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実直勇者のその後の伝説  作者: 柏木サトシ
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実直勇者と囚われの身

 冷たい空気が肌を撫でる感触と、鼻につく悪臭にロイの意識は覚醒した。


「う……くぅ……」

「気が付いたか?」


 顔を上げると、檻を隔てた向こう側にクロクスの姿が見えた。


「……ここは?」

「城の地下牢だ。僕たちは捕まったんだよ」


 そう言うと、クロクスは悔しそうに自分を縛る檻を睨む。


 地下牢。そう言われて周りと見てみると、地下牢は石で出来た空間を檻で区切っているだけの簡素な造りの部屋だった。正面だけでなく、左右の部屋すらも檻で区切られているので、隣に入れられているクロクスとの会話も苦労はしない。 入り口は一つだけで、そこに焚かれた松明が部屋の中を煌々と照らしている。壁の代わりに檻が置かれているのは、少ない照明で部屋全体を照らせるように、という配慮からかもしれなかった。

 ロイが入れられている檻には、木で出来たベッドと、トイレと思われる異臭を放つ汚れた壺があるだけで、プライバシーというものは一切存在しなかった。


 ロイは鼻を摘んで壺から出来るだけ距離をとると、クロクスへと話しかける。


「ここに入れられてから、どれくらい時間が経ったかわかるか?」

「わからない。ただ、君が目覚める前に夕食だって食事が運ばれてきたから、もう夜になっているはずだ」

「そうか……クソッ、まさかあんな手にやられるとは」


 ユリウスは唇を噛み締めると、苛立ちを紛らわすように床を強く殴る。


 陽が暮れるまで意識を失っていたこともそうだが、おめおめとカーネルの罠に嵌り、クロクスと共にこんなところへ幽閉されてしまったことが許せなかった。


「……すまなかった」

「え?」


 突然の謝罪の言葉を聞いて、目を丸くするクロクスに、ロイは深く頭を下げると、謝罪の言葉を口にする。


「君を守ると大きな口を聞いておきながらこの体たらく……本当にすまなかった」

「いやっ、その……僕も真っ先にやられてしまったわけだから……それに、君一人だったら切り抜けられたかもしれないし……何より」


 クロクスは顔を伏せると、諦観したように告げる。


「薬に頼っても、僕の実力は、君の足元にも及ばなかった」

「そんなこと……」

「あるさ。君と仲間との決闘を見て思った。冒険者として生きていく為には、実力は勿論、何を置いても自分の意思を貫くという覚悟も足りなかった。こんな中途半端な気持ちでいるから、安易に強さを求めて怪しげな薬に頼ろうとするんだ」


 そう言うと、クロクスは自嘲的な笑みを浮かべる。


「…………」


 全てを諦めたように項垂れるクロクスに、ロイはかける言葉が見つからなかったが、そういえばと気になっていたこと質問する。


「あの時飲んだ薬、思った以上に効力があるみたいだけど、冒険者の間でそんなに流行っているのか?」

「わからない。でも、ここら辺の冒険者では、割と有名な薬のようだった。でも、その分値段が張るからそう簡単には…………クッ!?」


 会話の途中で、突然、クロクスが苦しげな声を上げて蹲る。


「お、おい。大丈夫か?」

「……問題ない。どうやら薬の副作用が出たようだ」


 クロクスが飲んだ魔法の薬は、一定時間個人が持つ能力を上げてくれるのだが、薬の効果が切れると、反動で体に激しい痛みが襲い掛かるというものだった。


「だから……そんなに心配そうな顔……クッ!」

「何を言っているんだ。どう見ても大丈夫じゃないだろう!」


 クロクスの顔色は青色を通り越して土気色になり、顔中に玉のような汗をかいている。寒気がするのか、体を抱くようにして小刻みに震え、歯をガチガチと鳴らしていた。

 クロクスの尋常でない様子に、ロイは檻に張り付いて声を上げる。


「誰か! 誰かいないのか!」


 しかし、ロイがいくら声を張り上げても返事が返ってくることはなかった。


「クソッ、何で誰もいないんだ」


 ロイが苛立ちを紛らわすように檻に八つ当たりしている間にも、クロクスは苦しげに唸り、痛みでのた打ち回る。


「止めろ! その耳障りな歌を今すぐに……あ、ああああっ!」

「歌? 歌なんてどこにも……」


 ロイは耳を澄ましてみるが、聞こえるのはクロクスの呻き声だけで、誰かが歌っている気配は微塵も感じられなかった。

 檻さえなければ今すぐにでも助けに行きたい。ロイがそう思いながら檻を握り締めていると、


「あ……あア……痛いっ! 痛いよ!」


 苦しげにのたうち回るクロクスの体に、ある変化が訪れる。

 痛むから逃れるように胸を掻き毟っていたクロクスの手が着ていた衣服を引き千切り、中から激しく脈動する血管を覗かせる。


「が、あ……がああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」


 叫び声を上げながら跳ね起きたクロクスの体が突然倍近くに膨れ上がり、髪の毛をはじめとする全身の体毛が著しく成長してクロクスの体を覆いはじめる。


「な、ななっ……」


 目の前で起きている衝撃的過ぎる出来事に、ロイは二の句が告げないでいた。


 そうしている間にも、クロクスの体に次々と変化が訪れる。


 口が巨大化し、歯が鋭くなり牙となる。

 爪が伸び、どんな物でも引き裂ける鋭利な刃と化す。


 その姿はまるで……、


「アオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!」


 変化を遂げたクロクスが、獣の遠吠えを上げた。

 クロクスの姿は見間違いようもない。その素早い動きを活かした狡猾な攻撃で、冒険者を苦しめた魔物、人狼(ワーウルフ)そのものだった。

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