エピローグ 実直勇者の新たなる旅立ち
ロイが城門前に到着すると、そこにはは既にエーデルの姿があり、ロイの到着を今か今かと待っていた。
「もう、ロイったらおそ~い!」
ロイの姿を認めたエーデルは、荷物を放り出してロイへと駆け寄る。
両手を広げ、そのまま飛び付くように抱きつこうとするので、ロイは咄嗟に腕を伸ばしてエーデルとの接触を拒む。
「あ~ん、ロイのいけず。でも、そういうところが好き。愛してる」
「はいはい、わかったから、とっとと出るぞ」
それでも諦めずに抱きつこうとするエーデルをどうにか引き剥がす。
辟易した様子で歩きはじめようとするロイに、エーデルが後ろから声をかける。
「それで、行くの?」
「………………………………ああ」
エーデルの質問に、ロイは暫く黙考した後、小さく頷く。
「そう、じゃあ、私も付き合うわ」
「いいのか?」
驚くロイに、当然と謂わんばかりにエーデルが頷く。
「いいも何も、ロイを一人で放って置いたら、あっという間にお金を使い果たして、野垂れ死にしちゃうじゃない」
「うくっ、そうだけど……」
「でしょう? それに心配しなくても、私は私のやりたいようにやっているだだから、ロイが気にする必要は全くないわよ」
「……ありがとう」
「いえいえ、これも妻の務めですから」
恭しく一礼するエーデルを見て、ロイは小さく安堵の溜め息を吐くと、荷物をまとめてフィナンシェ王国を後にした。
街の外へ出ると、今日も各所に冒険者の姿が見えた。
王による冒険者の生活の改善が約束されたが、せっかくここまで開拓した土地をそのままにしておくのは勿体無いと、開拓事業はそのまま継続される事になった。
だが、イリスが起こした事件で冒険者の数が減ってしまった所為か、来る時に比べると活気はいくらか落ち着いて見えた。
鍬を振るう冒険者を見ながら、ロイが思い出したように口を開く。
「……そういえば、プリムはどうだった? 見舞いしてきたんだろ?」
プリムローズはロイとの決闘で肋骨を複数本折られ、全治三ヶ月と診断されていた。
ロイがカーネルと話をしている間に、エーデルはプリムローズと会っていたはずだった。
「フフ、大変だったわよ。今日、出発するって言ったらプリムのやつ、自分もロイと行くって泣いて暴れて大変だったんだから」
その様子を思い出したのか、エーデルが盛大に噴き出した。
「そ、そうか……やっぱり俺も行ったほうがよかったかな?」
「いいのよ。ロイは今日まで毎日お見舞いに行ってあげてたじゃない。どうせまだベッドから出られないんだから、放って置けばいいのよ」
それに、これ以上ロイにまとわりつかれたら迷惑だしね。と小声で付け加える。
「え? 何て?」
「ううん、何でもない」
エーデルは可愛らしく微笑むと、身を翻して駆け出して行った。
ロイはやれやれとかぶりを振ると、エーデルの後に続く。
その後、暫くは何事もなく、長閑な道をゆったりとした足取りで進んでいたが、
「ロイ……」
開拓地がかなり小さくなった頃、誰かに後ろから声をかけられた。
声に反応して振り返ると、思いがけない人影が見えた。
「リリィ、どうしたんだ?」
そこには、大荷物を抱えたリリィが息を切らしながら立っていた。
リリィはロイの前まで駆け寄ると、勢いよく頭を下げる。
「ロイ、お願い! ボクも連れて行って」
「連れて行ってって……これから俺がどうするか知っているのか?」
「ううん、だけど、ロイはこれからまた世界中を周るつもりなんでしょ?」
「え? あ、ああ……」
リリィからの質問に、ロイは呆けたように頷く。
ロイは本来の予定を変更して、故郷のトルテ村へは戻らず、再び世界中を見て回ろうと思っていた。
ロイは救世の旅の時、竜王討伐を優先する余り、初めて訪れる地でも観光はおろか、人との関わりも必要最小限しか行わなかった。
その所為で救えたはずの人を救えなかったり、その街の名所や名物を何も知らなかったりと、世界中を回った割には、その成果は微々たるものだった。
フィナンシェの街の事件も、初めて訪れた時にもっとしっかりと調査を行っていれば、霊薬エリクサーを手に入れて終わりではなく、ゼルトザーム家のような悲劇の一家を生まずに済んだかもしれなかった。
だから今一度、冒険で周った諸国を巡り、色んな風土や人々に触れ合ってみようと思ったわけだった。
だが、ついさっきまでは本当に旅に出るべきかどうかを迷っていた。
この国に来る前、これで最後にすると誓ったのに、それを簡単に覆していいものかと思った。
しかし、そんなロイの考えを改めてくれたのは、カーネルとヴィオーラの二人だった。
カーネルからのアドバイスとヴィオーラの真っ直ぐな姿を見て、今一度、自分を見つめ直してみたいと思ったのだ。
一応、また旅に出るかもしれないと、エーデルとプリムローズの二人には話していた。
だが、それ以外には誰にも話していなかったのに、リリィに同行したいと言われてロイは少なからず驚いていた。
「旅の事は殆どの人に言っていなかったのに、俺がそうするってよくわかったな」
「えへへ、ここ一週間、ロイの事ばっかり見て来たからね。ここ数日は、何か考えているみたいだったから、もしかしてって思ったんだ」
「そうか……でも、開拓地は、他の仲間はいいのか?」
ロイの脳裏に、同じ村の出身だというリリィの仲間たちの姿が浮かぶ。
その問いに、リリィは眦を下げてはにかんで答える。
「うん、さっき別れの挨拶をしてきた……アルベロさんにも、世界を見て来いって背中を押してもらえたよ」
リリィはずり落ちて来た荷物を抱え直すと、真摯な表情で語る。
「ロイ……ボクも冒険者の端くれなんだ。見た事が無いものを見て、会ったことない人に触れ合ってみたいんだ。だからお願い、ボクも連れて行って」
頭を下げるリリィに、ロイは迷うことなく笑顔で手を差し伸べる。
「わかった。そういうことなら喜んで。リリィ、一緒に行こう」
「……うん! ありがとう、ロイ」
リリィは向日葵のような笑顔を浮かべると、ロイの手を取った。
リリィの荷物を確認し、その内の半分をロイが受け取っていると、
「あ~、あなた。何やってるの!」
先に進んでいたエーデルが戻って来て、いつの間にかロイの隣に並ぶリリィを見て眉根を寄せ、リリィへ詰め寄る。
「ちょっとあなた。どういうつもりなの?」
「どうも何も、ボクもロイと一緒に行くことにしたんです。もう、ロイからオッケーもらいましたから」
「へ、へ~、でも、私がそれを許すと思って? 旅の資金を握ってるのは私なのよ?」
「勿論です。だってエーデルさん優しいじゃないですか。このままついて行って、ボクが困ったら、助けてくれますよね? だって、ロイも見ているし」
「うぐっ……」
痛いところを突かれたという自覚があるのか、エーデルは冷や汗を流しながらも、冷静を装って髪をかき上げる。
「や、やるじゃない……まあ、いいわ。宜しくね、リリィ。でも、ロイは渡さないんだからね?」
「はい、宜しくお願いします……ちなみにボクも、負けるつもりはありませんから」
「クスクス……」
「フフフ……」
「お~い、そろそろ行くぞ」
ロイが呼びかけても、エーデルとリリィは、満面の笑みを貼り付けたまま、いつまでも握手をしていた。
こうして、リリィを新たに仲間に加え、ロイは新たな冒険へと旅立った。
これからの旅は誰かの為ではなく、ロイが望んだ、自分自身の為の旅だ。
「それで、これからロイは何処へ行くの?」
リリィからの質問に、ロイは思わず苦笑する。
「それが、何にも決まっていないんだ。とりあえず、港へ行ってから考えようと思ってる」
「じゃあさ、武の国、ガトーショコラへ行ってみない? 今度、あそこで年に一度の武術大会が開かれるんだけど、そのお祭りが本当に凄いってアルベロさんが言ってたよ」
「え~、そんな汗臭いところなんて嫌よ」
すると、すぐさまエーデルが反論する。
「どうせ行くなら美食の国、フロマージュにしましょうよ。今まで見たことないような美味しい物が沢山食べられるなんて、最高だって思わない?」
「え~、お祭りは年に一回しかないんですよ。だったら、そっちを先に行った方がいいですって。ねっ、ロイもそう思うでしょ?」
「何言ってんのよ。この国であんだけドンパチやって疲れているんだから、私は休みたいの。ロイだって休んだ方がいいよね?」
「え? あ、ああ……まあ、考えておくよ」
二人の女性に詰め寄られ、ロイは困惑しながら頷く。
だが、今は何処へ行くかを考えることすら楽しくてしょうがなかった。
目標も、目的地もない。
ただ、あるがままに、自由気ままに世界を見て回ろうと思う。
その果てに、自分がこれからすべき何かを、自分を最大限に活かせるものを見つけよう。
それこそきっと、心からやりたいと思えるものであるはずだから――
ここまで読んで下さってありがとうございます。柏木サトシです。
息抜きに何の縛りもなく、好き勝手に話を書いてみよう。そう思って書いた作品が、この作品でした。その甲斐あってか、この作品は今までに書いた作品の中で一番長いのにもかかわらず、一番早く完成しました。
ただ、自分の好きなものだけを詰め込んだ作品だったので、読んで下さる方がどのように受け取るのかが不安だったのですが、嬉しい事に今まで発表させていただいた作品の中で、最も多くの方に読んでいただきました。更には初めての感想と評価までいただきまして、作者としてこれ以上ない喜びでした。
皆様から頂いた評価と感想は、作品を作る上で非常に活力になりまして、少しでも皆様に喜んでいただけるようにと研鑽に研鑽を重ねたのですが、如何だったでしょうか?
この「実直勇者のその後の伝説」は一先ず区切りとなりますが、私自信としては、まだまだロイの冒険を書きたいと思っておりますので、いつの日かこの作品の続きを発表出来れば、と思っておりますので、その時は是非ともお付き合いいただければ幸いです。
最後に、いつも私の未熟な作品を載せて頂いている小説家になろうサイト様、感想と評価をしていただいた方、私の作品を少しでも気に入っていただき、わざわざブックマークに登録していただいた皆様、そして、ここまでお付き合いいただいた全ての方に心からの感謝を申し上げます。
またいつか、皆様とお会い出来るその日まで、日々、精進して参りたいと思っております。
柏木 サトシ




