり込まれるだろう……」

 その、刹那の沈黙。

 男はその一瞬に手を思いっきり振り払った。

 老婆を横切り、階段がある場所まで走る。

 振り返りざま、老婆は付いては来なかったが念のため男は走り続けた。

 そして、階段の所まで着くと男は一度立ち止まり、振り返った。

 そこにはやはり、さっきの老婆の姿はなかった。

「何だったんだ……」

 男はそこで安堵して、ため息とともに向き直った。

 その正面――

 人影。

 それは、いた。

 老婆が目の前にいた。

「わぁあああああああああ……ああっ!」

 階段をかける……

 転がる……

 男は足元を崩し、そのまま下の方へと落ちて行った。

 


 薄暗い闇が辺りに広がっている……

 船がぽつんと浮かんでいる……

 

 気づくと、そこはまるで地獄のような場所。

男は自分が夢を見ているのかと、怪しくも悟った。

 川の水は真っ赤に、沸々と煮えたっていた。

 それは、血だまりか?

 そのマグマのような赤の上に男はいた。

 船の上に男は立っていた。

赤いのは川だけではない。

 周り全体が赤く、どす黒い景色が広がっていて……

 ひどくおぞましい。

 それよりもまず目に付くのは、男の目の前に背を向けて立つ骸骨だった。

 その不気味な骸骨はなぜか、船から伸びた棘に胸の中心を突き刺されていて、そこから動けない様子だ。

 その方が安心だ。

 そう、男は思った。

 骸骨は先端部で舟をこぐ、こぐ、こぐ――ひたすら緩やかに、こぎ続ける。

 どこに向かおうとしているのだろうか?

 同じ景色が淡々と流れていく。

 時間が過ぎる。

 その間に男はいろいろと考えていた。

 いつになったら、この奇妙な夢から覚めるのだろう?

 骸骨はいったい、自分をどこに連れて行こうとしているのか?

 この地獄の先に何があるのだろうか?

 そして、しまいには……

 この夢は永遠に覚めないのではないか?

 と、まで思ってきた。

 その理由は、この奇妙な夢が本当に夢なのか、自分でも分からなくなってきたからである。

 これは夢でなく現実に今、自分はこの場所に立っているのだと、そう感じていた。

 はっきりとした意識、だが現実に欠ける地獄景色。

 ギコ……ギコ……

 骸骨は相変わらず、舟をこぐ。

 そこで、男は思い切って、

「ここは、どこだ。どこに連れて行く……」

 と、恐る恐る骸骨に、そう聞いたのだが……

「……」

 何も言わない。

 黙々とただ船をこぐだけ。

 その骸骨の役割はそれだけなのかもしれない。

 そう、思いかけた時だった……

 遠くの方を眺めていた男は、その先に何かあることに気づく。

 それが何なのか薄暗さと霧が一面にかかっていることで、よく分からないが、骸骨はそこへ向かっているようだ。

 近づいていくうちに、それが真っ赤な門だと分かる。

 男はそれを見て、何か違和感を持った。

 前にも、その門を見たことがあるような……

 そんな気がした。

 そう考えているうちに、船は門の前まで来ている。

 あと少しで、その門を通り抜けようとした時だった。

 骸骨がゆっくりと、後ろを振り返った。

 ――ぞっとした。

 そして、異様な光景を目の当たりにする。

 目があったその瞬間、骸骨の顔が自分そっくりに映ったのだ。

 だが気のせいだったのか、目をつぶったその一瞬、再び目を開けると骸骨は自分の姿などでは全くない。

 先ほどから見ている骨だけの者……骸骨だけでしかなかった。

 正面から見た骸骨は、不気味に両目の暗い穴から血を流している。

 口も同様で血を流しながら骸骨は門をくぐる寸前、カクカクとそれを動かした。

 何かを言おうとしているように思えた。

 だが、自分には骸骨の言うことなんか分からない。

 門を抜けたその時、声が聞こえた。

 骸骨の声がガラガラと、ノイズ交じりで頭に入って来た。

 そこで夢は途切れていた。

 気づくと、自分の意識は現実へ戻ってきていた。

 そのことに安堵する男だったが、気にかかることがあった。

 夢の中での骸骨が最後に言った言葉、それは……

「オマエノ――ハ、モラッタ」

 そう言ったのだ。

 聞き取れなかった部分は、いったい何なのか?

 自分の何かをもらった?

 後味が悪い夢だと、男はさっさとその夢を忘れようと思った、のだが……

そうはいかなかった。


その後も男は同じ夢を見続けた。

もう、7日目だ。

驚くことに骸骨は、夢で会うごとに姿を変えていった。

まずは、内臓や血管、肉が付き、皮膚が付き、7日目には人間というものが完成していた。

 その顔は、長く伸び垂れた髪でよく見えなかった。

 そして、骸骨だった目の前の者は、今日も舟をこぐ。

 赤い門が見えてくる。

 それを見た時、男は直感的に思った。

 その門をくぐってはいけない、くぐってしまうと何か取り返しのつかないことになる。

 と、そう感じた。

 だが、船は進む。

 それに男は言った。

「おい、止まってくれ」

 止まれ、と何度も骸骨に訴えた。

 何度も何度も――

 しかし、目の前の者は門の所まで船をこいできた。

 そして、それを超えようとした時、骸骨だったそれは喋った。

「もうすぐだ。もうすぐお前の……」

 はっきりとした人の声。

 ゆっくりと彼は振り返った。

 笑う顔、ニヤつく顔、醜い顔。

 だが、髪の間から覗かれるのは、まぎれもない自分の顔なのだ。

「あっ、あぁ……あ……」

 全身に恐怖が走る。

 近づいていく赤い、赤い門。

 それは止まらない、止められない。

 男は叫んだ。

「おい、やめろ! 止まれよ、止まれよ!」

 そして……

 ついに門がすぐ目の前に差し迫った。

 くぐり抜ける、その瞬間――

 骸骨であった目の前の自分は、いつものように言ったのだ。

 それは、はっきりと聞き取れた。

 聞きなれた自分の声が響きわたる。

 その言葉とは、

「お前の……体はもらった」

 そこで、船は門を通り過ぎた――

 

 視界が変わる……


 そして、次の瞬間、

「ぎゃぁあああああああ!」

 男は悲鳴をあげた。

 男の胸には棘が突き抜かれていた。

 後ろには、もう一人の男がいる。

 髪が伸びきっている男が――あれは、骸骨だ。

 いつのまにか骸骨だった者と、天邪鬼の男が入れ替わったのだ。

 激痛が走る中、男は思った。

 二人の自分が船の上にいる。

 そして、その意味は……

 ――7日以内に目覚めなければ、その者は地獄へと引きずり込まれるだろう。

 ある言葉がよぎる。

 それは、現実に起きたこと――

 村を訪れたこと。

 あの赤い門がある場所まで行ったこと。

 そして、その門をくぐったこと。

老婆が現れ、階段から自分は落ちたということ。

全て思い出す。

自分はあの後、どうなったのだろう?

死んだのだろうか?

すると、この場所は……

 もしかして……

 思考がそこまで展開したその瞬間、男の胸から全体へと伝うように血が溢れ出る。

そして、みるみるうちに体中の肉が、まるで腐敗を速めたかのように、ドロドロと溶けていった。

 ついには骨だけの姿へと化す。

 あの最初に目にした骸骨のように、男の姿は変わり果ててしまった。

 痛みは既に消えていた。

 だがもう、男は自由には動けなかったのだ。

 半信半疑のまま、呆然として男は後ろを振り返る。

 偽物の自分を見る。

 するとそいつは……

「やっと……変われた……」

 そう言った。



 男は目覚めた。

「……」

 そこは病院のようで、彼の家族が状況を説明してくれた。

 男は仕事場で階段から落ちて、意識不明の重体で病院へと運ばれたそうだ。

 それを聞いて……天邪鬼の男は家族に問う。

「なあ、俺はどれだけ眠っていた?」

 家族はそれに答えた。

「もう、何日も目覚めなくてね、心配したわ。そうね……もう、7日も眠っていたわよ」

「そう、そうか……」

 男はそれだけ呟いた。

 そして家族が退室した後、男は、

「ハハ……」

 静かに不気味な笑みをこぼしたのだった。

 はたしてこれは、あの天邪鬼の男なのだろうか?



 村の言い伝え――


 赤い門。

 それは昔、罪人が処刑される前に通ったとされる、いわくつきの門だった。

 通ったものは必ず地獄へ落ちるとされていた。

 人々はその赤い門を、地獄の門と呼んだそうだ。

 赤い門をくぐった後、罪人は7日間その場所に放置される。

 飲まず食わず、その場にとどまることになる。

 当然、生き抜くことは難しいだろう。

 こうして、その7日の期間を過ぎた時、1人の管理巫女がその生死を確認しに罪人の元へやって来る。

 もし生きていたのならば、その者は処刑を免れたという。

 そして、死んでいたのならば……そのまま地獄へと落ちたとされている。

 その真実は死んだ者にしか分からないことだが……

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― 新着の感想 ―
[一言]  こうして、その7日の期間を過ぎた時、1人の管理巫女がその<製紙>を確認しに罪人の元へやって来る。  誤字を見つけたのでポイントつけついでに報告しておきます。いい作品です。
2016/11/26 02:37 退会済み
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