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勇者と魔王様

魔王を倒しに行ったのだが

「即興小説トレーニング」で書いたものに加筆、修正いたしました。

「やっと――――やっとここまでたどりついた!」


 私は目の前にそびえ立つ禍々しい扉を見上げた。この先に、私が追い求めてきた魔王がいるのだ。

 思えば日本から召喚されて早半年、一介の女子大生だった私は勇者として魔王を倒す旅をしてきた。

 ここにたどり着くまで何人の仲間を失ったか。

 ここにたどり着くまで何体の魔物を切り捨てたか。

 この旅に出た頃は白く滑らかだった肌には無数の傷がついた。

 今ここにたどり着いた私の体には、野に咲く花の香りでもお風呂の石けんの香りでもなく血と泥のにおいが染みついている。


 これで、すべてが終わる――――


 私は背中から自分の身長ほどもある大剣を抜き放ち、魔王へと続く扉を開いた。




「何の用だ」


 部屋の主は豪奢な椅子に座ったまま退屈そうに言い放った。大きくぐるりとねじれた角、漆黒の髪、金色の双眸。恐ろしいほどの威圧感と魔力、その全てがこの男こそ魔王だと雄弁に語っている。それに圧倒され内心に恐怖を感じながらもその言いぐさにふつふつと怒りがわいてくる。


「ふざけるな。ここにただふんぞり返っていただけの貴様とは訳が違う」


 チャキ! 剣の切っ先を魔王に向ける。もちろん魔王は退屈そうな顔を崩すことなく欠伸をかみ殺すのみ。怒りと侮られた悔しさに、私のオーラが吹き出すのがわかる。その力のすべてを剣に乗せ、私は駆け出す。渾身の一撃を魔王に食らわせるために!









「くっ! 殺せ!」


 そう吐き捨てたのは私。魔王ではない。

 そう、私の渾身の一撃は魔王のデコピン一発に負けたのだ。大剣は砕かれ、装備ももうものの役に立たないだろう。私は使命を果たせず元の世界にも帰れず、ここで果てて終わるのだ。


 と思った。


「なあ、なんでみんなそう短絡的なの」


 いつの間にか私の目の前に魔王がいる。長いローブと黒髪が床にひきずることも構わずしゃがみ込んで私を見ている。悔しいことにイケメンなその顔に呆れの色を乗せて、いかにも面倒くさそうだ。


「お前、名乗りもしなかったが勇者だろう? 悪いけどさ、このまま帰ってくれる? こっちも面倒くさいんだよ、何人目だと思ってるんだ」

「――――へ?」


 魔王の言っている言葉の意味がわからない。


「なん、にんめ?」

「おお、また聞かされずに来たのか。しょうがない、聞かせてやろう。いいか、俺を倒しに来た勇者はおまえで39人目だ」

「さんじゅう、きゅう」

「そうだ。王国の奴ら、俺を倒すために今までそれだけの異世界人を召喚しちゃあけしかけてきやがるんだ。お前もそうだろう」

「は、はあまあ」

「も、ここまでくると嫌がらせだよな。いいか、異世界人はちゃんと送り返さないと世界のバランスが壊れるんだ。魂の総量が変わってきちまうからな、よくないんだ。なのにやつらは召喚してはけしかけてくる。しょうがないから俺はブチ倒した勇者をご親切に元の世界へ送り返す、こういう流れだ」

「……」


 私は呆然としていた。

 王様は言ってなかったか? 魔王のせいで魔物が活性化し、あちこちの村を襲っている。どうか魔王を倒してほしい、と。

 あまりにテンプレな話に言葉を失ったのは確かだが、その必死な瞳に負けて城を出たのだ。

 そのはずだったのに。


「そう、いえば、剣が」

「剣?」


 私は砕け散ってしまった大剣をちらりと見た。飾りもない、無骨な剣。でもこれを頼りにやってきたのだ。けれど。


「城でくれた聖剣とやらは城を出て1週間で刃こぼれして使い物にならなくなって」

「ずいぶん粗悪品だな」

「ついてきたお目付役の魔法使いには、私の力量不足だと。聖剣を使いこなすだけの力量がないからだ、と怒られた」

「言いがかりだな。それ、ほんとに聖剣か?」

「旅の途中も野宿させられたし」

「まあ、それはしょうがないかもな、宿屋がなけりゃ」

「でも、私以外のメンバーは夜になるといなくなっちゃうんだよ。で、朝になると帰ってくるんだけど、こざっぱりしてるの。絶対どこかの宿屋に泊まってるんだと思ってた」

「うわあ」

「問い詰めたら、勇者は世界一強いからって。自分たちは弱いので野宿はとてもとても、って」

「ちなみにそいつら男? 女?」

「男」

「よく無事だったな、おまえ」

「つるぺたには興味がないそうです」

「そうはっきり言わなくてもいいのになあ、傷ついただろ」


 とりあえず腹が立ったので手近な石をぶん投げてやった。油断していたのか見事に顔面にヒットした。ざまあみろ。


「でも、そんな奴らでもひとり、またひとりといなくなって」

「魔物にやられたのか」

「たぶん」

「たぶん、って。死体みつからなかったのか」

「うん。誰一人」

「――――おかしいと思えよ。それ、ばれないように一人ずつ逃げ帰ったんだよ」

「え。え、えええー……」


 おそらく私はこのときたまらなく情けない顔をしていただろう。

 つまり、あいつらは勇者である私とパーティーを組んでおいて、途中で帰っちゃったってこと?


「なんで? どうして帰っちゃうのよ」

「あ~。 勇者パーティーに入ってたっていう実績、だろうな。そうやって異世界人のおまえを見下す態度、おそらく貴族の次男坊三男坊だろう。箔をつけていいところの婿にでもなろうって魂胆だろう」

「うええええ?!」



 この衝撃をどう表現したらいいだろう。

 つまり私が召喚されたのは、最終的にはその貴族のぼんぼんの婚活のため?!


「いや、最初の頃はちゃんと聖具そろえてまじめに来てたからな、一応俺を倒す気あったんじゃないの。何人目くらいからかなあ、やる気なくなってきたなあって思ったの。おまえの武器なんて、絶対聖剣じゃないだろ?

 王国の奴らはさ、魔王イコール倒すべき悪だってちっちゃな頃から刷り込まれてきちゃってんのよ。別に俺がいるから魔物が増えるってわけでもないし、こっちは人間を攻め滅ぼそうとかも考えてないのに、魔王はそういう存在だって思い込んじゃってるみたいなんだよな。俺は正直王国どころか人間もどうでもいいんだけど。むしろ関わり合いになりたくないっつーか」


 私は力なくうなだれた。いや、このまま床にめり込むんじゃないかと思うほどにうなだれた。魔王を倒さないと元の世界に帰れないって言われたから、死にものぐるいでがんばってきた。なのに、なのに!

 実際に勇者を元の世界に送り返していたのは魔王? 王国の奴らは魔王討伐をいわば思い込みでやっていた? 挙句の果てが婚活のための箔付け? 虎の威を借る狐ってやつか?

 ふざけるんじゃない!


 拳骨を握りしめて床を殴りつけた。がつん、がつんと何度も殴りつけた。何回か繰り返したら床にひびが入る。

 騙されたことがくやしくてたまらない、騙された自分がなさけなくてしょうがない。涙も鼻水も流れっぱなしのでろんでろんな顔で私は床を殴り続けた。


「――――おい、もうやめろ。血が出てるじゃないか」


 何度目かの拳骨を止められた。魔王が私の手首を握っている。その手から魔力が流れ込んできて、あっという間に拳骨の傷が消える。体の傷もきれいさっぱり消えてしまった。


「おまえの境遇には同情するよ。他の勇者ども同様元の世界へ送り返してやるからもうやめろ」


 魔王の顔を見上げると、かわいそうなものを見る目で私を見ている。それがひどくしゃくに障った。



「――――帰らない」

「はあ?」


 気がついたら言葉が口から飛び出していた。


「帰らないったら帰らない。そんな理由で人を異世界から誘拐しておいて、おまけにあの扱い。人をなんだと思ってるのよ。私、王国に帰ってあの王様を一発ぶっとばさないと気が済まない! あと、パーティーメンバーの婚活も妨害してやる! 絶対! ただじゃ済まさないんだから!」


 そう、私は怒っていた。このまま魔王に帰らせてもらってハイさよならじゃあ気が済まない。私をこけにしたやつらに一泡吹かせてから、それから送り返してもらおう。


「――――気に入った。娘、おまえ名前は」

「へ? 私、綾。立川綾」

「アヤ。よし、お前が気に入った。その負けん気の強さ、俺好みだ。嫁になれ」

「はあ?!」

「ほっとけないところもあるしな。今の俺の話を全部するっと鵜呑みにしちゃうあたりとか、メチャクチャ流されやすそうだ」

「え、今のは作り話?」

「残念ながらすべて真実だーーーーよし決めた。結婚式は早めに執り行おう。魔王の嫁として王国に凱旋してやれ。それが新婚旅行な」

「まって、ちょっとまって」

「馬鹿にしていたはずのお前が自分たちより先に結婚、それも魔族の王妃になって自分たちより玉の輿だとわかれば、逃げ帰った奴らは地団駄踏んでくやしがるぞ」

「――――うっ」

「なにより、だ。俺に攻撃を当てられた勇者は初めてだ。あれにしびれた」


 あ、石を顔面にぶつけたアレか!




 などと私の頭の中にクエスチョンマークが盛大に浮かんでいるうちに、とんとん拍子に話は進み、いつの間にやらわたしは魔王の嫁になっていた。

 魔王の宣言通りの新婚旅行にでかけ、予言通りにパーティーメンバーは阿鼻叫喚。最後に王様と召喚士をぶっ飛ばしてきた。


 そこまでの間に魔王は全力で私を口説きにかかり、私もあっという間に絆されてしまった。

 今ではこの世界では知らないものがいないと言われるほどの溺愛夫婦に――――



 あれ?

 ひょっとして私、帰れない?


「だから言っただろう、おまえは流されやすいから心配だ、と」


 私を膝に乗せた魔王がそういって私の額にキスをした。



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