実直勇者と仲間の願い
それは、仲間たちのロイに対する優しさだった。
ロイは生まれた時に教会によって、竜王を討伐する勇者になるという託宣を受けた。
その為、ロイは人生の全てを「竜王を討伐するに相応しい勇者になる」という目的の為だけに注いできたのだった。
同世代の友人が無邪気に遊んでいるのを他所に、ひたすら剣の修練を積んだ。
知らない土地、初めて訪れる土地で嫌われないように、時には必要なアイテム確保の為、家主に断りなくアイテムを持ち出しても怒られないように、世界中で通じるありとあらゆる処世術を何年にも渡って学ばされた。
他にも理想の勇者となるべく、もはや洗脳の域に達しているといっても過言ではないありとあらゆる教育を施されたロイは、周りの期待に見事に応え、竜王討伐も成し遂げて見せた。
そんな竜王討伐に全てを捧げてきたロイだからこそ、これからの人生は、彼の望み通りに、争いや揉め事に巻き込まれないように暮らしてもらおうというものだった。
その願いは、ロイと共に旅した仲間全員の願いだった。
「皆との約束があったから、プリムは任務を受けてロイに会いに来たのに、その内容を話せなかったのよ」
「すまない。本当はロイに会って何も言わずに帰るつもりだったんだ。でも、あたし変に意地張っちゃったからロイに余計な心配をかけちゃったよな……」
エーデルの説明が終わると、プリムローズが泣きながら何度も謝罪の言葉を口にする。
「……話は大体理解した」
二人が話し終えるまで腕を組んで黙祷していたロイは、閉じていた目を開け、プリムローズを真っ直ぐ見据えて口を開く。
「正直、ちょっとムカついた」
「ご、ごめん……そうだよな。迷惑だ……」
「違う、そうじゃないんだ!」
テーブルに頭を擦り付けるようにして謝罪しようとするプリムローズを、ロイは慌てて窘める。
「ムカついたのは、プリムじゃなくて、自分に対してだ」
「……自分に?」
「ああ。だってそうだろ? プリムやエーデルが俺の為に色々と気を遣ってくれてたのに、俺は皆の期待にまるで応えられていない」
この一年間、ロイが何を成したかと問われれば、何も成してない。仕事を見つけ、身を粉にして働いたつもりがだが、結果は全く伴わなかった。両親に楽をさせるどころか、養う家族が一人増えた分だけ両親への負担が増えただけだ。
それに比べ、プリムローズは自分の幼い頃の夢であった騎士になるという願いを叶え、大切な任務を任されるまでになったのだ。
それがどのような任務内容かは想像できないが、無為に時間を過ごしてきただけのロイがプリムローズの為に出来る事など一つしかなかった。
ロイは手を伸ばし、プリムローズの目に溜まっている涙を拭ってやると、穏やかな微笑を浮かべる。
「プリム、皆との誓いはなかったことにして任務内容を話してくれないか? 俺に出来る事だったら、何でも協力するからさ」
「い、いいのか?」
「いいも何も……俺たち、数々の苦境を乗り越えてきた仲間だろ?」
「ロイ……」
ロイの言葉に、プリムローズの目に涙が再び溜まる。
「ありがとう。でも、ロイは仕事の方は大丈夫なのか?」
「うっ……」
プリムローズの何気ない一言に、ロイの笑顔が一瞬で凍る。
「ど、どうした? ひょっとしてあたし、聞いてはいけない事を……」
「いや、いいんだ……」
ロイは今にも膝をつきそうになる体をどうにか堪えると、流れてきた汗を拭い、プリムローズから視線を逸らしながら告げる。
「俺、今日仕事をクビになったから……」
「な、何だって!? それは本当なのか?」
すると、プリムローズが大きな音を立てて立ち上がって怒りを露わにする。
「ロイをクビにするなんて何処の馬鹿の所業だ。今すぐそいつを教えるんだ! そんなクソ野朗、あたしの剣の錆びにしてくれる!」
「わわっ! ちょ、ちょっとプリム、ストップ……ストォォォップ!!」
椅子に立てかけてあった剣を取り、今にも飛び出していきそうなプリムローズを見て、ロイは慌てて彼女に飛びついてこれまでの経緯を必死に説明し始めた。
「そう……災難だったな」
事情を聞いて落ち着きを取り戻したプリムローズは、腰を下ろして小さく嘆息した。
「でも、話を聞いて安心したよ。話を聞く限り、悪いのはその客の方みたいだし、そんなクソみたいな所業を許してる店、とっとと辞めて正解だよ」
「むぅ、エーデルも同じ事を言うんだけど……本当にいいのかな?」
「いいんだ。そうやって常に正しくある姿こそ、あたしが好きな勇者ロイだ」
「ハハ、そうやって改めて勇者と言われると、何だか照れるな」
気恥ずかしく頬を染めたロイがプリムローズと顔を見合わせて笑い合う。
その雰囲気は、結ばれたばかりの恋人のように初々しいものだったが、
「そんな事より、いい加減本題に入ってくれないかな?」
「わ、わわ、わかってるよ!」
エーデルの怒気を孕んだ言葉に、プリムローズは慌てた様子でロイから視線を逸らすと、自分が受けてきた任務の内容を話し始めた。