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実直勇者のその後の伝説  作者: 柏木サトシ
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実直勇者の失態

 イリスは大きく嘆息した後、自身の年齢を告げる。


「残念ながらハズレ。私は今年で十二になるわ」

「じゅ……え? そんな……」

「驚いた? まさか、自分より年下だとは思わなかった?」

「え、ええ……」


 信じられない事実に、ロイは頷く事しか出来なかった。

 驚き固まるロイたちを気に留めることなく、イリスは滔々と語り続ける。


「闘技場の地下で私に投与された薬は、魔物の力を底上げする薬だったんだけど、その副作用か、当時九歳だった私の体は一晩で大人の体となったわ」


 その予想外の変化に、ブルローネ卿はイリスに一目惚れしたというわけだった。


 しかし、ブルローネ卿の妻となったイリスの幸せは、一年と続かなかった。


「侯爵の妻という立場は、色々なところから情報が入ってくるの。例えば、ゼルトザーム家が取り潰しなった真相とか、ね」


 自分の父親が、夫であるブルローネ卿のくだらない嫉妬心によって殺された事を知ったイリスは、自分から全てを奪った夫への復讐を誓う。

 何も知らなかった少女は、大人の世界を知って復讐の鬼となったのだ。


「あいつを殺すのは簡単だった。あいつがお父様を殺したのと同じように、食事に致死量に至らない毒を毎日与えたわ。日々弱っていく夫を甲斐甲斐しく世話するふりをしていたら、あいつ……泣きながら毒を口にしていたわ」


 口の端を限界まで吊り上げ、嬉々として語るイリスだったが、すぐに表情を曇らせる。


「愛する家族を奪った憎い仇を殺したのに、私の心は全く晴れなかった。それはそうよ。私服を肥やすことにしか興味のない複数の腐った貴族と、国内の情勢に無頓着な無能な王がまだ生きているのだから。あいつ等全員を殺すまで、私の復讐は終わらないのよ!」

「それが、イリスさんがこの国を憎む理由……」


 想像もつかないほど、イリスは過酷な運命を辿ってきていたようだ。


 ロイは狂気に満ちた顔で笑うイリスを見て、どうして彼女が気になっていたのかを理解した。

 ここ数日、様々なイリスの表情を見て来たが、どんな人間の心にも容易く入っていくその手腕にいつも舌を巻いていた。しかし、向こうからはグイグイと踏み込んで来るのに、一方で、イリスの感情は全く読ませてもらえない。顔は笑っているのに、何を考えているのかわからないという、ロイでは真似出来ないの感情のコントロールぶりに、畏怖さえ覚えていた。

 だからなのか、イリスが本心では何を考えているのかを知りたくて、気が付けば彼女を目で追っていた。

 それはきっと、イリスがロイよりずっと大人だから、侯爵という地位のある人だから、感情のコントロールが上手なのだと思っていた。


 だが、イリスの年齢はロイより年下だった。

 イリスの感情が見えないのは、おそらく復讐という檻に囚われしまっている所為で、それ以外のことに関心が向かないからだろう。

 その証拠に、自身の復讐について語るイリスは、歪んではいるが感情豊かに喋る。


 ここに来てロイは、初めてイリスの感情に触れる事が出来たような気がした。


(だからこそ俺は……)


 何としてもイリスを救いたいと思った。

 復讐に囚われているイリスを解放し、彼女に本当の幸せを見つけて欲しいと思う。


「…………すぅ」


 ロイは顔を上げると、大きく深呼吸して口を開く。


「イリスさんの辛い経験には同情します。ですが、復讐なんて果たした所で空しいだけです。俺はイリスさんに、復讐なんて忘れて幸せになって欲しいと思っています」

「なん……ですって?」


 ロイの言い分に、イリスの顔がみるみる怒りの朱に染まっていく。


「あなたに私の苦しみの何がわかるのよ! 私の本当の家族が……ゼルトザーム家の人間が毎晩、私の枕元に現れて囁くのよ。苦しい、助けてくれって。そんな家族を救うために憎むべき奴を殺すことの何処が悪いのよ。それでもあなたは、全てを忘れてのうのうと生きろとでも言うの?」

「そうです、死者は何も語りません。全てはイリスさんの思い込みです」

「お、思い込みですって!? 私の今までの苦しみが全て妄想に過ぎないなんて、随分勝手を言ってくれるわね……私を救うとか言った癖に、結局あなたは正論を振りかざすだけで、私を助けるつもりなんてないんでしょ!?」

「ち、違います。俺は本当にイリスさんを……」

「もう、御託は沢山よ!!」


 ロイの言葉を遮ったイリスは、髪を振り乱しながら地面を強く叩いた。


 すると、イリスが立っていた場所に描かれていた魔方陣が赤く光りだす。それと同時に、闘技場全体が立つのも困難なほど大きく揺れ出した。


「な、何だ!?」


 予期せぬ事態に、ロイは地面に伏せながら辺りを観察する。

 すると、死んだ魔物が残した金塊が溶け出し、魔方陣目掛けて移動しているのが見えた。

 何だか嫌な予感がする。そう感じたロイは、魔方陣の中心で動かないイリスに向かって叫ぶ。


「イリスさん、もうやめるんだ! 復讐なんてしなくても幸せになる道はあるはずだ。俺に出来る事なら何だって協力する。だから馬鹿な真似はよすんだ!」

「もういいわ。あなたの真っ直ぐすぎる言葉はもう沢山なの……」

「いいえ、何度だって言います! 俺はあなたを本気で助けたいんだ!」

「だったら……」


 イリスは顔を上げると、決別の言葉を口にする。


「だったらお父様が死んだあの時、どうして私たちを助けてくれなかったの?」

「――っ!?」


 その言葉は、ロイの胸を貫いた。


 次の瞬間、まるで意思があるかのように魔方陣の周りに集まった金が、巨大な波となってイリスを飲み込んだ。

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