実直勇者と戦いの終止符
ようやく混乱が治まったのか、フィナンシェの街は静けさを取り戻していた。
レギオンの崩れた跡には、それだけで一生食うに困らないであろう金の海が出来ていた。
夜の闇の中にあっても眩い光を放つ金の海を、ロイはデュランダルを杖代わりにして、痛む体を引き摺りながらゆっくりと歩いていた。
一歩、一歩と歩く度に気絶しそうなほどの激痛が走るが、体に鞭を打ってでも確認しなければならないことがあった。
「……見つけた」
金の海の中に小さな人影を見つけ、ロイは出来る限り急いで駆け寄る。
人影のすぐ脇に跪いて抱き起こすと、それは予想通りの人物だった。
だが、その人物は予想とは違う容姿をしていた。
「イリスさん……なのか?」
その人影は、年端もいかない少女だった。だが、目鼻立ちやアッシュブロンドの髪など、イリスと酷似している点はいくつもあった。
もしかしなくても、この少女は本来の年齢に戻ったイリス……いや、ヴィオーラ・ゼルトザームなのだろう。
ロイはヴィオーラの胸元を見て、小さく呼吸をしているのを確認して安堵の溜め息をついた。
「あだっ!?」
そのままヴィオーラの寝顔を見ていたら、誰かに後頭部を叩かれた。
驚いて後ろに振り返ると、三白眼でロイを睨む女性陣と目が合った。
「ロイ……いつまで幼女の裸を見ているのよ」
「ロイのえっち! 早く何か着せてあげなよ」
「あ? ああ……」
言われてみれば、このままでは風邪をひいてしまう可能性があった。
ロイは女性陣の言葉に従い、纏っていたマントを脱ぐと、一糸纏わぬ姿のヴィオーラの体に巻きつけた。
その様子を見ていたエーデルが、感心したように口を開く。
「それにしても、本当によく助け出せたわね。ロイは彼女を助けられる確信でもあったの?」
「確信? 勿論あったさ」
ロイは苦労しながらヴィオーラを抱き抱えると、顎で移動するように促す。
安全な場所へ移動しながら、ロイが確信の理由を語る。
「イリスさんは他の人と違い、魔物になったんじゃなくて、魔物に取り込まれただけだったからな。ならば完全に吸収、合体される前に魔物を倒せば救い出せるはずだってね」
「なるほど……それは盲点だったわ」
「気にするな。誰にだって失敗はある」
素直に謝るエーデルに、ロイは気にしてないと笑顔で応えた。
そのまま談笑しながら歩き、闘技場の外へと出たところで、
「皆様、大丈夫ですか!」
スラム街の方から、カーネルが部下を引き連れてこちらにやって来るのが見えた。
近くにやって来たカーネルは、闘技場の惨状を見て絶句するが、どうにか頭を切り替えてロイへと話しかける。
「どうやら、もう既に終わったみたいですな」
「ええ、そちらも?」
「お陰様で……犠牲は少なくありませんでしたが、どうにか国を守る事が出来ました。ですが、ここを見る限り、皆様に一番の大仕事を押し付けてしまったようですな」
恭しく頭を下げて、カーネルは改めて感謝の言葉を述べた。
顔を上げたカーネルは、ロイが抱えているヴィオーラを認めると、
「ところで勇者様、その少女は……」
「あの……この人は……」
ロイは、ヴィオーラについて何て説明したらいいか解らず口を濁す。
それを見てカーネルは何かを察したのか、
「あの、勇者様。申し訳ありませんが、その少女をこちらに引き渡してくれませんか?」
再び腰を折り曲げ、ロイへと懇願する。
「絶対に悪いようには致しません。わたくしの命に代えても、その少女は守って見せます」
「命に代えても……ですか?」
「はい、このカーネル・エテルノ。冗談は言っても嘘は申しません」
カーネルは顔を上げると、真摯な表情でロイを見つめる。
「…………」
「…………」
二人はそのまま暫く視線を合わせていたが、
「……わかりました。お任せします」
ロイはカーネルを信じ、ヴィオーラを託す事にした。
「感謝します」
ヴィオーラを受け取ったカーネルは、彼女を一刻も早く安全な所に運ぶと言い残して去って行った。
「いいの?」
「ああ、カーネルさんは心から心配しているようだった。間違っても悪いようにはしないさ」
エーデルからの質問に、ロイは力強く頷いた。
立ち去っていくカーネルたちを優しげな眼差しで見守っていると、
「ねえロイ、あれ見てよ」
何かに気付いたリリィがロイの袖を引っ張る。
エーデルとともに、リリィが指差す方へと顔を向けると、
「おおっ」
「わあ……」
崩れた闘技場の向こうから、朝日が登って来るのが見えた。
一日の始まりを告げる陽の光の眩しさに、ロイは思わず双眸を細める。
「これで……終わったんだよね?」
陽光を浴びながら、リリィが感慨深げに呟く。
少し涙ぐんでいるリリィに、ロイは励ますように肩に手を置く。
「ああ、終わったよ。俺たちが、この街を守ったんだ」
「……ボクもその中に入ってていいのかな?」
「何言ってんだよ。俺たち、一緒に戦った仲間だろ?」
仲間……その言葉を口にした途端、リリィの大きな瞳から涙が溢れそうになる。
しかし、それを既の所で堪えると、満面の笑みを浮かべた。
「ロイ、ありがとう……本当に、ありがとう」
その笑顔は、太陽のように眩しい笑顔だった。




