実直勇者と超巨大な魔物
「イリスさん!」
暫しの逡巡に囚われていたロイが必死に手を伸ばすが、既に遅かった。
イリスを飲み込んだ金は、触手のようなものを伸ばしてロイを拒むと、空高く舞い上がり、ある一定の高さまで上昇して金の球体となった。
「あれは、まさか……」
イリスが立っていた魔方陣を観察していたエーデルが何かに気付く。
「エーデル、あの魔方陣が何か知っているのか?」
「ええ、あの魔方陣は、合成陣と呼ばれる異なる物を混ぜ合わせる時に使う魔法陣よ……ただ、私が知っている魔方陣とは少し模様が違うようだけど……」
「合成の魔方陣……だって?」
エーデルの言葉通りなら、イリスは死んだ魔物が残した金と合成されたことになる。
それが何を意味するのか、ロイが宙に鎮座する球体を注視していると、
「いらない……もう、何もいらない」
球体の表面にイリスの顔が浮かび上がった。
「誰も私を理解してくれない……こんな世界なんか、全て壊し尽くしてやる!」
イリスの絶叫に呼応して球体が大きく脈打ち、その姿を激変させる。
球体のあらゆる場所から顔が、手が、足が次々と生えていく。
よく見ると、それらの部位は人の物ではなく、倒した魔物の体の一部であった。
球体はその後も次々と顔や手、足を生やし続け、どんどん醜悪な姿へとなっていく。形も球体から崩れ始め、もはや何の形だかわからないモノへと変貌させていった。
気が付けば、表面に百以上の様々な魔物の顔が現れ、それぞれが生まれた喜びを表すように叫び声を上げる。
「何、何、何なのよ!」
魔物の叫び声に顔をしかめながら、耳を押さえたリリィがヒステリックに叫ぶ。
「間違いないわ。あれは……レギオンよ」
「レギオン?」
エーデルは流れてきた汗を拭いながら、今も変化を続ける魔物について説明する。
「レギオンは合成獣、キメラの研究論文であらゆる魔物を合成させた究極の魔物として記されているわ。個にして軍団の異名を与えられ、元の魔物の能力を全て踏襲しているらしいわ」
「そ、そんな……そんな奴とどうやって戦えばいいのよ」
「戦う必要はないわ」
弱気になって嘆くリリィに向かい、エーデルが心配ないと告げる。
「あれだけの魔物が一つになって長時間活動できるはずがないわ。論文でも、取り込んだ数が多くなればなるほど意思疎通が上手くいかず、放っておいても自壊して死ぬと言われているわ」
「それじゃあ、イリスさんはどうなるんだ?」
ロイの質問に、エーデルは悲しげにかぶりを振る。
「残念だけど、ああなってしまったらイリスさんはもう……」
キメラは生物を一度融解させてから一つに合成される。だからあの中にイリスの意識は残っていたとしても、彼女の体は既に消えてしまっている。
エーデルにそう断じられ、ロイは頭をハンマーで殴られたような衝撃を受ける。
「そ、そんな、俺はイリスさんを……っ!?」
救いたかった。そう言葉を発する直前で、ロイは言葉を飲んだ。
その言葉を口にしたら、全てを諦めてしまったようなものからだ。
何があっても絶対に諦めない。どれだけ絶望的な状況に追い込まれたとしても、諦めなければ必ず光明が見つかるはずだ。ロイはそれを信条に、あらゆる困難を乗り越えてきたのだ。
「俺は絶対に諦めない!」
自分を鼓舞するように大声で叫んだロイは、武器を構えて前へと出る。
戦う気概を見せるロイを見て、エーデルが慌てて声をかける。
「ロイ、無駄よ。それより一刻も早くここを出て、レギオンの自滅を待つべきよ」
「駄目だ。自滅を待っていたのではイリスさんを助けだせない。一刻も早くイリスさんをあそこから引きずり出せば、もしかしたら助け出せるかもしれない」
「だから無理なのよ! 彼女の体は既に溶けて無くなっているのよ!」
「そんなの試してみなければわからないだろう。戦う気が無いならエーデルは出て行くんだ」
ロイは、エーデルとリリィを残して前へ出ると、レギオンとなったイリスへ声をかける。
「イリスさん。俺はあなたを助け出してみせます!」
すると、声に呼応してレギオンとなった魔物、その顔の全てが一斉に目をロイへと向ける。
「許サなイ、アナタだケハゼッタイに!」
全ての顔が同時に叫ぶと、巨大な体を震わせてロイへと襲い掛かった。




