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実直勇者のその後の伝説  作者: 柏木サトシ
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実直勇者と人狼

 人狼(ワーウルフ)――見た目は人間が狼へと変身したように見えるが、その能力は狼を遥かに凌ぐものだ。何よりも注意すべきなのは、視認するのも困難な程の素早さで繰り出される鋭い牙と爪で、革製の防具程度では、紙のように易々と切り裂かれてしまう。間隙を縫って反撃を試みようにも、全身を覆う毛皮は分厚く、並の攻撃では弾かれてしまう程の防御力を持っている。

 幸いにも野生の狼と違い、人狼は単独で行動を取るのが殆どなので、冒険者が人狼と対峙した時は、前衛が注意を惹きつけ、後衛が毛皮の防御を無視して攻撃出来る魔法による攻撃を行うのが一般的な攻略法となる。


「アオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」


 人狼となったクロクスはロイの姿を認めると、雄叫びを上げながらロイに向かって体当たりをして来た。

 だが、当然ながらロイとの間には鉄製の檻があり、檻に体を強かに打ちつけることになる。


「おい、何をしてるんだ。正気に戻れ!」


 ロイが必死に呼びかけるが、人狼は一切応じず、ひたすら檻に向かって体当たりを続ける。

 その威力は凄まじく、巨体が檻にぶつかる度に部屋全体が揺れ、天井から細かな埃が落ちてくる。しかも、子供の腕ほどの太さがある鉄製の檻が、一撃、また一撃とぶつかる度にその威力に負けて歪んでいく。


「ガアアアアッ!」


 何度目かの体当たりの後、人狼は歪んだ檻を掴んで力任せに引っ張ってこじ開けてみせた。


 人狼は自分で開けた穴を悠然とした足取りで抜けると、ロイと対峙する。


「おいっ、リリィはどうするつもりなんだ!?」


 一縷の望みを信じてロイがリリィの名前を出して呼びかけるが、人狼は何の反応を示さない。

 人狼は舌なめずりをすると、地を蹴って天井へと張り付く。


「シャアアアアアアアアッ!」


 口角を吊り上げ、歯を剥き出した人狼は叫び声を開けてロイへと襲い掛かった。


 矢の様に飛び出した人狼の突進をロイは横に飛んで回避するが、人狼は着地と同時に地を蹴って壁へと張り付き、壁を蹴って更にロイへと襲い掛かる。


「クッ……」


 この攻撃も身を捻ってどうにか回避するロイだったが、完全には回避出来ずに、鋭利な爪で腕を切り裂かれ、鮮血が舞う。


「チッ、やはり狭い室内では……」


 人狼の三次元の動きが早過ぎて、まともに捉えることが出来ない。

 しかも、今のロイは武器を何も所持していない。素手でもある程度戦う事が出来るロイではあったが、人狼の厚く、硬い毛皮の鎧を貫けるかどうかはわからない。

 唯一、対抗できる技があるとすれば、プリムローズを倒した技、武道家から習った寸勁という技があるが、あれは人狼のような素早く動く相手に当てるのは至難の業だった。


「しかし、だからと言って、このまま大人しくやられるつもりはない!」


 ロイはどうにか攻勢に出る為、回避を続けながら人狼の動きを注視する。


 そして、幾度かの攻防の後、


「いい加減、目を覚ませえええええええええええええ!!」


 人狼の爪を紙一重で回避したロイは、カウンターで人狼を全力で殴った。

 次の瞬間、地下牢に鈍い音が響き渡る。


「ぐうぅぅ!?」


 しかしその結果、膝を着いたのはロイだった。

 ロイの拳は、人狼の毛が薄い胸部分を正確に打ち抜いたのだが、それでも人狼にダメージを与えるには至らなかった。逆に人狼を殴ったロイの左拳の方が、深刻なダメージを受けてしまっていた。


「クソッ! やっぱり駄目か……」


 ロイは折れた指をどうにか真っ直ぐに戻しながら、何事もなかったかのように攻撃を振るい続ける人狼の猛攻を命からがら回避し続ける。


 その後も、打つ手がないロイは必死に狭い室内を駆け回り、致命傷を避け続ける事しか出来なかった。だが、素早さは圧倒的に人狼のほうが上手で、人狼が攻撃を仕掛ける度、ロイの体には決して浅くはない傷跡を残していく。

 人狼も一気に勝負をつける気はないのか、決して深追いはせず、獲物が弱るのをじっくり眺めるようにロイを嬲っていく。


 そして、何度目かの人狼の攻撃で、


「あがっ!?」


 とうとう人狼の攻撃が、ロイの体をまともに捕らえた。

 鋭い爪で腹を抉られたロイの体が易々と宙を舞う。

 壁際まで吹き飛ばされたロイは、派手な音を立てて檻へと叩きつけられた。


「ガハッ! ゴホッ……ゴホッ」


 背中を強打したロイは、肺の中身と一緒に大量の血を吐き出す。頭も強く打った所為で意識が朦朧とし、目の前にいるはずの人狼の姿さえまともに見えなくなっていた。


「グルルルルルルルルルッ……」


 人狼は悠然とした足取りでロイの目の前まで辿り着くと、ロイに止めを刺すべく両手を組んで頭の上で構えた。

 丸太のように太い腕を振り下ろし、ロイの頭を潰すつもりなのだろう。


「そう簡単に……俺を殺せると思う……なよ」


 絶体絶命の状況に追い込まれても、ロイは生きる事を諦めなかった。

 これまで似たような状況はいくらでもあった。

 死を覚悟した回数だって一度や二度ではない。

 だから、どうにかする……どうにかしてみせる。

 ロイは定まらない視点のまま、振り下ろされる手を、歯を食いしばって睨み続けた。

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