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実直勇者のその後の伝説  作者: 柏木サトシ
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実直勇者と魔物の群との攻防戦

「さあ、今度の襲撃には耐えられるかしら?」


 二体目のバンシーを殺したイリスの言葉に、どうにか気を持ち直したロイとリリィが闘技場の入り口を見やると、


「……チッ」

「うそ……」


 ロイは思わず舌打ちをし、リリィが絶望的な声を上げた。


 そこには、一体だけでも厄介なキマイラが現れ、獰猛な唸り声を上げて闘技場内へと入ってくるのが見えた。


 しかも、現れたキマイラは一体だけではなかった。


 別の入り口からロイたちを挟み込むように一体、そして観客席の入り口から更にもう一体のキマイラが現れたのだ。


「……ハハッ、こんなのどうしろっていうのよ」


 一人では倒すのは不可能に近いと言われているキマイラが複数登場したことに、リリィは乾いた笑い声を上げる。

 ここまで気合いでどうにか持ちこたえて来たが、この状況を切り抜けるのは、困難を極めるだろう。

 更には、かなりの数を減らしたものの、最初に登場した魔物たちもまだまだ健在だった。


 いくらロイとエーデルが強くても、これだけの数の魔物が相手では――


「リリィ、弱気になるな!」


 すると、弱気になったリリィを励ますように、ロイが叫び声を上げる。


「弱い心を見せれば体が硬くなり、奴等に付け入れられる隙となる。どれだけ絶望的な状況でもふてぶてしく笑い、自分なら出来ると、仲間と一緒なら何でも出来ると信じ込むんだ!」

「仲間を……信じる」

「そうだ。それにエーデルが魔法を発動させれば一気にカタがつく。それまでの辛抱だ」

「エーデルさんが……」


 リリィがエーデルへと目を向けると、エーデルの周りに漂う闇が明らかに深くなり、彼女の姿を視認するのが容易ではなくなっていた。

 あれがどのような魔法かは想像も付かないが、あれは直視していてはいけないものだと直感で理解したので、目線をロイへと戻して頷く。


「わ、わかった。絶対に諦めない」

「そうだ。前衛には俺が立ってキマイラを惹きつけるから、リリィは俺の援護を頼む」


 作戦を確認したロイとリリィは、頷き合うと、二手に分かれて行動を開始する。


 今まで何度かキマイラと戦闘経験のあるロイだったが、一人で、しかもサポートも無しに対峙するのは初めての事だった。

 通常、キマイラに挑む場合は、ライオンの俊敏さ、山羊の魔法、死角をフォローする蛇の尻尾による三位一体の攻防をいかにして崩すかが鍵となる。

 キマイラは、脳は複数あるようだが、痛覚は共有しているようで、ライオン、山羊、蛇のどれかに致命的なダメージを与えると、総崩れになることが多い。

 故に、一番簡単な攻略法は、三人以上で挑み、それぞれの注意を惹きつけて一番脆弱な蛇を切り落とすことだ。

 ロイもその手本に倣い、先ずはキマイラの尻尾を切り落とすべく行動を開始する。


「はあああああああああっ!」


 気合いの雄叫びを上げながらロイは正面からキマイラへと斬りかかる。

 すると、ロイの気合いの雄叫びに反応したキマイラのライオン部分は、大きな咢を開けて口から炎を吐き出す。

 それを見て、ロイは横っ飛びで回避すると、キマイラの側面へと回る。

 炎を回避されたと察した山羊が、ライトニングボルトの魔法を唱えるが、


「……それも読んでる」


 ロイは剣の鞘を投げて避雷針とすると、雷光の隙間を縫ってキマイラとの距離を更に詰める。


(いける!)


 攻撃が回避されたことに気付いた蛇が威嚇するように口を開け、毒霧を吐き出そうとするが、それより確実に速く、蛇を切り落とせるとロイは確信する。


 そのまま一気に距離を詰めたロイは、右手を一閃させようとするが、


「――っ!?」


 突然、頭上が影で覆われたのを察したロイは、咄嗟に身を投げ出してその場から全力で退避した。


 次の瞬間、二体のキマイラの巨体が轟音を立ててロイの居た場所へと同時に降って来た。

 どうやら仲間の危機を察して、他の二体が助けにやって来たようだ。


「……マジかよ」


 転がった姿勢から体勢を立て直したロイは、目の前の光景を見て、冷や汗を流す。

 三メートル近い大きさのキマイラが三体。これほどのレベルの魔物を同時に相手にすることは、竜王の城の攻略中でもなかった非常事態だった。


「……だからって、引くわけにはいかないんだ!」


 ロイは自分を鼓舞するように大声を上げると、悠然と佇む三体のキマイラへ向けて突進していった。


 ロイは持てる限りの技を駆使して三体のキマイラ相手に立ち回るが、いつまで経ってもこれといった有効打を与えられないでいた。


「クソッ!」


 何度目かの反撃の目を潰され、ロイは堪らず悪態をつく。


 一体のキマイラに肉薄すると、残る二体のキマイラがロイの背後を突いて攻撃してくるので、相手に攻撃を加えるよりも、自身の身を守るので精一杯だった。


「このっ、近付くな!」


 一方のリリィも、ロイの援護が受けられなくなった事で多数の魔物に囲まれ、徐々に追い詰められていた。


「はぁ、はぁ……このっ!」


 荒い息を吐きながら、リリィは太ももに巻きつけたベルトから投げナイフを二本抜き、飛びかかって来たゴブリン目掛けて投げる。

 ナイフは見事、空中にいた二体のゴブリンの眉間に刺さり、二体同時に葬る。


「よしっ、次!」


 ゴブリンの体が消滅して金塊へと変わるのを確認すると、リリィは次の得物を捜しながら太もものベルトへと手を伸ばす。

 しかし、その手が投げナイフを掴むことはなかった。


「……あれ?」


 不思議に思って顔を向けると、全部で二十本近くあった投げナイフが全て無くなっているのに気付いた。

 その行動は、リリィにとって何の気のない、ごく当たり前の行動だった。

 だが、四方を魔物で囲まれている状況では致命的な隙となった。


「あぐっ!?」


 背後から迫っていた魔物の存在に気付かず、リリィは強烈な体当たりをまともに受けてしまう。


「リリィ!」


 吹き飛ばされた衝撃で、ボールの様に地面を跳ねるリリィの姿を見て、ロイが悲痛な叫び声を上げる。


「チィッ! どけぇ!」


 リリィの危機に、ロイは正面に立つキマイラを剣で追い払うと、後ろに控える二体のキマイラの間を通すように烈風斬を放った。

 烈風斬は一直線に飛んでいき、リリィに噛み付こうとした人狼を真っ二つにする。


「わぷっ、ぺっ、ぺっ……あ、ありがとう」


 人狼の血を全身に浴びてしまったが、吹き飛ばされたお蔭でどうにか魔物の囲いから抜け出せたリリィがロイに感謝の言葉を告げる。


 リリィの一先ずの危機は去ったが、対するロイの払った代償は安くなかった。


「いぎぎぎぎっ!?」


 ロイの隙だらけの背中に、一体のキマイラが放ったライトニングボルトの魔法が直撃する。更に別のキマイラから横合いからの猛烈な体当たりをまともに受け、ロイの体が宙を舞う。雷魔法の所為で全身が痺れているのでまともに受け身も取れず、全身を強かに打ちつけた。


「がはっ!?」


 背中から地面に落ちたロイは、その衝撃で苦しげに吐血する。


「ロイッ! しっかりして!」


 自分を助けた所為でロイが傷付いてしまった。そう察したリリィは、すぐさま倒れたままのロイの元へと駆け寄ろうとするが、魔物の群れに再び囲まれ、身動きが取れなくなってしまう。


「クッ……この、邪魔するな!」


 必死の形相で魔物たちに追い縋るが、冷静さを欠いていた所為で周りが疎かになっていた。


「キャッ!」


 リザードナイトの尻尾を振るった攻撃がリリィのダガーを弾き飛ばし、更に勢いそのままに胴を薙ぎ払った。


「けほっ!?」


 リリィは打たれたお腹を押さえながら思わずその場に蹲る。

 ロイが受けたダメージほどではないが、肺の中身を無理矢理吐き出した所為で、酸欠状態となり、身動きが取れないでいた。

 そんなリリィを、魔物たちが見逃すはずがない。


「い……や…………こな……で」


 痛む腹を押さえながら、リリィは涙を流しながら後退る。

 弱ったリリィを見て、胴を払ったリザードナイトが長い舌を出して舌なめずりする。

 ゆったりとした足取りでリリィの正面に立ったリザードナイトが、手にしたシミターを上段に構えたその時、


「――キャッ!?」


 突然、闘技場に一迅の黒い風が吹き、リリィは思わず目を瞑る。

 敵前で、しかも今にも殺されようとするタイミングで目を閉じるなど愚の骨頂だったが、


「…………」


 いつまで待っても、断罪の刃が振り下ろされることはなかった。

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