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実直勇者のその後の伝説  作者: 柏木サトシ
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実直勇者と老獪な憲兵隊長

 フロッシュ公爵が静かになったのを確認したロイは、踵を返して今度こそ退出しようとした。

 しかし、


「申し訳ございませんが、そうは行きません」


 いつの間に現れたのか、穏やかな笑顔を浮かべたカーネルがロイのすぐ後ろに立って進路を塞いでいた。

 カーネルの足元を見やれば、意識を失ったクロクスが倒れている。


「ああ、安心してください。こちらの方には少し眠っていただきました」


 ロイの頭をよぎった最悪の展開を、カーネルはすぐさま否定する。

 クロクスの無事を知ってロイは安堵するが、この状況は解せなかった。


「カーネルさん、どうして俺たちの邪魔をするのですか? あなたも結局は、そちら側の人間、というわけですか?」


 ロイの射抜くような鋭い視線に、カーネルは肩を竦める。


「申し訳ありません。わたくし個人といたしましては、勇者様の味方をしたいのです。フロッシュ公爵による数々の無礼、王との謁見が叶わなかったことについては謝罪いたします。ですが、わたくしもつまるところは、勇者様の仰るそちら側の人間なのです。憲兵隊として、王が居座る部屋で狼藉を働いた者に対して何のお咎めもなし、という訳にはいかないのです」


 だからこのままロイを帰すわけにはいかない。カーネルは頭を下げると、申し訳なさそうにロイに懇願する。


「ですから勇者様。必ず無罪放免にしてみせますから、ここはおとなしく縛についてもらえないでしょうか?」

「お断りします」


 しかし、ロイはカーネルからの懇願をあっさりと一蹴する。

 その言葉を聞いて、カーネルは「仕方ありませんね」と小さく呟くと、ロイに向かって拳を突き出す。


「でしたら勇者様。よければわたくしと少し遊んでいってください」

「……本気ですか?」

「本気ですとも。こう見えてわたくし、なかなかどうして強いのですよ」


 腰を落とし、構えるカーネルを見てロイはどうしたらいいか困惑する。

 まさか、徒手空拳で戦うつもりなのだろうか?

 どう見てもまともに戦えるように見えないカーネルの真意がわからず、ロイは困惑する。

 だが、口で言ってもカーネルはどいてくれそうになかった。


「……わかりました」


 ロイは神妙な顔で頷くと、腰を落として拳を突き出した。


「もしかして、勇者様も素手で戦うおつもりですか?」

「武器がありませんからね。それに、素手の相手に武器を使うのは、俺の主義に反しますから」

「ほっほっ、それは素晴らしい騎士道精神ですな」


 カーネルは髭を撫でながら鷹揚に頷くと、再び構えを取る。


 このまま戦闘が始まるかと思われたが、


「おや、勇者様。怪我をしていますね?」


ロイの手から滴り落ちる血に気付いたカーネルが待ったをかける。


「……大丈夫です。この程度の怪我、何ともありませんよ」

「いえいえ、それはいけません。万全の状態でない勇者様と戦うのは、わたくしの騎士道精神に反しますからな」


 そう言ってカーネルは右手を掲げると、小気味の良い音を立てて指を鳴らす。

 すると、ロイのファンだという憲兵の女性、ネルケが現れロイの手を治療させて欲しいと申し出てきた。


「勇者様、私にどうか治療させていただけませんか?」

「あっ、いえ……大丈夫ですから」


 ネルケからの治療を断ろうとするロイだったが、


「いけません! 手に穴が空いているじゃないですか! 一刻も早く治療しなければ、後遺症が残る可能性があります。お願いです。こう見えて私、憲兵隊に入る前は医療部隊にいたこともあって、勇者様の怪我がいかに深刻かわかってしまうのです。だから、お願いです。どうか私に治療させて下さい。どうしても治療を拒むというならば、私の事を倒していって下さい! さあっ!?」

「ええっ!? わ、わかりました。じゃ、じゃあ……お願いします」


 ネルケの鬼気迫る迫力に、ロイは呆気に取られ、思わず頷いてしまった。


「よかった……それじゃあ、失礼しますね」


 ロイからの了承を受けたネルケは、一転して微笑を浮かべると、ロイの手を取って集中を開始する。


「清浄なる水の精霊よ……」


 滑らかな口調で魔法の詠唱を唱えたネルケは、ロイの手に杖をかざして回復魔法を施す。

 ロイの左手を緑色の暖かな光が包み、手の平に開いた傷口がみるみると埋まっていく。

 どうやらネルケの回復魔法士としての才能はかなり高いようだった。


 このままなら、もう一、二分で完治するのではないか。そう思われたが、


「…………あれ?」


 ロイは目の前が急激に暗くなっていくのを自覚した。


(……違う! これは暗くなっているんじゃなくて、俺の目が勝手に閉じようとしているんだ)


 異常に気付いたロイがネルケの手を払いのけようとするが、既にその力すらなかった。

 すると、柔和な笑みを浮かべた老紳士が目の前に立つと、頭を下げた。


「申し訳ありません勇者様。搦め手を使わせていただきました」

「なに……を……した?」

「単純な話です。回復魔法と睡眠魔法を合成したものを唱えさせました。状態異常魔法への耐性がある方でも、回復魔法への耐性はまずありませんからね」


 饒舌に語るカーネルだったが、その声がロイに届く事はなかった。


 ロイの意識は、既にまどろみの底へと沈んでいたのだから。

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