実直勇者の答え合わせ
それから暫くは、激動の毎日だった。
外交先から戻ったフィナンシェ王は、崩壊した町を見て愕然とし、半壊している玉座の間を見て気絶してしまった。
その後、王宮に呼び出したロイから事の顛末と、ナルキッソスの正体について一部始終話を聞かされたフィナンシェ王は、自身の非を認め、これからは内政もしっかり行うと約束した。
これにより、今まで好き放題やって来たかなりの数の貴族が粛清されるらしいが、ロイにとってはどうでもいい話だった。それより、魔物にならずに事件解決に尽力した冒険者の待遇と、街の人々の生活が見直されるという話の方が重要だった。
これでこの国に住む皆が笑って暮らせる国に変わるなら、それで充分だった。
数多くの人が犠牲となったが、犠牲者の一人、イリスはブルローネ侯爵頭首として、闘技場から逃げようとした魔物を街に出さないように尽力して命を落としたということになった。
この件で闘技場の興行も見直しの対象となり、フィナンシェ名物であった魔物を使った闘技大会もその長い歴史に幕を閉じる事になった。
ナルキッソスの事件から一週間、街の復興は着々と進み、人々にも活気が戻り始めた。
「…………ふぅ」
まだ傷が完全には癒えず、あちこちに包帯を巻いた姿が痛々しいロイは、職人たちの威勢のいい掛け声を耳にしながら、貴族街の入り口付近の高台から街を眺めていた。
「勇者様」
そこに、いつもの燕尾服に身を包んだカーネルがやって来てロイの隣に立った。
「申し訳ありません。お待たせしてしまったようで」
「いえ、俺も今、来た所ですから」
ロイは国を去る前にどうしてもカーネルと話をしたくて、彼をここに呼び出していた。
「すみません、忙しいのに呼び出してしまって」
「いえいえ、お気になさらずに……それで、お話と言うのは?」
「その前に、あの子は元気ですか?」
あの子とは、言うまでもなくヴィオーラ・ゼルトザームのことだ。
「ええ、この間、ようやく目を覚ましました。ただ……」
カーネルは表情を曇らせると、悲しげに目を伏せる。
「あの子が目を覚ました時、生まれてからこれまでの記憶を全て失っていました。日常会話程度なら出来ますが、それ以外の事は自分の名前すら……」
「そうですか……」
「ですが、その方がよかったかもしれません」
「え? それは、どういう……」
ロイの問いに、カーネルが穏やかな笑みを浮かべて答える。
「あの子は記憶がないことを受け入れ、前へ進もうとしています。ブルローネ侯爵として働いていた彼女もそうですが、あの子は元来、困難には真っ向から立ち向かう気質のようです。そう、まるで勇者様のように」
「俺の……」
「はい、今の彼女の活力は凄まじいものがあります。失った時を取り戻そうと、必死なのでしょう。わたくしとしては、そんな彼女の支えになれれば、と思っております」
「それは……よかったです」
ロイはヴィオーラが生きていただけでなく、新たな道を切り開こうとしていると知って、思わず涙ぐんでしまった。
「す、ずみまぜん……少しだけ待ってもらえますか?」
「はい、時間はありますから、どうぞごゆっくり」
ロイはカーネルに了承を得ると、後ろを向いて少しだけ泣いた。
それから暫くして、どうにか調子を取り戻したロイは、湿っぽくなってしまった事を詫びると、ここへカーネルを呼び出した本題を切り出した。
「実は、ナルキッソスについて、どうしてもわからない事がありまして……」
「ナルキッソス……ですか?」
訝しげな表情を浮かべるカーネルの目を見ながらロイが口を開く。
「はい、どうしてナルキッソスは人攫いの現場にカードを残したのでしょうか?」
「それについては、実行役の冒険者が人攫いをしていたゴロツキと繋がっていたから、何らかしらの不手際で現場に残されてしまった、という結論に至ったのでは?」
「いえ、それはあり得ません」
カーネルの言葉を、ロイは即座に否定する。
ロイはナルキッソスの実行役、グラースと面識があったが、彼は人攫いなんて卑劣な行為はしていない、と断じていた。その言葉を信じるなら、グラースたちは人攫いをしていた街のゴロツキとは面識が無かったことになる。
今となっては確かめる術はないが、ロイはあの言葉に嘘は無いと確信していた。
「……ふむ、では勇者様はどうお考えなのですかな?」
「ここからは俺の推測ですが……」
そう前置きして、ロイは続ける。
「人攫いの現場にカードを置いたのは、カーネルさんじゃないのですか?」
ロイからの問い掛けに、カーネルは表情も変えず、沈黙を貫く。
黙るカーネルを気に留めず、ロイは先を続ける。
「カーネルさんはナルキッソスの正体がイリスさんだと、イリスさんの本当の目的を知っていた。だから、彼女をある程度泳がせ、事件を大事にする為にカードを用意した」
事件が起きた時、最初に現場に駆けつけるのは憲兵だ。彼等なら世間に公表する時にある程度の情報操作は出来る。
それこそ、無かった物をあったとするのは容易い。
そして、カードの噂を操作する事でナルキッソスは悪徳貴族の財産を狙う義賊……だけではなく、金の為ならば人も攫う悪党であるという印象を世間に植え付ける。
後はナルキッソスを捕まえる立役者として、プリムローズを餌にロイを召喚した。
ロイはカーネルの思惑通りナルキッソスを捕まえ、イリスの野望も阻止し、更には実直勇者の名に恥じぬ正義感を振りかざし、この国に巣食った悪しき習慣を王に知らせ、悪徳貴族の取り締りにも成功した。
「今思えば、イリスさんの家をナルキッソスが狙ったのも、カーネルさんがナルキッソスを焚きつけたからじゃないんですか?」
そこまで話を聞いたところで、カーネルが肩を震わせながら笑う。
「ホッホッ、いくら何でも深読みし過ぎです。わたくしが貴族の傍若無人な振る舞いを断罪する為に、この国に恨みを持つイリス様を利用し、更には勇者様すらも利用したと?」
「あり得ないですか?」
「あり得ません。そもそも、どうしてわたくしが、イリス様がこの国に恨みを持っているのを知っているのですか?」
「それはカーネルさんが、イリスさんがヴィオーラ・ゼルトザームだと知っていたからです」
「――っ!?」
ヴィオーラの名前を出した途端、カーネルの表情が硬くなる。
呆然としているカーネルに、ロイがその理由に至った経緯を話す。
「実は、初めて会った時から不思議に思っていたんです。カーネルさんがイリスさんを見る時の目が、エーデルやプリムローズ、ネルケさんを見る時と全然違うな、と」
その時ロイが感じた疑問は、カーネルのある言葉で確信に変わる。
「前にイリスさんの家が狙われていると教えてくれたとき、イリスさんの事を孫も同然だと言いましたよね? あの時、あれ? って思ったんですよ」
イリスの見た目はどう見ても成熟した大人の女性だ。カーネルがイリスに特別な感情を抱いていたとしても、年齢的にそこは「娘」と言うべきではないか。
しかし、イリスの正体を知っていれば、彼女がまだ十二の少女だと知っていれば、充分に「孫」で通じる。
ロイからの言及に、カーネルはお手上げといった風に手を上げた。
「……やれやれ、まさかそんな一言を勇者様が覚えているとは思いませんでした」
カーネルは観念したように手を上げると、イリスがヴィオーラだと知った経緯について話し始めた。




