実直勇者と女戦士の決闘の決着
プリムローズは大きく息を吸うと、腰を落としてエストックを顔の横に構える。
「ロイ……本気でいくぞ!」
掛け声を上げ、プリムローズは一気に前へと出る。体を低くし、駆けながら限界まで引き絞った腕を、全体重を乗せて素早く繰り出す。
「くっ……」
これまでとは比較にならない程の速度で繰り出された刺突攻撃に、回避は不可能と判断したロイはどうにか木剣で攻撃を受け流す。
しかし、プリムローズの攻撃はそれだけでは止まらなかった。
ロイに攻撃が弾かれると同時に素早くエストックを引き戻したプリムローズは、間髪を入れずに再び鋭く、早い刺突攻撃を繰り出す。その攻撃も弾かれるが、それでもプリムローズは攻撃の手を休めることなく次々と刺突攻撃を繰り出し続ける。
「ロイ、いくぞ! 必殺剣、エトワール・フィラント!!」
烈火の叫び声と共に、プリムローズが放つ刺突の速度が更に増す。それに伴い、刺突のバリエーションも豊富になり、正中面を中心に狙っていた攻撃が左右へと散りばめられ、ロイの行動を阻害する。まるで、天を埋め尽くさんばかりの流星群を思わせるその圧倒的攻撃量は、相手の行動に制限をかけ、更には反撃に出る間も与えない。
「チィッ!?」
ロイは必死に攻撃を捌き続けるが、全てを防げるはずもなく、致命傷だけはどうにか避け続けるが、肩に、足にと、少なくない怪我を負っていく。
更に悪いことに、防御に使っている木剣が悲鳴にも似た甲高い音を響かせる。木剣にかけられたハルトの魔法が、プリムローズの凄まじい攻撃によって剥がれかかっているのだ。
当然ながら、追加の強化魔法をかけさせるような隙をプリムローズが与えてくれるはずもなく、手にした木剣は一撃、また一撃と攻撃を弾く度に目に見えて限界が近付くのがわかった。
そして、幾度目かの刺突攻撃を弾くと同時に、ガラスを砕くような破裂音と共に、ロイの手の中で木剣が粉々に砕け散った。
「しまっ……」
「もらった!!」
得物を失い、驚愕に目を見開くロイを見て、勝利を確信したプリムローズは、これまでより一歩多く踏み込んで素早い攻撃から一転、強く、重い攻撃を繰り出した。
「これで、終わりだああああああああああああああああああああああっ!!」
「――っ、まだだ!」
至近距離から放たれた回避不可能の攻撃に、ロイは目を見開き、冷静に攻撃の軌道を予測して、左手をエストックの先端目掛けて突き出す。
次の瞬間、鈍い音を立ててロイの手の平をエストックが貫き、穴を開ける。
「……くぅ!」
鮮血が舞い、痛みに顔を歪めながらも、ロイは更に自分から手を突き出していく。エストックの根元まで手の平を突き出し、その先にあったプリムローズの手を掴んだ。
「んなっ、馬鹿な!?」
強引過ぎる方法で必殺剣を止められたプリムローズの顔が驚愕に歪む。
「俺の……勝ちだ!」
ロイは左手を掴んだまま、無事な右手をプリムローズの鎧の上に当てると、犬歯をむき出しにして獰猛に笑う。
その笑顔を見て、プリムローズの顔が真っ赤に染まる。
(ああ、やっぱりあたしは、ロイの事が好きなんだ)
改めて自分の気持ちを確認したプリムローズは、微笑を浮かべてロイに笑い返した。
「あたし、ロイのことが好きだ。愛してる」
プリムローズからの告白に、ロイは笑顔で頷く。
「俺もプリムの事を好きだし、信じているよ」
そう告げると、ロイは密着状態から短く息を吐き、鎧に当てた右手を肩から突き出すように伸ばした。
一見するとただ押しただけ。そう見えたロイの突き攻撃は、プリムローズの体を十メートル以上も吹き飛ばした。
「がはっ!?」
轟音を上げて背中から壁に激突したプリムローズは、苦しげに息を吐き、吐血して意識を失う。
ロイが殴った部分を見やれば、鎧はひしゃげ、その威力の凄まじさをものがたっていた。
「――っ痛ぅ~!」
ロイは勝利の余韻に浸る間もなく、左手に刺さったエストックを無理矢理引き抜くと、袖の一部を引きちぎって穴の開いた手に応急処置を施す。
何度か手を閉じたり開いたりを繰り返し、問題ない事を確認した後、エストックを右手に持ち替えて構える。
「まだやる奴は………………いないようだな」
辺りを見やれば、既に全員が戦意を喪失していた。
ここは放っておいてもロイたちを追撃するような輩は、もういないようだ。
「行こうか」
騎士たちが動かないのを確認したロイは、クロクスに謁見の間から立ち去るように提案する。
「ま、待つんだみゃ。こんな事してただで済むと思っているのきゃ?」
ロイが立ち去ろうとすると、フロッシュ公爵が脅しをかけてくる。
「いくら勇者でも、ボクチンは許さないにょ。こうなったら、お前の家族が生活出来ないようにしてやろうきゃ。それとも……」
「…………」
がなり続けるフロッシュ公爵に、ロイは手の中のエストックを無造作に投げた。
エストックは目にも留まらぬ速さで飛び、
「うぴっ!?」
フロッシュ公爵の顔、僅か十センチ隣に刺さった。
「あんたが俺に何かしようと画策するのは勝手だが、俺の家族に手を出そうとするなら、その時はあんたが何者であっても、俺は一切容赦しないぞ」
「……あ、ああ…………うきゅぅ……」
本気で怒ったロイに殺気の篭った目で睨まれたフロッシュ公爵は、失禁した後、白目を向いて後ろに倒れてしまった。




