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実直勇者のその後の伝説  作者: 柏木サトシ
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実直勇者と聖剣

 レギオンの猛攻を、リリィとエーデルは命からがら回避し続けていた。


 必死に逃げているものの、リリィたちの一歩と、レギオンの一歩では歩幅が全然違った。

 いくら必死に駆けたところで、たったの数歩でその差を埋められてしまい、無数の手を使った猛攻に晒されていた。


 闘技場から脱出する考えも浮かんだが、外へと抜ける前に通路を徹底的に壊され、生き埋めになる可能性が高いというのと、レギオンを外に連れ出すことは街の人に更なる混乱を与えてしまうとういう配慮から、エーデルたちはこの場でレギオンの自滅を待つ事にした。


 それに、ロイのこともある。


 ロイが死んだとは微塵も思っていないが、一刻も早く救出して手当てをする必要がある。エーデルはそう考えながら精一杯の回避運動を続けていた。


「あいたっ!?」


 すると、瓦礫に足を取られたリリィが悲鳴を上げながら地面へ倒れてしまうのが見えた。

 その隙をレギオンが逃すはずも無く、無数の蛇がリリィへと襲い掛かる。


「何やってるのよっ、フィロ・ヴィント!」


 エーデルは杖を振るって風魔法を発動させると、リリィへと迫る蛇を蹴散らした。


 しかし、一瞬でも意識をリリィへと向けたのは誤算だった。


「しまっ!?」


 リリィに向かったとは別の蛇がエーデルに絡み付いてきたのだ。

 相手に付け入る隙を与えてしまった事を悔いながらも、エーデルは冷静に魔法を唱える。


「このっ、離れなさい……フィロ・ヴィント!」


 しかし、


「……あれ?」


 魔法を唱えたはずなのに、愛用の杖からは何の反応もない。


「――っ、まさか、魔力切れ!?」


 ここに至るまでに、数え切れないほどの魔法を撃って来た。更に、魔物の群れを殲滅する為に、特に消費の激しい装喚魔法まで使ったのだ。いくらエーデルが優れた魔法使いだとしても、いつ魔力切れを起こしてもおかしくない状況だった。

 最悪のタイミングで魔力切れを起こしてしまったエーデルは、成すすべなく触手の様に伸びて来た蛇によって拘束されてしまう。


「くっ、この……いやっ、何処触ってるのよ。放しなさい!」


 蛇に拘束されたエーデルは、杖をむしり取られると、軽々とその身を持ち上げられ、巨体の正面へと導かれる。

 エーデルを前にしたレギオンの体が震えだし、胴体部分に巨大な口が出現する。


「ちょ……まさか、私を食べるつもりなの!?」

「ホシ……イ。オマエノマリョクヲ……ヨコセ!」


 レギオンは活力である魔力を得る為、エーデルを食すという選択を取ったようだった。


「エーデルさん!」


 リリィがエーデルの救出に向かおうとするが、レギオンの猛攻に晒されて近づく事すら出来ない。


「いや、いやいや、私を食べていいのはロイだけなんだから!」


 エーデルは必死の形相で暴れるが、蛇にがっちりと拘束されている体は身動き一つ取れない。

 そうこうしている内にレギオンの口が迫る。


「いや、お願い。ロイ、助けて!」


 エーデルは愛おしい人の名前を叫びながら、死を覚悟して目を閉じた。


「任せろ!」


 次の瞬間、突風と共に青い閃光が闘技場内を駆け抜け、エーデルの体が自由になった。


「えっ? きゃあああああああああああああああああああっ!」


 食べられずに済んだが、変わりに地上五メートル程の高さから落下する羽目になり、エーデルが叫び声を上げる。

 突然の事態に、自信を宙に浮かせる魔法や、地面を柔らかくして衝撃を吸収する魔法を唱える余裕はエーデルにはない。


 しかし、そんなエーデルが地面に叩きつけられる事は無かった。


 エーデルが地面に叩きつけられるより早く、何物かが颯爽と現れて、エーデルをすんでのところで抱きとめたからだ。

 目を閉じて、身を固くしているエーデルに、優しい声がかかる。


「エーデル、大丈夫か?」


 その声を聞いて、エーデルは勢いよく目を開ける。


「え? ロイ……なの? 本物?」


 エーデルは自分がロイに助けられたと知り、頬を赤く染める。


「え? でも、どうして……体は大丈夫なの?」


 ロイに抱えられた姿勢のまま、エーデルは目の前のロイの体を遠慮なく触る。


「いたっ、こらっ、本当に痛いから、いい加減に……しろ!」


 無遠慮に体をまさぐる幼馴染を、ロイは辟易したように突き放す。


「あっ、ご、ごめん」


 声の調子から冗談ではないと察したエーデルは、謝罪の言葉を口にして、ロイに下ろしてもらって自分の足で立つ。

 改めてロイの姿を見てみると、体中が切り傷や擦り傷だらけ、左腕は骨折、更に敗れた服から見える胸部は、肋骨が何本も折れているのか、どす黒く変色していた。立っているだけでも奇跡的な状況に思えたが、一つだけ先程までとは明らかな違いがあった。

 右手に、黄金の柄に、蒼穹を思わせる透き通る鮮やかな青色の刀身をした一振りの剣を持っていることだった。


「それって、まさかデュランダル!? そっか、それで……でも、どうして?」


 デュランダルという全力を発揮できる武器を手にしたからこそ、ロイは瓦礫の山から脱出できたのだということを理解したエーデルだったが、どうしてロイがここにはないはずのデュランダルを持っているのかはわからなかった。


「ああ、俺も驚いたが、呼んだら来てくれたんだ」


 エーデルの疑問に、ロイは事も無げに言うと、愛用の剣を肩に担いでデュランダルを手に入れた経緯を話し始める。


 ――時間は、エーデルがレギオンに捕まる少し前に遡る。


「…………うっ…………ここ……は?」


 レギオンによって吹き飛ばされたロイは、崩れた瓦礫の下で死の淵を彷徨っていた。

 全身の骨がバラバラになってしまったかのように力が入らず、呼吸をする度に意識が飛んでしまいそうなほどの激痛が走る。

 遠くではレギオンが暴れているのか、何か物を壊す音が断続的に聞こえる。

 このまま放っておいてもレギオンは自滅してしまうらしいが、そうなればイリスも、レギオン共々消滅してしまう。その前にどうにかしてイリスをレギオンから助けなければならないが、指一本まともに動かせない今の状況では、ほぼ実現不可能といえた。


「だけど……俺は……ガハッ!?」


 それでも諦めずロイは立ち上がろうとするが、大量の血を吐いて前のめりに倒れた。


「クソッ! 何だよ……動け、動いてくれよ。俺は、イリスさんを……」


 頭でいくら命令しても、体はちっとも言う事を聞いてくれない。儘ならない状況に、ロイは悔し涙を流した。

 このままではイリスは本当の幸せを知らず、恨みだけを残して生涯を終えてしまう。

 彼女はまだ十二の少女なのだ。

 人生で経験した事がない事が数多くあるはずだ。

 全てが楽しい経験ではないだろうが、それでも人生は素晴らしいものだと教えてあげたい。


「だからお願いだ。あと少しだけ、彼女を救うまでどうか……」


 そんなロイの願いが届いたのか、ロイの頭に声が響く。


 ――どうした、我が盟友よ。何をそんなに嘆いているのだ。

「だ、誰だ?」


 突然響いた声に、ロイは戸惑いながら辺りを見渡す。

 しかし、辺りには人影らしいものは見当たらない。

 狼狽するロイに、呆れた様子の声がかかる。


 ――捜しても無駄だ。我は主の頭に直接語りかけているのだからな。それより、我は悲しいぞ、たった一年会わなかっただけで我の声を忘れるとは……。

「声……まさか!?」


 ロイの脳裏に、声の主の姿が浮かぶ。


「そうか、すまなかった。俺たち、あれだけ毎日語り合ったのに……」

 ――そんな事より我が盟友よ。何やら困っているようだな。


 ロイの謝罪を無視して、声の主は続ける。


 ――もし主が望むのならば、今一度我の力、主に貸してやっても良いぞ。

「え? 力って……でも、お前は……」

 ――何処にあろうと我と主は繋がっている。主と盟約を結んだ時にそう告げたであろう。

「そう……だっけ?」

 ――そうだ。まあ、主の頓着のなさは今に始まった事ではないからな……。


 声の主は、ロイの物覚えの悪さに呆れているようだった。


 ――それで、どうするのだ?

「そんなものは、既に決まっているだろう」


 ロイは声の主に向かって、犬歯をむき出しにして獰猛に笑う。


 ――承知。では、我が名を呼ぶが良い。


 その言葉に、ロイは力強く頷くと、右手を何もない空間に伸ばす。

 ゆっくりと息を吸い、目を見開くと、声の主の名を口にした。


「来い! デュランダル!」


 次の瞬間、ロイの視界が真っ白に染まった。

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