実直勇者の葛藤
明日の予定を決めた後、ロイは客であるエーデルとプリムローズに風呂を勧め、二人が風呂に入っている間に、冒険が終わった後でも欠かさず行っている剣の練習へと出かけた。
外へ出ると、肌を撫でる冷たい風に思わず身震いするが、体を動かせばすぐに温まるので気にしないことにする。
「すぅ……ハッ!」
大きく息を吸い、木剣を腰だめに構えたロイは、大きく一歩踏み出して上段から虚空へ向かって斬りかかる。
勢いよく振り下ろした勢いを殺さぬように手首を返して斬り返し、見事な足捌きでターンして横なぎに剣を払う。
そのまま流れるような動作で斬り、払い、時には突いてロイは習った剣術、シュヴァルベ式刀剣術の型をこなしていく。
空気を切り裂いて飛ぶ燕を空気と共に断ってみせるというシュヴァルベ式刀剣術は、圧倒的な力で立ちふさがる敵を次々と斬り伏せる豪の剣で、ロイが振るう剣も、素振りとは思えないほど凶悪な風切り音を辺りに響かせる、正に一撃必殺の名に相応しい剣術だった。
「……こんなものか」
一通りの型をこなす頃には、ロイの全身は汗だくになっていた。
風邪を引かないようにと汗を拭いてから家に戻ると、部屋の明かりは既に居間を除いて全て落とされ、皆が既に寝ているという旨のメモがテーブルに残されていた。
メモを見たロイは、なるべく物音を立てないようにそっと風呂に入って汗を流し、お茶を淹れて居間の椅子に腰を下ろすと、濡れた髪をタオルで拭きながら一息つく。
「ふぅ……」
今日は色々な事があった。
張り切って始めた新しい仕事をいきなり解雇され、これからどうしようかと悩んでいたら、かつての仲間から助けを求められた。
冒険をしていた時以来の誰かから必要とされるという事態に、ロイは胸に空いた大きな穴に僅かな火が灯るのを自覚した。
どうやら自分が思っていた以上に、今の生活に馴染めていなかったらしい。
両親はそんなロイの心中を察してか、プリムローズを助けたいと告げると、文句一つ言わずロイのフィナンシェ行きを了承してくれた。
そんな両親の優しい笑顔を思い出し、ロイは大きく嘆息してかぶりを振る。
「このままじゃ、ダメ……なんだけどな」
困っている人を助ける為に各地を奔走するような、王から依頼を受けて魔物を討伐するような生活はもう終わったのだ。
これからは真っ当な職に就き、普通の人として生きていくと決めたはず……だった。
しかし、目の前で困っている人がいたら手を差し伸べられずにはいられないのは、一生変えられそうに無い、もはや自分自身の根底に染み付いた性分なのだ。
「でも、これで最後にするから。この事件が解決したら今度こそ……」
勇者という肩書きを捨て、普通の人として暮らしていく。
ロイは心の中で自身の決心を反芻すると、明日に備えて寝る事にした。
部屋の明かりを消し、手探りで家の中を進んで自分の部屋を目指す。
勝手知った我が家なので、真っ暗闇でも迷うことなく自分の部屋に辿り着いたロイは、そのまま部屋の隅に置いてあるベッドまで歩いて中へ入ろうとする。
すると、
「あんっ、ロイの足ってば冷た~い」
布団の中から、艶っぽい声を上げながら身をよじる何者かが居た。