実直勇者と希望の光
「……おじいちゃん、大切なお話終わった?」
ロイとカーネルが握手をすると同時に、控え目に声をかけてくる者がいた。
「……あ」
声をかけて来た者の姿を見て、ロイが思わず声を上げる。
アッシュブロンドの髪に、あどけなさが残るが整った目鼻立ち。身に纏う雰囲気こそ違うものの、タンポポを思わせる黄色いドレスに身を包んだその少女は、街間違いなくヴィオーラだった。
「もしかして、まだお邪魔だった?」
「いいえ、今しがた終わったところです」
不安そうな顔を浮かべるヴィオーラに、カーネルが破顔して頷く。
それを聞いて、ヴィオーラは頬を赤くして駆け出すと、カーネルの胸へと飛び込む。
「よかった。じゃあ、今度はわたしのお勉強見てくれるんだよね?」
「ほっほ、約束しましたからな……でも、その前に」
カーネルは無邪気に胸の中で暴れるヴィオーラをどうにか落ち着かせると、ロイへと向き直らせる。
「ほら、勇者様にご挨拶なさい」
「はい、わかりました」
ヴィオーラは元気よく答えると、ドレスの裾を摘まんで優雅に一礼する。
「ヴィオーラ・エテルノと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
ゼルトザームではなくカーネルの姓であるエテルノを名乗るヴィオーラに、ロイはしゃがんで彼女と目線を合わせると、微笑を浮かべて自己紹介をする。
「はじめまして、俺はロイ・オネットって言うんだ」
「知ってる。世界を救った勇者さまでしょ?」
「……俺のこと知ってるの?」
「ううん、でも、おじいちゃんが世界を救った勇者様と大切なお話があるって言ってたから、お兄ちゃんがそうなのかなって思っただけ」
「そう……ヴィオーラちゃんは賢いんだね?」
鋭い推察に、ロイが賞賛の言葉を贈ると、ヴィオーラはかぶりを振って否定する。
「うんうん、わたしは全然賢くないよ。だから、勉強を頑張って、早く一人前のレディになるの」
「そうか、頑張ってるんだね……」
目を輝かせながら自分の目標を語るヴィオーラを見て、ロイは眦を下げながら顔を伏せる。
何も考えず、夢に向かって真っすぐ邁進するヴィオーラを羨ましいと思ったからだ。
「勇者様?」
「…………」
「おじいちゃん、勇者様が……」
突然、黙り込んでしまったロイを見て、ヴィオーラがどうしたらいいかとカーネルを見やる。
少女からの救いの目に、カーネルは小さく頷くと、
「勇者様、老婆心ながら申し上げさせて頂きます」
そう前置きして、ロイへと静かに語りかける。
「勇者様の私生活のことは、プリムローズからある程度、聞き及んでいます。仕事の事でこれまでさぞかし苦労されたことでしょう」
「いえ、俺の苦労なんてみんなの苦労に比べれば……」
吐き捨てるように言うロイの言葉を、カーネルはゆっくりとかぶり降って否定する。
「いえいえ、そう自分を卑下なさらないで下さい。苦労なんてものは、人それぞれで違うのは当たり前の事です。勇者様の苦労は、自分に正直に……人として正しくあろうとしたことからであり、それはとても尊いことなのです」
「……ですが、尊いだけじゃ、仕事していけないんです」
「ほっほ、いいじゃないですか。仕事なんてしなくても」
「え?」
思いがけない言葉に、ロイが顔を上げてカーネルを仰ぎ見る。
そこには、親が子を見守るような優しげな笑みを浮かべた老紳士がいた。
「正確には、人と同じ仕事をしなくてもいい、ということです。勇者様は、勇者となるべく、世界を救うための教育を受けて来たのでしょう。どうして勇者様は、勇者として世界救世の旅に出たのですか?」
「えっ? それは……困っている人を助けたり、皆を笑顔にしたりしたかったから……」
「でしからそれを仕事にしてみる、というのは如何でしょうか?」
「ええっ!? そ、そんなのありですか?」
「勿論です」
そう言うと、カーネルはヴィオーラを引き寄せると、笑顔で告げる。
「現にわたくしたちは、勇者様の実直さに救われました。何も魔物を討伐することだけが人助けではありません。勇者様の太陽のような志があれば、これからも様々な人々を救うことが出来ますよ。これは、わたくしが保証しましょう」
「――っ!?」
その言葉に、ロイは雷に打たれたような気分になった。
人助けを仕事にする。そんなことなど、考えたこともなかったからだ。
魔物相手の護衛の仕事、というのはやったことがあったが、それは、旅の道中でたまたま行き先が同じだったからであり、報酬も宿代程度しか受け取らなかった。
果たして人助けという仕事がどれだけの稼ぎになるかはわからないが、暗雲立ち込めるロイの脳内に一筋の光明が見えたような気がした。
ロイの顔に笑顔が戻ったのを見て、カーネルが満足気に頷く。
「……少しは役に立ちましたかな?」
「あっ、はい。すみません、ご迷惑をおかけしました」
「いえいえ、勇者様のお力になれたなら、非常に光栄でございます。是非、これからもその実直さで我々を照らし、導いて下さい」
「はい、わかりました。それと、アドバイスしていただき、ありがとうございした」
ロイはカーネルに深々とお辞儀をすると、高台を後にした。
高台を後にしたロイは、ある程度進んだところで足を止めて、後ろを振り返った。
そこには、まるで親子のようにじゃれ合いながら歩くカーネルとヴィオーラの二人の姿が見て取れた。
あの様子なら、二人には何の心配もいらなそうだった。
(お二人とも、お元気で)
ロイは心の中で二人に別れを告げると、再び歩きはじめる。
すると、
――ロイ君、ありがとう。
「……え?」
突然、誰かにお礼を言われたような気がして、ロイは後ろを振り返った。
しかし、そこには既にカーネルやヴィオーラの姿はなく、高台の向こうに見えるフィナンシェの街並と、突き抜けるような青空が広がっているだけだった。
では、先程の声は?
「まっ、いいか」
ロイは謎の声について深く考えるのをやめると、肩の力を抜くと高台に向かって一礼する。
(俺の方こそ、ありがとうございました)
少女の健気な姿に勇気を、老紳士にこれから指針を教えてもらったロイは、見えない誰かに心の中でお礼を言うと、振り返って再び歩きはじめる。
その目には、この街に来た時のような迷いは微塵もなかった。




