実直勇者と夜の侵入者(一人目)
「誰だっ!?」
一瞬、敵襲かと思い、身構えそうになるロイだったが、声が聞き覚えのあるものだったのですぐに落ち着きを取り戻すと、布団をめくって中の人物に声をかける。
「エーデル、そこで何をしているんだ?」
「何って、ロイを待ってたの」
エーデルは顔を半分だけ出し、上目遣いでロイを見上げる。
子犬のように愛らしい大きく潤んだ瞳に見つめられた男は、間違いなくエーデルの虜になってしまう程の可愛らしさがあった。
「…………」
だが、ロイは光彩を失った目でエーデルを見下ろしたまま掛け布団に手をかけると、エーデルごと一気に剥ぎ取った。
「やんっ」
勇者の力に抗えるはずもなく、エーデルは可愛らしい悲鳴を上げながら床を転がった。
「あ~あ、何をやってんだよ。せっかくの布団が皺だらけになっちゃったじゃないか!」
ロイは転がったエーデルを無視して布団の皺を丹念に直していく。
床を転がったエーデルは、胸元が大胆に露出している薄いキャミソールタイプの下着のみというとても扇情的な姿をしていた。床に落ちたときにぶつけた白い滑らかな足を擦りながら、これだけの格好をしても自分を全く相手にしてくれないロイを恨めしげに見上げる。
「もうっ、ロイのいけず!」
「誰がいけずだ。どっちかって言うと、俺の安眠を妨害しようとしているエーデルの方がよっぽどいけずじゃないか。一体全体何がしたいんだよ!」
エーデルの行動が理解できないロイが珍しく声を荒げる。
ロイに怒鳴られたエーデルはビクッと体を震わせると、気まずげに視線を逸らす。
「…………もん」
「え? 何だって?」
「怖かったんだもんって言ったの! いつもと違う枕で、しかも一人で寝るなんてずっとなかったから……寂しくて、怖くてたまらなかったの!」
顔を真っ赤にし、目に涙を溜めたエーデルがロイの胸に勢いよく飛び込む。
「……エ、エーデル?」
ロイは自分の胸の中で幼子のように泣きじゃくるエーデルをどう慰めたらいいのかわからず、あたふたとするばかりだ。
すると、そんなロイに向かってエーデルが胸をくすぐるような声で囁く。
「ロイ……私に勇気を頂戴」
「えっ、勇気?」
「お願い、ロイから勇気をもらったら自分の部屋に戻るから」
「…………嫌だ」
「はへっ?」
まさかの言葉に、エーデルは目をまん丸に見開く。
大きな欠伸をしながら目を擦るロイに、エーデルは動揺を抑えきれない様子で尋ねる。
「ど、どど……どうして?」
「さっきのプリムが言ったからじゃないが、今のエーデルの言葉は嘘だと思うから」
再び「どうして」と言葉に出さずに口だけで語るエーデルに、ロイはその理由を述べる。
「理由は簡単だ。エーデルは昔から俺の家に何度も泊まりに来ている。本当に小さな時は、一緒に寝たこともあったけど、その時もエーデルは盛大にいびきをかきながら、俺の顔を思いっきり殴って来た」
だから夜が怖くて眠れないということはない。そうはっきりとロイは断じる。
「そ……んなこと…………あった…………かな?」
思い当たる節があるのか、エーデルの顔からは尋常じゃない量の汗が吹き出している。
それを見たロイは、自分の考えが間違っていなかったと確信する。
同時に、やって来た眠気に耐え切れずに盛大に欠伸をすると、エーデルの両肩を掴んでくるりと回して反対側に向ける。
「というわけだ。明日は早いんだし、とっとと自分の部屋に戻って寝ろ。」
「ちょ、ちょちょちょ、待って!」
ロイの余りにも素っ気ない態度に、エーデルは女性としてのプライドを著しく傷つけられたような衝撃を受ける。
(ま、負けるものですか)
だが、ロイという人間は元々そういう人間であったと思い直すと、エーデルは自分からロイに体を密着させて甘い声でお願いをする。
「じゃ、じゃあさ……もう行くから、最後に強く抱きしめてくれる?」
「どうして?」
「どうしてって……」
にべもないロイの物言いに、エーデルは挫けそうになりながらも必死に言葉を紡ぐ。
「そう、そうよ! ちょっとだけ抱いてくれたら自分のベッドに戻るから……」
「……本当か?」
「うん、約束する」
「…………はぁ、わかった」
ロイは不承不承といった感じで頷くと、盛大に溜め息をついてエーデルを見下ろす。
すると、頬を赤く染め、幸せそうな顔をしたエーデルが今か今かとロイからの抱擁を待っていた。
エーデルはどうしてそんな幸せそうな表情をするのだろうか? この行為に、一体どのような意味があるのだろうか? 色々考えを巡らせてみても、ロイの脳内にはそれが幸福へと繋がる……ましてや、恐怖の打開に直結するとは思えなかった。
だが、エーデルを強く抱きしめれば、彼女は自分のベッドに戻ると言っている。明日はフィナンシェへの移動の為、朝一番で行動しなければならないのだ。今は一刻も早く充足した睡眠を得る為にも、とっとと彼女を抱いてしまおう。
そう結論付けたロイが、エーデルの精巧なガラス細工の様な細い肩へと手を伸ばした。