実直勇者と新しい冒険への招待
プリムローズの祖国、フィナンシェ王国は、数百年の歴史を持つ由緒正しい騎士の国だ。
この世界に魔物が初めて現れた時から戦いの第一線に立ち、各国に騎士を派遣しては魔物に怯える町や村を救ってきた、正に正義の味方を体現したような国であった。
しかし、そんな由緒正しいフィナンシェ王国に今、看過出来ない問題が発生しているという。
「怪盗ナルキッソス?」
聞きなれない単語に、ロイが小首を傾ける。
「そもそも怪盗って何だ?」
「怪盗っていうのは。所謂盗賊ね。神出鬼没で正体がわからない盗賊を指して怪盗と呼ぶのよ」
ロイの疑問を、エーデルがすかさず示唆してくれる。
エーデルは首を巡らせてプリムローズへと顔を向けると、三白眼で彼女を睨む。
「まさかとは思うけど……その怪盗を、世界を救った勇者に捕まえて欲しい、とか言うんじゃないわよね?」
「そのまさかですまないが、その通りなのだ」
プリムローズはすまなそうに頭を下げると、怪盗ナルキッソスについて話を始める。
発端は今から半年程前、とある貴族の屋敷から一晩の間に金貨五千枚もの大金が盗まれた事件が起きた。朝になって金庫が空になっている事に気付いた貴族が詰め所に申し出て、調査に出た兵士が現場から水仙が書かれたカードを発見したのが名前の由来となっている。
城の騎士と憲兵が現場の捜索を行ったが、ナルキッソスが何処から侵入し、どうやって金庫の扉を開けて金を盗んだのかを解明する事は出来なかった。
怪盗の犯罪の痕跡すら見つけられず、憲兵たちが手を拱いている間にもナルキッソスは次々と貴族の館から金銀財宝を盗んでいった。
しかも、ナルキッソスの犯行はそれだけではないという。
「選考基準はわからないんだけど、どうやら人を攫っているみたいなんだ」
「人を? 一体何の為に……」
「わからない。貧しい地区に住む人間が老若男女問わず次々と姿を消し、変わりに水仙のカードだけが残されているんだ。正直、ナルキッソスが何を考えているのかは皆目見当もつかない」
プリムローズは大きく嘆息して力なく項垂れると、辛い現実から目を逸らすように顔を伏せる。
人々を守る為に騎士になったプリムローズとしては、人が攫われているのに、手も足も出ないのは忸怩たるものがあるのだろう。
「いくら修羅場を経験したといっても、あたし一人の力ではどうにもならなくて……我が王は恥を忍んで今一度、勇者に力を頼る道を選んだ。だから、頼む。どうかロイの力を我が国の平和の為に貸して欲しい」
プリムローズは乱暴に目元を拭って顔を上げると、泣き腫らした目でロイ
を見据える。
「ああ、勿論だ」
ロイはプリムローズの手を取ると、彼女の顔を見て大きく頷いた。
「魔物討伐と勝手が違うから何処まで出来るかわからないけど、皆の笑顔を取り戻せるよう、精一杯やるから任せてくれ」
「ロイ……ありがとう!」
ロイの頼もしい言葉に、感極まったプリムローズは、喜びを体現しようと両手を広げてロイに抱きつこうとするが、
「そうと決まれば、明日に備えて今日は早く休みましょ」
「あいしへぶっ!?」
突然、エーデルがロイとの間に割って入った為、プリムローズはエーデルの背中に顔を突っ込む形になった。
プリムローズの突進を背中で受けたエーデルは、振り向いて諦観したように告げる。
「あら、貧乳。何するの、痛いじゃない」
「い、いい、痛いじゃない、じゃない!! そういうエーデルこそ何のつもりだ!」
「何のつもりって……明日に備えて早く寝たいから、ロイに寝室まで案内してもらおうと思っているのだけど?」
「……は?」
エーデルの言葉に、プリムローズは思わず眉根を寄せる。
「……何だよ。もしかして、エーデルも来るつもりなのか?」
「もしかしても何も、ロイが行くなら私も行くに決まってるでしょ?」
当然、そう言わんばかりにエーデルは豊かな胸を張る。
たゆん、と揺れる胸にプリムローズは一瞬、釘付けになるが、すぐに気を取り直してかぶりを振ると、エーデルの袖を掴んで引き寄せ、ロイと距離を取って耳打ちする。
「む、無理して着いて来なくていいんだぞ。エーデルだって仕事があるだろ?」
「あら、私、仕事なんてしてないから気にしなくていいわよ」
「し、仕事してないって……エーデルはそれで暮らしていけるのか?」
「心配しなくても私のパパはこの国の大臣だから大丈夫。パパに言えばお金ならいくらでも貰えるし……それに副収入もあるしね~」
そう言うと、エーデルは部屋の隅に置いてある一冊の本を指差す。
「あれ、私が書いた本なんだけど、知ってる?」
「あ、あれは!?」
本のタイトルを見たプリムローズは、驚愕に目を見開く。
炎を吐く竜と、それに立ち向かう鎧を着た男性が激しい攻防を繰り広げられているイラストに、力強いフォントで「エーテルウォーズ」と書かれた手の平サイズの本で、著者名のところにE・W・リベルテと書かれていた。
「あ、あの本は、三ヶ月前に発売された……」
「ぴんぽ~ん。よく知ってるわね。魔法協会からどうしてもと言われて仕方なく書いた本なんだけど、思ったより評判が良くて、ぽんぽんと売れちゃってるのよね~」
「…………知ってる」
思い当たる節があるのか、プリムローズは三白眼で恨めしげにエーデルを睨む。
「クッ、これだから天才は……」
「何か言った?」
「何も言ってない! クソッ、もう好きにしろ!」
プリムローズはエーデルの手を振り解くと、不機嫌な足取りで歩き始める。
だが、数歩進んだところで足を止めると、後ろを振り返り、
「あの……エーデル……さん。悪いけど……今度ウチにあるあの本にサインってもらえる?」
そう言ってバツが悪そうに本を指差した。